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29 忙しくなった仕事

薬師組合から、モノクルの追加注文が五十個入った。


朝から晩までずっと錬金室に籠もる毎日だ。

錬金部屋は、異空間の屋敷に移したので、仕事をしている間、店は閉めなければならない。そうなれば、薬を必要とする人が困るだろう。


「誰か店番を雇わないとな」


ホセの奧さん、バレリアの弟はどうだろうか。バレリアに通信器で聞くと、


「うちの弟はもう薬師になりましたので、チョット店番は……あ、そうだ、働きたがっている友人がいますけど紹介しましょうか?」


「ああ、頼む。給料は弾むし、部屋もあるから住み込みで構わない……文字は読めなくても良いんだ。僕が教えるから。出来れば食事の支度が出来る小僧が良いんだが」

「女性ではダメですか?」


「……それは、色々と問題にならないか? いや、何も女性が悪いというわけではなくて……その……住み込みになるし……」

「フフ、大丈夫。そんなこと気にしない人です。明日連れて行きますね」


転位陣で迎えに行くからと言っても、バレリアは嫌だという。

魔法自体が穢れたものだと頑なに信じているようだ。

魔道具は平気なのに……彼女の頭の中では、魔道具は魔法とは違う位置付けなのだろう。


次の日、昼頃になってバレリアが友人だという女性を連れてきた。

「ソフィアです。料理は得意です。宜しくお願いします」


ぺこりとお辞儀をしたソフィアは、十八歳の後家だった。

結婚していたが、夫が病死してしまった。子がいなかったため、嫁ぎ先を出されてしまったという。


「私は読み書きも出来ますし、家の中のことも出来ます。何だったら、旦那様の……アッチのお世話も……」

「ッあ……そ、それは良いから。食事を作ってくれて店番をしてくれるだけで良いから……」


余りにもあけすけな女性にしどろもどろになってしまう。

ソフィアは、背が高くハキハキとした、それなりに綺麗な女性だった。

いや、正直に言えば綺麗と言うよりは個性的。

目と目の間隔がやや広く眠そうな垂れ目だ。

鼻がやや低く唇は肉感的でセクシーだ。すらりとした身体に金色の髪。ボリュームのある……胸は少し気になった。


彼女が子が出来なかったのは、魔力が大きいからだとすぐに分かったが、黙っていた。バレリアも魔力が大きいから、子が出来ないだろう。


だが、ルシオは黙っている。そんなことを知っても誰も幸せにならない。

ソフィアを部屋に案内し、家の中は好きにしていいというと、眉間にしわを寄せ、あちこち掃除し始めた。

そう言えば、全く掃除していなかった。かなり埃が溜まっている。

手伝おうとしたが、邪魔になっているようなので、ルシオはそそくさと異空間に逃げ込んだ。


「これから、どういう風に接すれば良いんだ?」


店番を雇って少し後悔してしまったルシオだった。

ルシオは決して朴念仁では無い。それなりに性欲はあるのだ。

今まで自分で処理をしてきたが、近くにセクシーな女性がいるとなると気持ちが落ち着かなくなる。


「平常心だ、平常心で乗り切る。慣れてしまえば何と言うことはないさ。彼女は人、ただの人だ」


ソフィアは、農家で生れたが、十三歳の時、商人に見初められ、三十九歳の商人の後妻に収まった。自分よりも年上の子どもが三人いる男だったという。

文字も読めなかったソフィアだが、すぐに覚えてしまった。

その後、帳簿も付ける事が出来るようになった。彼女はとんでもなく優秀だった。前世で言えば、IQが高いと言うのだろうか。


ソフィアが扱う商品は、殆どが薬だ。魔道具は店には置いていない。

商品が完成すると、雑貨屋に通信器で連絡する。それを雑貨屋が取りに来るようになったのだ。

その為魔道具はルシオが対応していた。


「旦那様、魔道具も一般に売らないのですか? 私、見て見たいのですが」

「これだ。それと、今作っているのはこちらだな」

異空間収納から数種類の魔道具を出してみせると、ソフィアはルシオのことを尊敬の眼差しで見る。


「魔導師様って凄いんですね。私も魔法を使ってみたかった」

「君にも使えるぞ。魔力がある」

「え、私が?」


「この国の女性は嫌がるが、僕が今まで見てきた結果、女性の方が魔力が大きい人が見受けられる。人数は男性より圧倒的に少ないが、魔力は女性の方が大きい傾向があるのでは無いかと思う」

