32 魔導師達のその後
彼等は、ロマゴから逃れてきた若い魔導師達だ。
二十歳から二十五歳の魔導師。ここに辿り着くまで数ヶ月を要したのだ。
ここの鬼人は、彼等が魔法を使うのを見て喜び、待遇はすこぶる良かった。
そこそこ大きなへやを与えられ、女も付けられた。
角がある女も角が無い女もいたが、彼等にとっては気味の悪い見た目の女達だ。食指は動かない。
「ああ、お前達もう良いから出て行ってくれ」
言葉は通じない。身振り手振りで、何とか気味の悪い女どもを部屋から追い出した。
三人は今、重要な話合いをしている。
「何とかなったな」
「でも、期待したような場所では無い…………僕、帰りたい。食い物も不味いし、人間がいないし魔物だらけだし」
「馬鹿、帰るにしたって十年後だ。それに大変な道のりだ。生きて帰れないかも知れないんだぞ」
「ああ、凄く寒かった。魔法がなければ無理だったな、あの道は。下位神官達も良く生き延びたよな」
「彼奴ら、魔物だからな、身体のつくりが違うんだ」
「同じ角があるのに、何故牢屋に入れられたんだ?」
「見た目が違いすぎだろう。ここの奴ら、ゴブリンやオークにそっくりだ」
「でも、知恵はちゃんとあるようだよ。言葉も話すし……」
「全く通じねぇがな」
「……これからどうなるんだろう。カタイ達、大丈夫かな」
「俺はここを抜け出すぜ。南の街はもっと豊かに違いない」
「食糧は? 君の魔法鞄は取り上げられてしまったじゃないか」
「お前の異空間収納には食糧がまだ入っているだろう。それがあればなんとかなる」
「君は戦闘魔導師だから、魔物にも慣れているだろうけど、僕らは魔物と戦えない」
「魔法で蹴散らせばいいじゃ無いか!」
「魔力が持たないよ。魔素吸収バックルはすぐに目詰まりするし、ここまでだってやっとだったんだ!」
「フン、俺は一人でも行く。お前達が行かないなら魔法鞄は何とかする」
「取り返すのか?」
「あったりめぇだ。あれは俺の物だ。あの中にはまだ魔水晶が入っているし、食糧だって入っている」
「もう無くなっていると思うよ。あの偉そうな鬼人、魔水晶を見て何だか興奮していた。ここでも何かに使って居るんだきっと」
「魔法が使えねぇのにか?」
「他にも魔法使いがいるみたいだ。身振り手振りで何となく分かった、言葉も同じ単語があった」
「…………」
「くそ、俺にも異空間収納使えたら良かったのに!」
「修行をサボっていたからな、君は。折角作ってあげた魔力吸収バックルまで売って仕舞って……」
「……うるせぇ。ここではどうせ役に立たなかったろうが! 戦闘魔導師は迷宮がなくなって金が足りねぇんだ。お前達みたいに魔道具を作れねぇし」
「やっぱり神の罰が当ったんだ。届けるための魔水晶をネコババなんてしなけりゃよかった」
「今更グチグチいうなんて、あの時はお前も賛成しただろう。それに小さな物ばかりだ。誰も気が付かないゴミみたいなもんだったろうが!」
そこへ、鬼人が入ってきた。三人に付いてこいと身振りで示す。
仕方が無いので付いていくと、牢に連れて行かれた。
どうやら、カタイ達が入れられた牢らしいが、中はもぬけの殻だった。
鬼人はお前達が逃がしたのかと聞いているらしい。
三人は一生懸命、「違う!」と首を振った。
「彼奴らどうやって逃げ出した?」
「魔法が使えないのに……ブルホから追っ手が来たのではないのか?」
「……まさか、あの地峡はもう渡れなくなったんだ。そんなはずはネェ」
「カタイに聞いた事があるんだけど、ブルホから転位陣がここまで繋がっているらしいよ」
「……嘘だろう……」
「俺ら、見付かったら神の裁判に掛けられる!」
「やっぱりここから逃げよう」
三人は、また部屋に戻された。どうやら、下位神官を逃がしたのは彼等ではないと信じてくれたようだ。
十日後、彼等は、その街から逃げ出した。戦闘魔導師の飛行を駆使し、夜陰に紛れて塀を跳び越えたのだ。
周りには魔物が押し寄せてくる。結界を張り懸命に走ったが、体力も魔力も尽きそうだった。
その様子をルシオはずっと観察していた。彼等の心の声を左手を使い、じっと聞いていた。
