28 薬師の登録
パブロ魔導師はそれから度々ルシオの所に訪れるようになった。
時おりミゲル魔導師や、ルーカス魔導師まで連れ立ってくる。
ルシオに異空間の作り方を習うためだ。
通信器で、予定をすりあわせているようだ。お互い離れた場所にいるが、これのお陰で不便は無くなったと喜んでいる。
通信器は初期の物だけを神殿に登録した。安価で、簡単に作れる物だ。土魔法が出来る様になったウゴが今作っている。
「忙しすぎる!」
と、この間通信してきた。通信の魔道具は、神殿に安価なレシピの利用料を払えば、土魔法が使える魔法使いなら誰でも作る事が出来る物だ。
今、商人達に爆発的に売れている。各国の政府からも問い合わせがある。
セキュリティーや耐久性を強化した物を政府に売り出すようだ。
要するに高価な魔水晶を使って作る。
初期の通信器は数年で使えなくなるのだ。小さな魔水晶を使うため魔力が無くなればおしまいなのだ。
それはそれで、また買い換えて貰えるので、ずっと作って売っていくことが出来る商品なのだ。
ルシオの中では消耗品のトランシーバーの位置付けだ。
ルシオは基本の通信器の権利は放棄した。
パブロ魔導師に叱られてしまったが、これは世の中に普及したい。
ブルホの魔法使い達の利益になる物だ。なので、自分では作っていない。
その代わりこれから開発する物は、きちんと金を貰う。
不労所得はやはり少しは欲しいと思うルシオだった。
初期の通信器は、少人数同士しか対応出来ない。
改良版はまだ形になっていないがルシオの頭の中ではもう出来上がっていた。だが、これには神殿の許可が必須なのだ。
パブロ魔導師に聞いて見るしかないだろう。
今日もルシオの所にミゲル魔導師とパブロ魔導師、そしてルース魔導師が集まっている。アイディアを相談する丁度良い機会だろう。
「魔水晶の森の中に?」
「ええ、あの中には知識の大魔水晶ほどでないけど、大きな魔水晶が何十本もあります。その中の一本を通信器のタワーにして、魔導師達の通信網に出来ます。魔法陣を描いて、魔水晶の根元に出来たクラスターを端末……通信器にすれば、多くの人と通信が可能になるんです。
声だけで無く、画像も送れるようになります。各国の神殿に中継点の魔水晶を置けば、ペケーニョ島中に通信可能になります。半永久的に使えます」
「「「………………」」」
「ダメでしょうか?」
「いや、凄いと思う。お前に貰った通信機は遠方になるほど魔力消費が多い。私達の通信機はもう感度が落ちてきているのだ。これができればこれからはもっと頻繁にやりとりが出来るだろう」
「もう? そうでしたか……代わりをお渡しします」
「ルシオ、私達はこれから神殿長と話し合う。多分許可が出るはずだ。すぐに実現できるなら、準備しておいて欲しい」
ルシオは、その後ブルホの大神殿に招かれ、それから一ヶ月掛けて、通信システムを完成させた。
その間一歩も水晶の森からは出なかった。
これは秘密にしておかなければならない物だと言われたのだ。
「情報の中枢のことを知るものが少ないほど安全なのだ。其方には毎年それなりのものを約束しよう」
不労所得とは少し違うが、ルシオにとってはどちらでも良かった。
これで生活する上で心配はなくなったのだ。
安心して研究を続けることが出来る。
タワーに魔法陣を刻む間、ルシオが寝泊まりする場所は、意識下の異空間だ。そこに大きな屋敷を作って貰った。
パブロ魔導師が土魔法の権威だという魔導師を紹介してくれたのだ。
彼はまだ若い戦闘魔導師だった。名をクリステルという。何となく見覚えがある。誰だったかと考えているルシオにクリステルは、
「私と一緒に王都から馬車で来たのを覚えているかい?」
「ああ、あの時の!」
ルシオよりも三歳だけ年上の彼は、あの魔力が多かった少年だ。
年下の子どもの世話をしていた優しい子どもだった。
「神官にならなかったのですか?」
ルシオは、彼なら絶対神官になれると思っていたのだ。もしくは錬金魔導師に。魔力はアレハンドロと同じほど大きかったはずだ。
「私には……無理だったようだ。あの試練の時……まあ、神官になるほどの器ではなかったと言う事さ」
禁止されているので彼ははぐらかしたが、ルシオは察した。
――ああ、彼も前世のことを引きずっている一人なのだ。今世でその罪業を知って苦しんでいるのだろう。
彼の心は敢えて読まない。やってはいけないことと感じた。
人は知られたくないことの方が多いのだ。苦しんでいる人の助けになるなら良いが、それ以外は、ただの盗み見になってしまう。