「今からでも魔導師になれますか?」

「まあ、十年は掛かるだろうが……やってみるか?」


「はい! 何年かかっても構いません。是非、教えて下さい!」

ソフィアは、自分の事を石女(うまずめ)だと言った。

幾ら頑張っても子が出来なかった。これからは一人で生きていかなければならない。

自分のような女に幸せな結婚は望めないだろう。

だから魔法を使えるようになりたいと言う。


ルシオはそれは、大きな魔力があるせいだとは、不憫で言えなかった。

ソフィアに取り敢えず、火、風、水、土の属性の講義をして、初歩の魔道書をブルホから取り寄せて与えておいた。


興味は初めだけですぐに飽きてしまうだろうと考えていたが、二ヶ月すると、彼女は一人で火魔法を発現してみせた。

「……凄いな、ソフィア」

「でも土魔法が……覚えられません」

「ああ、それは誰でも難しい物なのだ。気長にやれば良い。どうしても難しかったら、魔道具を作ってやろう。そうすれば頭に入れなくても土魔法が出来る様になれる」


ウゴにもやった土魔法の知識の宝玉とモノクルを造り、ソフィアにもその内与えようと思ったが、今は学んでいく過程が大事だ。


半年もすると、水魔法も発現させて仕舞ったので、このままでは不味いと思い、ソフィアに魔力操作の訓練をさせることにした。


まるで、弟子の面倒を見ているようだった。店番を雇ったはずが、店を閉めてソフィアに魔法の教示をしている。

魔力操作はやはり難しかったようだ。第一段階で躓いている。だが、これでいいとルシオは思った。


ソフィアが、余りに早く何でも出来てしまうのは、何となく癪だった。ルシオでさえ何年もかかったのだ。もう少しゆっくり育って欲しいと思うのだ。

そうでなかったら、今までの自分が惨めで……悲しい。

「今までの僕の努力の年月が、馬鹿みたいじゃないか!」


「女でも、魔導師になれるなら、もっと仕事の幅が広がるのに。何故こんな慣習になって仕舞ったのかしら」

「……」

ルシオは、ソフィアのことを身近に観察して、その理由に思い至った。


女性には月に一度の問題があった。

月のものが来るとソフィアの魔力は乱れる。突然大きく膨らんだり、全く萎んでしまったりする。これでは魔導師になることは困難だ。危険過ぎる。


「ソフィア……ハッキリ言うが、月のものがあるときは魔法は使わない方が良い。この間のように突然火魔法が暴発すれば危険だ。分かったな」

「……はい」


一応異空間に連れて行って魔法は発現させている。そのお陰で事故にはならなかったが、女性に魔法を教えてしまったのは早計だったのでは無いのかと、ルシオは悩んだ。


ソフィアとの生活は順調に過ぎていく。

ルシオは食事の時以外は異空間で過ごしている。

街の店は今では、ソフィアの家のようになっていた。

そんな日々を過ごし、ルシオも二十一歳の終わりに差し掛かってきた。

暫くぶりに、ルース魔導師が訊ねてきた。

「お久しぶりです。ルース魔導師。ソフィア、魔導師にお茶を」

「はい」

「ほほう、妻を娶ったのか?」

「いえ、違います。店番をお願いしているソフィアです」

「フン、隠さずとも良いではいいか。女はいた方が何かと便利だぞ。儂も三人ほどおる」

「……さ、三人も?」

「ルシオ、儂はまだ現役だ。枯れてなどおらん!」

「いえ、そう言う意味では……ところで今日は何か」

「おお、そうだったな。実はお前の通信器だ! あれが中々手に入らん。儂に急いで作ってくれまいか」


専用の魔水晶が手元に無いため今は無理だというと、がっかりしている。

「でも、あれから随分月日が経ちました。何故ブルホの錬金魔導師達は作っていないのでしょう」

「いや、物はあるはずだ。渡す魔導師に制限を設けているようだぞ。毎年十個までしか外には出せない決まりだそうだ。確かにあれは大変なものだからな。野良魔導師の手に入らないようにしているのだろう」

「野良魔導師がいると言う事ですか?」

「ああ、税金逃れでな。各地に散らばった魔導師が行方をくらましている。全く馬鹿な奴らだ。神から離れてどうやって生きていくというのか」


ブルホから解放されて、以前のルシオのように市井に隠れた魔導師達が数人出始めたというのだ。

ルシオは税金は納めていないが、売り上げの三十パーセントを納めなければいけないと言うことだった。


決まった金額ではないのだ、あくまでも売り上げた額からの徴収なのだから、厳しいとは思わないのだが、羽を伸ばした魔導師は金の使い方が荒くなって、返って窮地に陥っているようだ。