――彼等には悪事を企んでいるようなことはなかったな。下位神官達もだ。ただ、苦しい状況から抜け出したかっただけだったようだ。
だが、余りにも考え無しで短絡的だ。
自分で自分の首を絞め、どんどん悪い方向へと進んで行っている。
前世の廉の状況に似ていた。楽な道だと選んだ結果が、実はとんでもない下り坂だった。気が付いたときには何処へも行けなくなっている。
そんな状況に置かれてしまっている。
ルシオは彼等に呆れ、同時に同情もしていた。
彼等の侵してしまったことは、裁かれるべきものだろう。
だが、彼等は今、後悔もしているようだ。帰りたがってもいる。
ルシオはもう一度彼等に確かめて見ることにした。そして、彼等が魔力切れで倒れた頃合いを見て、やっと助けに入った。
彼等はルシオを見て、神殿からの追っ手だとすぐに気が付き、観念したようだ。
ルシオは、彼等をアレハンドロに受け渡す前に質問をした。
「貴方達が通ったペニンスラ半島からあの町はかなり離れていた。どうやって魔物を倒したの?」
「あそこには魔物は少なかった……ここに来るまでの間も、初めは魔物は少なかったし。段々南へ行くにしたがって増えて来たんだ」
「そうだったのか、確かに南へ下ると魔物が多く強くなっていたな」
「助けて貰って、こんな事を言うのは何だが、俺はブルホに帰れば、罰せられる。見逃してくれねぇか?」
「貴方はグランデ大陸にまだいたいの?」
「…………」
「そっちの二人は?」
「ぼ、僕はブルホへ帰りたいです。裁かれるのは覚悟しています」
「お、俺も……です」
「では、二人はブルホへ帰す。戦闘魔導師の君、名前は?」
「お、お前、年下だろう! 口の利き方が生意気だ!」
「ああ、悪かった。僕はルシオ錬金魔導師だ。それで、貴方の名前は?」
「ウゴ戦闘魔導師だ」
「! ウゴ……」
「何だよ、文句あるのか俺の名前に!」
「いや、知り合いと同じ名前だったから、チョット驚いた」
「どこにでもある名前だからな……」
「ブルホでは、帰りたくなければそのままにしても良いと言う結論だった。だから、ここに居たければ居てもいいんだ。帰れば裁きが待っている。どうする?」
「……俺も裁きを受ける」
ルシオは、彼等を異空間に入れ、バーリョにのって遺跡まで戻り、そこからブルホまで転位した。
ドローンでの探索はこれ以上は難しいだろう。
ルシオはきっぱりと諦めることにした。
届けられた僅かばかりの情報で満足するしかない。
大陸の東側は何とか大雑把な地図が作れそうだ。全体像が掴めないままなのは、少しだけ心残りだが。
後に彼等は裁判に掛けられた。
彼等の内、錬金魔導師二人は片手の中指三本が潰された。
神の鉄槌による欠損は、治癒が効かない。
彼等は一生片手の中指がないまま生きて行くことになる。
滞納した税金と盗んだ魔水晶の金額分はブルホで働いて返す事になる。
それが終われば自由だという。
片手の指がない魔導師は、神の鉄槌が下された印として周りに認識されてしまう。この程度の欠損は魔導師なら治せるはずだからだ。
皆に罪人として見られながら、この先の人生を生きていかなければならない。まだ若い彼等にはとても辛いだろう。
戦闘魔導師のウゴは、魔力を無くし国外追放になった。
彼は他国で、一般人として生きて行くことになるだろう。
一見、罰が軽いように思われるが、魔法が使えない彼は、これからずっと後悔して生きていくことになるはずだ。
下位神官達は魔水晶の盗みのことは全く知らなかった。
神の鉄槌は彼等を素通りし、無罪という判決が降りた。
また神殿で過ごすことになるそうだ。
ルシオはその、神の裁きに思うところがあった。
「必ずしもみんなが頭を潰されるわけでは無かったのですね……」
それを側で聞いていたパブロ魔導師は、何時ものように怒った。
「ルシオ、お前は私が与えた資料を読んでいなかったのか!」
「いえ、読みました……が……」
資料には曖昧なことしか書かれていなかった。
詳細は明かせない事情があったのだろうが、ただ、罪状や状況が書かれ、結果は死罪や微罪とか無罪としか書かれていなかった。
いやそれは弁解だ。ルシオは、理解しよう、読み解こうという気になれなかったのだ。否定的な思考が理解することを拒否していたのだろうか?
