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25 錬金魔導師

あれから二年、ホセは薬の調合が少し出来る様になった。


傷薬と風邪薬、肌荒れ用の軟膏や、湿布など数種類の簡単な物だけだが、売れ筋の薬だ。

その他の調合法はルシオが手書きの本を作り渡しておいた。

だが危険な物は書かなかった。

そんなものをホセが作るとは思えなかったが、万が一の事を考え態と教えていない。

一応知識としてこんな物があるとは話しておいた。

危険な薬を作る薬師もいるかも知れない。

毒物を飲んだ人の症状と対処出来る薬はきちんと記した。


ぽつぽつと近くの住人が買いに来るようになり、ホセは順調に薬師として育ちつつある。

バレリアは薬草を取ってきたり乾燥させたりと、ホセの手伝いをしながら勉強を続けていた。


「薬草を畑に栽培すれば、もっと楽になる」


バレリアはせっせと家の土地に薬草を植えたりもしていた。

ホセが作る薬は街でも売れるだろう。

この場所は薬草の種類が豊富だった。

薬師にとって理想的な場所だが、顧客は限られる。

だけど、治癒師が皆無で、呪い師や魔法使いが幅を利かせているというこの街にとって薬は必要だ。


神殿へ行けば治癒の魔法を掛けて貰えるが、莫大な治療費が掛かる。

治癒は、魔導師なら誰でもこなせるが、得意不得意がある。

ルシオは得意な方だが、敢えて治癒が出来るとは公言しなかった。


治癒をして、金銭が絡めば神殿に総て納める決まりがあった。

神殿にとっては運営費となるものだだ。彼等の畑を荒らすような真似はしたくはないし、なるべく目立ちたくなかった。


どうしても、切羽詰まった場合のみ治癒を使った。

勿論無償で。出来るなら名前を明かさないように。

如何しても金を受取って欲しいという面倒な患者には

「神殿に喜捨してくれ」

と言っておく。そうすれば問題ないだろう。

神殿の治療費には及びも付かない金額だが、患者の気も晴れるだろうし、ルシオも神殿へ行かなくて済む。


何故そうなったかと言えば、ルシオは未だに神殿へ行きたくないからだ。

神への不信感はルシオの中で、根強くくすぶっていた。


ルシオは、ここをマルに任せて、街に店を出すことに決めた。

金は十分貯まったから小さな店を買うことも出来そうだった。

マルから薬を仕入れ、そこで売ればいいだろう。

街には薬を必要とする人が大勢いるのだ。


「街で売るとなれば、人手が足りなくなる。この近くで働きたいという子どもがいれば雇うことにする。文字が読める子が良いんだが……」

「文字なら私が教えます! 私の弟を雇ってくれませんか?」


バレリアには二人弟がいるという。十二歳と九歳の子だ。

家は兄が農家を継いでいるため、十三歳になったら弟たちは街へ働きに出なければならないのだそうだ。


「それなら文字さえ読めれば雇うことにしよう」

モノクルはまだ三個残っている。もう一人誰か見付けて貰うように言って、ルシオは街へ物件を探しに行くことにした。


以前世話になった不動産屋に来て、何軒かめぼしい物件を廻る。


「中心から少し外れても構わないんだ。馬も居るし、もう少し広い敷地が良いんだが」


バーリョが自由に出来る場所が必要だった。

あと半年もすれば、ホセとバレリアは所帯を持つと言っているのだ。

ほんのりと甘い′雰囲気が漂い始め、あそこには何となく居づらくなってしまった。


「北側に広い敷地がある中古物件がありますが、家が建て替えなければ住めないほどボロボロです。新築しますか?」


