35 鬼人達の村
「ソフィア、この宝玉はここの言葉と我々の言葉の対比がしてある。耳に当てて聞くだけだ。君なら直ぐに覚えられると思う」
「こんな事まで準備していたの? 前回、ルシオは大変だったのね」
「いや、必要に迫られて仕方なくって言うところかな」
ルシオ達は深くフードを下ろし、街を歩いた。今回、認識阻害は掛けない。
街の人と対話をしなければならないのだ。
だが以前と違い街には賑わいは無かった。
街の人々は前回と違い皆痩せ細っていた。歩く人々も疎らだった。
街の状況は思った以上に深刻そうだ。
店は殆どが閉まっている。開いている店にも商品が殆ど無い。
食料品店は肉以外置いていなかった。
「あの肉は魔物の肉か?」
「魔物の肉って食べても平気なのかしら。鑑定して見たけど、穢れが含まれているのよ」
店には人がいないで、肉だけが並んでいた。
「あの大きな家が多分、街のトップが住んでいる。行こう」
屋敷には門番がいない。門番小屋はあるのにいないという事は……ここに人がいないということなのか?
屋敷の門を叩く。
暫く待つと、中から鬼人が出てきた。ふらふらしている。病気だろうか?
「……何か?」
「あの、ここのご主人はご在宅ですか?」
「私だが……用は何だ、隣町から……やっと助けが来たのか?」
そう言っている側から、鬼人はフラフラと崩れ座り込んでしまった。
ソフィアが、慌てて鑑定を掛けた。
「壊血病よ、ビタミンC不足。このままでは死んでしまうわ」
栄養不足は、治癒では治せない。ビタミンが多く含まれる野菜か果物、一番はビタミン剤だ。
食料の中からオレンジに似た果物を出し、そこからビタミンCを抽出する。
鬼人を異空間に入れて寝かせ、濃いビタミンの抽出液を経口で投与する。
人間ならまだ数日は寝たきりだろうが、鬼人は数時間後、瞬く間に回復してしまった。驚くべき強靱な身体だ。
「ここは何処だ! 私になにをした!」
「私達はアナタをカイホウシテ、イマシタ。グアイはどうですか?」
ソフィアは、あの短い間に話せるようになっていた。つくづく優秀だと思う。ルシオは言葉の習得に一年掛かったのに。
「……なんと! 病気が治っている……ん? 白い人族だな、お前達は北町から逃げていった人達だな?」
「いえ、でも同じ所から来た、まど……魔法使いです。貴方は肉ばかり食べて病気になったのですよ」
「それは分かっている。だが農地が機能を停止した。食い物は肉だけだ。魔物は外に腐るほどいるからな……もう街の人々は半分も生きてはいないだろう」
「街の住民にこの薬を与えてください。きっと助かります。貴方たちの身体は強靱だから」
彼に果物から抽出した濃いビタミン薬を与え、手分けをして街の人々に与えた。
病気が治った人々も加わり、加速度的に皆は回復したが、間に合わなかった人も多かった。
生き残った人々はこの街の人口の三分の二、一千八百人だ。
始めに助けたのが、この街の町長、ドルと言う名だ。
見た目はオークのようだが、温和で優しそうな目をしている。
ルシオは彼に移住を持ちかけた。ここより西に街が出来、農地も新しいものがあると言うと、喜んで移住したいという。
「しかし、幾ら病気が治ったと言っても、かなり離れた場所だ。殆どの住民は行き着けないと……思う」
しょんぼりと落ち込むドルだが、ルシオが総て運ぶというと、
「そんな魔術は聞いたことがないぞ!!……マジックボックスは生きものは運ぶことが出来ないはずだ」
「大丈夫です。異空間は……農地を作ったのと同じ魔法ですよ」
「農地と同じ……?」
街の総ての人々を異空間で連れて行くのだ。
彼等は沢山の荷物も一緒に持ってきた。大がかりな引っ越しだった。
数日後やっとルシオ達は拠点に転位する事が出来た。
ルシオ達が作った街は小さい。魔導師達の拠点にするための街なのだ。
一千八百人全員が街の中には住むには無理がある。一部をここに住まわせ、他はソフィアの作った塔の農地に住んでもらおう。
街の人々は五つの集団に纏ってもらった。商人達や、彼等が言うところの討伐隊のグループは街に、その他はそれぞれの塔に住んで貰うことになった。