「野良魔導師を救済できないものですか?」

「今、神官達が手を尽くしておるが、時間が掛かる。探しても見付からないものが数人いるそうだ」

困っているルース魔導師に、改良型の通信器を渡してやった。少しだけ性能を上げた指輪型の通信器だ。


「おお、これは使える。これで少しは楽になる。ありがとう」

「これは簡単にできますよ。作り方はまだ申請していませんが、教えましょうか?」

「馬鹿もん! 簡単に自分の発明したものを明かすでないぞ! 全く、パブロ魔導師が心配する気持ちが分かる」

「え?」

「あ、い、いや、では、これで儂は帰る」


ルース魔導師は、もしかしてパブロ魔導師に言われてこのカルカピタルに来たのではないだろうか。

何とも弟子思いのパブロ魔導師らしい手配の仕方だ。

次の日は、アレハンドロからも連絡があった。

彼は度々ブルホに帰ってきていたようだが、ここにはあれ以来来ていない。

だが、神殿長から、いち早く端末の通信器を貰った一人だ。

元気そうな姿が端末に現れる。


「よう、また凄いものを作ったな。これなら相手の顔が見えて安心だ。元気そうだなルシオ」

「ああ、君も。まだ仕事が片付いていないのか?」

「もう少し掛かる……ところでお前、女がいるそうだな。何時の間にそんなことに成っていた! 何で俺に知らせない! むっつり何とかとはお前のことだな」


多分ルース魔導師からの情報だろうとすぐに察した。

過保護な周りに、可笑しくなってしまうルシオだった。


「ただの店番だよ。忙しくなったから雇ったんだ。君が考えているような関係はない。それより、君だって各地に恋人がいるんだろう?」

「まあな、俺はもてるから直ぐに女が寄ってくる。五月蠅くて適わん」

「良かったね、それより、野良魔導師が出てきているらしいが、アレハンドロは聞いている?」

「……今その仕事をしている。どうやら彼等はこの島にはもういないようだ」

「どう言うこと?」

「もうこれは公然の秘密になったから言うが、グランデ大陸に渡って行ったらしい。もし神殿が彼等を連れ戻すと決めたら、俺はまた長い旅に出ることになるだろう。ルシオも覚悟をして置けよ」

「え、何故僕が!」

「お前ほどの魔導師でないと対処出来ないということだ。神殿がこのままお前を放って置くとは思えない。分かったか? 身辺の整理をしておけ」


ルシオはドキドキしていた。また神殿の仕事を任せて貰えるということか。

やりたい! そしてグランデ大陸へ行ってみたいと切に思った。


ソフィアに早く一人前になって貰いたい。

基本の通信器が作れるようになれば錬金術士として生きていけるだろう。

そうなればここを任せても良いはずだ。

彼女なら一人で切り盛りできる。魔法袋はルース魔導師にお願いすれば大丈夫だ。

もしかすれば、ソフィアにも作れるようになるかも知れない。ルース魔導師にその内教えて貰えるかも知れないが、光も闇も教えていない今は無理だ。


それからソフィアの特訓が始まった。島で初めての女性の錬金術師の資格取得者に、ソフィアはなるだろう。

魔導師は無理だ。

第一ブルホの大神殿での試練は受けられない。そのことをソフィアに言うと、


「女が魔導師になれないことは承知しています。でも、錬金術師になれますか? 資格は取れないのでは?」

「やるだけやってみろ。君には才能がある。そこいらの男には負けないくらいのな。だが、月のものがあるときは絶対魔法を使ってはいけない。それでも、生活には困らないだろう?」

「はい、十分身にしみております」


少し問題になったが、ルシオの保証人としての力が働き、一年後、ソフィアは錬金術士になることが出来た。

「税金はきちんと納めるんだよ。そうしないと資格が取り上げられる」

「はい、商人だったんですよ、私は。重々分かっておりますとも」


そして、ルシオに神殿長からの呼び出しがあった。


 ――いよいよか!


ソフィアに、以前作って売れなかった魔法鞄と、転位陣の鍵と低品質の魔水晶を渡し、自分は暫く旅に出ることを告げる。

転位陣の行き先はブルホの荒野とホセの所だけにしておく。

旅が長引けば、今ある魔水晶が足りなくなるかも知れない。ウゴの所から魔水晶を仕入れることもあるかもしれないと思ったからだ。


転位陣には新たな仕組みもつけておく。ソフィアなら大丈夫だろうが、万が一魔力が足りなければ転移はできない。

転位陣に魔水晶を組み込んで、魔力の補助をするように変えたのだ。


「……そんな! ここから居なくなると言うことですか?」

「いや、暫くしたら帰って来る。それまでここを君に任せるから。好きにして良いぞ。売り上げも君の物だ。弟子を取っても良い」

「分かりました。しっかり守っています。必ず帰ってきて下さい! 私、ずっと待っていますから」

「あ、うん。エート、じゃあ、行ってくる」

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