39 ヌエボトニス国の君主
ルシオ達は捕らえられて、街の中心にある大きな屋敷の中に連れて行かれた。
地下牢にソフィアと別々にされて入れられた。
ソフィアとは、かなり離れた牢の部屋だ。
二メートル四方の狭い牢の壁には結界が張られて、魔法が使えないようにされているようだが、通信はできた。
まだこの大陸用の端末は造っていないため、通信器は指輪型の通信器だ。
異空間の中からでも、結界があるブルホでも通信できるのだから当然通信は可能だった。
距離さえ離れすぎていなければ、この指輪型でも十分通信は出来るのだ。
魔水晶の共鳴、同調力はやはり優れものだ。
牢の中の魔素は薄い。
結界に、魔力を吸い取る術が施されている。ルシオにとっては不利な状況だ。魔法を放てば魔力切れを起こすかも知れない。
魔力がそれほど多くないルシオは、度々、監視の目を盗んで異空間に入って魔素を補充しなければならない。
異空間にはクリステルが待っている。
彼にはいざというときのために待機して貰っていた。
「私だけが快適な場所にいて、何も出来ないのは心苦しい」
クリステルはそう言うが、彼がいてくれるから、安心していられるのだ。
戦闘魔導師の彼がいれば百人力だ。
その為、ルシオはそれほど心配はしていなかったが、ソフィアと離されたことが一番堪えた。
ソフィアの魔力ならまだ平気だろうが。心配で溜まらない。
彼女はまだ自分の異空間を造っていなかった。もっと早く作らせるべきだった。それだけが悔やまれる。
魔素が吸われているせいで、今異空間を作れば魔力切れを起こしてしまうだろう。
「ソフィア、君の牢に転位陣は作れそうか?」
「ギリギリ無理かも。魔力が無くなれば回復に時間が掛かりそうで、こんな状態では試せないわ。魔力を地味に吸われているから……」
「そうか……」
ソフィアをルシオの異空間に入れて、魔素の補充をするという案は、呆気なく潰れた。
時間が経てば経つほど少しずつ魔力が吸われていく。幾ら魔力が多いソフィアでも長時間この状態が続けば、苦しくなるはずだ。
転位陣があればソフィアの牢に行けるのに――異空間収納にはドローンに付けた転位陣が入っている。予備を彼女に持たせていなかった自分に腹が立つ。
「ソフィア、大丈夫?」
「ええ、今のところは……結界はあるけど、華奢なものだわ。壊すのは簡単だけど、ルシオは態と掴まったんでしょう? あの時、異空間に逃げ込めば逃げられたのにそうしなかったもの……それとも魔法を使えないと思わせたかった?」
「それもあるが、もしかすればここの君主に会えるかも知れないと思ったからね。もし会えたら話を聞きたい。それが終わればいつでも抜け出せる」
「じゃあ、この状況は、ひょうたんから駒、と言うことになったわね」
「ああ、あの受付係には酷い目に会わされたが、僕らにとっては逆に良かったかも知れない」
「でも、何故地下牢に入れられたの? 白い人族って言われたけど」
「以前、魔導師がこの大陸に来た事があって、彼等を僕が連れ戻したんだ。それが影響したのかも知れない」
「そう……彼等にとっては、私達は異分子と言う事かしら」
「そうかもな。下位神官は、鬼人と同じ角があったが、白いと言うことで捕らわれていた。肌の色に敏感なのかもな」
「万が一、危険だと考えたら、逃げても良いかしら」
「ああ、当たり前だ。あと一日、このままにされたら逃げるしかない。魔力が無ければ、逃げることも戦うことも出来ない。だが、それまでは辛抱だ」
「分かったわ、あと一日ね!」
数時間後二人は牢から出された。まずは一歩前進だ。
「君主自ら、お前等を尋問するそうだ。嘘など言っても君主には分かるのだぞ。正直に答えた方が身のためだぞ!」
――嘘を見破る術があると言うことか?
