22 王の裁判
王族や貴族達が捉えられ、投獄された。
神殿からパブロ魔導師とミゲル魔導師らが、戦闘魔法兵を従えて転移してきた。
クーデターを起こした主立った貴族達は、王宮を占拠して魔導師を迎え入れた。
そこで話し合いが行われるのだろう。
ノルディゴ国へ和平の申し入れをするための人選もしなければならない。
本当は、魔導師達は何も困らないはずなのだ。
食糧の問題は解決しつつあるのだから。だが、その様なことはおくびにも出さず、ひたすら指示に従っているようだった。
ブルホ神殿長の意向なのだ。
このペケーニョ島が再び一つになることが。
だけど、そんなことはルシオにとってはどうでも良いことだった。
マテオが無事と知りララはマテオから一時も離れない。
随分愛し合っているようだ。
それを、微笑ましいと感じるルシオだった。
国のトップが変わっても、国民は何事もなくそのまま生活している。
ルシオもそうだった。
だが少しだけ変わったのは、王都民の態度だった。
今までは買い物に行くのも神経を使っていたが、魔導師に対して余り強い反感を表わさなくなったのだ。
そっと左手を翳し、王都民の心の中を覗くと、
“やっとうるさく言われなくなった”
“見回りもいない。魔導師に対して俺は何とも思っていないしな”
と言うようなことが聞こえてくる。
魔導師に対する反感は王の政策だったのだろうか?
魔導師に敵対しても、何も良い事がないだろうに。
この事をマテオにそれとなく聞くと――
「穢れ以前、大神殿は王よりも権威が強かったそうだ。力ある神官魔導師が、国王を態と下に置くようになり、王の政策は何一つ通らなくなっていたという。又聞きだけどな。王族はそれが再燃するのを恐れたのでは?」
百年以上も続く確執、権力の奪い合いか。
まるで、子どもの喧嘩だな。……力ある神官……僕が灰にしたガガロ神官か?
ルシオは日々錬金術に精を出していた。新しく作った魔法鞄は、マテオに褒められた。
「これは凄い! 売れるぞ!」
マテオの考え方は、まるで商人だ。
魔素が染み込んだ水は大量にある。もし無くなったら、アレハンドロが持っている水を貰えば良いし、魔水晶の森には水が湧き出すのだから、転移してまた取りに行けば良いだけだ。マテオが異空間収納をやっと習得できたので、魔素を含んだ水を分け与えた。
ルシオの錬金魔導師式典用のローブも誂えることが出来た。
今まで嫌がらせのような扱いを受け、中々出来上がってこなかったのに、注文するとすぐに出来上がってきたのだ。
「私が君に教えるようなことはもうない。寧ろ、私が君から学んでばかりだ。ルシオは見習い卒業だな」
ルシオは錬金魔導師としてマテオから許可が下りたと言うことなのだろう。
見習い制度自体が形骸化しているのだ。
知識が欲しければ、魔水晶に同調すれば良いのだから。
過去から連綿と続く制度。初期の魔導師達の形をそのまま残しているだけなのだという。
孤児達に皮のなめし方を教え、鞄の作り方を教える職人を雇った。
これで一貫作業が可能になる。
神殿を卒業していく子等は、なめし職人か皮細工職人として身を立てて行くものが多くなるだろう。
そんな日々を過ごし、時間がゆっくりと流れていく。
数ヶ月もすれば、ルシオは十八歳になる。
前世よりも少しだけ長生きしたことになる。
神殿へ治癒を頼みに来る都民がちらほら出てきた。
治療費は高額だが、治癒院よりも格段に効果が高いのだ。
規定の治療費よりも多く治めていく者もいる。
「百八十度変わったな」
ぽつりと、マテオが呟く。そして
「ララと所帯を持とうと思っている。子が出来ない私でも良いと言ってくれたんだ」
「そうか、おめでとう。屋敷は? 買うの?」
「ああ、この近くに良い物件がある。暫くは、私はそこからの通いになる。錬金魔導師は、本当は神殿にいなくても良いんだ。これからはブルホにいる錬金魔導師も国中に散らばり、仕事をするようになるだろう。今までは魔導師に反感を持たれて危険なため、ブルホに固まっていたが、それも無くなっていく。神官魔導師が足りないから仕方なくこうなってはいたが、これからはロマかピタルの神殿にも、神官が常駐するようになるらしい」
「え! 神官が増えたの?」
「増えてはいないが、ここは重要な場所だ。やりくりするんだろう。しかも他国の魔力持ちが続々とブルホに集まって学び始めたらしい。神官になるほど大きな魔力持ちも、数人いるそうだ」
――ご先祖様が以前、パブロ魔導師に言ったことが現実になったんだ。
「あと十年もすれば体制が整うだろう。そうすれば百年前の魔導師達のように成れるかも知れないな」
そうこうしているうちに、ミゲル魔導師が二十五歳前後の戦闘魔導師を三人とアレハンドロを従えて王都神殿へ転移してきた。
「これから違う神官魔導師がこの神殿を任されることになった。マテオ魔導師、今までご苦労だった」
「はい、では私は王都で錬金魔導師として、自由に働けるのですね」
「そう言うことだ。ここにいる三人は神官魔導師見習いとして私が鍛える。ブルホでは魔導師の卵達が溢れているのでな」
嬉しそうにミゲル魔導師は言った。
