26 新しくなったブルホ
ルシオとルース魔導師が転移したのは、多分荒野だった所だろう。
ここの転位陣は一方通行のようだ。
帰りは神殿にある転位陣を使わねばならない。
荒野と外街の間の一角に大きな建物が建ち、転移陣が敷かれている。
以前は大神殿の中に直接に入れたが、転移陣の場所を変えたようだ。
そして荒野も変わっていた。大きな街が出来上がっていたのだ。
外街は取り壊されて、立派な家々に変わっている。
以前外街に住んでいた人々は、より広い荒野に作られた街へ移住したようだ。
外街は以前はゴチャゴチャしていたが、今は立派な都市に生まれ変わっている。
「驚いたか? ルシオ魔導師は暫くブルホへは来ていなかったのだな」
「はい、二年ぶりか……それ以上です。街がたった二年で出来上がるとは、驚きです」
「ああ、魔導師達が力を合わせて作ったからな。以前の外街は、錬金術師や戦闘魔法兵の住む場所に生まれ変わった。大神殿がある元のブルホ市国の様子も大分変わったのだぞ」
では、ウゴも外街に移っただろう。落ち着いたら、新しくなったウゴの家へ行ってみたい。
人口も何倍にもなっているようだ。荒野に新しく作られた街を見渡し、それから振り返って元の外街だった所を見る。
ゆっくりと大通りを進む。
ブルホ市国だった中心へ真っ直ぐに向かう道は、堀に掛かった橋に続いていた。
橋には鳥居に似たゲートがあり、そこには戦闘魔法兵が番をしている。
これは以前と変わっていないようだ。
大神殿は元のままで残っていたが、塔の周りにあった古びた屋敷は取り壊されて、広い空間を取っていた。そのせいで塔はニョッキリと聳えて見える。
よく見ると塔は大神殿を中心に均等に囲むように作られていた。
真ん中の神殿にも一際高くそびえる塔がある。
今、塔の中はどうなっているのだろう。
農民がいて農地を耕しているのだろうか? ブルホの周りがこんなに変わったのだから、違った形になったのかも知れない。
新しく作られた見事な建物は、魔導師達の屋敷なのだろう。
以前錬金術師や、戦闘魔法兵が住んでいた区域に、立派な屋敷が七十棟ほど建てられていた。
「立派な屋敷ばかりですが、これで足りますか? 魔導師達の屋敷にしては数が足りないようですが」
ルシオはこれからは魔導師が倍以上になるはずなのにと不思議だった。
「十分足りる。今後も魔導師達はペケーニョ島中に散らばって行くのだ。ここに立っている何棟かは、宿屋のような役割だ。今回のように、魔導師達が集まるための施設だな」
ルース魔導師によれば、この様な形は穢れ以前のブルホの形だという。
魔物の大反乱によって壊されたブルホ領都は、規模を縮小してブルホ市国として細々と存続していた。これは元々の街の規模に戻っただけだそうだ。
では、荒野は、元は街だったと言うことなのだろう。
どれほどの魔物が氾濫すればあのようになってしまったのか。
駆逐するのに大変な思いをしたことだろう。大きな魔法を何度も放ち、街まで壊滅させてしまう大魔法だったはずだ。
塔の中には娯楽施設も出来たという。
山のあるあの塔だろう。温泉は出来上がったのだろうか?