新築なら、ルシオの創造で出来るだろうか? 試しても良いかもしれない。もしダメでも、小さな家を建てて貰えば良いだけだ。金ならあるのだ。

だが、見せて貰うと余りにも街の中心から離れすぎている。これでは店に客は来ないだろう。


バーリョは、広い敷地に慣れてしまったのだ。仕方がない、郊外のホセの家にいて貰うしかないようだ。


ルシオは中心地に近い小さな家を買うことに決めた。

三階建ての石造りのしっかりした家だ。小さな庭も付いていた。

一億ディネロだったが、今のルシオには問題なく買える値段だった。


魔法袋は、町人達が持っているのを見かけるようになった。

少し頑張れば買える値段のお陰だろう。総てルシオが作った物だった。


ルシオの店の周りは似たような造りの家が隙間無く建っている。

大通りから一本外れた通りだ。大通りを海側に行けば、新しい神殿が建っている。そこには、ついこの間神官が来たと言う。


ルシオの知っている神官だろうか? 一度挨拶に行くべきなのだろうが、まだ神殿へは行きたくなかった。


郊外の家に帰ってくると、雇って欲しいという者が来ていた。六十代の夫婦だった。この年齢では薬師になるのは無理ではないだろうか?


「あの……薬師になりたいのですか?」

「いえ、私ら夫婦をここの農家の下働きに雇って貰えないかと思いまして……」


彼等は十数年前マヨール国から来た商人だという。

カリカピタルで商売をしていたが、上手くいかなくなり、借金を清算してこの近くの農家で働いていたそうだ。

農家の代が変わり、年齢を理由に解雇されてしまったという。


ルシオは彼等の心を読んでみたが、問題は無さそうだった。

彼等にはここの薬草畑の世話や、家の中の仕事をして貰うことになった。

下働きの給料などは微々たる物だった。

彼等には男の子どもがいたが、戦争があった折、亡くなってしまったそうだ。食べていけて住む処があるだけでも幸せなのだという。


元商人なら読み書きや計算が出来る。それに、ここには子どもしか居ないのだ、返って良かったのかも知れない。


ルシオは街に住み始めた。もう変装はしていない。

魔導師として堂々と商売が出来る様になったのだ。

ブルホから来た錬金魔導師も大きな店を構え始めたようだ。

ルシオの所とは売り上げが格段に違う。あっちは貴族相手の商売だから、顧客は被らないだろう。


呪い師や魔法使いのギルドからの横やりもあった。

だが、ルシオが魔導師だと知るとそれも無くなった。

初めは魔法袋を卸している雑貨屋に、言いがかりを付けてくる者もいたが、作っているのが魔導師だと知れると横やりはパタリと無くなった。

雑貨屋の主人は

「もう直ぐ、魔法使いギルドは取り潰しになるようです。詐欺紛いの商法で商いをしていた彼等は、この地域から排除されるでしょう」


今まで、魔法使いや呪い師は、この国では取り締まれなかったそうだ。

魔導師らが来て、彼等の稚拙な魔法を糾弾したそうだ。

魔法使い達の魔法は単なる目くらまし程度なのだ。


ロマゴに居る呪い師や、治癒師と比べても格段に低いレベルだった。

魔法が身近に無いこの地域では、少しの魔法でも恐れや憧れの対象だったのだろう。

彼等はこれからは、魔法使いや呪い師とは名乗れなくなると言う。

魔力を持っていて、魔法を生業にしようとするには資格が必要になるそうだ。


神殿が資格試験を設けて各個人の魔力の査定をするという。

その後適切な教育をして、仕事の割り振りをしていくそうだ。

戦闘魔法兵のような仕事だろうか? それとも錬金術師だろうか?


