23 長旅
先行きに不安を抱えながら、日々を過ごしてふと思い至った。
――僕の両親や兄達は健在なのだろうか?
魔導師が街で受入れられるようになったので、ルシオが尋ねていっても問題は無いはずだ。ルシオは生家を尋ねてみることにした。
――十五年ぶりか。
家はまだそこにあった。小さな商家だが、商いはしているようだった。
いまは、食料品を扱っているようだ。
店に入って行くと、長男が出てきた。
「いらっしゃいませ、魔導師様」
「兄さん、僕だよ。ルシオだ」
「……! ルシオか! 随分立派になったな」
兄は奥の部屋にルシオを招き入れて、今までどうしていたかと質問攻めにした。ルシオは、魔導師達に親切にして貰ったとだけ答えた。
「そうか。今となってはお前を売った両親は正しかったと言うことか……」
両親は既に亡くなっていた。次男は他国へ行ったという。
ルシオが売られ、兄弟は一時家を出ていたようだ。
弟を売った金で、学校へは行きたくないと思ったようだった。
程なくして母親が死に、その後父親も身体を壊して、面倒を見るために長男は戻ってきたそうだ。
ルシオと兄達は年が十歳以上離れている。
長男は妻と子供二人でこの店を切り盛りしているそうだ。
「これ、僕が創った魔法鞄だ。良かったら使って欲しい」
「こんな高価な物……お前が作ったというのか?」
「もう直ぐ一杯売られるようになる。そんなに高価でもなくなるはずだ。食料品なら、この鞄に入れておけば、時間がゆっくり流れるから役に立つと思うよ」
兄は、ここに一緒に住めば良いと言ってくれたが、ルシオは断った。
もう一人の兄の事を聞き、そこへも行ってみたいからと伝えた。
次男のマルは行商人になったそうだ。長男の店の食料の仕入れは、マルからしているようだ。
「もう直ぐマルがここへ来る頃だ。彼奴と一緒にカリーダ国へ行って見るか?」
「うん、行ってみようかな。南の国」
マルが食糧を卸しに来た時、ルシオを見て泣き出してしまった。
「親父が許せなかった! 母親も!」
そう言えば、マルには可愛がられた。どちらの兄も優しかったが、特にマルには世話をして貰っていた記憶がある。
「ルシオは大人しくて不思議な子どもだった。賢くてすぐに文字も覚えたな」
そうだった。基本の文字を教えてくれたのは兄達だった。
そのお陰で、ウゴの所にあった基本魔法文字本もすぐに理解できたのだ。
マルは大きな荷馬車を三台持って、護衛も二人連れていた。
食糧の他にも売り買いしている。
カリーダの農村や国境にあるロマゴの村を廻っているのだそうだ。
「馬車はすぐに壊れるし、商売はトントンってとこだな」
ルシオは、マルにも魔法鞄を渡した。容量が大きく、時間遅延も最大に付けた特別製だ。
「こんな凄いもの、貴族しか持っていないものだろう。受け取れない!」
「違うよ。これからは売り出される。一般の人でも買える値段なんだ。気にしないで使って欲しい」
「そうか? じゃあ、有り難く使わせて貰う。これがあれば荷馬車は売ってしまっても良いな」
ロマカピタルで仕入れをした後、マルの家族が住んでいるカリーダ国の小さな街へ戻る。それに一緒について行くことに決まった。
御者が御者台に二人座り、馬車一台にマルとルシオが乗った。
荷物が無い馬車は軽快に走り出した。
今までの荷馬車と馬は売り払い、買い換えたのは幌馬車だった。
途中の野営地では寝床にもなる馬車だ。馬車の両側に馬に乗った護衛が並走し、馬車の後ろからはバーリョがゆっくり走って付いてくる。
「お前の馬は変わっているな。繋がなくても付いてくる。随分お前に懐いているんだな」
「バーリョは僕の家族みたいなものなんだ」
「……そうか」
二日後の昼、野盗が出たが、護衛達に蹴散らされていた。
ここいらにたむろしている野盗は食い詰めた農民だという。
「この頃は元貴族だと言っている、頭のおかしな野盗も出るんだそうだ。貴族が野盗なんかなるわけないよな」
「そうだね」
――もしかすれば、処罰された貴族の一部が逃れてきたのかも。
念のためルシオは大きく結界を張っておく。誰もそれには気が付いていない。魔力が無ければ結界を張っているとは分からないからだ。
もう直ぐロマゴの国を出るという頃、結界に反応があった。魔力の反応だ。
