83. 箱入り巫女
「おいおい、穏やかじゃねぇな。いきなり殺気立つんじゃねぇよ」
黒鋼将軍の言葉にハッとする。
無意識に戦意が漏れてしまっていたらしい。
「……すみません。気をつけます」
「いや、いいんだけどよぉ。なるほど、訳アリってことかねぇ」
黒鋼将軍が納得したようにこちらを見ているが、何か勘違いしている気がする。いや、勘違いでもないか。訳アリであることは間違いない。
「そんで、なんの話だったか……。ああ、そのエルフ――銀髪エルフでいいか。銀髪エルフが戦場を掻き乱してるせいでこっちは面倒くせぇことになってんだよ」
「対処は難しいのですか? 近づくのがダメなら遠距離から攻撃するとか」
「法則性もなく夜中にいきなり現れやがるんだよ。で、混乱させるだけで銀髪エルフ自身は退いていくらしくてな……」
黒鋼将軍とジジニアが話を続けている。
聞いている限り、ヤルルアンナは戦闘には参加していないようだ。そこは少し安心しつつも、やはり彼女が戦争に参加しているというのは、心中穏やかではいられない。
エルフの巫女、ヤルルアンナ。
セブファン主人公の一人である彼女は、闇の精霊に愛されすぎている。
そもそもエルフは精霊との親和性が非常に高い種族だ。精霊というのはいまいちよくわかっていないが、世界を構成する存在であり、大いなる力を持っているらしい。精霊と共にあるエルフは、精霊から力を借りて現象を発現させる精霊術を得意としている。そして、精霊には魔術と同じく属性があり、適性魔術のように相性があるらしい。
大昔からの習慣で、一つの属性の精霊から特に寵愛を受ける者は巫女と呼ばれる。巫女の誕生はエルフにとっては吉兆であるとされているが、闇精霊に特別愛されたヤルルアンナには困難が待ち受けていた。
闇属性の特徴としては、衰弱、恐怖、混乱などがあり、ゲームでは敵の能力を低下させるデバフの印象が強い。ゲームでの戦闘では頼りになる存在であったが、彼女は闇精霊に複雑な感情を持っている。
ヤルルアンナは闇精霊との相性が良すぎた。
ヤルルアンナの誕生の際、闇精霊たちは歓喜し、興奮し、その力を暴走させてしまったのだ。そう、デバフを見境なく撒き散らした。当然、周囲は大混乱となり、負の連鎖は続いていく。混乱という負の感情を愛する巫女への敵意と受け取った闇精霊は、巫女を守るためにさらに力を発現させてしまったのだ。
そして、悲劇は起こる。
出産によって消耗していたヤルルアンナの母が、衰弱に耐えられず亡くなってしまったのだ。この一件で、彼女は同族に恐れられるようになる。それは、実の父親ですら例外ではなかった。
闇精霊は暴走がおさまった後もヤルルアンナを守り続けた。つまり、ヤルルアンナに敵意や恐怖を抱く存在が近づけば、衰弱させるのだ。彼女の意思とは関係なく。
ヤルルアンナを持て余したエルフの長老たちは、彼女を隔離することを決定する。精霊に愛された巫女を放り出すわけにもいかず、かといって近づくだけで危険な者を自由にさせることができなかった故の判断だ。
誰とも接触することなく、遠隔からの精霊術で育ったヤルルアンナ。精霊に囲まれたヤルルアンナは孤独である認識もなかった。しかし、精霊術で届けられる声と書物で教育を受け、知識を身につけるにつれて疑問が湧き上がってくる。
そしてある日、自身の秘密を知ってしまったヤルルアンナは衝撃を受ける。そこから闇精霊へ複雑な感情を抱き始め、その後ある事件をきっかけに外界に出ることになるのだが……。ちなみに、育った環境的にかなりの世間知らずであり、実際に隔離されていたことから[箱入り巫女]と呼ばれていたりする。まあ、他にも呼び名はあるが、そっちはあまり……。