「僕も塔へ入れますか?」
「ああ、魔導師なら見学できる。塔では大勢の奴隷達が働いているいるぞ」
「奴隷……ですか」
「秘密を漏らさないように奴隷を数百人抱え込んだそうだ」
「農地は秘密にすると言うことですか?」
「そうだ、今は各国同士友好的だが、何時また不和が起きるとも限らないのだ。用心に越したことはない」
「……そうですね」
秘密と言うことになったのなら、以前匿った孤児院の子ども達にも、精神魔法が掛けられ記憶を消去されたことだろう。
魔導師達は、異空間収納に幾らでも保存できるのだ。
膨大な食糧の備蓄が出来るだろう。
※
ホルヘ元神殿長の葬儀は、地下の水晶の森で粛々と執り行われた。
魔水晶の森にも転移陣が敷かれて、深い穴に一瞬で移動した。
ここに集まった魔導師は八十人弱だった。
その中にはアレハンドロや、ミゲル魔導師、ルーカス、レオ、パブロ魔導師などもいた。ルシオを見て皆寄ってくる。
「どうしていた? 今はロマカピタルにはいないのだろう?」
「カリカピタルで、魔道具店を開いています」
「そうか、自由を満喫しているようで様で何よりだ」
パブロ魔導師がじっとルシオを見て、そう言った。
葬式は、神殿長を荼毘に付し、灰になった亡骸を、魔水晶の根元に撒く。
以前見た巨大な魔水晶の周りには小さな魔水晶がクラスターとなって無数に生えていた。
この短い間にこれほど多くの魔水晶が成長している。
パブロ魔導師が耳打ちで教えてくれたが、この大魔水晶の根元に生えた魔水晶が、各地の神殿へ据えられる知識の魔水晶だという。
ルシオはその話を聞いて、
――これは使えそうだ。
と考えていた。新しい魔道具のアイディアがひらめいたのだ。
式に出席した魔導師達一人一人に、一メートルほどの魔水晶が手渡された。
「これは、我々魔導師に、これからの神殿長が亡くなる度に渡される」
神殿長の遺言だそうだ。
穢れが無くなり、魔水晶が再び採掘可能になった。
『恩恵は分け与えよ』とのことだった。
この魔水晶一本でどれほどの魔道具が作れるだろう。
どれほどの価値があるのだろう。
今後の魔導師達は大きな力を持って行くに違いない。
皆、式服が濡れるのも構わず、その場に跪き祈りと魔力を捧げた。
新しく神殿長に就任した、フアン神殿長が葬儀を閉め、また大神殿に皆で移動した。
新しい神殿長はルシオを見付け寄ってきた。
新神殿長は以前オエステ領の神官だった人だった。
「お久しぶりです、フアン神殿長様。その節はお世話になりました」
「……息災そうで何よりです。あの後暫くしてローサンは亡くなりました。貴方のことを何度も話題にして、心配しておりました」
「心配? それは……」
「いえ、大した事ではないのです。ローサンは『あの若者は今どこにいるのだろうな』などと言うような他愛も無い物です。気になさらないで下さい、ローサンは貴方に自分を重ね若かりし日を思い出していたのでしょう。穏やかな最後でした。では」
ローサンとフアンは、パートナーだったのではないだろうか?
魔導師の中には、同棲のパートナーを持つ者もいる。
それは神の教えに背くことでは、ないのだという。
魔導師は子が出来ない。彼等は人として認め合っていればそれで構わないと思っているのだ。
前世の宗教観では罪とされていたことが、ここでは罪でも何でもないのだ。
前世では硬派だった”廉”だが、ルシオは大人になって少しだけ柔軟になり、その考えを受入れられるようになっていた。
葬儀も終わり、魔導師達は自分の拠点へ帰っていく。
帰りの転移にも料金が掛かるようだ。
遠方から来た魔導師は、少し渋い顔でお金を納め、転移していく。
自前の魔力で転位出来なければ、倍の料金が必要だ。結構な金額なのだ。
同じ転移地へ行く者は連れ立って転移している。
お土産に貰った魔水晶があるのだから、そんなにしぶるほどでもないのだが。
ウゴの所へ寄りたいと言って、ルシオは一人、別行動しようと歩き出す。
「おい、暫くぶりに会えたのに、つれないなお前は!」
