24 カリカピタル
寄り道をしながらの旅だったが一ヶ月後、カリカピタルに着いた。
国境では検問があったが、街へは自由に入れる。商業が盛んな街だ。
疎らに家が建ち並んだ道を歩く内に、段々と家が密集してくる。
この国には、街を囲む石塀などないのだ。
ここでは外敵もいないため警戒する必要は無いのだろう。
カリカピタルは大きな港がある巨大な街だった。
ここなら、魔道具も売れるはずだ。
ルシオはアイパッチをして目の魔法陣を隠し、魔導師の服やローブも着替えて商人風を装った。
魔導師に対して反感があったロマカピタルでは買い物の際、周りを刺激しないようにしていた変装だった。
魔導師として嫌われることが多かったルシオにとってごく普通の変装だった。
だから魔導師である事を隠せという、野鍛冶の親父さんの助言に素直に従ったのだ。
「取り敢えず、宿を取るか」
宿は安そうな所に決める。
収入が未定のままのルシオは、余分な出費は避けたかった。
三階建てのボロい木賃宿だが、一応個室だ。
十畳ほどの広さがあり、簡単な鍵も付いている。食事は無く、素泊まりで、三千ディネロ。まあこんな物だろう。
ここには自炊が出来る共同の炊事場があった。
食糧は農村で沢山仕入れたから材料には困らない。野鍛冶の女将さんからイノシシの肉も大量に貰った。
バーリョも預かることが出来るお手頃な宿だ。
馬の世話をしてくれる小僧に五百ディネロやると喜んでいたので、きちんと世話をしてくれるはずだ。
「バーリョ、小僧を蹴ったりするなよ」
「ヒン!」
三千ディネロは日本円にすれば三千円から四千円くらいの金額だった。
一ヶ月、十五万ディネロあれば一人で暮らせるという金額だ。
ルシオは、これから初めて自分一人で生活する。
前世も含めて本当に初めての経験だ。
ここで商売をするには、まずは家か店舗を借りなければならないだろう。
ルシオの手持ちは、三百五十万ディネロ位か。
店舗を構えるには、足りるかどうかも分からない。まさかの時は手持ちの魔水晶を売れば良いが、なるべくはそれは避けたい。
一瞬、心の中に『お金も想像で作れてしまうのでは?』と浮かんだが、それは反則のような気がして、直ぐに考えを振り切った。
安宿に寝泊まりしながら、魔道具のアイデアを練る。
「そう言えば、以前作った知識のモノクルはここで売れるだろうか?」
本体の宝玉に動物と植物の知識しか入っていないが、五個のモノクルとセットになっている。
五人までは鑑定が使える物だ。対象を見れば、モノクルに対象の情報が文字として浮かび上がる物だ。
ただ、本体の魔水晶の宝玉から離れれば離れるほど、情報が浮かび上がるのに時間が掛かる。満足に使えるのは一人ということだろう。
「そもそも、文字を知らなければ使えないしな……これは」
第一、動物や植物の知識を欲しがる人の職業が分からない。
まだ、魔法の知識も碌に無い幼い時に作った物だ。
商人なら、もっと他の知識が必要だろう。例えば陶磁器や家具、古物の価値とか。その様な知識はルシオには無いし、パブロ魔導師のの書庫にも無かったのだ。
「薬師なら欲しがるだろうか?」
もし売れるとして、どれくらいの値段を付ければ良い?
