グフナラマス公爵領の襲撃未遂事件
ハザマ個人の思惑はともかく、周囲の状況は勝手に動いていく。
まず、グフナラマス公爵領で動きがあった。
例の、森の中で消息を絶っていた敵、少なくともその仲間だと見られている。
見られている、とはっきりしないいい方になるのは、その手勢が発見されたのはグフナラマス公爵領内の沿岸部、それも崖に沿った一本道で、しかも発見したのが訓練も兼ねた哨戒航行中の、グフナラマス公爵家の船であったからだ。
つまりその船に乗り込んでいたのはグフナラマス公爵家の海兵たちであり、彼らは来たるべき森東地域への派兵に向けて訓練をしている最中だった。
遠目にその手勢の姿を発見した海兵たちはその場でいきり立ち、魔法兵を甲板に並べて砲撃魔法を連射した。
結果、その手勢は抵抗する術もなくあっさりと全滅している。
その報告を受けた時、ハザマなどは、
「何人かは生かしておいて、情報を得るべきだろうに」
などと思ったわけだが、詳しい事情を聞くとそんな悠長なことをいってもいられない、それなりに逼迫した状況であったらしい。
まず、崖沿いの一本道を移動していたのは優に千人を越える大人数であった。
万単位の兵力が動く戦場に慣れていたハザマの感覚では、少ないようにも思える人数であったが、グフナラマス公爵領内の町は王国内の他の領地に比べてかなり小ぶりであり、この人数であっても十分な脅威となりえる。
グフナラマス公爵領は狭く、土地もあまり肥沃ではない事情も手伝って、大きな都市はだいたい立派な港がある場所に限られていた。
それ以外の人口密集地は小規模な物がほとんどであり、また、軍事的な脅威に対しても比較的無防備な構造になっている。
そんな小さな村を襲われ、敵が拠点として使いはじめたら、それに対処するのもかなり苦労する。
一度そうした足がかりができてしまうと、領内を侵食されるのもそれだけ容易くなるからだった。
その移動中の手勢を全滅させたグフナラマス公爵家配下の海兵たちは、この世界においては標準的な判断と行動を行っただけ、のようだった。
情報が、それだけ軽視されているのか。
それとも、それだけ敵の侵入を重視する価値観が抜きがたく染みついているのか。
その両方だろうな、と、ハザマは思う。
いずれにせよ、こうした感覚について、ハザマとこの世界の人々とでは大きなズレが存在する。
それをここでいいたてても、なにもならないのだった。
ハザマの立場では、グフナラマス公爵家の方針に物言いをつけるわけにもいかない。
それに、その崖沿いの一本道を移動中だった敵側も、わざわざそんな場所をそれだけの人数で夜間に歩いていたわけだから、グフナラマス公爵領内に侵攻する意図は明白であった。
発見され、全滅したのはかなりの偶然が働いていたと見るべきであり、今回はたまたまグフナラマス公爵家にとっていい結果に転んだわけだったが、普通に考えればその道に続いている村の、少なくともそのうちのひとつはそのまま敵の手に落ちていたと、そう見るべきでもある。
グフナラマス公爵家にとっては、幸運な一件といえた。
ともかくその一件によって、グフナラマス公爵は堂々と森東地域へ侵攻する口実を得た。
森東地域の側からグフナラマス公爵領を侵す意図が明白になった以上、これ以上の侵略行為を防止するため、また報復も兼ねて森東地域へ侵攻をするのは、この世界の感覚では常識的な判断といえる。
森東地域といっても、その中には大小多くの勢力がせめぎ合っており、そのうちのどの勢力が実際に動いたのか、確定できなかったわけだが、そんなことはグフナラマス公爵もそれ以外の勢力もまるで気にしなかった。
グフナラマス公爵が堂々と戦端を開く口実を得たことがここでは重要なのであり、それ以外の子細はすべて些末なこととして扱われるのだ。
グフナラマス公爵家はこの件を受けて、森東地域の主要な港に宣戦布告をし、同時に、
「この崖沿いの道を通って領内に侵攻を企てた勢力」
についての詳細を求めた。
「これからそちらに攻め込むぞ」
と宣言をし、圧力を加えた上で、森東地域内部での摩擦がより起こりやすくなるように仕向けた形である。
そうすることによって、森東地域の中でもグフナラマス公爵家に協力的な勢力とそうではない、反抗的な勢力との色分けをし、あわよくば調略をしやすくなるような下地を作った、ということなのだろう。
その件が起こる以前から、グフナラマス公爵家は森東地域への侵攻を決めて準備を整えていたのだが、グフナラマス公爵家はその侵攻に対して正当な名分を得た形である。
