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36 鬼人ドルの話

ドルは、北下区の長だ。

ここに移住してきて百年以上が過ぎた。


ここに住んでいるのは、今は壊滅してしまったトニス国から逃れてきた人々だ。魔法使い達が作ってくれた街だ。

彼等は、ここの他にもいくつも街を作り、移住者を分けて住まわせた。


トニス国自体も、元はシュバリス国から逃れた人々が作った国だった。


一千年以上前シュバリス国は、魔法文明が発達したとても栄えた国だったそうだ。

その頃は中央にある五つの国々がしのぎを削り、文明が何処までも発展し続けると考えてられていたのだ。

そして、中小の国々がその周りで文明のおこぼれに預かっていたのだ。


グランデ大陸は広い。

ある天才魔法使いが、五つの国を行き来するため転位という魔法を作り上げた。それからは世界は狭くなったという。

転位のお陰で、交流が深まっていったのだ。


長い年月の間には、国々同士の戦争も、諍いもあったが、それでもまた復興し、発展をして行った。


そんな繁栄を瓦解するほどの天変地異があった。


  空から火の玉が降ってきた。

  グランデ大陸中央は一瞬で消えてしまった。

  生きものは死に絶え、街は消えた。

  そののち穢れが溢れ、あらゆるものが穢れにのまれる。


言い伝えにはそうある。 

中央に位置する五つの大国は滅びた。

大国の周辺にあった国は、逃げるように外側に散らばっていったのだ。


空は暗く、植物は枯れ、生きものは随分と滅びてしまった。

魔法の知識と発展は最早過去のものとなった。

世界はまた、とてつもなく広くなった。近隣諸国との繋がりは切れてしまった。災厄から逃れるように人々は更に大陸の端へ端へと逃れていったのだ。


世界はそれを機にゆっくりと衰退し崩壊していった。住む場所は限られ、段々と端に追いやられていった。


この北下区は東端の高い崖の上に作られた街だ。

切り立った崖三十メートル下は荒れ狂う海だ。これより先はない。

ここで踏ん張るしかないのだ。


動物達は穢れた魔素によって変質し、凶暴に、強靱に変化していく。

人とて同じだ。

魔物の肉を食い、身体に魔素が蓄積して魔物のように変化していく。

 

初めは、ここに移住した者達の殆どは人間だった。

魔物の肉は旨い。然も周りには幾らでもいる。

人々は食物に困ることはなかった。

だが、時が経つにつれ、人は、変質して行ったのだ。


見た目は魔物のようだが、心は人間だ……と思う。

魔法使い達はその事を知っていたのだろう。 彼等は決して魔物の肉を食うことはしなかったのだから。


森の植物は魔物よりも穢れが濃い。

我々が食べれば身体を壊し、悪くすれば死んでしまう。魔物はその植物を食べて生きているのだ。そしてその魔物を喰らう魔物もいる。

魔物の内臓は滋養があるが、穢れた魔素も多く含まれている。

農作物が採れなくなったとき、魔物の内臓を生で喰らえば、病気にならないと知っていた。

だが、街の人々の殆どは死を選んだ。これ以上魔物化したくないと言うことだろう。

海辺の街、魔法使い達が集うプラージャの人々は魔物は食べない。

あの町に住む漁師達が獲ってくる魚を食べている。

海には穢れがないから、魚も穢れていないのだ。プラージャに鬼人は住むことが赦されていない。あの町は人族の街だ。


「もう北下区は終わりだ。我らはこのまま死ぬ」


そう諦め掛けたとき、白い人族が来た。

百年前、捨ててきたあのトニス国に、我々を連れて行くと言う。

トニス国の首都より更に西寄り、シュバリス国の外れだった場所だ。

大丈夫だろうか――いや、今更なにを言っている? どのみち、このままでは我々は死ぬのだ。


シュバリスへの道は何日もかかる道程だと思っていたが、三分後には着いたと言われてまた驚いてしまう。


「転位の術か!? 転位陣は殆ど壊れてしまったと聞いたが、まだ残っていたのか?」


鬼人は魔力が無いため、まだ残っていたとしても使う事は出来ないが、魔法使い達は何処かに隠していたのだろうか? 

