076 岩壁の攻防と炎壁
黒の蟷螂 Side
時間は少し遡り
ガルフから騎士団長が村に入ったとの報を受けた黒の蟷螂のリーダー、カペは参加している妖術師を起こすように指示を出した。自身はパーティーメンバーを引き連れ、村の出口から中へと足を踏み入れる。篝火の明かりがぎりぎり届く境界線に立ち、カペは静かに村の奥を睨みつけた。
「どうにも嫌な予感がしやがる。団長様は何をする気だ」
夕方まで続いた間引きの成果か、周囲にゴブリンの気配は感じられなかった。カペの指示で起こされた妖術師達がカペの隣に立ち、
「明日の朝からではなかったんですか? 私達の仕事は」
「悪いとは思ってるよ、起こしてしまって。ただ、どうにも嫌な予感がして、堪らねぇんだ。考え過ぎかもしれねぇが、取りあえずは、中に入った団長に動きがあるか、あるいは村の外に戻った、と連絡が入るまでは、ここにいてくれ」
「分かりました。それで―――」
妖術師が答える前に、村の中から閃光が走った。
突如、カペは強烈な光に目を焼かれた気がした。なんとか視力を取り戻した時、彼の目に映ったのは、村の方から向かってくる集団だった。
「壁だ、壁を出せ。奥から何かが向かってくる。数が多い。急げ」
慌てるカペの指示で、妖術師が『岩壁』を出現させた。
「それでは足りない、出口を囲うように出してくれ。厚みもあった方がいい」
そう言って下がりながら『岩壁』を出現させる妖術師を守る。そんなカペの脇をすり抜けて一つの影が村の方へ向かう。その影は軽々と岩壁の上へと跳び上がる。そして村の中を見て、悲鳴を上げて来た道を戻って来た。
「ゴブリンの大群にゃ。数は数えきれないにゃ。もう、壁に辿り着くにゃ」
そう報告をした猫人を一瞥したカペは、
「聞いた通りだ、寝てる奴も叩き起こせ。総力戦なるぞ! 妖術師は、『岩壁』に厚みを出すか、2重、いや3重は出してくれ。壁の上を足場にする」
カペの指示の元、皆が動き出した。
壁を登って来るゴブリンを蹴り落とし、登って来たゴブリンは切り伏せて村の外に死体を投げ捨てる。妖術師と射手、弓使いが遠距離攻撃で数を減らしていくものの、カペは終わりが見えないと感じていた。戦い始めて倒したゴブリンは100体超えるが、村の中には赤い瞳が無数に蠢いているのが見えた。
「このままだと、朝までは持たないな。他の場所も同じ事になってるだろうし、詰んだかな、今回ばかりは?」
壁の上でゴブリンを切り伏せ、そんな事を呟いたカペに壁の下から声が掛かった。その内容を聞いたカペは、信じられないという顔をして、すぐに喜色を浮かべ、
「もう少し気張れば応援が来るぞ! 気合いを入れろ!」
と、カペは大声で皆を鼓舞した。その言葉を聞いた者たちは雄叫びを上げて戦い、カペに答える。それを見たカペは、満足そうに口角を上げた。
「応援の話がたとえ嘘でも、士気が上がったのはありがたい。だが、どんな手を使ったら応援を出すような余裕が出来るというんだ? これで、生き残れる目が出たな」
そう言って、カペも再び戦い中に身を投じた。
大蛇 Side
村の中は瘴気の影響もあって、まさに暗闇そのものだった。隣に立つマリオの姿もよく見えない。そんな中、先を歩くミィジャのローブが淡く青い光を放っていた。それを見たマリオが、
「『導のローブ』ですか、また、貴重な魔装具を持っていますね」
と言った。ミィジャを見失わないように小走りで追いかけつつ、
「『導のローブ』って何なんですか?」
「先ほど、私達のギルドカードで彼女のローブを撫でたでしょ。多分、あれで魔力を登録したのでしょうね。あのローブの効果は、魔力登録をした者にその位置を示す、です。まさか、このような方法だとは思いませんでしたけどね」
