075 深夜の攻防と新たな任務
マリオの悲痛な叫びと共に、目の前に在った炎の壁が消え失せる。
「水よ、我が敵を切り伏せろ!『水刃』!」
高らかな詠唱と共に、天馬は渾身の力を込めて剣を振るう。右から左へと走った剣の軌跡は、そのまま水の刃となってゴブリンの群れへと向かった。炎の壁が消え、襲いかかろうとしていたゴブリン達は、まるで糸が切れたかのように次々と前のめりに倒れていく。
天馬の左側から剣戟の音が響く。視線を向けると、天馬の攻撃が届かなかったゴブリン達と、黄色い熊との戦闘が始まっていた。
「いつまで呆けている、アルフ。戦いはまだ終わっていないぞ」
ダンドがそう言い放ち、仲間の援護に向かう。天馬も闇の中に敵の気配がなくなったことを確認し、黄色い熊の元へと駆け寄った。
黄色い熊が戦闘を繰り広げているにもかかわらず、未だ動こうとしないアルフに、リーフが苛立ちを露わにして、
「何をしているのよ、馬鹿リーダー!」
と言ってアルフの太腿の裏を蹴り上げた。突然の衝撃に驚き、声のした方を見やるアルフ。
「みんな、戦ってるのよ。貴方も戦いなさい!」
リーフは天馬たちの方を指差して叱りつけた。
「ああ、ああ、そうだな。戦わないと、な」
アルフは周囲に目を配る。マリオがマナポーションを飲みながら、アルフの視線に小さく頷いた。そして、アルフはリーフと共に戦闘の中へと身を投じる。
30体以上のゴブリンを倒し、周囲を警戒しながら村の出口に戻った大蛇と黄色い熊は、そこでようやく警戒を緩めた。同時にマリオが『光球』と唱え、村の奥が明るく照らし出される。そこには、首と胴が分かたれた無数のゴブリンの死骸があった。
「坊主、テンマと言ったか? 大した魔術だな。お前がいなかったらどうなっていたか分からん。助かったぞ」
それを見たダンドが天馬に感謝の言葉を述べると、照れ笑いを浮かべながら天馬は答える。
「こんなにたくさんのゴブリンがいるとは思っていませんでしたから、皆さんがご無事でホッとしています」
天馬を優しげな瞳で見たダンドは、次に厳しい目をアルフに向けて、
「こんな頼りになる者がいるというのに、リーダーであればもっとしっかりせねばならんだろう。メンバーが可哀そうだぞ」
その叱責に、アルフは俯き、奥歯を噛みしめていた。
騒ぎを聞きつけ集まってきた冒険者や傭兵、そして騎士たちに、ダンドは何が起こったのかを説明し始めた。そして、
「ここがこのような様子だということは、他も同じようになっていると考えてよいと思うが、どうじゃ?」
ダンドの問いに答える者はおらず、皆が押し黙る。
「騎士から2名、両側の様子を見に馬で走ってくれ。他の者は出口と後方の守りを頼む。ワシらと大蛇は、少しの間だけ休ませてもらう。騎士の方、戻ったら状況を知らせてくれ」
ダンドの指示で皆が動き出す。天馬も大蛇と共に草の上に腰を下ろし、休息をとった。
「みんなが無事でよかった」と安堵する天馬は、険しい顔でこちらを見ているアルフに気づく。何か声をかけようとした矢先、リーフがアルフの頭を小突いて隣に座り、アルフと話し始めた。そんな天馬の横に座ったマリオが、アルフを見つめながら言う。
「今はリーフに任せるのがいいと思いますよ。それより、助かりました。テンマ君がいなければ命も危なかったと思います。あなたは、この場の人たちを救ったんですよ」
マリオの言葉に、
「いや、うまくいっただけで。こんな結果も想像していませんでした。運がよかったんですよ、みんなの」