神官魔導師達は国の改革にも役に立っているようだ。

ペケーニョ島が一つになり、ブルホのため込んだ知識を広めていく過渡期なのだろう。

その為に、ブルホに長い間籠もっていた魔導師達は、今島中に散らばっている。

ノルディゴ国が起こした戦争や、ロマゴ国の崩壊は、回り回って魔法を正しく広めるという神の意思だったのだろうか。

ぼんやりとその様なことを考えるルシオだったが、

――その中に僕の居場所はない。僕は神から離れたのだから。

そうぽつりと呟いたルシオは、二十歳になって居た。


ホセの家を出るとき、バーリョも付いてこようとしたが、頻繁に帰って来るからと、言い聞かせてここに居て貰った。


ホセの薬も順調に売れている。

街に暮らし始めて一人暮らしにも慣れた頃、ルシオは淋しさを感じるようになった。そんな時はホセの家に行く。バーリョを心行くまで走らせ、世話をして心が満たされ、また街へ帰ることを繰り返している。


「そろそろバーリョのことを考えないとな。何時までも預かっているわけにも行かなくなった。バーリョのために異空間を作って見ようか」


異空間は、前世で読んだ本にも出てきた。『面白い』と感じた魔法だった。

ブルホで見た、山がある異空間があれば、バーリョも伸び伸び過ごせるのではないだろうかとルシオは考えた。


一人で街で暮らすのが苦痛になってきたのだ。

異空間は、魔水晶を使えば出来るはずだ。ルシオの店には、中庭がある。

「ここに小さな異空間……作れるかな?」


魔水晶はある、だが作り方の詳細が分からない。

パブロ魔導師に貰った知識が詰め込まれた魔水晶を取り出す。

これを手に取るのは数年前一度見て以来だ。


特段祈りもせずに、魔水晶に魔力を捧げて知識を探すが、見付からない。

異空間収納は見付かったが、転移や空間を作る事に関しては同調出来なかった。

多分神官以外には知ることが赦されないものなのだろう。


「転移陣なら同調できなくても知っているが、異空間は僕の想像で創造するしか無さそうだ」


創造なら、魔水晶はいらないはずだ。

魔力を練り、以前の空間を思い浮かべると、二時間後に出来上がった。

異空間収納とは違う空間が意識の中に出来上がっている。

「異空間!」

そう唱えると目の前に、黒い渦が現れた。

まずは自分が入って確かめなければ。

ルシオが一歩踏み入ると、そこには以前パブロ魔導師に見せて貰ったのと似たような、山や川がある広い土地があった。


「広すぎないか……?」


湖まであった。ここを維持するのにどれだけ魔力が必要か分からない。

幾ら魔素を取り込める体質だと言っても限度があるはずだ。

ルシオは以前ご先祖様に貰った、巨大な魔水晶を収納から出して、異空間の湖に沈めた。


湖の水にゆっくりと魔素が染み込むように魔方陣を描いておいた。

水は川を流れ異空間中に染み込んでいくはずだ。これで維持は出来るだろう。


「ここならバーリョも自由に走り回れる!」

バーリョをホセの所から連れ戻し、異空間に放した。

バーリョには伴侶を持たせたくて、二頭、雌馬を買い、一緒にしておく。


「子馬が生れたら可愛いだろうな」


食べるものも水も沢山ある。バーリョにとって危険な動物もいない。

それからは毎日バーリョと過ごせるようになった。


そんなある日、錬金魔導師が、店を訪れた。


「こんな処に薬師が店を構えていたとは。ん? お前は魔導師か!」

「はい、ブルホで修行をした、ちゃんとした魔導師ですよ」

「……そうか、聞く処によると、ここは薬を安く売っているそうだな。薬草はどうしている?」

「郊外で栽培しています。それが何か?」

「この頃、儂の所に薬を買いに来る者がいるのだ。呪い師や魔法使いどもがいなくなったせいだな。何とかしてやりたいが、薬草が手に入りづらくてな。儂にも薬草を売ってくれまいかと相談しに来たのだが、魔導師の仕事を奪うわけにも行くまい」

「ああ、そう言うことですか……」


ルシオはこの魔導師の心を読んでみた。

“この街には薬師が少ない。住民が病気になっても治癒では金が掛かりすぎる。何とか助けになりたい”