魔法使いしか使えないのに隠す必要はあったのか?


着いた場所は小高い丘の上だった。そこから見える光景は小さな街と、一面砂漠だ。どこまで続いているのか分からない不毛の砂漠地帯。


「これが、嘗てあれほど栄えた国のなれの果てか……」



我々が与えられた農地はとてつもなく広く、土は肥えていた。

一体この魔法使い達はどうやってこれを作り上げたのか。

強大な地竜を倒したのだろうか? 

だが北下区の農地も地竜の魔水晶で作られていたが、これほどではなかった。

彼等は何処から来たのだろうか? 

北ではあるまい、あそこは氷の世界だ。では南か? 西か? 他の地域にはまだ力ある魔法使いがいたというのか?


言い伝えでは、呪いを自らに印し、何百年も生きている魔法使いがいると聞くが……彼等が、過去から生き抜いている魔法使いなのか……?

 

「そんなことは考えても仕方が無い。我々はここで生きることが出来る。それだけで良い」


兎に角、この農地は出来たばかりだ。我々はまた百年は生き延びることが出来る。



ルシオ達は、北下区の町長ドルから「君達は伝説の呪いの魔法使いか」と聞かれ面食らったが、思うところがあり、詳しい話を聞くことにしたのだ。


「過去から生き抜いてきた魔法使い……」

「それは、かの大陸の魔導師のことか!」


ルシオは、神殿長やパブロ魔導師、ミゲル魔導師と急いで会合を設けた。

場所は神殿長の異空間でだ。


「これはゆゆしき問題ですね」


かの大陸の魔導師がまだ生きていたとしたら、同じような災厄がまた降りかかるかも知れない。

呪いという不可解な魔法は、ブルホでは対処出来るかどうか分からないのだ。

空属性を解釈でき、呪いは解くことが出来たが、呪いは忌まわしい術だ。

人を生きながら迷宮の核にしてしまうのだから。


「ルシオ魔導師、仕事を頼みたい。その海沿いの街へ行って情報を集めてください」


神殿長から新たな使命を与えられ、ルシオは大陸へ転移した。


海沿いの街プラージャは、魔法使いが集う街だという。

北下区より南へ歩けば一ヶ月以上も掛かる場所だそうだ。

以前作った地図には空白になって居た場所だった。早速ドローンを飛ばす。


ドローンに転位陣を搭載しておけば、十日もあればドローンが着くだろう。

その後は、ドローンの転位陣で楽にプラージャへ行ける。


ルシオは、始めに作った地図を見ていた。

ドローンが通った後には次々と地図が更新されていく。余り街に近づきすぎないうちにドローンを着地させたい。

魔法使い達に見付かれば、騒ぎになってしまう。


「あ、街だ! ここで着地!」


ドローンの形成していく地図に街の城壁が出来つつあった。

ルシオは慌てて、タワーの魔水晶に着地の指示を出す。


「少し近づきすぎたか?」


ドローンまで転位して、ドローンを仕舞い、結界を素早く張り周りを見まわす。前方に見える街まで数百メートルの森の近くだ。


ルシオの結界に、狼の魔獣が突進してくるが弾かれる。

結界の周りには二十数匹の狼が取り巻き、何度も突進してくるが、ルシオは気にせずそのまま森の中へ分け入った。

魔物たちはしつこく結界を攻撃している。


「魔物は諦めないんだな。獣とはやはり違う。仕方がない「風鎌」」


風鎌は、魔物たちを一瞬で刈り、半径十メートルの草木まで綺麗に刈り取られてしまった。


大きな木の洞を見付けた。

樹齢何千年にもなりそうな大樹だ。洞の入り口は人一人通れるほどだが、中は結構広い。


「ここに転位陣を敷くか」


転位陣の周りには結界と認識阻害と隠蔽を重ね掛けしておく。

これで何時でもここに転位出来る。そのまま異空間に入った。

異空間の中にはアレハンドロやクリステル、ソフィアが待っている。


「どうだ、終わったか?」

「ああ、上手い具合に森の中だった。転位陣は木の洞の中だから、見付からないだろう」

「では早速行ってみるか? プラージャの街に」