それが分かったのはルシオだけだ。ルシオは馬車を止めてもらい、結界を強化し魔力の反応があった方に目を向けた。
「どうした? 何かあったのかルシオ」
「魔法が放たれた。魔力持ちの野盗が近くにいる」
「!ッなんだって」
「馬車の周りから離れないで。結界を張っているから大丈夫だ」
馬に乗った野盗が五人、岩の間から現れた。
「荷物と金を置いていけ! そうすれば命だけは取らない」
顔中髭ぼうぼうの小汚い格好をした野盗だった。
だが、元の服はきっと高価な物だったろう。本当に貴族だったのかも知れない。彼が魔力持ちだろうが、ただの魔力の塊を放っただけだ。
魔法の使い方など知らないに違いない。
「野盗を捕まえた後、何処に連れて行けば良い?」
「何処にだって! こいつら全員連れて行くことは出来ないよ。殺してしまった方が早い」
護衛の一人がそう言った。だが、ルシオは人殺しはしたくない。
逡巡した後、ルシオは野盗達に幻影魔法を放った。
突然彼等は獣のような雄叫びを上げ、お互い斬り合い、掴み合い、殺し合いを始めた。
それを尻目に、急いでその場を離れたルシオ達。護衛が、
「魔導師って言うのは凄いんだな……野盗より恐ろしいよ」
と呟いていた。
カリーダとの国境には国境警備隊がいた。
そこで入国の手続をしカリーダ国内に入り直ぐに辺りは暗くなる。
ここで野営をする。
「カリーダ国は意外に近かったんだな」
「カリーダは広い。ここからカリカピタルまでが長いんだ。一ヶ月はかかる」
ロマカピタルの港からカリカピタルまで船でいく事も出来るが船賃が馬鹿高いそうだ。マルの住んでいる街は、ここから三日の場所にある。
南へ行くほど温暖な気候になっていく。見渡す限り麦の畑が続いていた。
平地が多いカリーダ国は農業国だ。
ここで取れる農産物は島中に輸出されているそうだ。
マルが住む街はこぢんまりとした街だった。
男爵が納めている領で、やはり農業が盛んだった。
その街の外側にマルの家があった。マルには娘が一人居る。マルによく似た六歳の子どもだった。
ルシオは、ここに少しだけやっかいになり、マルの奧さんに料理を習うことにした。
これからカリーダ国へ行くのに何も出来なくては旅の間、困るからだ。
近くに村が在れば良いが、都合良く見付かるとは限らないのだ。
「まあ、簡単な物なら、スープかしら。何でもお鍋に入れて煮てしまえば良いのよ」
――そう言うものだろうか?
取り敢えず塩を買っておけば何とかなるというので、塩を大量に買った。
自分で芋や干し肉を入れて煮込んでみたが、何とかなりそうだ。
「案外料理は簡単だったか? あれ……もしかして、食い物も創造すれば出来たのでは?」
試しに、前世で好きだったパンや握り飯を創造したら、出来てしまった。
それが分かって途端に気が楽になった。食い詰めたら創造魔法で作り出せば良いだけだ。何も心配はいらなかった。
旅立つ前に、ルシオは、マルのために風の結界の魔道具を作った。
半径三メートルに効果がある小さなものだ。馬車を守るには十分だろう。
一個で十回くらいは攻撃を防げるだろう。替えの魔道具も数個作っておく。
「このまま、マルが行商を続けるのは危険だ。まだ貴族の野盗がいるかも知れない」
マルの家を出るとき、結界の魔道具を渡す。
「何故、この街に住まない? 俺らは家族だろう、ここに居ればいいじゃないか」
「僕はカリカピタルで、魔道具を売る仕事をすると決めたんだ。ここでは売れないだろう?」
「……そうだな、こんな高価な物は売れないよな、ここでは」
マルと別れ、ルシオはバーリョに跨がり、カリカピタルへ旅立った。
バーリョは機嫌が良い。平地を走るので旅は楽だ。
バーリョの走りは軽快で、予定より早く着きそうだ。
遠くには、なだらかな山が見えるほか森もあるが、概ね平地だ。
代わり映えのしない景色がずっと続いている。
近くには大きな川も流れているが、流れは緩やかで水深も浅い。バーリョでも渡れそうな浅い川だ。
農村に立ち寄ったとき、食糧を仕入れた。この国の野菜や果物は新鮮で安い。ロマゴの半値以下で買えた。想像で作り出すのも良いが、なるべく自分でやってみたい。
最初の野営地で一人寛いでいる。
王都の神殿を出ると報告したとき、ミゲル魔導師から渡された小さな魔法鞄があったのを思い出した。