神に総てを委ねるというパブロ魔導師の言葉に、あの頃のルシオは過剰に反応し、不信感を持ったのだった。
取り敢えず、神殿から託された仕事はこれで終わったのだ。
※
カリカピタルの家に帰ってきたルシオは、ソフィアに抱き付かれ、泣かれてしまった。
「抱いて、私を今夜抱いてください! 好きです旦那様」
「え、ッソフィア、チョット待って!」
余りの急展開に慌てまくるルシオだ。
しかし、ルシオはまだ若い。魅力的な女性の申し出に抗うには若すぎる。結局その夜、ソフィアと****してしまった。
「旦那様は真面目すぎです。私は子が出来ません。迷惑は掛からないんですよ」
「そう言う問題ではない。神殿へ行って契りを結ばなければ、僕の気が済まないんだ!」
表面上は責任を取る形になったが、前々から憎からず思っていた女性だ。
ルシオは、実は、毎晩悶々としていたのだ。
だが行動に移すことは出来なかった。
この機に乗じて、勢いに任せたのだ。幾ら好意を持っていたとしても、奥手のルシオは、絶対に告白など出来なかっただろう。
心の中では、思いがけなくトントン拍子に進んだと、喜んでいた。
ソフィアと晴れて夫婦となり、アレハンドロやパブロ魔導師など皆に知らせる事になった。
皆からは、揶揄われることもなく、いたって普通のことのように扱われた。
「おまえ、変なところで律儀だからな。嫁なんて貰わなくても恋人のままでも良かったんだ。何人いても神には叱られないんだぞ!」
アレハンドロにはそう言われたが、ルシオとしてはそうはいかない。
自分が万が一死んだとき時のために法的な手続は必要だと考えた。
総ての財産はソフィアに譲渡する旨をしたためパブロ魔導師に預かって貰う。
「良し、これで一安心だ。ソフィア、僕が先に死んでも君は路頭に迷うことがない」
「なんていうことを言うのですか! 貴方が死ぬなんて縁起でも無い!」
まあ、色々揉めたが、ソフィアとは良い関係だ。ルシオに取っては理想的な妻だった。
一番は、子どものことだ。魔導師は子が出来ない。
その事をソフィアにも話し、魔力が大きければ子どもが出来ないとソフィアは初めて知った。
「では、私は負い目を感じなくて良いのですね……」
「勿論だ、ただ、魔導師は養い子を預けられることがある。そうなったら君にも手伝って貰いたい」
「はい、任せてください」
ルシオの所には養い子が来なかったが、代わりにウゴ元魔導師がやってきた。国外追放になった時、神殿長に、
「もし、遣り直したいと思ったなら、ルシオ魔導師を頼りなさい」そう言われたそうだ。
彼は痩せ細り、見るも無惨な姿になっていた。
「ここで仕事をさせて貰えないか……」
ウゴは、自分には魔法以外は何もなかったという。
六歳の時に売られて、他に特技はないと言うのだ。それでも戦闘魔導師だったのだ。戦いには慣れているはずだ。
だが、野盗に落ちることなくここまで来たということは、彼にも幾ばくかの良心が残っているのだ。
「掃除や、食事の支度。使い走り、店番、それくらいの仕事ですが、いいですか?」
ソフィアが対応した。ここはもうソフィアの店になったのだから、彼女の意見が一番大事だ。
「飯が食えて、安心して寝る場所があればそれで構わねぇ……構いません。雇ってください」
ルシオには考えていた事があった。彼に別の仕事を与えようと思っている。
薬師の仕事だ。だが、今はウゴの仕事ぶりを見てから決めようと考えている。
人間は弱い。いつまた、以前のような投げやりな状態に戻るかも知れないのだ。彼の後悔は、どれくらい彼の心に深く刺さっているのか。
それを確かめたかった。
ウゴは言葉数も少なく、懸命に働いている。
ルシオは、ウゴに動植物の分厚い本を買い与えた。
「これを頭にたたき込めば、将来役に立つ。勉強してみる気はあるか?」
「ああ、やらせてくれ。ありがてぇ。これ、凄く高かっただろう?」
「大した事はない。これを覚えれば、薬師の試験が受けられる。そうすれば、薬師として独り立ちできるようになる」
「……ルシオ魔導師。すまねぇ、俺なんかのためにここまでして貰って」
「君は良く頑張っている。だが、まだ頑張りが足りない。もっと頑張れ!」
「……そうだな。確かに俺は頑張りが足りなかった」