これの中には分厚い本五冊分の情報が収まっている。
ここでの本の値段を見てから決めれば良いか――街の本屋へ行って本の値段を調べた。
ルシオがパブロ魔導師のところで見たような本は見付からない。
薄い本ばかりだ。然も小説や、よく分からない自叙伝や日記という物ばかりだった。
薄い本一冊が二万ディネロ。ルシオが知識のモノクルは少なく見積もっても十万ディネロの価値はあるはずだ。
モノクルは五個あるのだ。五十万にはなるのでは? 正し、欲しいという人がいればだが。
「でも、考えてみれば、これに使った魔水晶の元値だけで百万ディネロはする物だ。これは高すぎて売れないな」
結局、もう一度異空間収納に戻してしまった。
「やはり魔法鞄しか無いな、売れそうな物は」
問題は、鞄に加工する技術がルシオに無いことだ。
何度か創造してみたが、ルシオが女将さんに教えられて作った、酷い縫い目の物が出来上がって革をダメにしてしまった。
「革細工を想像で作るのは、僕には無理だ」
革細工職人に作って貰うしか無い。鞄を作って貰うにも結構お金が掛かる。その時、野鍛冶の奥方に作って貰った巾着を思い出した。
――あれなら、安く大量に作って貰えそうだ。
革細工工房を探し出し、とりあえず巾着を十個作って貰った。
六十センチ×四十センチの革の巾着。魔法陣を裏側に描き容量を調べる。
「直径五メートルか。やはり時間遅延は付いていないな。形状のせいかもしれない」
まずは、売れるかどうか、雑貨屋に置いて貰えないだろうか。
バーリョに乗り、広い街をゆっくり見て回る。道路は広く取ってあり、馬で歩く人もちらほら見える。
中心街へ入って店が建ち並んだ場所を見て回ると、小綺麗な雑貨屋が見付かった。バーリョを店先に設置してある馬繋ぎに繋いで、
「これから交渉をしなければならない。僕に出来るかな?」
勇気を出して、店に入る。
店の中を見まわすと、魔道具も数店取り扱っているようだ。
「いらっしゃいませ、何をお探しですか?」
優しそうな女性店員が声を掛けてきた。ドキドキしながら自分の用件を言う。
「え? 魔道具を売りにいらっしゃったのですか?」
「はい、これなのですが、魔法袋になって居ます」
女性店員は怪訝な顔をしながらも、一応店主を呼んでくれた。
「いらっしゃいませ、お売りになりたいという魔法鞄は……これですか?」
「はい」
「これは……随分粗悪な物です。買えませんな」
「え、そうですか……」
「魔法鞄は今、商業組合でも扱っております。ブルホの魔導師から仕入れ、一つ三億ディネロで売られております。貴族や大商人がこぞって買っていますが、これでは貴族達は買わないと思います。貴方は何処でこんな紛い物を仕入れたのです?」
「これは安価に買って貰えるものとして僕が作りました。小容量で、時間遅延も無い安物ですが、一般の人には受入れられませんか?」
「貴方が?」
不審に思われたようだ。ルシオはアイパッチを外し魔導師であると明かす。
「!魔導師様……では、本当に貴方がお作りになられたのですね」
「はい、百万ディネロくらいが妥当な値段だと思いますが、どうでしょうか?」
ロマカピタルではマルテ魔導師が作った簡易魔法鞄が三百万ディネロで売られていた。巾着袋なら、これくらいで売っても良いのでは無いだろうか。
「そ、……そんなに安く。分かりました、買いましょう!」
ルシオの作った魔法袋は売れた。
そしてこの先、定期的に売って欲しいと言われたのだ。
――店を持つ必要は無くなった。ここで買って貰えるのなら十分生活できそうだ。
意気揚々と宿へ帰ったルシオだったが、宿が何だか騒がしい。何かあったのだろうか?
一人の泊まり客が、自分の馬が盗まれたと、騒いでいた。
厩の係だった小僧が地面に転がされている。
「お前が手引きしたんだろう、憲兵に引き渡してやる!」
「違う! おいらは知らねぇ!」
ルシオは、小僧の心を読んでみた。
“俺は何もやっていない。きっと宿屋の親父だ”
側に居た宿の親父が、
「こいつは昔から手癖が悪かった。お客さん、憲兵に連れて行って懲らしめてやってください。この奴隷はもういらない。これ以上は面倒見切れん!」
“こいつはもう用済みだ。馬なんか預かっても儲けにならねぇ。あの馬を売って女の奴隷を買えば宿の客に身体を売れる”
ルシオの頭に宿屋の考えが流れ込んでくる。
小僧の思っていたとおりのようだ。ルシオは少し考え、
「親父さん、僕に小僧を売ってくれないか? そのお金でそのお客さんに弁償すれば良い。憲兵に連れて行けば金にはならないだろう? そもそも貴方に弁償できるのか?」
弁償など考えていなかった親父は顔を青くする。
ルシオは小僧と宿の親父と一緒に奴隷商へいって権利の委譲をして貰った。
奴隷商で奴隷紋を操作したのは魔法使いだという。
彼の魔力の流れを見ると稚拙な魔法だというのが分かった。
火魔法で目立つ模様を焼き付けているだけだった――これは、ただの火傷だ。
だが、魔法使いはこう言うのだ。
「これは呪いの魔法だ。逃げればお前は死ぬぞ」
馬鹿も休み休み言って貰いたい。ただの火傷で死ぬものか!
