21 ロマゴ国の崩壊
ルシオは、魔法鞄に入っている、魔導師だった人間の灰を取り出し、疑問に思った。
「彼には死ねない呪いは、掛かっていなかったのだろうか?」
【掛かっていたぞ】
「え……何だって! まさか……」
――僕は、彼を殺してしまったと言うことか……!!!
【違うぞルシオ。彼を裁いたのは「神」だ】
「神官が裁かれるようなことをしたとは思えない。彼は騙されていたんだ。僕は、なんてことをしたんだろう」
余りの罪悪感にルシオは身体を抱え、うずくまってしまった。
【お主に言っておくことがある。この灰になった者は確かに神官だった。多くの魔道具を生み出し、多くの知識を魔水晶に入れることに寄与した卓越した人物だった。
周りからは賞賛され、王など足下にも及ばぬ、神とも言われるほどの功績を残した。
だが、彼はかの大陸の魔導師の力を使い、魔導師の街を我が物にしようと心密かに思っていた。
彼は、若くして強い力を行使できた才能ある若者だったし頭脳も抜きん出ていたが、年功序列の制度では神殿長になるのは遙か先だったことに苛立っていたのだ。
実力は自分の方が上なのに、と不満を常に抱えていた。
年寄り達が死ぬのが待てなかった。彼は、神殿長の地位に一日も早く就きたかった。
神殿長になれば、この国では一番の権力が手に入る。その権威欲で目が塞がり闇に落ちた。
この者は今、お前が、かつて落ちた地獄よりも更に深い、深い所にいる。
神に仕える物はその道を踏み外したとき、大きな罰が待っている。
心象の世界など、生ぬるいと思えるところだ。
彼は神の裁きで灰になったのだ。神の裁きの前では呪いの効果など紙の盾だ】
怠惰、 慢心、強欲、虚栄心。
皆が持っている物だ。人は皆、密かに心に抱えている。
それは隠されているものだ。
多大な功績を誇ってはいけないのだろうか? それが表面に少し現れただけで、裁かれてしまうのか?
神官となる者は、それほど、心を清く保たねばならないのか?
ルシオは途端に不安になり、自信が無くなった。
パブロ魔導師には覚悟が出来ていると胸を張って言ったが、自分には無理だ。怖くて仕方が無い。またあの地獄へ行って同じように耐える自信は、ルシオには、”廉”には、無かった。
必死にあらがい自己を保った、長く果てしないあの苦しみは、二度としたくない。
この時、初めてルシオは心から神に祈った。
「僕は、神官にはなりたくありません。この苦役から解放してください。どうかお願いします……神よどうか、どうか」
次の日、目覚めるとルシオの右手から、金色の魔法陣が消えていた。
「僕の願いは、聞き届けられたのか……」
魔法陣が消えても、魔法は今まで通り使えた。光りもだ。
「この魔法陣に意味はあるのか? ご先祖様」
「……あれ、ご先祖様?……」
ルシオはご先祖様の声も姿も、感じる事が出来なくなっていた。
金色の魔法陣がなくなって「神」との同調も出来なくなったと言うことなのだろう。
寂しくはあったが、以前に戻っただけだと、自分に言い聞かせた。
「この手をパブロ魔導師に見せれば、また錬金魔導師に戻れる」
※
「何? 魔法陣が消えただと!」
ルシオはパブロ魔導師に右手を見せた――またがっかりされるだろうか?