ここに常駐するはずの神官魔導師は移動の最中だという。
神殿が無い各地を廻って問題を解決するという、変わった仕事をしていたようだ。ルシオは会ったことがない神官だ。
よく見ると戦闘魔導師達の魔法陣は少し金色が混じっていた。
彼等の魔法陣は首や耳にあるのだが目に無くても構わないそうだ。
そして、ミゲル魔導師はルシオの方を向き、
「実は、転移陣の鍵は神官だけが持つ決まりになった。お前に預けていた鍵を渡してくれないか?」
「え」
「他国にそれぞれ神官が配属されることとなった。先に転移陣を敷いておけば神官達の移動が楽になる。アレハンドロ魔導師と数人の者達が各地を廻って転移陣を敷く。各国の神殿を見て、不都合があれば治さねばならん。お前はもう自由だ。錬金魔導師として都で働くも良し、他国へ行くのも良し、好きに生きられるぞ」
ミゲル魔導師はノルディゴ国に派遣されるという。
パブロ魔導師はルーカスと一緒にマヨール国へ配属になるそうだ。
皆バラバラになってしまうのだ。
各国から集められた魔導師の卵達は、魔導師になった暁には国へ帰すという。彼等が育つまで暫くは忙しくなるということだった。
「ブルホには神官魔導師がいなくなりませんか?」
「心配はいらない。お前が作った魔素吸収バックルのお陰で戦闘魔導師や錬金魔導師から数人、神官の印が現れた。この三人の戦闘魔導師達もそうだ。それに、これまで各地を廻るのに時間が掛かっていたが、転移があるのだ。隣の部屋へ行くようなものだ。全く問題は無くなった」
「そうだったのですか……」
ミゲル魔導師が、王都に来たのには理由があった。
「王の裁判がある」
裁判は一般には公開されないそうだ。王に限らず、裁判自体が部外者には立ち入ることが赦されない。
だが、今回に限り、都民の代表者から二人、貴族の主立った者達も総て見ることが出来るのだそうだ。
「僕も見ることが出来ると言うことですか?」
「ああ、希望するか?」
「……はい。今後この様な機会もないでしょうから。見たいです」
裁判は王宮の大広間で行われた。
憔悴した王が被告人席に座っている。
王は、六十代の小柄な痩せぎすの男だった。神経質そうに目をキョロキョロさせ、絶えず何処かを触っていて落ち着きが無い。
手が僅かに震えている。口は手ぬぐいを噛まされていて言葉を発することを禁じられているようだ。
――釈明をさせないのだろうか。これで裁判といえるのか?
ルシオの隣に座っていた平民の代表たちがコソコソと話をし始めた。
「随分手が震えている。何処か悪いのか?」
「王はアル中らしい」
「え! 中毒になるほどお酒を召したと言うことか?」
「気持ちが小さいのだろう。何時もかんしゃくを起こすようだぞ。側近が何人かいなくなっている。始末されたようだな」
――そんな人物に国を左右されてきたのだろうか。
ルシオは、左手に意識を集中させた。王の心の声が聞こえてくる。
“何故誰も我を助けに来ない。我にこの様な真似をしてただではおかぬ。誰か、薬を……薬を持て! お爺さまの言った通りだ。魔導師は悪魔だ。地獄へ落ちろ!”
――薬の常習者か。思考が錯乱している。あれでは冷静な判断は出来そうにないな。
周りには百人ほどの観衆がいた。
そこへミゲル魔導師と、アレハンドロ魔導師達がやってきた。
「これより、神罰審を開廷する」アレハンドロが朗々とした声で審議の開始を告げる。
「本審は、神罰具を用いた真偽審問である。虚偽を抱く者には実体を持ち、清廉なる者には触れぬ。神官魔導師に許された、神前の裁きである。神にすべてを任せ、神に疑いを持ってはならぬ」
そう言ってミゲル魔導師は何もない虚空からから、光り輝く大きな鎚を出した。それを軽々と持っている。
アレハンドロが、ミゲル魔導師の正面に立ち、頭を垂れ、跪いた。
「アレハンドロ魔導師、其方は女か」
「いいえ、私は男です」
ミゲルはアレハンドロに無言で、鉄槌を振り下ろす。
ズズーンという重い音が鳴り響く。
「「「おおーー」」」「「「うわああーー」」」
人々は仰天し、大声を上げ騒ぎ出した。
だが鉄槌は、アレハンドロの身体をすり抜けた。
アレハンドロは何事もなかったように跪いている。
「これは神の鉄槌と呼ばれるものです。何者も嘘で逃れることは出来ない。神の鉄槌で負った欠損は治癒できない。神の裁きからは逃れることは出来ないのです」
ミゲル魔導師は、始めて見る神の裁きの説明を終え、徐に王に対峙する。
アレハンドロは、王の口の拘束を解き、側に控えた。
ミゲル魔導師は、再び鉄槌を振り上げ王に、こう尋ねた。
「其方は、国王として上に立つ者だ。民を率いるものには重大な責任が科せられる。問。其方は国と民を第一とする者か」
王は答えない。何も答えなければ良いと考えたようだ。
ルシオには王の声が聞こえる。
“国民など我の所有物だ。何を問うているのだ、愚か者め”
「問。其方は、国を戦火に晒す決断に国王としての大義はあったか」
やはり王は口を閉ざし、何も答えない。口を一文字に食いしばっている。
“我の命を守るのが国民の務めだ。我は王だぞ! 悪魔の手先め、何が大儀だ!”