相手の自由を奪うには闇の魔法が出来なければダメなのだ。
こんな魔力では箸にも棒にもかからない。
ロマゴの奴隷達は魔道具の首輪を嵌められていたため高額だった。
ここでは人間の値段は二束三文だ。
ルシオはそんな茶番にも黙って従い、その場で宿の親父に金を払い、その宿は出て違う宿に行くことにした。
宿の親父は笑いが止らないようだ。
――何も知らないで罪を犯していく哀れな人だ。彼はどんな地獄へ行くことになるのか。
奴隷の小僧の名は、ホセと言った。
ホセは十三歳だそうだ。年の割に身体は痩せ細り小さい。
きっと碌に食事もさせて貰えなかったのだろう。
こっそり鑑定をして見たが、魔力は無いようだ。
自分一人なら宿暮らしでも良かったが、ホセが居る。
これからは家を借りた方が良いだろう。
「ホセ、家を借りたいが、何処いら辺が良いと思う?」
「家を借りる? 借りる金があるなら買った方が良いよ。貸家は街の中にあるけど、外側の古い家なら安いんだ。馬も街の外側の方が伸び伸び出来るしさ」
ホセの言い分はもっともだ。ルシオにはバーリョがいる。移動に掛かる時間など大した事では無いのだ。
早速ホセの知っている不動産屋へ行く。
ホセが、妙に一つの物件を押す。
「旦那様、この家は農地が少し付いている。古い家だが大きいし、何と言っても安い。これにしましょう!」
ホセの心を読んでみる。どうやらこの物件はホセの生れた家らしい。
父親が早くに亡くなり、母と二人で住んでいたが、結局母親も病になり、借金の取り立て屋にホセは売られたようだ。
母もその後直ぐに亡くなっている。天涯孤独か……。
確かに格安の物件だった。まあ、ホセが良いならここにしよう。
五百万ディネロの家などそうそう無いのだから。
街の中心から馬で二時間強。そこそこの広さがある。
家は確かに古かった。ここに代々のホセの先祖が住んでいたのだろう。
ホセは感慨深く家の中を見て回る。
柱に付いた傷を目を細めて指でなぞっていた。
ホセには悪いが少し手直しをしなければダメだ。大工が近くにいると言うので補修を頼む。土魔法で何とか出来ないかとやってみたが無理だった。
厩がないので、一から創造する。
これはできるのだ、以前作ったことがあるのだ。
――法則があるのだろうな。一から作るのは出来るが、物を改修したりは出来ないと言うような。
ホセに施された奴隷紋という火傷を治癒魔法で綺麗に治してやる。
「ご主人様は魔法使いなの?」
「いや、魔導師だ。だが暫くは内緒にしたいんだ。もう直ぐ魔導師達がこの街に来る。そうなったら明かそうと思うんだ」
「そうだね、その方が良い。魔法使いや呪い師が横やりを入れるから。彼奴ら、碌な事も出来ないくせに威張ってばかりいるんだ」
ホセの母親が呪い師に治癒を掛けて貰ったが、大金を支払ったのに治らなかったそうだ。
治癒は普通の魔法使いには無理な話だ。ホセは騙されたのだ。
「この街には女性の治癒師は居ないのか? 薬師も余り見かけなかったし」
「女は魔法を使えば穢れると言われているんだ。薬師はいるけど、薬草を採ってくる人が少なくて、薬は馬鹿高いんだ」
「そうなのか?」
国が変われば色々違うものなのだな。周りをザッと探索して見ると、結構薬草が生えている。
――ここの住民に薬草の知識が無いのだろうな。
ホセは働き者だった。
食事の支度も、馬の世話もこなし、農地まで耕し始めた。
ルシオが錬金術をしているのを興味深そうにいつもこっそり見ている。
「隠れて見なくても、こっちへ来てみても良いんだぞホセ」
「……旦那様は、どうやって魔導師になったの?」
「僕は三歳の時に親に売られたんだ」
「ッ! う、売られた?」
「そうだ。その頃は魔導師になりたいという人は少なかった。素質がある子どもを魔導師は買っていくんだ。僕もホセと似たような物だ」
「旦那様はおいらを買ってくれた! おいらも魔導師になれる?」
「……お前には魔力が無いから無理だな」
「……そうか……」
「ホセは、なぜ魔導師になりたい?」
「金が一杯稼げるから。旦那様は凄く稼いでいるだろう? おいらもそうなりたい」
「……そうか……ホセは文字が読めるか?」
「うん、基本文字だけど、宿に来た商人に少しだけ習った」
「そうか、ならもっと勉強すれば、良い物をホセにやるよ」
「良い物?」
「動物や植物の詳細が分かる魔道具だ。それがあれば、薬草を採ってくることが出来る。ホセは薬師になれるぞ」