天馬の質問にマリオが答える。声からも近くにいるのは分かるが、その姿を見る事は出来なかった。逆に、そんな中で見えるミィジャ、いや『導のローブ』の凄さに、魔装具と呼ばれるモノの有用性を天馬は改めて感じた。
暗闇の中、前を行くミィジャの足が止まった。天馬は速度を落とし、ゆっくりとミィジャ、『導のローブ』近づく。2mくらいまで近づいた時、いきなり周囲の景色が見えた。その事に驚き、足を止めると、後ろから押され、踏鞴を踏んで転びそうになったのを堪える。
「ごめーん、見えなかった」
と明るいリーフの声が聞こえ、隣から誰かの転ぶ音と、
「ありゃ?」
とアルフの声がした。こちらを振り返ったミィジャが、
「ふざけてないで、あれが見える?」
と闇の中を指差して、言った。その方向に目を向けると闇の中に魔術の光が煌めくのが見えた。
「ここから、約100mで敵の背後にでるわ。合図と作戦を決めておかないといけないんじゃない?」
ミィジャの言葉に、ミィジャを含めた4人の視線がアルフに集まる。その視線を受け止めたアルフは静かに頷いて、
「さっきの戦いを基本にしたい。マリオ、炎の壁を出せるか? 時間は短くていい。範囲内のゴブを燃やしてくれれば十分だ。それを合図にする。テンマは、その間に左へ回り込んで、さっきの水の刃を使ってくれ。その後は、皆で切り込む。俺は右、リーフは正面、マリオは魔術で。ミィジャさんは離れていてくれて構わない。いや、離れていてくれ。
それとここまで、ゴブとの遭遇は無かったが、これからもそうだとは限らない。周囲の警戒は怠るな。前はマリオとテンマ、中をミィジャさん、後が俺とリーフで動く。ミィジャさんの能力の範囲内から出ないくれ、いいな?」
と静かに作戦を伝えて、皆の顔を見た。
「何点か修正しましょう。まず1つ、ミィジャさん、私達から離れるのは、私達をゴブリンの後ろ正面、20mまで誘導してからにして下さい。2つ目は、合図は『光球』を使います。3つ目、私の『炎壁』が出現してから移動を開始して貰います。最後にミィジャさん、私達の戦闘が終了したら私達の回復をお願いします。と、そんなところでしょうか?」
マリオがアルフの作戦に修正を提案すると、それを聞いた全員がお互いの視線を交わして頷き、指示された隊形で移動を開始した。幸いなことに、目的とした場所に辿り着くまでゴブリンと遭遇する事はなかった。
「光よ、暗闇にいる我らを照らす明星となれ!『光球』」
巻物を広げ、マリオが詠唱と共に魔術を発動した。すると、ゴブリン達の頭上に光が現れ、周囲を照らした。
『光球』、マリオは20mほど範囲を照らすと言っていたが、今はその倍ほどの範囲を照らしていた。その光の下には、数えきれない数のゴブリンがひしめき合い、壁へと群がっていた。
間髪入れずに次の魔術の詠唱を始めたマリオが『炎壁』と唱える。マリオが出現させた『炎壁』を見たアルフは、張り詰めていた緊張を緩めて、
「ここは、マリオの独擅場だな。俺らの出る幕、ねぇじゃねぇか。たくっ」
とボヤいた。天馬もマリオが唱えた『炎壁』を見て、アルフと同じ気持ちになった。
マリオが出現させた業火の壁は、壁に群がっていたゴブリン全てを飲み込んで赤々と燃え盛っていた。『炎壁』が出現した瞬間、壁の上にいた冒険者の幾人かが、その熱と衝撃に耐えかねて後ろに転がるのが天馬の目には見えた。まさに、ここはマリオの独壇場と化していた。
5分ほどで『炎壁』を消したマリオは、
「次に行きましょうか?」
と、魔力ポーションを取り出しながら、呆けた顔で『炎壁』を見つめていたミィジャを含めた全員に、涼しい顔で言った。