山地の塔は共有地だ。あそこにはソフィアが連れてきた、ウサギや鳥、鹿等の様々な獣が番で放されていた。まるでノアの箱舟のようだ。
鬼人達は、農地を見て、呆然としている。
「こんな大きな農地、始めて見た。井戸まであるのか!」
「ここなら安心して住むことが出来ますよ。ここに来る僕の国の人々は大体が魔法使いですから、何かあったら助けてくれます。その代わり貴方たちはここを耕して、僕達に食料を売ってくれませんか?」
「ああ、願ってもないことだ。ありがとう、ここに家を建てたいのだが、石材を運んでこなければならないな。砂岩でまにあう……か?」
ドルはブツブツと一人、今後の予定を考えているようだが、その必要は無いのだ。クリステルが、
「希望を言ってくれれば私達が作ろう、魔法で作ればあっという間だ。数日中に終わる」
「ああ、そうだ! 俺の異空間のぼろ家で良かったら全部使ってくれ。今から住めるぞ。これでスッキリする」
「…………」
農地と言っても、今のところ何もない更地だ。
作物が育つまで食いつながなければならない。
そこで、ソフィアが買い漁っていた食糧の出番だった。
そして剣や、服、種や苗木等など。
鬼人達は、魔物を倒し食糧としているのだが、力の有る討伐隊と鍛冶屋は、農地が機能不全に陥っていたため、いち早く別の街に移住してしまったそうだ。
残っていたのは、古びた武器と農具だけだった。その農具を使いたくても農地は機能しなくなってしまった。
仕方なく鎌や、鍬や鉈で、魔物を倒し、食いつないでいたのだという。
「……ドルさん。ここに移住した方々には、人族がいないようですが。鬼人族だけが助かったと言うことですか?」
「人族は海辺の街へ戻った。彼等は農地の視察しに来る魔法使い達だ。我らにとっては雲の上の人々だが、今は全く来なくなった。見捨てられた……ということだ」
魔法使い達は、鬼人達が倒した魔物の魔水晶を受け取りに来るのだという。
鬼人達にとっては魔水晶は必要が無い物だ。
魔法使い達は魔水晶を対価として受取り、農地に術を施し、機能を保っていたそうだ。
だが、彼等の農地は回復できないほど古くなったのだという。
新しい農地を作って貰うために、地竜を倒しに討伐隊が組織されたが、討伐隊も帰ってこなかったそうだ。
彼等は周りの街から見捨てられたのだ。どの街にも余裕など無いのだから。
彼等を受入れれば自分達も苦しくなってしまうのだ。
何という環境の厳しさなのだろう。
だが、初めからからこうだったとは思えない。何か原因があるはずなのだ。
それを知ることが出来れば、この厳しい環境を何とか出来るかも知れない。
その夜ルシオは、ソフィアに問い質した。
「ソフィア、この状況を前もって知っていたのか?」
「神からのお告げがあったの。祈りの中で声が聞こえた。遠征には準備が必要だと……」
「未来の記憶……と言うことか……」
「そういう訳では無いのだけれど。ただ、素直に声に従っただけよ。詳しい事は何も……」
もしかしたら、アレハンドロの異空間にあった家や屋敷もそうなのだろうか。そして一番不可解な神殿からの莫大な援助。
神の……計らい……か。そう言えば、ここには神殿まで出来上がっていたのだった。
ルシオは余りにも用意周到な神に畏怖の念を抱く。
そして、少しも無駄のない神の差配に舌を巻いた。
――僕は今まで何に対して抵抗をしていたんだ? 神から逃げたところで何になる? 一人で生きていけるだなんて馬鹿な独りよがりだった。僕はちっぽけなただの人間なのに。
落ち込み、一人だけ、何も知らせられないで踊らされていたことに、何とも言えない悔しさがこみ上げてきた。
――僕だって役に立てるはずだ! 勝手に動かされるのはうんざりだ。良いだろう、覚悟を決めた! 何でも言いつけてくれ、どんと来いだ! 地獄だって何処へだって行ってやる。
どうせ数万年の辛抱だ。過去にも経験済みだ。あんなものどうとでもなる。
我慢すれば良いだけだ! 僕を好きなだけ使ってくれ!