アレハンドロには、そう言われたが、ルシオは神官達とは一緒にいたくなかった。彼等に引け目を感じる自分が嫌なのだ。
ルシオには、神に対する疑念がある。それを知られてしまうのでは無いかという恐れも僅かだがあった。
それに、魔水晶のクラスターがどうしても欲しい。先ほど浮かんだアイデアを形にしたくて、居ても立っても居られなくなっている。
安価なクラスターの方がいいのだ、ルシオが考えた魔道具は。
『ウゴに、その伝手はあるだろうか?』
今まで魔水晶は自分で買ったことがない。
手持ちの物で間に合ってきたルシオだった。
パブロ魔導師に言えばすぐに手配してくれただろうが、このアイディアは、まだ知られたくはなかった。
果たして、出来るかどうかも分からない物だ。
また期待されても困ると思った。
ウゴの家を何とか探し出し、お互いの無事を喜び合った。
「あんなに小っこかったのに、本当に大人になってしまったんだなァ、ルシオは」
確かに、ウゴは少々年取って見えた。顔色が悪く老け込んでしまった。
「ウゴ、どこか具合が悪いのか? 年の割に老けすぎだ」
「まあ、少しだけな。この頃調子が悪い。養い子が中々独り立ちできないせいかもな、は、は」
ルシオはウゴの身体を隈なく調べる。どうやら心臓が弱っているようだ。
このままにしておけば突然死もあり得るだろう。
有無を言わせず治癒を掛ける。ウゴの身体が暫く発光して、その後顔色が良くなったウゴが、驚いていた。
「今、なにをした?」
「治癒を掛けただけだ、どう? 調子が戻った?」
「ああ、全く元通りになった。以前、神官に見て貰ったが無理だと言われた病だぞ」
「……まあね、僕は治癒は得意だから。それよりウゴ、魔水晶のクラスターを仕入れられる?」
「クラスター? 大きさにもよるが……俺でも仕入れることは出来るが、良い物だと金は掛かるぞ」
「これと交換しよう」
葬儀で貰った魔水晶をウゴに差し出すと、ビックリ仰天した。
「これと交換できるほどのクラスターは流石に無理だ。お前、以前より馬鹿になってねぇか?」
「酷いな、ウゴが喜ぶと思ったのに……神殿長の葬儀の返礼品なんだけど」
神殿から貰った物はルシオには重く感じられた。
ウゴにプレゼントしようと思ったが、断られてしまった。
そんな大層な物とは交換できないと言われたのだ。
「クラスターで魔道具を作るんだろう? 折角貰ったんだ、これで作れば良いだろう」
「これだと原価が高くなりすぎる。安物で作りたいんだ」
こいつの考えは訳が分からない、と言った風な顔をされたが、安物が良いならすぐに取り寄せると言ってくれた。
ウゴが仕入れたのは、一センチから五センチ位の小さな魔水晶が固まってくっ付いて居るクラスターだった。
五十個ほどの塊だ。品質は中の下くらい。鑑定してみると小さいが、一つ一つの魔水晶には不純物が無く、クラックもなかった。これは使える。
「ウゴ、丁度良い物を仕入れてくれた、ありがとう」
「ああ、これくらいで良いなら何時でも言え、すぐに手配してやる、これは治癒代だ。持っていけ」
お礼に、以前作っておいた土魔法の知識が詰った魔水晶とモノクルをウゴに差し出すと、
「これで土の組成が分かるというのか? あんなに勉強しても頭に入らなかったのに……」
と、悲しそうな顔をされてしまった。
「目に魔法陣が無くても土の鑑定が出来るんだ。これで土魔法が出来るようになったら、仕事の幅が広がるよ」
「そうだな、ありがとな。何時でも言ってくれ。クラスターはまた仕入れておく。これには見合わない金額だがな」
ルシオは早速、ブルホ大神殿の転位陣からカリカピタルヘ戻った。
自分の家に戻ってホッとする。
早速クラスターを出し、思い付いた魔道具の制作に取りかかった。
ルシオが考え出したのは、通信の魔道具だ。
今回のような急な呼び出しから、なるべく回避したいと、密かに思った結果だった。
ブルホの情報をいち早くウゴから仕入れるための物だ。
同じ性質がある魔水晶は同調する性質がある。
知識のモノクルでも同じだった。なら、魔水晶で通信が交わせるはずだ。