「まあ待て、準備しないとダメだ。認識阻害はバレてしまうと思う。相手は魔法使いだ。きっと怪しまれてしまう」

「彼等はどれくらい見た目が違うのかしら?」

「肌と目、髪の色だけが暗い色で、後は同じだったと思います。以前私が北下区で見たのが魔法使いなら……ですが」


クリステルが見た人族の肌は薄い紫がかった肌色だったという。

鬼人は濃い緑や青だ。そして角があり魔物のような見た目だ。

人族は、基本形は変わらないのであれば、色粉を塗ってしまえばいいのでは無いだろうか。

目の周りの魔法陣も隠せる。問題は目の色だが、ルシオはカラーコンタクトを作れば問題は無いと考えた。

言葉は今まで、鬼人を相手に練習を積んだので皆完璧だ。


「そうですね。ルシオの案は良いと思います。なるべくプラージャの街の人達と交流を持った方が、早く実情を知ることが出来ますしね」


ドルから聞いた不死の呪いを纏った魔法使いが、本当にいるのかどうか調べなければ成らない。


「死なないという魔法使い……かの大陸の魔導師と同一人物かどうか。もし生きていたらどうする?」

「……どうするかはまだ、神殿長から聞いていない。ただ調べて欲しいと言われただけだ」

「生きている可能性はある。魔物に変わった下位神官が生きているのだから……」


クリステルの言う通りだ。ルシオは、もしかの魔導師に話す機会があれば真実を聞きたいと思った。彼は何故、あのような真似をしたのか。

そしてその後、きっぱりと手を引いたのはどうしてか。

転位は使えたのだから、ブルホに来る事は出来たはずだ。

なのにその後、転位してきた形跡は無かったのだ。


「この街には二万人以上人が住んでいるらしい。僕らは街の人間に紛れてしまえるだろう」

「街の中には魔法が使えない人が大半を占めているらしい。一般人の振りをすれば溶け込めるかもしれないな」


ところが、肌に塗った色粉は汗で直ぐに流れてしまい、役に立たないことが分かった。


「髪は良いが、肌や目の色が問題だな……」


ルシオはカラーコンタクトを土魔法で作ろうとして、ふと思うことがあった。

――カラーコンタクトを魔水晶の粉で作って、肌と髪、目の色を一気に変える魔法を付与出来るのではないか?

思い付いたアイディアを、すぐに形にして、皆に装着して貰った。


「面白いわ、ルシオ、これで色んな髪色に変えられるのなら、数種類作ってみようかしら」


ソフィアは、自分の目の色と髪色を変えるコンタクトを瞬く間に作り上げる。金色や銀色、黒や赤毛と言った風にバリエーションが豊富だ。


「ルシオ、確かに凄いが、これは使えねぇぞ」

「え、どうして!」

「魔法陣が隠せていない。魔導師だとバレバレだ」

「……そうか」

「大丈夫よ、私ならバレないわ。私に行かせて!」


確かにソフィアは、目の中に魔法陣があるから、気付かれないだろう。


「でも、危険だ! 君一人になんて行かせられない!」

「だったら、ルシオ。アイパッチを着けたら? 以前そうやって変装したことがあったのでしょう」

「そうか、そうしよう」

「それじゃあ、私達も……」

「クリステル、皆がアイパッチしていたら目立ってしまうよ。今回は僕達だけ行かせて、君達はここで魔物でも狩って待っていて欲しい。状況は毎日通信で話して聞かせる」

「そうですか、では自分の異空間で大人しくしております」

「そうだな何かあったらすぐに助けられるところにいるんだ。ここでゆっくり待っているしかなさそうだ」


ルシオとソフィアは、この地では多くの人が就く職業だと言われる討伐隊の古い装備を鬼人達から借りて、プラージャの街へ入って行った。

腰に剣を差し、ゴツイ防具を着て濃い紫の髪色に薄紫の肌色。黒く見える紫の目。

カラーコンタクトでは同系色しか出ないため紫一色だ。


「これでいいのかよく分からないが、仕方が無いな」

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