「こんな不思議な事があるのか? 今朝、ルーカスの魔法陣が変化したと知らせがあった。お前の魔法陣が彼に移ったと言うことなのだろうか?」
意外にあっさりとパブロ魔導師は納得してくれた。
――そうか、良かったなルーカス。望みが叶って。僕はこれで、苦役から解放された。
ルシオの心にポッカリと空いた穴があり、むなしさを覚えたが、無理矢理目を反らす。
ルーカスの魔力は神官としては少なすぎたが、ルシオが考案した魔道具で解決したのだ。問題は無くなったのだ。
彼はこれから神官魔導師の見習いとして、パブロ魔導師につく事になるのだろう。
ルシオは最後の転移陣を敷きに王都へ帰ることになった。
今回は護衛は付かない。
馬に乗れば、二日もあれば王都に着くはずだ。
王都に帰ったルシオは貸馬屋へ寄り、馬を買う手続をした。
貸馬屋の親父は、
「こいつは若くて元気が良い名馬だ。安くは売れんな、魔導師様」
そう言って普通の馬の値段の倍を要求した。
パブロ魔導師に以前貰った金は、殆ど使わずに収納に入っている。
素直に支払い、馬はルシオのものとなった。
「お前の名前は何と付けようか。カバーリョ……そうだな、お前はバーリョだ。どうだ?」
馬の首をポンポンと叩くと、馬、バーリョは嬉しそうにルシオの髪の毛を食む。
ご先祖様がいなくなった淋しさは、バーリョのお陰で薄れていった。
王都の神殿に着くと、周りは何となくざわざわしている。
マルテ魔導師の部屋へ入っていく。
「只今戻りましたマテオさん。何かあったのですか?」
「あ、帰ってきたかルシオ君。王都は今大変な事になっている」
街を歩いてきたルシオはそんな風には感じなかったが、王宮から、神殿に呼び出しがあって、治癒師や薬師、神殿の魔導師は王宮へ行かねばならなくなったそうだ。
マテオは正式な錬金魔導師のローブに着替えている最中だった。
「ルシオ君のローブはまだできていない。君はここで待っていなさい。戦争になるかも知れないのだ。事と次第によっては神殿の皆をブルホに匿うことになる」
マテオ魔導師が出かけた後、マテオの恋人から話を聞くことが出来た。
ロマゴは、隣国マヨールとの同盟を一方的に解除されて、孤立して仕舞ったそうだ。他の三国が同盟を結んだと言うことだろう。
「素直に和平を結べば良かったものを。王は保身のためにこの国を戦場にするつもりよ。隣国の王は潔く処刑されたのに」
マヨールの王は、自分が処刑される代わりに他の王族の命乞いをしたそうだ。王族は平民に落されたが、他の貴族達はそのままの地位に残れたようだった。
一つの国になる為に王の命が削られるのか?――ルシオには疑問だった。
ルシオは急いで転移陣を敷いた。これさえあれば、ここの皆を素早く避難させることが出来る。
この様な状況では、王都の中を神殿の皆が抜け出ることは不可能だろう。
王都民は、神殿を忌み嫌っているのだから。
転移陣を敷いた直後に、ルシオはブルホに転移しパブロ魔導師にこの事を報告した。
「やはりな。だが心配はいらない。すぐに事態は収束するだろう。お前が転移陣を素早く設置してくれたお陰だ」
何でも、雄志が今クーデターを計画しているそうだ。
転移陣で各地の領主や貴族達が話合いを設けることが出来たという。
戦争強行派と王はすぐに捉えられる事になると言った。
「でも、マテオ魔導師が王宮へ行っています。大丈夫でしょうか?」
「……そうか。何とも言えんな……」
「王都神殿の子ども人達を、ここに避難させたいのですが」
「……そうだな。大神殿の農地に連れて行きなさい」
場所は出来たのだ。今、農地には沢山の建物を建てている。
近く農民達を連れてくる予定だ。幾らでも避難させることが出来る。
それからは大忙しだった。転移陣は一度に運べる人数が限られている。
何度も繰り返して子ども達を転移させ、下位神官も転移させた。
最後にマテオの恋人を転移させようとすると彼女は、
「私はここで彼の帰りを待ちます」
そう言った。嫌がる人を無理矢理連れてはいけない。
ルシオと二人、人気が無くなった神殿で、マテオ魔導師を待つことになった。
次の日、神殿の周りに人の気配がする。王都民の暴徒が来たようだ。
急いで厩へ行き、バーリョを神殿の中へ匿う。
気が立った王都民になにをされるか不安だった。
外を伺うと、兵士達が扇動している。衛兵の制服だ。
「穢神に使える者どもめ! 王の御前に引きずり出して縛り首にしてやれ!」
数十人の騒がしい声が一斉に雄叫びを上げて神殿になだれ込んできた。
ところが、中にいたのが男女一人ずつと馬。それを見て、彼等は拍子抜けしたようだ。
ルシオはマテオの恋人ララさんとバーリョ、自分を結界で包み、じっとその場に立っていた。
「マテオは王に何かされていないかしら……」
心配そうなララさんの声を聞きながら、ルシオは
――マテオさんは、王に逆らったのではないだろうか?