とにかく、そんな生い立ちのヤルルアンナが闇精霊の衰弱を利用して戦争に参加することなど考えられない。何が起こっているのか知らなければならないし、彼女の助けになりたい。
「――まあ、こっちの状況はそんなところだな。そんで、こっからどうすんだ?」
考え込んでいると、黒鋼将軍とジジニアの会話は終わっていた。
「……ひとまず、銀髪のエルフに接触してみようと思います」
「いや、接触するったってなぁ……。それができりゃあ、こっちも苦労してねぇんだが」
黒鋼将軍は呆れた様子でそう言った。
それは確かにそうだ。闇雲に探しても見つかりはしないか。
「索敵用の魔術を展開してみるッスか?」
僕が方法を考えていると、ドゥドゥがそう言った。索敵用の魔術は確かにあるが、戦場全てを網羅するのは難しいのではないだろうか。……いや、そうか。
「……結界魔術を応用するの?」
「その通りッス! 今回は強度が必要ないんで、索敵用に改良して、薄く広く展開することは可能だと思うッス!」
ドゥドゥは流石だな。
索敵用の魔術はある程度の実力がある魔術師に対しては通用しないが、今回探しているのはヤルルアンナだ。エルフは魔術を使わないので上手くいくだろう。
「ちょっと待て。索敵用の魔術? 詳しく説明してみろ」
「え、あ、わ、わかりましたッス」
真剣な様子の黒鋼将軍に迫られ、ドゥドゥがあたふたしている。しかし、魔術の説明となると途端に饒舌になっていった。
「――――というわけで、さっき言った連環機構を応用してそれぞれの支柱に索敵魔術を繋いでいくッス! そんで、索敵魔術ってのは……」
「ああ、もういいもういい! 要は、その支柱とやらを設置して、銀髪エルフがその間を通ったらわかるようになるってことだな?」
「うーん、まぁ概ねそんな感じッスけど、その通ったらわかるってとこの魔術回路が肝心で……」
ドゥドゥの話はまだまだ続きそうだ。
僕としては興味深いので聞いていたいが、黒鋼将軍が目線で止めてくれと訴えてきているので止めてあげよう。一回スルーしたから、そろそろ怒られそうだ。
「……ドゥドゥ、魔術の改良に急いで取り掛かろうか」
「え、でもちゃんと説明して協力してもらわないといけないッスよ。戦場がどれくらいの広さがあるかわからないッスけど、結構な数の支柱を設置することになると思うッス。だから……」
「いや、大丈夫だ! 何も問題ねぇ! 戦士たちには俺が説明して協力させる!」
話が長引きそうだと察したのか、黒鋼将軍から許可が出た。やったねドゥドゥ。
「そ、そうッスか……? じゃあ、説明するためにも、あとで将軍にはしっかり説明するッスね!」
目を輝かせながらドゥドゥがそう言ったが、対照的に黒鋼将軍の目は虚だ。仕方ない、助け舟を出しておこう。
「……ドゥドゥ、先に僕に説明してもらえる? 僕の方で将軍には説明しておくから、ドゥドゥは魔術改良に専念してほしい」
「確かにその方がいいかもしれないッスね! わかったッス!」
ドゥドゥは納得してくれたようだ。
黒鋼将軍は明らかにホッとしている。とりあえず、協力してくれるということでいいのだろうか。
「……将軍。索敵魔術に協力していただけるということでよろしいでしょうか」
「ふんっ、構わねぇよ。王から協力するように言われてるし、こっちとしてもありがてぇ話だ。サリファといったか? ……説明は、お前さんからで頼むぜ」
「……ありがとうございます」
さて、方針は決まった。
黒鋼将軍とドワーフの戦士たちの協力を得られるのは大きい。これはドゥドゥのおかげだ。
「それじゃサリファ! 説明するッスね!」
そんなドゥドゥは活き活きとしている。
うん。
まずは、ドゥドゥの話を理解するところからだね。楽しみだけど、たぶん長いから気合いを入れていこう。




