水賊衆の思惑
この世界では内陸部の水上生活をする者たちのことを、「水賊衆」と呼ぶことがある。
無論、これはあくまで便宜的な、かなり大雑把な呼び名に過ぎない。
この世界の支配者層はどうも、「徴税するのが難しい集団」を「賊」呼ばわりする慣例があるようだった。
その内実は多種多様であり、水運や漁業により身を立てている者たちから文字通り、その土地に根を張って追い剥ぎに近い所業を行っている者たちまでひっくるめて、陸の者たちはそうした水上生活者のことを「水賊衆」と呼ぶ。
彼らの内情を知る陸の者がほとんどいないこと、それに、彼ら、特定の土地に定住することなく暮らす人間は地上の権力からは無視されることが多いから、ハザマとつき合いのある王侯貴族たちの意識にのぼる機会はほとんどないようだ。
そうした支配者層から見れば、定住せずに、つまり、税を取り立てることが難しい水賊衆は、用事がある時にのみ便利に使う相手でしかなく、自分たちの管轄下にない人種であると、そう認識されているようだった。
洞窟衆は伝統的な貴族たちなどよりも活動範囲がよほど広く、そのため、この水賊衆とも自然と関係が深くなる。
洞窟衆が日々扱う物資の量と、その物資を運ぶべき距離を考えれば、そうした水賊衆の力をあてにでもしないと洞窟衆という組織全体がまともに運用できなくなるからだ。
無論、無料でこき使ったり支配下においたりするわけではなく、必要な土地の水賊衆に声をかけて、あくまで仕事として賃金を払い、協力をして貰っている。
水賊衆の側から見ても、定常的に一定量以上の仕事を依頼してくる洞窟衆は金払いのいい上客であり、少なくとも金銭面では、これまでトラブルらしいトラブルはほとんど起きていない。
洞窟衆が森東地域に進出した時も、まず真っ先にしたのは地元の水賊衆に片っ端から声をかけ、荷運びをして貰うように仕事を依頼することだった。
輸送路を真っ先に確保しておかないと、なにをするにせよ、進出した先で立ち往生をする羽目になるからだ。
特に道路や街道の整備があまり進んでいない森東地域において、この水賊衆は物流の要になっていて、洞窟衆はこの水賊衆たちを、他の地域でと同様、積極的に活用している。
そうして、輸送網を保持しなければ、森東地域に進出した洞窟衆関係者が麻痺して活動不能になるから、というのが第一の理由であったが、同時に、森東地域に現金を行き渡らせることと、それにより、その水賊衆を通じて他の勢力にも洞窟衆の経済力を知らしめる、などの効果も考えた上での施策だった。
洞窟衆は豊かで、金払いがいい。
そういう評判が広まれば広まるほど、洞窟衆の味方をしようと考える者も増えるわけであり、ことに水賊衆は通常の陸上生活者などよりはよほど活動範囲が広かったので、この手の噂を広めて貰う相手としてはうってつけでもある。
その水賊衆たちは、ここのところかなり忙しくなっていた。
洞窟衆の動きが活発になり、水運の仕事が極端に増えたせいだ。
これからも、これまで以上にこの手の仕事は増えるだろう。
洞窟衆の関係者は口を揃えて予測しており、そうした事態に対応するため、各水賊衆は慌てて新たに人材を求めたり、船を調達しはじめたりしている。
森東地域の船大工もすでにかなり忙しくしており、しばらくは新たな仕事を請け負えない状況であったから、わざわざ洞窟衆に頼んで森の西にある船大工に新しい船を作るように発注したりしている状況であった。
景気がいいのは結構なことだが。
と、森東地域の水賊衆は、このところ、そう考えていた。
ここまでのことが出来るのであれば、いっそのこと洞窟衆がこの森東地域全体を平定してしまえばいいではないか。
つき合いがあるので、そうした水賊衆は洞窟衆の組織規模や実働能力をかなり正確に見積もることが出来た。
どう考えても、今の森東地域の中に、この洞窟衆とまともに渡り合える勢力は、ないように見える。
実際、洞窟衆の者にそんなことをいってみた者もいるようだが、いくつかの理由をあげ、
「洞窟衆がそうすることはない」
と、そう明言をされている。
その理由とは、まず第一に、洞窟衆の首領であるハザマがこれ以上に支配する土地を広げることを望んでいないということ。
それに付随して、洞窟衆では慢性的に人手が不足しており、これ以上に面倒を見る人間を増やすことは得策ではない。
この森東地域においては、特定の勢力が一人勝ちをすることではなく、今この場にある諸勢力がうまく拮抗して安定している状況を望んでいること。
などがあげられている。
どうも洞窟衆とは、首領であるハザマの意図をかなり末端の人間にまで詳細に説明するような組織であるらしかった。
その意味で、森東地域の水賊衆たちにとっても、これまでにつき合った経験がない、そんなかなり珍妙な人種ではある。