多分、反意がある者どもを捉えよと命令され、マテオは断ったのではないだろうか。
クーデターは起きたのか? まだなのか?
神殿に、六十人以上の男どもがそれぞれ得物を持って、なだれ込んできた。
だが、結界に阻まれて手も足も出ない。
兵の一人が、魔道具の火筒を打ち込んできたが、それも跳ね返されて、流れ弾に当って怪我をする者が出た。
「くっ!クソーッ。悪魔の手下め、抵抗するな!」
「どうせ、魔力が切れれば結界など消える、このまま打ちかかって魔力を消費させろ!」
中に魔法の心得がある者がいるようだ。
だが、ルシオの魔力は切りがないのだ。数時間経っても結界が持つ為、その内気味悪く思ってか、後ろにいた都民達は一人二人と逃げて行ってしまった。
残ったのは十名の兵士達だった。
「悪魔の仲間は死んだぞ。幾ら待っても来ないさ」
その言葉を聞き、ララさんは気を失った。
ルシオは彼の話は本当の事だろうかと不審に思った。
すると左手の魔法陣が熱を持つ。熱くてたまらない。
――ご先祖様! これは一体何なの。
だが、答えてくれるご先祖様はもういないのだ。
仕方がない、適当に左手をその兵士に掲げてみると、兵士の声が頭の中に反響しながら聞こえてきた。
“こう言っておけば望みが絶たれて降伏するはずだ”
――心の声が聞こえた……と言うことか!
「貴方は嘘を言っている。嘘は魂を腐らせる。貴方こそ悪魔の手先だ」
「な、ナニオーッ! 言うに事欠いて、俺の事を悪魔と抜かしたな! 地獄へ落ちろ!」
彼は火魔法を放った。結構大きな火の塊だったが、結界に阻まれ、兵士に跳ね返っていく。
そして彼は火だるまになった。
その姿を見た他の兵達は恐れて逃げて行ってしまった。
後に残されたのは大やけどを負った、魔法を放った兵士ただ一人だった。
このままにしておけば早晩死んでしまうだろう。
ルシオは結界を解き、兵士に治癒を掛けた。意外と若いようだ。
十八歳くらいの彼は、気を失っていて目を覚まさない。
「魔法が暴発したのだろう。魔力切れ、だな。魔力操作が拙いせいで効率が悪い、勉強不足も良いところだ」
手足を縛り、子ども達の部屋へ監禁しておく。
ララさんが気が付き、涙を流している。
「ララさん、兵士が言ったことは嘘です。マテオさんは、きっと無事です」
「……そうよね。魔導師だもの。こんなへっぽこ魔法兵なんか蹴散らせるわ」
「魔法兵は王宮にかなりいるのですか?」
「ええ、ここ最近、王や貴族達に召し抱えられてかなりの人数がいるそうよ。中には女性の魔法兵も……」
ルシオが考案した、魔力の流れが見えるモノクルのせいか。
マテオが沢山作っていたのだ。多くの魔力持ちが見付かったのだろう。
魔導師に対する認識が改められると期待したのだが、目的は果されず、逆に自分達に災厄が降りかかってくるとは考えていなかった。
一週間神殿に籠もっていると、王宮の方から火の手が上がった。
ルシオはマテオが心配だった。
「ララさん、ブルホへ避難してくれませんか? 僕は王宮へ様子を見に行きたい。バーリョの面倒を見て欲しいんです」
「……そうよね。私がいたら足手纏いだったわ。ごめんなさい」
ララさんをブルホへ転移させて、ルシオは王宮へと急いだ。
※
王宮は酷い有様だった。
そこかしこで火がくすぶり、兵士達が死んでいたり、捉えられたりしていた。どうやら、クーデターが成功したようだ。
「お前は! あ、魔導師様ですか。大神殿からの使いですか?」
「いえ、僕は王都神殿の者です。マテオ魔導師が無事かどうか確かめに来たのです」