「ッ薬師に? 薬師になれば一杯稼げるな! おいら頑張る」
普通、薬師になるには、膨大な植物の知識を詰め込まなければならない。
幼い時から薬師の見習いになり、何年も掛けて知識を学ばなければならないが、知識のモノクルさえあればその必要は無いのだ。
後は、ホセに薬の調合を教えてやろう。そうすれば二年もすれば薬師になれるだろう。
本当は、少しだけでも魔力があれば、薬の調合が楽になるの。
だが、魔力が無くても、手間を賭けさえすれば、薬はできる。
ホセは、三ヶ月もすると、文字がすらすら読めるようになったので、約束通り知識の魔道具をやった。
ホセはモノクルを掛けて、薬草を求めて草原を走り回るようになった。
ホセには魔法袋も与えた。
時間遅延が付いた物だ。
巾着型でも、魔水晶のかけらを入れれば時間遅延が付いたのだ。
どうやら魔素が微妙に抜けるせいで時間遅延が付かなかったようだ。
巾着型なので仕方が無いのだろう。
今日は何時もの雑貨屋に定期的に納める魔法袋と、少し高価な魔法鞄を持ってきた。
革細工職人に頼んで作って貰った鞄だ。
見た目は地味だが、性能は良い。容量も最大に付けた。
貴族にも買って貰えるようにしたつもりだ。
だが、この鞄は三億ディネロ以上の価値になると言われ、雑貨屋では買えないと断られてしまった。
もし売れたとしても性能が良すぎて、既存の魔法鞄とのバランスが壊れると言われたのだ。
「商業ギルドへ持っていけば買い取りしてくれると思います」
まあ、態々持っていって、ブルホの錬金魔導師と喧嘩もしたくない。
これは売るのを諦めた。
家に帰ると、ホセが、幼なじみだという女の子と何やら話していた。
「ホセ、ただいま」
「あ、ご主人様、御願いがある!」
幼なじみの彼女は十三歳だそうだ。八歳まで仲良く遊んでいた仲だという。
彼女は仕事を探しているが、街で良い仕事が見付かるか不安なのだそうだ。
仕事が見付からなければ、農家に嫁がなければならない。
「まだ十三歳だろう? 結婚は早くないか?」
「旦那様、女の子は十三歳になれば皆結婚します。結婚が嫌なら働きに出されます」
農家と商家は随分事情が違うようだ。
商家でも女の子は十五歳になれば、結婚適齢期だとは知っていたが、ルシオはそれでも前世と比べて早すぎるな、と思っていた。
この世界の平均寿命が短いせいなのかも知れない。
時おり騙されて売られていく女の子もいるそうだ。
街は女の子一人では危険だ。
彼女に、ここで使って貰えないかとお願いされた。
ルシオは彼女を鑑定してみて驚いた。結構大きな魔力を持っている。
「君は魔導師……いや、治癒師になれるほど魔力がある。勉強してみないか?」
女の子はブルブルと震え始め、逃げて行ってしまった。
「ご主人様、女の子は魔法を使ってはいけないんだ。穢れてしまうって言っただろう?」
「僕のいた所では治癒師は総て女性だったがなあ……そうか怖がらせてしまったんだね。悪かった。彼女がもしまだ仕事がしたいならここで雇ってやる。また連れてきて良いよ」
「うん、ありがとう」
ルシオはそこでハタと思い出した。魔導師は子が出来ないと言うことを。
魔力が大きいと子種が無くなるのだ。
それは女の子でも同じなのでは無いだろうか?
その事が穢れるという風に伝わったのではないだろうか?
ロマゴの治癒院でも、女性は囲われていた。それが原因だったのかも知れない。
女の子はバレリアと言う名だった。
彼女は、ルシオに対して何時も警戒するような目をする。
――そんな目で見なくても、何もしないのに。
チョットだけ傷つくルシオだった。彼女にはホセに文字を教えて貰う。
薬師になりたいと彼女は言ったそうだ。
「そうか、なら、文字を覚えたらバレリアにもモノクルをあげよう。だがお前が持っている魔水晶から離れ過ぎれば文字が見えなくなるからな、そこは気を付けてくれ」
「ありがとうご主人様」
「ホセはバレリアが好きなんだな」
少しホセを揶揄ってやろうと、冗談を言ったのだが、
「小さいときから……バレリアとは約束してたんだ。一緒になろうって。今でも彼奴はおいらのことを好きだって言ってくれた」
「そうか……」
十三歳のホセに負けたような気になる。
何となくむしゃくしゃするルシオだった。
バレリアには食事の支度と家の中の細々としたことを受け持って貰うことになった。