そう言って草の上に伸びをしながら天馬は寝転がった。その時、蹄の音が聞こえて慌てて身を起こし、音のした方に目を凝らす。すぐに反対側からも蹄の音が聞こえてきた。
ダンドが立ち上がり、アルフに声をかけると、「どう、どう」と馬を制止する声が聞こえ、暗がりから2名の騎士が現れた。
「左はゴブリンと交戦中、岩の壁を作り妖術師と弓を持つ者が遠くの敵を倒し、壁を登ってくるゴブリンは冒険者が倒しています。ただ、ゴブリンの数が多いために疲弊が見え始めておりました」
「右も同じような状況です」
ダンドとアルフに大声で報告する騎士たち。それを聞いた天馬はマリオと顔を見合わせ、アルフの方を見た。頭を掻きながらぶつぶつ言っているアルフとは対照的に、ダンドが冷静に状況を判断して、
「右と左、どちらも危ないようだな。青の風には射手が2人いたはずだ。そうすると左の黒の蟷螂の方が危ういか? アルフ、お前たち大蛇で救援に向かってくれないか? 村の中を通って。いや、お前たちだけとは言わない、こちらの治癒師もつけよう。そして、可能なら、そのまま本陣に向かってくれると助かる。ガルフ達が戦闘中ならメッセージを送っても邪魔にしかならんだろ。どうだ?」
ダンドの考えを聞かされたアルフは、眉間に皺を刻み、鋭い視線を彼に向ける。
「ちょっと、何を勝手に決めてんのよ!」
その声にダンドが振り向くと、メイスをまさに振り下ろそうとしているローブを着た女性の姿があった。それを間一髪でかわしたダンドが、理路整然と説明を始めた。
「今、ここ以外を破られれば、ここにも壁の外からゴブリンが回ってくることが考えられる。最低でも、どちらかは守り切ってくれないと次の話もできない。そのくらいはわかるだろう。
幸いにも妖術師のおかげで、まだ持ちこたえてはいるが、このまま朝を迎えてもやることは大差がないと思う。今、救援に向かうか、朝になって向かうかの違いしかない。なら、早いに越したことはないだろう。日の出がすぐに来るならこんなことは言わない、あと3時間は日が出ないから頼んでいるんだ。どうだ、アルフ? 大蛇のメンバーは、俺の提案を飲む覚悟がありそうだが」
ダンドの言葉にアルフが振り返ると、天馬、マリオ、リーフの3人がアルフの視線に答えるように頷く。大きく息を吐いて、アルフが答える。
「行くぜ」
その言葉に、ダンドが頷く。
「そういうことだ、ミィジャも頼む。お前の目があれば楽に行けるだろう?」
ミィジャと呼ばれた女性が被っていたローブのフードを脱ぐ。その頭には2本の小さな角が生えていた。
「私はミィジャ、この筋肉達磨たちの専属治癒師。よろしくしてね」
そう言うとすぐにフードを被ってしまう。それを見たダンドが補足した。
「それだけじゃ説明が足りないだろう、ミィジャ。こいつは竜人のクォーターだ。そのため夜目が利く。白いローブの後ろをついて行けば、明かり無しでも迷わずに黒の蟷螂の守る壁の裏に行けるはずだ。申し訳ないが頼んだぞ、ミィジャ。
アルフ、壁の裏に着いたら合図を上げるようにしてくれ。合図は何でもいい、黒の蟷螂にはこちらで伝えておく。時間が惜しいからすぐにでも向かってくれ」
そう言ってダンドは、騎士に黒の蟷螂への伝言を頼むと、自らはミィジャを除いた黄色い熊のメンバーを連れて村の出口に向かった。
残されたミィジャ、大蛇、そして天馬は、各自の装備を点検し、互いに視線を交わした。無言のまま頷き合うと、村へと歩みを進める。天馬は、普段なら先頭を行くアルフがリーフと共に後方を歩いているのが少し気になった。しかし、村へ足を踏み入れた天馬は周囲への警戒心が勝り、その事は意識から消えていた。