「そうですか、丁度良かった。治癒師の力が弱くて、マテオ魔導師の怪我を治せなくて困っておりました」
急いでマテオの所へ案内してもらった。マテオは片腕が千切れて出血多量で顔色が真っ青だった。このままでは危ない。
ルシオは魔力を練り、マテオの腕に最上位の治癒を掛ける。
じっくりと治癒魔法を当てると、マテオの千切れた腕が再生し始めた。
それを見ていた兵士達が青ざめている。
ふと横目で、一人の兵士を何気なく見ると、跪いて祈りの格好をしていた。
ルシオは面食らった。王都の人は、治癒の魔法を見たことが無いのだろうか? 治癒院の治癒師達がいるはずなのに。
――ああ、力が足りない治癒師だと言っていたな。
近くで別の兵士に治癒を掛けていた五十代の女性。彼女が治癒師なのだろう。
治癒の仕方を興味を持って見ていると、彼女は宝玉を翳し、宝玉に魔力を流していた。
三センチメートルほどの魔水晶の宝玉から、金色の光が怪我人に流れ込んでいた。
――これは……治癒魔法とは少し違うようだ。錬金術師が作り、錬金魔導師が宝玉に光の治癒を込めたものだ。治癒の魔力を押し出しているだけではないか。
「私の力及ばず、お手間を取らせてしまいました。大きな宝玉があれば、もっと力が出せたのですが……」
そう言うのだ――彼女等、治癒師達は教育などされていないのではないのか?
「治癒の魔法は、とても高度なものです。どのように学びましたか?」
「学ぶとは? 私は魔力の多さで治癒院に連れてこられました。この魔水晶の宝玉に魔力を流し、中に込められた治癒の力を押し出す。それだけです」
彼女は、文字を読むことが出来ないという。
幼い時から治癒院に囲われて今に至っているのだそうだ。
何と言うことだ。折角の大きな魔力も宝の持ち腐れではないか。
魔力を練りもせず、ただ素の魔力を放出しているだけだ。
「魔力は、操作方法があるのです。それを学ばなければ、効率も悪くなります。ここが一段落したら、王都の神殿へいらっしゃい。教えて差し上げます」
「……それは適わないでしょう。私達は滅多に外へは出して貰えません」
――ああ、女子修道院だったな。治癒院は。
回復したマテオを連れ、神殿に帰ってきた。
誰も居なくなった神殿を見て、マテオは、
「皆を避難させたんだね。助かった。心配だったんだ……」
「ララさんも無事ですよ。でも兵士を拘束して閉じ込めました。彼をどうすれば良いのか」
「暫くは皆手一杯だろう。ここに拘束しておくしかなさそうだな」
兵士を見るとふて腐れていたが、暴れることなく大人しくしている。
彼に、事の顛末を話すと驚いて項垂れた。
「俺は処刑されるな。王族派が潰れてしまったんなら。クソ、ついてねぇな! 折角給料が良い仕事にありつけたのに」
「君は最近、兵士に取り立てられたのか?」
「ああ、そうだ。村から出てきたばかりの頃魔力があるのが分かって、王宮へ行けば召し抱えられるって聞いたんだ。それなのにすぐこの有様だ。故郷へ帰りてぇ」
「魔導師が悪魔だと教えられたのか?」
「ああ、そうだ、偉い人がそう言っていたぜ。魔法を操る悪魔だってな! おめぇたちは悪魔だろう?」
「そんなことあるか。第一、魔法が使えることが悪魔だというなら君だってそうだろう?」
「あ、」
「君は故郷へ帰ると良いよ。このままでは処刑されるかも知れない」
「……良いのか? 見逃してくれるのか?」
「ああ、これを持っていくと良い。後、魔力は少しずつ、使うようにした方が良いよ。でないとまた暴発する」
「わ、分かった。あんまり使わねえよ。もうこりごりだ」
彼に着替えと、少しばかりの金子を渡し、逃がしてやった。