洞窟衆がどんなに特殊な価値観を持つ連中であろうとも、金を出してくれる以上は立派なお客だった。
ここのところその洞窟衆は、いきなり南下する動きを活発にしている。
なんらかの事情はあるのだろうが、その詳細まで知ろうとする者は水賊衆の中にはいなかった。
ただ、
「洞窟衆に浸食される速度が、早くなったな」
と、そう思う者は、かなり多かったが。
洞窟衆は支配を望んではいない。
それは、どうやら間違いはなさそうだった。
だがその代わり、洞窟衆は莫大な金額の金を注ぎ込み、橋や道、それに近頃では学舎などを次々と行く先々で作っていた。
直接的に武力制圧をするよりも、見方によっては、そうした洞窟衆の活動はよほど影響力が大きい。
とも、いえる。
この森東地域の民から徴税をするわけでもなく、それでいて今までのどんな支配者よりも多くの利便を洞窟衆はこの森東地域にもたらそうとしていた。
そうした土木や建築に関わる人間に金が落ちるのはもちろんのことだが、もっと長い目で見れば、これからの森東地域の民は、洞窟衆や作った道や橋を通って往来し、洞窟衆が作った学舎で学んだことを役立てながら生活をするようになる。
その影響力は、なまじの豪族などよりもよほど甚大で、若い者ほど洞窟衆的な価値観や思考に染まっていくだろう。
勘のいい者には、そうした未来図をありありと想像することが出来た。
なまじの武力制圧よりは、よほど悪質なのではないか。
そう考える者も少ないわけではなかったが、その洞窟衆は別に無理強いをしてこうした施策をやっているわけではない。
用地の使用権を買収し、場合によっては地元の有力者たちの元を訪れて根気よく交渉を重ね、地元住人の合意を取った上で諸々の施設を造り、活動をしている。
その結果、将来的に思わしくない影響が出てくるにせよ、その責任は洞窟衆の提案に乗った側にもかかってくるはずであり、洞窟衆の施策を非難することはそのまま自分たちに跳ね返ってくるのであった。
水賊衆はもとより、森東地域の地上民の中にもそうした想像力を持つ知識人というのは一定数存在していて、洞窟衆に対する危惧を口にする者もそれなりにいたのだが、そうした意見を首肯し、積極的に動こうとする者はほとんどいなかった。
なにより、そうした将来の、実際にあるのかないのかわからない害よりも、今現在、洞窟衆が森東地域にもたらす利益の方が、誰にも無視できないレベルで大きかったからである。
ここのところ、小競り合いが続き荒廃していた森東地域にとって、洞窟衆が齎す利益は、到底無視できるものではなかった。
直接的な利益以外にも、洞窟衆は明らかに、この戦乱を制限し、あわよくば止めることを目指して動いている。
そのことは、普段の動きからも十分に推し量ることが出来た。
そこまでのことをして、それでも支配することを望まない。
一貫してそう公言する洞窟衆の考えを理解出来る者こそ少なかったが、洞窟衆への評価は日を追うごとに高まっていく。
洞窟衆が進出をした地域では、すでにそうした空気が醸成されつつあった。
「金積んで運んでくれっていわれたから、素直に従うけどよ」
水賊衆のリウンは洞窟衆の小娘にそういった。
「ゴドワっていったら、今はかなり厄介な土地だぜ。
山地から来た連中と地元勢力との小競り合いがこじれるだけこじれて、誰が勝っているのか負けているのかすらすぐには判断できないようになっている」
「泥沼、っていうんだっけ?
そういうの」
洞窟衆の小娘、トエスという娘はそういった。
「でも、あそこがちょうど都合がいいんだよね。
いい具合の、何本もの川と繋がっている沼地もあるし」
その沼地周辺地域を制圧して、大規模な船着場と港、つまり、物流基地を作る。
と、リウンは説明されていた。
基本的に、洞窟衆は自分からどこかに攻め込むことはほとんどないのだが、たまに、洞窟衆が重要だと認めた土地に関しては、極めて迅速に取りにいく。
「一度制圧に成功したとしても、すぐに取り戻そうと動くやつらがいくらでも出てくるんだけどな」
リウンは、そう続けた。
ゴドワに集まっている連中は、もう引くに引けない心境になっているはずだ。
やってやられて、そんなことを繰り返し、犠牲もかなり多くなっているのに、撤退しようとはしない。
つまりは、すでに損得よりも面子とかの問題になって、身動きが取れない状態になっているわけで。
このトエスという小娘は、わざわざそんな紛糾している土地に赴いて、そこを制圧するといっている。
「おれはしがない船頭に過ぎんけどよ」
リウンは、そう続けた。
「わざわざ危ない場所に行って、そこで火遊びをする必要もないんじゃないか?」
「大丈夫、大丈夫」
しかしトエスは、その忠告を聞こうとはしなかった。
「こう見えてもわたしら、そういうのには慣れっこだから」