ルシオは嫌な気持ちになって王の心を読むのを辞めた。
「其方は答えず。神に判決を委ねる」
ミゲルが掲げ持っていた鉄槌が振るわれ、「グジャッ」と言う音と共に王の頭は潰れた。
周りは脳漿と血の海だ。
先ほどとは違い誰も声を上げず、呆然とただ見ているだけだった。
それで裁判という名の処刑は終わりだった。
ルシオは、大雑把な裁判に納得がいかない。
――僕は神官にならなくて正解だった。こんなものは裁判でも何でもない。ただの茶番だ。ギロチンにでも掛けてサッサと処刑した方がよっぽっどましだ!
ロマゴ国は王制ではなくなった。
王領はブルホ領と併合された。
マヨール国、ノルディゴ国、カリーダ国総てが王制を排除した。
全体でペケーニョ共和国となった。
国が一つになるのはまだ難しかったようだ。
それぞれの主権で全体を動かすことになるのだろう。マヨール国にはノルディゴ国の貴族が責任者として就任するという。
王の他は誰も処刑されなかった。
王族は、平民に落されたが、殆ど総ての王族は自害した。
王に加担した貴族も同じだった。
総勢二百人ほどが自害していなくなってしまったのだ。
中には我が子を手に掛け、屋敷に火を放った貴族もいた。自分の財産を人に取られるくらいなら燃やしてしまえと言うことなのだろう。
ロマゴ州の責任者は、まだ決まっていない。
ノルディゴ国からは新たな責任者は来ないようだ。
その為、ロマゴ国の責任者の選出は、もつれている。
どの貴族がなっても禍根が残る。ましてや王の処刑を目の当たりにした人々ばかりだ。責任の重大さに及び腰になったようだ。
このまま決まらなければ、神殿長が責任者に収まるだろう。
魔導師は子が出来ない為、世襲が出来ない。
代々の神殿長は年功序列で決まる。神官という立場では不正は神に背くことになる。誰にとっても納得できる結果となるだろう。
実務は今まで通り王宮で行われている。
今は王宮とは呼ばれず、役所の扱いだ。
ルシオの持っていた転移陣の鍵は、アレハンドロに渡されたようだ。
彼は申し訳なさそうに、ルシオを見る。
「何故かこうなってしまって、俺としては不本意なんだ。お前が編みだした魔道具のお陰なのに、お前がつんぼさじきに置かれている感じだ。可笑しいよな」
アレハンドロが何を言いたいかは分かっている。
転移の元を探し出し、停滞していた転移の解析を進めたのは、ルシオだった。魔導師の魔力の問題を解決したのもだ。
それなのに、転移の権利が取り上げられてしまった。でも、この処置は仕方のないことだと、ルシオは納得していた。
転移は諸刃の剣だ。
誰でも転移出来てしまえば、何があっても対応出来ないのだ。
神官魔導師だけ、と制限を設けたのは正しいと思う。
ルシオは黙って何も言わずに、アレハンドロの言葉を聞いていた。
――神の仕事を断ったせいなのだろうな。こうまで、徹底的に排除されるとは思わなかった。
だが、ルシオは清々していた。
神の名の下に行われる裁判も、神に身体を乗っ取られて殺しの片棒を担がされるのも真っ平だった。
ルシオだけが周りから置いて行かれた形だが、そこには神の介在を感じる。
周りの状況が刻一刻と変わっていく。
今まで魔導師が忌避されていたとは考えられないくらいだ。
総てが神官魔導師優先で事が運ばれていくのだ。
「僕はこれからここにいて錬金をして行って良いのか?」
ロマカピタル神殿にこのままいるのも気まずいし、マテオも恋人と一緒にここにはいなくなる。
マテオがロマカピタルで錬金魔導師として働くなら、ルシオと顧客の取り合いになるだろう。未だロマゴ州は経済が低迷しているのだから。
「僕は商売のことなど何も知らない。料理さえも出来なかった」
これからは一人で何でもしなければならないことに思い至った。
ルシオは今後の自分の身の振り方を本気で考えなければならなくなった。