どちらにしても嘘をつくつもりはない。ルシオは君主に聞きたいことがあるのだから。
ただ、ペケーニョ島の事はどれくらい話して良いものか悩んだ。
久し振りにソフィアの顔を見て、つい手を繋いでしまう。
それを見た看守は、
「……お前達は恋人同士か? お前は白い人族が気味悪くないのか?」
とルシオに言った。ルシオはまだコンタクトを入れたままだったことに今更気付く。
「夫婦です。僕達は!」
ルシオが毅然とした態度で言うと、不快な者を見るような目で見られたが、それ以上は何も言われなかった。
君主の待つ部屋に通され、椅子に腰掛けるように促される。君主は百歳は超えているように見えた。
長椅子に、ソフィアと並んで座ると、年老いた君主が話始めた。
「君は、魔法使いか?」
「……はい。拙いですが魔法は少し使えます」
「君達は何処から来た? 北下区では無いことは分かっている。正直に答えなさい」
「僕達はペケーニョ島の魔導師です」
「魔導師とは何だ! ペケーニョ島など聞いたこともない。それは何処にある?」
この言葉を聞きルシオは、この君主は、かの大陸の魔導師ではないと確信した。情報は得られなかったと、がっかりした。
「この大陸から遙か東にある小さな島です」
「ああ、過去の異端者が逃れていったという伝説の島か」
――過去の異端者? かの大陸の魔導師のことか? それともずっと昔、一千年前の始祖のことを言っているのか?
「そんな眉唾を言ってはいけない。その様な話で私を煙に巻こうという魂胆か。君達は隣国バイアレの者であろう」
隣国とは南寄りだろうか?
多分南にはバイアレという国があるのだろうが、ルシオは全く知らない。
だが、ここで反論して、自分達はペケーニョ島から来たと意地を押し通して、馬鹿正直に答えて良いものだろうか。
――ご先祖様、どうすれば良い?
【本人が信じたがっているのなら、そう思わせておけ。正直に言ってもこやつは信じないだろう。相当な頑固者だ。自分の考えに凝り固まっておる】
「僕らがバイアレから来たとして、何か問題はありますか?」
「問題は大いにある! 彼の地は私と敵対している魔法使いが治める国だ。私を探りに来たんだろう!」
「僕達は、自分の意思でここにいます。君主の敵とは全く関係ありません」
「嘘を言うな!」
「……」
ルシオの周りに魔力が取り巻く。どうやら何かしらの術を掛けられているようだ。暫くすると、君主は力を抜いて椅子に座り直した。
「そうか……どうやら嘘はついていないようだ……」
そう君主は言ったが、ルシオは気になり、
「何かお困りですか?」
「……関係の無いお前に言っても詮無いことだ」
ルシオは久し振りに左手を使った。彼が何を悩んでいるのか。
南の国とのどんな軋轢を抱えているのか。
彼の心を読んで、ルシオは驚愕した。
バイアレの君主は、呪いの術を使える魔法使いだった。
ここの君主は、過去、呪いの術を受けたいと望んだが、無下に断られた。
それ以来君主はバイアレの君主を目の敵にしているらしい。
この君主は呪いのせいではなく、ただ長生きしているだけだったようだが、寿命が尽きかけている。
それにしても、百十年も生きているとは、驚きだった。
鬼人も長生きのようだったし、魔物も強大だ。
神の漏れ出た力の、影響なのだろうか。
次に、君主は、ソフィアの変装を解いた白い肌や髪色を見て、
「お前は以前北区から逃げ出した、白い人族か? 男だと聞いていたが……それも変装か?」
「私は女です。これは変装ではありません」
「……お前も嘘は言っていないようだな。だがお前をこの街には置いておけない。この街からは異端な者や異形は排除しなければならない。ここには純粋な人族しか住めないのだ。お前は街から追放する」
図らずも、街から堂々と出て行けるようだ。
ルシオ達は早速街から追い出された。
門を抜けるとき、あの優しかった門番は、こちらを見ようともしなかった。
ソフィアを、まるで気味の悪い化物でも見るような態度までしたのだ。