「良いですよ、場所を教えますので、交渉してみてください。僕が監理しているわけではないのです」

「良いのか? かたじけない。早速行ってみることにする」


魔導師が薬草を買いに行くことになって、ホセ達は益々繁盛しそうだ。

ルシオは、ホセにすべてを任せる決心をした。元商人の老夫婦はその助けになる。彼等を雇うことが出来て本当に幸運だった。


ホセの家に顔を出すと、見習いの子ども達も一生懸命勉学に励み、そして働いているようだ。

皆、生き生きと働いている。


「旦那様! 手が足りなくて大変になりました。また雇い人を入れても良いでしょうか?」


ホセが駆け寄ってそう言ったので、ルシオは

「ここはもうホセのものだ。手続は済ませてきた。君の好きにすれば良い。その代わり経理やその他は総て自分達でやらなければダメだぞ。これからが大変だ、頑張れよ」

「……ありがとうございます……」

 

それから暫くして、また例の錬金魔導師が訪ねてきた。

彼は七十代の錬金魔導師で、三人の魔導師の卵をつれている。

「儂の養い子達だ」

十五歳前後の少年達だった。カリーダ国出身の子どもだという。

やっと魔法文字を覚え、今は魔力操作を頑張っていると言っている。


「十五歳とは、魔導師になるまで暫く掛かかりますね」

ルシオは三歳から始めたのだ、彼等が魔導師になれるのは十数年以上先なのだ。


「成長期が過ぎても、魔素吸収のバックルがあるから大丈夫になったのだ。全くこのバックルは大した物だ。パブロ魔導師が考案したと言うが、神官魔導師に考案されるとは、全く。錬金魔導師の名折れだ。儂等はもっと精進せねばな」

「……はい、そうですね。僕も精進します」


錬金魔導師はルースと言う名だった。

ルース魔導師はルシオの作った魔法袋を見て、その値段の安さに驚いた。


「これはロマカピタルで売っている物とも違うな。ルシオ魔導師のオリジナルか?」

「はい、一般の人にも買いやすい値段で売ることが僕の目標ですから」

「ほほう、新しい視点だな。確かに薄利多売も良いかもしれん。かの魔力の流れを読むモノクルも、その方向性だったな」

「ルース魔導師は僕の商売敵になりますか?」

悪戯っぽい表情でルシオが訊ねると、

「いやいや、そんなことはせんよ。住み分けが大事だ。儂は今まで通りで十分稼げる」


ルース魔導師は、暇になるとお茶を飲みにちょくちょく来る様になった。

そんな折、慌ててルース魔導師が入ってきた。


「ルシオ! 神殿長が崩御された。儂等は急いでブルホへ行かねばならんぞ!」


ルシオは、困った。行きたくないと思ってしまったが、こんな時に我が儘を言ってはいられなかった。

「カリカピタル神殿へ行けば、転移ですぐブルホ大神殿へ行ける。一緒に行こう」とルース魔導師は言った。


ルシオは覚悟を決め、店を閉めて神殿へ行く。

神殿には戦闘魔導師達もいた。順番に並んで、転移の番が回ってくるのを待っている。

魔力が足りないものは、別料金を払って神官に転移させてもらうそうだ。

神官といえども、この人数を続けて転移陣を動かすのは無理だろう。

数日に分けて転移しなければならないようだった。


初めて来た神殿は、空気が澄んでいた。祭壇には七十センチの魔水晶が置かれ、皆其処に魔力を捧げ祈を捧げる。

ルシオは暫く戸惑っていたが意を決して、祭壇に跪き、祈りを捧げた。


だが、心には何も言葉は浮かばないし響かない。

ルシオは心を閉ざして祈ったのだ。


「ルシオ、君は転位陣を動かせるだろう。儂も一緒に連れて行ってくれ」

「もちろんです」

ルシオたちは転位陣の使用料を支払い、ブルホへ転移した。



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