クリステルは土魔法に特化した戦闘魔導師なのだそうだ。
彼が指揮してブルホの建築を進めたという。
彼の魔力操作は繊細で、力強かった。ルシオの希望を聞きながら、図面をおこし、あっという間に大きな屋敷を作り上げてくれた。
「君の異空間は大きいな。私のはこんなに大きくはないんだ」
「クリステルも、作れるようになれたんだ。凄いね、まだパブロ魔導師達も出来ないのに」
「多分、空間認識の問題では無いか? 私の場合、建物を作ることが多いから。君が発見した異空間収納も助かった。君から受けた恩恵は計り知れないよ。魔導師達は君にどれほど感謝しているか……」
クリステルが考えるには、異空間収納の大きさが異空間とシンクロしているのでは、と言うことだった。
ルシオは目から鱗だった。
今まで特に意識しないで自分の異空間にいたが、クリステルの説が正しければ、ルシオの異空間は、ペケーニョ島と同じ大きさと言うことになる。
同じ場所ばかり居たから全く分からなかった。
今度異空間の中を探索して見るのも良いかもしれない。
「私は始め、異空間収納を作る時、迷宮を思い起こしてそのまま作った。イメージ力の乏しさなのか……何度か変えようとしたが無理だったよ。固定されてしまったんだ」
そうだったんだ……それは知らなかった。魔力が大きくても自分の思い描いた物に固定されてしまうとは。
だが、迷宮を想像したと言うことは、これから化けるのでは無いだろうか? 迷宮は不思議な空間だった。ルシオには迷宮の大きさは想像できない。
ルシオと違い、戦闘魔導師として長い間迷宮に潜っていた経験が、クリステルにはあるのだ。
「私の異空間に今度招待しよう。まるで迷宮の中にいるようだよ」
クリステルに作って貰った屋敷は快適だったが、風呂が無かった。
ただの、タイル張りの部屋があるだけだ。ルシオはここに盥を置き魔法で湯を出し、間に合わせている。
食事は適当に自分で作った塩味のスープと支給されたパンや惣菜だ。
食事にいい加減飽きてきた頃、やっと仕事が終わった。
魔水晶の根元にあるクラスターをごっそりと採り、後はこれを端末にすれば良いだけだ。
スマホタイプにしようかと考えたが、あれは無くして仕舞うことがよくあった。身につける形の方が良いだろう。
出来上がった物を神殿長に献上する。
「ん? 映像を見られると聞いたが……」
神殿長が持っているのは腕輪だ。腕に付ける部分は魔素につけ込んだ動物の皮で、古くなれば付け替えれば良い。
端末の本体は、中央に着いている魔水晶。時計のような形だ。
「この部分に魔力を流せば、通話可能になります。魔力の無い者には使えません。ですが自前の魔力のお陰で補充や交換は必要はありません」
ルシオが送った画像は、リアルタイムのルシオだ。目の前に浮かび上がる立体映像の十センチほどのルシオを見て神殿長は驚いた。
「お、凄いですね。本当に絵が浮かび上がっている。動くのですか!」
フォログラフィーのテレビ電話だ。保存機能も検索も出来ないが、これで十分だろう。
ルシオが説明すると、神殿長はルシオを見つめそして、
「凄い物を作りましたね。これはどれくらい作る事が出来ますか?」
「クラスターの分だけですから、二百個くらいです。魔水晶が生えてきたらもっと増やせますが、暫くは無理ですね。この作り方を錬金魔導師に教えたので、今作っている最中でしょう」
「そうですか、ご苦労でした。これらの報酬は別に用意していますが、他に、貴方に希望があれば言って下さい。魔水晶でも、この地に屋敷を持つことでも、何でも構いません」
「いえ、いえ、頂ける予定の物で十分です」
「……ローサンが言っていた通りの方ですね、貴方は」
「え?」
「いえ、何でもありません。それだけというわけにも行きますまい。では魔水晶の中から好きな物を選んで持って行きなさい。知識の大魔水晶以外ならどんなに大きくても構いません」
「……では、遠慮無く頂いて行きます」
ルシオは、もう一度魔水晶の森へ行き、ずっと奥の方にあった壁に張り付いた巨大なクラスターを頂くことにした。何千という大小様々な魔水晶がビッシリと張り付いたものだ。
「これは品質が低い物ですよ。こんな物で良いのですか?」
「僕にとっては宝です。研究が、し放題ですから」
「ほ、ほ、ほ、そうですか。研究のためですか。分かりました。もし無くなったら何時でも言いなさい。こんな物で良ければ幾らでもお分けいたしましょう」
やっと仕事が終わり、カリカピタルの自分の家に帰ってきた。
一ヶ月も留守にしていたので、仕事が山積みだ。