親切にして貰ったお礼を言おうとしたルシオだが、そのまま何も言わずに門を抜けたのだ。
ソフィアと二人、森まで行き、森の転位陣から拠点へ転位した。
拠点に着き、アレハンドロと久し振りに会う。
「で、情報は得られたか?」
「ああ、プラージャの街にはかの大陸の魔導師はいないようだ。ただ、バイアレという国には呪いの術が仕える魔法使いがいるらしい」
「……今度は、そこまで行かなければダメだな……兎に角、無事に帰ってこられて良かったよ。騒ぎを起こせばこの先やり難くなると思っていたんだ」
「僕も、何とか普通にあの町を出られて良かったと思っている。最終手段を執ることがなくて安心した」
あのまま監禁が続くか、処刑されるようなことになれば、大魔法を使って抜け出さなければならないだろうと思っていたのだ。
何事もなく追放されたのだから良かったと、皆が思った。
クリステルが、街の感想を言う。
「プラージャの人族は純粋な人族という考えに凝り固まっているらしい」
「純粋? 何を持って純粋だと言っている?」
「色と形……でしょうね。鬼人がプラージャには入れないことも納得だわ」
「俺達は肌の色で、異形だとされているのか?」
「そう言うことらしい。以前北区に逃れた魔導師達は魔法を使うという希少性で大事にされていたようだ。鬼人は魔法が使えないから。下位神官は地下に捕らわれていたし。鬼人でさえも偏見を持っているんだ」
「…………」
魔物化が進むこの大陸の人々にとっては、変化や突然変異に恐れを抱いている。何とか魔素の影響から逃れたいと無意識のうちに根付いた考えなのだろう。
「食べ物が汚染されているのなら、それを取り除く方法を探すべきではないかしら」
「僕も同じ考だ。魔素を取り除けば良いと思うんだけど……」
「純水につけ込めばどうかしら? 魔水晶も穢れをそうやって取るでしょう」
「試してみるか」
「ルシオさん、私達なら魔法で水を出せるが、鬼人達はどうだろう? ここは砂漠で水は貴重だ。水がなければ難しそうだぞ」
「海があるのだから、海水はどうだろうか? 若しくは塩。塩に漬け込めば水分が出る。魔素は水に溶ける性質があるんだ。肉の水分に魔素が大量に入っているのではないか?」
「そうね良いかも取り敢えずやってみましょう」
ここでは毎日魔法兵達が大量の魔物を狩ってくる。肉は大量に捨てられているのだ。
肉を捨てる場所には魔物が寄ってきて、その魔物をまた狩る、という風に楽に狩りをしているようだ。
この頃は鬼人の討伐隊に聞きながら、魔物の処理までするようになった。
鬼人達も狩りに参加し、自分達の食べる分だけ肉を持って行くが、皮や魔水晶、その他の使える素材は、魔法兵に売っている。
魔法鞄にある程度溜まった頃、魔法兵達は次の魔法兵と交代のためブルホへ帰っていくのだ。
彼等は、このお陰で生活が良くなったと喜んでいるようだった。
ルシオは塩に魔物肉を漬け込んで、水分が抜けた肉の鑑定を掛けてみた。
「魔素が殆ど抜けた!」
意外に簡単に解決出来た。鬼人達と一緒に魔物の肉の試食をしたが、柔らかくとても美味しい肉だ。鬼人達も喜んで食べている。
塩を多くすれば保存も効く。
食べるときは塩抜きをすれば、更に安全に食べる事が出来る。
だが、ここは砂漠だ。塩は魔法で作るか、ブルホで仕入れるしかない。
ここの魔物素材があればブルホからは塩を大量に仕入れることは可能だろう。
「これを食べていれば魔物化はしないと言うことですか?」
「そうだ。ドル、君達はこれ以上の変化は無いと思う」
「……北下区の周りは海だったというのに。何故今までそれに思い至らなかったんだろう俺達は……」
鬼人達はこぞって塩漬けをし、それを食するようになった。
ただ、ルシオは少しだけ心配なことがあった。
鬼人達の強靱な体力は、ここの魔素によって保たれている。
これが続けば、彼等の身体は弱くなっていくのではないだろうか?
その危惧をドルに話すと、
「いえ、良いのです、これで。私達は人族には戻れないだろうが、少しでも近づきたい。それが私達の一番の願いでもあるのです」