【ほ、ほ、ほ、そんなことには成らんぞ、安心せい】
「! っご先祖様、やっと会えた……」
【何を言っておるか、何時でも側におると言っておろうが。お主が心を閉ざしていただけだ。全く頑固な奴よ、ほれ】
そしてその瞬間、ルシオの右手に魔法陣が戻ってきた。
神の印だ。契約の証。
【これは神との契約の証。今後、心して生きよ。世界を廻るという使命は、まだ道半ばだぞ】
――そうだった。図らずも、神の言う通りの行動していたんだ、僕は。
ルシオは右手をじっと見て、もう一度覚悟を決めた。
もう逃げない、自分と同じ仲間が居る! アレハンドロや、ソフィア、そしてパブロ魔導師やミゲル魔導師、神殿長。皆、神との契約者なのだ。
ルシオの異空間にパブロ魔導師が現れた。
「交代の魔法兵を連れてきた」
「ま、待ってください。ここに彼等を出さないで。異空間の外にしてください」
ここで魔法兵を出されたら、転位陣がばれてしまう。
一旦外へ出て、魔法兵達は用意されている各屋敷に散っていった。
また異空間に戻りパブロ魔導師に今までの経緯を話した。
「ほほう、現地の鬼人とやらがここに移住してきたと? 後で挨拶するか」
「これは彼等の言葉が分かる宝玉です。何個か作っておきましたので、皆に言葉の学習をさせます。パブロ魔導師もどうぞ」
「そうか、言葉の問題があったな」
差し出した宝珠を受取り、パブロ魔導師はじっとルシオの掌を見た。
「魔法陣が戻ったのか……ルシオ!」
「あ、そうだった、先日魔法陣が戻りました。僕は覚悟を決めました。もう逃げません」
「……そうか、逃げないか……と言うことは今まで逃げていた、そう言うことか?」
「……はい僕は弱虫でした。怖かったのです。神のことも信じられなかった不信心ものです」
「まあ、良い。そうか……神の印が戻ったか。神の印には責任が伴う。万が一、我欲に走ったり傲慢になったりすれば、厳しい神の制裁が下る。ルシオ、自分を律することを忘れるなよ」
「はいッ!」
忙しいパブロ魔導師は間もなく自身の神殿へ戻っていった。
ふと、馬たちを見ると頭数が増えていた。
「パブロ魔導師、我欲に走っている……」
【楽しみくらい必要であろう? 余りにも窮屈に考えると心も身体も疲弊してしまう。お主は頭が固すぎる。気楽に行くんだルシオ】
「ご先祖様、この大陸、余りにも苛酷すぎる。初めからこうだったわけではないよね」
【お主がそれを見付けるんだ。初めから答えが与えられるなど詰らないだろう】
「でも、何を探すのか分からなければ、もし見付かったとしても見過ごしてしまう……」
【儂が知っていることを話してやれるが、儂もこの世界に来た年数はお主と同じだ。儂もお主等と同じ、使いっ走りだからな。だが、この世界の英知に少しは触れる事が出来る】
――ご先祖様が言う英知とは神のことだろうか?
【この大陸は、嘗て栄えていたが、天変地異があり、神の力が漏れ出してしまった】
「神の力、それは悪いものでは無さそうだけれど……」
【過ぎたるは猶及ばざるが如し。余りにも濃い魔素は、生きものには毒だ】
「魔水晶よりも魔素を含んでいると言うこと?」
【魔水晶は、地下深くからゆっくりと浄化された魔素が、地下水に溶け込んでそれで出来上がっている。魔素の原液はとてつもないものだ。お主がこれから探さねばならぬものは、魔素の吹き出し口だ。この大陸の中央の何処かだ】
「中央か、それなら大分絞られるね。分かった地図が出来上がれば、見付けることが出来る。でも、以前見た廃墟も魔素がしみ出していたけど、あそこではないの?」
【彼処の魔素はただの魔素溜まりだ。原液の魔素はそれとは比べものにならないものだ。見れば分かる。生きものなど一瞬で死に絶えるほどなのだ。魔素は浄化され、澄んでいれば生きものを生かし豊かにする。だが、濃すぎる魔素は生きものを殺してしまう。生きものが住めない場所を探せば見付かるだろうな】