このことにより、グフナラマス公爵家は、森東地域への侵攻計画をこれまでよりも積極的に推し進めることになり、開戦も事実上、秒読み段階に移行した。
洞窟衆の影響圏から森東地域の南下を試みている連中も、この時点ではなんの困難にも出会わずに順調に推移しているようだった。
ヴァンクレスの騎兵部隊を先頭におき、その後をスセリセスの部隊とトエスの兵站隊とが追いかけている形であったが、森東地域でもヴァンクレスの武名はそれなりに広まっているらしく、今のところ、無駄な交戦は避けられているようだ。
半永久的に占領されるのならばまだしも、洞窟衆側がただ兵隊と補給路を通すことのみを要求しているという事実の広報がうまくいっているから、らしい。
これには、洞窟衆がこれまで無駄な戦闘を避け、それどころか元から現地に存在した紛争を一貫して調整するように努力をしてきたことが、信用に繋がっているらしかった。
さらにいえば、洞窟衆が支部を作った地域には、従来の物とは違った物流網の一部に組み込まれる。
人や物の行き来が活発になり、その土地にも金が落ちるわけで、そのこと自体に反対をする者も少なかったようだ。
ヴァンクレスが通った後を、スセリセスとトエスが慌てて追いかけながら物流網と通信網を整備している形であり、現地の洞窟衆関係者には大きな負担になってはいたようだが、その分、事態は進展しているといえる。
ただ、森東地域は広大であるので、ヴァンクレスが破竹の勢いで先を急いでも、ただそれだけですべてが解決するわけでもないのだが。
この時点で問題が起きていない以上、ハザマとしては、
「それまで以上に物資的な支援をするように努めろ」
という指示を出すだけでよかった。
森林貫通街道の方も、かなり急ピッチで工事が進んでいる。
かなり大人数の犬頭人が工事現場周辺の森林を哨戒している中、これまたかなり大人数の王国の手勢と治安維持軍の手勢とが協力して工事を行っているわけで、進捗状況はかなり良好、を飛び越えて、非常識なほどの速度で進んでいる、ということだった。
人数がいるのを幸いに、三交代だか四交代制で二十四時間、誰かしらが工事を進めているらしい。
そうした突貫工事の施工に慣れている洞窟衆の人材が監督しているからこそ、混乱もなく工事が進んでいるようだ。
洞窟衆の施工業者は、寄せ集めの人間たちをひとつの目的のために使うことに慣れてもいたので、そうした経験も役立っているはずだ。
なにせあそこの現場は身分も出身も異なる連中が混合して働いているはずであり、普通に指示をしただけでは内部で混乱や諍いが起こらぬはずがない。
食事内容などの待遇をよくする、十分な休養を取らせる、などのことも含めて、そうした実働する人間たちの不満を緩和するノウハウもこれまでに蓄えてきているのだろうな、と、ハザマは想像する。
なんにせよ、この手の仕事は人数で押し切ればたいていの問題は片付くわけで、今回の工事については大元のアルマヌニア公爵家以外にも、治安維持軍までもが積極的に支援をしている。
資金が尽きる心配はまずなかったから、かなり贅沢な現場になっているのではないか、とハザマは思う。
その街道が無事に開通をすれば、その工事に携わっていた連中はそのまま対森東地域戦の戦力にもなるわけで、アルマヌニア公爵家と治安維持軍にしてみれば、この工事もあくまでその森東地域との戦闘に移行するまでの前哨戦として捉えているのかもしれなかった。
ハザマが提案をした鉄道馬車についていえば、ドワーフのムススム親方がすでにレールを量産するための仕組みを作り上げている。
動力こそ人力に頼っていたが、熱した鉄塊を機械仕掛けのローラーで伸ばし、まったく同じサイズのレールを製造することが出来る、かなり大がかりな仕組みだった。
完成品のレールをこのハザマ領から現地まで運ぶよりも、この仕組みをいったん分解して工事現場の近くに再設置をし、原料となる鉄材をそこに運び込む方が効率的だろう、ともムススム親方からは説明された。
ハザマはその提案についてその場で承知し、すぐに手配をするように指示を出す。
このレール以外に、枕木やその下に敷く砕石、馬車の車輪部分の開発など、この鉄道馬車についてはまだまだ課題が残っているのだが、そちらの方も平行して準備を進めていた。
馬車の車輪部分については、時計屋のナイゼル親方に発注して十分の一サイズの模型を作らせ、詳細な図面もすでに完成している。
ムススム親方の手が空き次第、馬車の部品についても量産体制を整えて貰うことになっていた。