この魔法鞄はブルホの錬金魔導師が作った物だという。
豪華な造りで、貴族や金持ちに売り出す予定のものなのだろう。
「そう言えば、中身を確かめてみなかったな」
ミゲルは、パブロ魔導師から預かったと言って渡してくれた物だった。
以前にもパブロ魔導師からはお金や、魔水晶を貰ったことがある。
中を確認すると、七十センチメートル程の魔水晶が出てきた。そして手紙も。
『ルシオ、この魔水晶は祭壇にある魔水晶と同じものだ。これには知識が詰っている。これは他の神殿に置いて貰おうとする物では無く、お前個人に作った物だ。この知識がお前の役に立つ事があるだろう。これからの活躍を期待する。パブロ・マルティネス』
ルシオは、何とも言えない気持ちになった。
神殿へ行けば知識に同調することは出来る。
だがルシオは、今後神殿へは行かないだろうと察したパブロ魔導師が、態々ルシオの為に作ってくれたのだ。
「何だか……総てお見通しだったのだな。パブロ魔導師には」
ルシオは神に対して不信感を持ち始めている。
神が実際に居るということは疑わないが、神に操られるのは嫌なのだ。
それをパブロ魔導師は分かっていたのかも知れない。
「取り敢えずは保管だな」
魔法鞄ごと異空間収納に入れる。
今はまだ神に祈りを捧げる気にはなれなかった。
「カリカピタルで売るための魔法鞄を一杯作っておきたいが、革は大量にあるが鞄の在庫が無くなった」
創造で作る事は出来るが、材質がこの世界に無い物になったら売る事は出来ない。
一度試してみたが、材料を鞄に変えることがどうしても出来なかった。
「何故だ? 返って簡単にできそうな物なのに……」
以前、土魔法が中々出来なかった事を思い出した。鞄自体の作り方を学ばなければ、作れないと言うことだろうか?
結界の魔道具は、魔水晶をまるごと使うため高価すぎる。
高価な割りには、効果は微妙で売れそうに無い。
何か安価に売れそうなものは無いのか。野営のたき火を見ながら、ぼんやりと考えるルシオだった。
野営を繰り返しながらの旅をしていると、時おり旅人と会うこともある。
今日も、旅人と一緒に野営をしている。
彼は、五十歳の野鍛冶だという。
各村々を周り、包丁や農機具を作って回る仕事だそうだ。
「俺は春から秋にかけて近くの村を廻っている。冬は森の小屋で過ごすがな。今は小屋へ帰る途中だ。魔導師様なんてこの国じゃあ珍しい。ブルホから来なすったんだろう?」
「ええ、まぁそうですが、カリカピタルで、魔道具を作って売ろうかと考えています」
「こりゃぁたまげた。随分昔はそんな野良魔導師もいたっちゅう話だが、始めて見るぞ。魔法使いや呪い師はそこそこいるがな」
――野良魔導師か……確かにそうかもな。
「何か、あれば便利だという物がありますか?」
「そうだな、簡単に火起こしできれば良いがな。火をおこすのが面倒でよ」
そう言って野鍛冶は腰にぶら下げていた、火打ち石を出して見せた。
「魔道具で簡単に起こせますよ」
「そんな高価なもんは買えねぇよ。あんな物は貴族や商人が買うもんだろう」
「……そうですよね。あ、鉄鉱石を持っていますがいりませんか? お安くしますよ」
「え? 何処に……」
ルシオは魔法鞄があるというと、驚いていた。
「ブルホの魔導師様はすごいもんを持っているんだな。鉄鉱石が丁度切れかかっている。そりゃぁ欲しいが、今は買えねぇ。馬車にはもう積めないからな。お前さん、儂の小屋まで持ってくるかい? だったら買うんだが」
「ここから遠いですか?」
「いんや、馬車で五時間くらいか、そんなもんだ」
「それでは明日一緒に行きましょう」
野鍛冶の家は予想よりも大きな家だった。
そこには彼の奧さんと二人で住んでいるという。息子はカリカピタルの鍛冶屋に弟子入りして修行をしているそうだ。
鍛冶場に鉄鉱石を出すと、
「オイ、オイ、それくらいで良い! そんなに買えねぇぞ」
「魔鉄鉱もあるのですが……」
「ま、魔鉄鉱だと! 高価すぎて買うのは無理だ。お前さん世間知らずも良いとこだな」
と呆れられてしまった。ここに暫く泊めて貰えることになった。
鍛冶屋の仕事を見て見たいと言ったら、暫く泊まっていけと言ってくれたのだ。急ぐ旅でもない。鍛冶屋とはどんな仕事か興味もあった。