急いで魔法袋を作り、雑貨屋へ持って行くと、
「魔導師様、やっとですか。客が何度も催促に来て困っていました」
「ごめんなさい。多めに作ってきましたので」
この頃は、時間遅延が付いた袋も卸している。ロマカピタルで作っていたのと同じ物だ。値段も三百万ディネロにしているが、これも飛ぶように売れる。
「そろそろ革が切れる頃では無いですか? 用意しておきました」
気の利く雑貨屋に礼を言って、革を受取る。魔法鞄に入っていた革を自分の収納に移し替える。
やり取りが終わり一段落したとき、店主が茶を啜りながら、四方山話を始めた。
「魔法使い達の資格が定着し始めたので、政府は薬師にも資格を設けるという話になっておりますよ。ホセさん、大丈夫ですかね」
「え、初耳です、何時そうなるんですか?」
「時期は決まっていないですが、近いうちに薬師組合が試験をするそうです。振り落とされる者が出てきますでしょうね」
ルシオは急いでホセの所へ行った。
「ルシオさん、戻られたのですね!」
「ああ、それよりホセ、薬師の試験がある。猛勉強をしなければ。資格が取れなくなる!」
「はい、分かっています。俺はもう立派な薬師です」
「何を言っている、君のは付け焼き刃だ。頭に知識をこれから詰め込まなければ、試験は通らないぞ」
「いえ、もう試験はしました」
「試験をした? もう?」
「はい、この話があったとき、魔法使い達が来て俺達を薬師組合に連れて行って、偽物だと吊し上げたんだ。俺達はその場で試験をしなければいけなかった。それで見事に合格を貰った。旦那様のモノクルを掛けて試験をしても良いと言われたから……」
魔法使い達はこの機会を狙っていたようだ。魔導師のせいで自分達が不幸になったと考えていたようだ。
年若いルシオに目を付けて、機会を覗っていたのだろう。
彼等は魔法使いや呪い師とは名乗れなくなった者達だそうだ。
「それで、旦那様。薬師組合がこのモノクルは素晴らしいから、作って貰えないかと言ってきたんだ。俺はその条件を呑んで薬師の資格を得た。済みません勝手をして」
「……そんなことは問題ない。そうか、心配したが……良かったな正式な薬師になれて。薬師組合にはモノクルを作って持って行く」
知識のモノクルを量産することは考えていた事だ。まさかこんなに早く一般に実用化されるとは考えてはいなかったが。
神殿長から貰った魔水晶が早速役立つ。
異空間に入り、魔水晶に魔力と祈りを捧げ、薬草や動物の知識を宝玉に次々と入れ込む。
昔の手間を考えると凄く簡単に出来上がる。知識の魔水晶に同調できるようになったお陰だ。ついでに調合の仕方も入れてしまう。まだまだ宝玉には空きがあったが、これくらいで良いだろう。
以前の宝玉やモノクルは魔物が落した物だったが、穢れを含まない魔水晶は低品質でも性能が良かった。今回は小さくてもちゃんとした魔水晶を使ったお陰で受信の感度も上がった。
貰ったクラスターから出来るだけ大きく状態の良い魔水晶を取り出し、以前よりも大きく不純物の無い宝玉を使ったお陰で、影響を及ぼす範囲も格段に広がった。
通信器の経験も生かした優れものだ。カリーダ国内なら余裕だろう。
これを薬師組合に置いておけば、モノクルに情報が伝わるだろう。
モノクルは取り敢えず二組だけ作る。もっと欲しければ注文してくれれば良い。
ルシオが薬師組合に持ち込んだ、知識のモノクルは十億ディネロで買って貰えた。モノクルは別にまた料金を払うと言われ、ルシオは面食らった。
「これで薬師を大勢増やす事が出来ます。ありがとう魔導師様」
感謝までされてしまい、何となく気まずい。
――金を吹っ掛けすぎたかな?
思い切って十億だと言っては見たが、まさかそのまま二つ返事で買って貰えるとは思っていなかったのだ。
ホセの所へ行き、新しくなった、モノクルを置いてきた。
彼等が使っていた物はもう魔力が切れかかっていた。
魔物の魔水晶で作った割りにはよく持った方だ。
「旦那様! これ、調合方法まで見えます!」
「ああ、これからはもっと沢山の薬が作れるぞ、頑張れ」
「はい!」
ホセから使わなくなった宝玉とモノクルを持って帰る。
考えてみれば、これはルシオにとって思い入れのある魔道具なのだ。
使えなくなっても記念として保管して置く。
「安売りしなくて良かった……」
カルカピタルに来た当初、簡単に売ろうとした自分が信じられない。
「あの頃の自分は一体何を考えていたんだ?」
途方に暮れていたあの頃の自分が、まるで他人のように感じるルシオだった。