大きな魔水晶を砕いて造れば最高だろうが、金額が跳ね上がってしまうし、単純な造りの物なのに無駄に高価になってしまう。
自分が連絡を取りたい人物と話せるだけの物なのだ。
これから、どれくらいの距離が有効なのか調べる必要もある。
もし出来上がれば、一般の人にも安価で売る事が出来そうだ。
商人などは欲しがるに違いない。
仕組みは糸が無い糸電話のような物だから簡単に出来上がるだろう。
魔水晶同士が共鳴するので、電気も磁石も必要ない。
その役割はまるっと魔水晶が肩代わりしてしまうのだ。
声が聞こえるようにするためにスピーカー部分が必要だ。
始めコップ状の物を土魔法で作り中心に魔水晶をくっつけたが、これでは使い勝手が悪すぎる。
一々耳に当て聴き、口に持っていって話すのは面倒だ。
段々小さくしていき、終いには二センチくらいに出来あがった。
イアホンとマイクの一体型。スピーカー部分を耳に引っかけてそこから伸びる小さなマイクに向かって話す。
イメージは前世のオペレーターが使っているような、ブームマイク付きヘッドセットだ。
これを一組作り上げる頃には、窓の外は明るくなっていた。一晩中作業に没頭していたようだ。
魔法陣も何もない、単純な造りだった。
「だけど、魔法陣を書き込めば性能も形も、もっとよく出来そうだ」
基本は出来たのだ、後はゆっくり考えて作っていけば良いだけだ。
ルシオは、すがすがしい達成感に包まれてそのままぐっすりと夕方まで寝てしまった。
二日後、神殿へ行ってまた転移する。金額は往復百万ディネロだ。自分で魔力を出すからこの金額だが、神官に頼めばこの倍の料金がかかる。
気軽には出せない金額だろう。
ウゴの所へまた来たのだ。ウゴは、
「何でまた、何かあったのか?」
「これを持っていて貰いたくて。ブルホで異変や、気になる話題があったら知らせて欲しい」
「ああ、そうか。心配しているのか。分かった、流石、魔導師だな。離れていても気に掛けるなんて」
「……そういう訳ではないんだけど。この魔道具はまた試作品だから、内緒だよ」
「分かっているって、飯の種だろう? 簡単には他人に明かさない方が良い。神殿に知られたら権利を持って行っちまうもんな」
「……そうなの?」
ウゴは、ルシオの魔道具が次々とブルホに吸い上げられたのを知っていたようだ。
ルシオは元々魔導師のためになる、と考えて考案した物だ。
権利などなど全く気にしていなかったが、魔法使い達の間では余り印象が良くなかったそうだ。
その為何か発見があっても、権利を取得できるようになるまで、秘密にするようになったとか。
「今まで、神殿長が亡くなっても、魔水晶の大盤振る舞いなんか無かったんだ。まあ、魔水晶が沢山取れなかったのもあるだろうがな。死んだ神殿長は、周りの非難を躱して、心置きなく神の元へ行くためにあんな遺言をしたって言うもっぱらの噂だぞ」
早速ウゴから情報が貰えた。
そう言うことだったのか、と納得するルシオだった。
「恩恵は分け与える……か。一人に富が集中しない政策だったのかもね」
「戦争も無いし、他の魔導師に比べて、今では錬金魔導師は一番利益が多いからな」
「でも、税金や上納金は取られていないんだ。普通の国では考えられないよ」
「税金は、ここの奴らは取られているぞ。他の国へ行った魔導師からは徴税できないだけだ。その内取られるようになる。神殿がその方向で動いているはずだ」
税金の徴収は領地にとっては必要なものだ。それに関しては、全く不満は無いルシオだった。
「ウゴ、身体の具合が悪くなったら連絡して。何も無くても、元気だと言う一言でも良いから」
「分かったって、ちゃんと連絡する」
ウゴはまた魔水晶のクラスターを大量に仕入れてくれた。
それを持ってルシオは、カリカピタルまで転移で帰った。
毎日決まった時間にウゴから連絡が入る。通信に問題は無いようだ。
「もっと離れた場所でも、いけるか?」
誰かで試してみないと分からない。暫くは距離の問題は棚上げになった。