次の日、野鍛冶の親父は、森に行こうとルシオを誘った。
「森ですか?」
「ああ、今の時期は獣が肥えているんだ。旨い肉を食わせるから、狩りに付いてこい」
「はぁ……」
秋が深まりつつあるこの時期は、クマや野ウサギや野鳥が、脂がのって旨いのだという。
深く森に分け入ると、小川が流れ気持ちの良い森の香りに包まれる。
木の上からは、沢山の獣の気配がする。森の奥からもだ。
「昨日仕掛けてあった罠がある」
川に仕掛けた罠を引き上げると大きなイワナが三匹掛かっていた。
帰りには太ったウサギを弓で簡単に仕留める野鍛冶を、ルシオは尊敬の眼差しで見た。
ルシオは彼が仕留めた獲物の荷物持ちだ。
野鍛冶の親父は、去年までは息子と一緒に狩りをしたと言った。
その時、二人のすぐ目の前に、大きな鹿が飛び出してくる。
「お、こいつは良い!」
そう言って弓を構え矢を放つが、矢はかすっただけで獲物は逃げて行ってしまう。
「くっそー! あれ一頭仕留めていれば、この冬は肉に困らねぇのに!」
――そうか、この狩りは親父さん達にとっては大事な、越冬のための食糧調達だったんだ。
ルシオは獣の気配を辿り大物がいないかを探る。
「ここからは少し離れていますが、大きなイノシシがいるみたいです」
「なんだとう! お前さん、そんなことが分かるのか?」
そうだ、不思議なことにルシオには分かった。左手の魔法陣のお陰だろうか?
ルシオはイノシシがこちらに来るように誘導してみた。
果たして、イノシシは見えるところまで寄ってきてくれたのだ。
「オイ、魔導師様よ。どんな手を使ったんだ!」
「僕が仕留めます!」
ルシオは土の槍を発現させ、イノシシの首めがけて放った。首は吹っ飛んで消えて仕舞った。イノシシは何があったか分からずそのまま事切れたようだ。
三メートルはありそうな大物だった。
――魔物と違い柔らかいんだな。
そんな感想をルシオはもった。イノシシを異空間収納に収め本日の狩りは終わった。
――この世界の獣は随分大型なんだな。
ここに生れて初めて見る生きた大型獣だった。
獲物を持ち帰ると、女将さんは大喜びだった。早速血抜きをし、皮を剥ぎと、手際よく処理していく。
「皮はなめしておく、腐っちまわないうちにな」
そう言って野鍛冶の親父は加工場に持っていく。
「何でも出来るんですね親父さんは」
「この森で生きて行くには自分で何でもしなければ、でも、そのお陰で金は掛からないね。魔導師様のお陰で、この冬は腹一杯肉が食えるわ」
「僕は、鞣した革を持っていますが、女将さんは鞄か、袋を作れますか?」
「鞄は無理だけど、袋なら簡単に作れるよ。作ってやろうか?」
「あの、作り方を見ても良いですか?」
女将さんは六十センチの巾着袋を作って行く行程を、ルシオはじっと観察し学んでいく。
自分でも作ってみたが、縫い目が酷くて使えない。
仕方が無いので女将さんが作った袋に魔法陣を施し、魔法袋が出来上がった。袋という形状のせいか、時間遅延は付かなかったが、容量はそこそこ大きい。
これがあれば、親父さんの荷物を持つ手間が無くなるだろう。
出来上がった魔法袋はここに泊めて貰ったお礼として女将さんにやった。
彼女は「私が作った袋を?」と半信半疑ながら素直に受取って貰えた。
「これは魔法袋になっています。沢山運べますよ」
そう言うと、女将さんはギョッとして返そうとしてきた。
何とか受取ってもらい、鍛冶場の見学に行く。
鍛冶を見せて貰い、美味しい料理を食べさせてもらいと、三,四日過ごし、ここを後にする。
女将さんからは大量のパンと干し肉を持たせて貰った。
「またこっちへ来たら寄っていきな。あ、そうだ、カリカピタルでは魔法使い達が今組合を作っている。魔導師が来ると聞いてビビっているようだぞ。お前さんの目の印は隠した方が良いんじゃねえか?」
「そうですか。分かりました。ありがとうございました」
一人になり、旅の間に野鍛冶がやっていた仕事を、想像して魔鉄鉱をインゴットにしようとしたがやはり出来ない。
何も無い処から、前世のステンレスを試しに創造すると出来た。
「これはどう言うことだ? 手作業のレベルを上げないと想像できないということだろうか?」
だが、答えてくれる、ご先祖様はいない。




