独立の準備
そんなこんなで洞窟衆の、というよりもハザマ領の周辺はかなり騒がしくなっている。
ハザマ領を通過する物量が格段に多くなり、それにともなって行き交う人の数も多くなった。
物流を担う肉体労働者だけではなく、金の匂いを嗅ぎつけてなにかを、あるいは自分自身を売り込もうとする人間が大勢ハザマ領を目指すようになっていたのだ。
これまでも流民を中心として冒険者ギルドなり洞窟衆なりを頼ろうとする動きは相応に存在したのだが、今回のはどちらかというと商人とか職人とか、すでになにがしかの地歩を築いた者がよりよい条件を求めてハザマ領を目指すことが増えている、ようだ。
ようだ、というのは、ここ数日のハザマはニョルトト公爵家の女学校として使われる予定の建物に詰め、各地の動向を把握して必要があれば指示を出す、という仕事に忙殺されており、建物の外での動きについては、人づてに耳にするだけだったからだ。
ハザマが缶詰めになっていたのは、だいたいは森東問題への対策のおかげであった。
が、新たに大勢の人たちが洞窟衆を目指すようになったのは、そちらの要素だけが原因ではなく、どうやらハザマ領が近い将来、王国の支配下から外れて帝国の領地になるという噂が一般にも広まりはじめたから、であるらしい。
帝国の使者が昨年末、王都を訪れたことは広く知られていたし、こうしている今も、同じような顔ぶれの使節団がルシアニア某所の建物を借り切って数日駐留する構えを見せている。
そうした動きを見れば、ハザマたちの側が公式にアナウンスを行うまでもなく、これからなにが起こるのか、多少なりとも目聡い者の目には容易に予測がつくようだ。
また、ハザマたち洞窟衆側も、そうした広まりつつある憶測について、あえて否定をすることもなかった。
ハザマ領が帝国の一部になる。
そのことは、むしろ洞窟衆外部の者にこそ、大きな意味を持つ。
そう、受け止められているようだった。
ハザマ領が王国の一部であった従来であっても、ハザマたち洞窟衆はかなり闊達に活躍してきた。
その洞窟衆が、王国の軛から離れたらさらに自由に動き回るはずであり、現にこうしている今も王国の一地方領でありながらも森東地域に対して大胆不敵な干渉を行っている最中ではないか。
だとすればこれからも、洞窟衆は過去の因習や慣例に捕らわれず、これまで以上に自在に動き回るに違いない。
と、言語にすればそうした期待を抱く者が多いようだった。
そして、そうした因習に捕らわれない洞窟衆の空気は、これまでなんらかの理由により自由に動くことを封じられた者たち、不満を抱いていた者たちを引きつけるのに十分な要因となった。
それまで働いてきた場所で、出過ぎたために打たれていた杭が、より自由に働ける場所を求めて、今まで以上に続々とハザマ領へと集まるようになっている。
と、そういうことらしかった。
「と、いうわけで」
そこまでをハザマに説明してから、タマルはそう続けた。
「そろそろ金貨の鋳造をすることを、検討して貰えませんかね」
「金貨ねえ」
ハザマは、はっきりしない答えを返す。
「それ、必要なのか?」
「絶対に必要というよりも、ないよりはあった方がいい、といったところでしょうか」
タマルは、淡々と説明する。
「もともと、すでに出回っていた貨幣の量が少なすぎるんですよ。
少し前と比べると、商いをする機会や回数は何倍にも増えているのに、貨幣の量自体は増えていないので」
「そら、わかるがな」
ハザマは、疑問を口にした。
「なんだって、オレたちがそんなことをやらにゃあならんのだ」
「どこが発行しようが、金貨は金貨。
その価値は変わるものではなりません」
タマルはいった。
「だけど、今、新たに金貨を流通させるだけの余裕がある勢力が、周辺にありますか?」
「ふむ」
ハザマは、渋い顔になった。
王国も、部族連合も、内部に問題を抱えていて、それどころではないかも知れない。
他の周辺諸国も、そこまで余裕がある国は、確かに少ないだろう。
「消去法でいえば、確かにうちが発行するしかなさそうだが」
ハザマは、そう続けた。
「お前のことだ。
なにか別にメリットがあると考えているんだろう」
なんの得にもならないことに関して、このタマルが積極的に動くことはない。
そのように、ハザマには思えたのだ。
「金貨を発行することによって、わかりやすい利益は生じません」
しかし、タマルの返答はハザマが予想しないものだった。
「ただ、無形の信用は得られるはずです」
「無形の信用?」
ハザマは首を傾げた。
「お前がそんなものを重視していたとは初耳だ」
「信用は大事ですよ」
タマルはいった。
「手っ取り早く売買することができないからこそ、軽視することも出来ません」
「そういわれるとな」
ハザマは、ようやく身を乗り出す。
「金貨を発行することによって得られる無形の信用とやらについて、もっと詳しく説明してくれ」
「簡単にいえば」
タマルは即答した。
「効率よく、広い地域にハザマ領の存在を知らしめることが出来ます。
一度流通させた通貨というのは、どこまで遠くで使われるのか想像も出来ないほどですから」
「威光ってやつか」
ハザマは確認する。
「その程度のことで、そこまで本気になるほどのことかなあ」
「王国から独立をするとなると、その程度のことも必要になってくるでしょう」
タマルは肩を竦めてそういった。
「後ろ盾となる帝国は、強大ですがいかんせんここからは遠すぎます。
そちらの幻影をあてにするよりは、自分たちで金貨を発行して流通させるくらいの余裕があると、初っぱなに見せつけておいた方がいい」
「初っぱなに、ねえ」
ハザマは、そういうしかなかった。
「独立国として、か」
王国から正式に独立することになれば、それ以降は、これまで王国が肩代わりしてくれた外交などについても自前でやらなくてはならない。
そうした場所では、そうした、自分たちの力を普段から誇示しておくという、はったりのようなやり方も局面によっては重要になってくるのだろう。
なにより、王国からの独立を記念して、独自に貨幣を発行する、というのは、タマルが指摘した通りに、「わかりやすい」のだ。
「お前がわざわざここまで提案をしに来るってことは、コストその他の計算はもう出来ているんだよな」
ハザマはタマルに、そう確認をする。
「こちらに」
タマルはそういって紙の束をハザマの前に差し出した。
「今の段階では、まだまだざっくりとした内容になっていますが。
ただ、今のうちの取引規模だと、貨幣の発行をするのはむしろ遅すぎるくらいではあるんですよね。
経済的な影響力からいえば、とっくの昔に周辺諸国に引けを取らない規模になっているんですから」
「とはいえ、王国の地方領では勝手に金貨を発行するのは無理筋だろう」
ハザマはいった。
「中央の許可が得られたとしても、そこまでこぎ着けるまでの労力が大変なことになる」
「その意味でいえば独立を記念して、ということで、ちょうどいいタイミングかと」
タマルは、そういう。
「内外に、ハザマ領の独立を知らしめる効果も期待できるでしょうし」
「今から準備を進めていれば、独立までには間に合うのか?」
「間に合わせますよ」
タマルは即答する。
「これから鉄道馬車なんて新規な物を作ろうとするよりは、よっぽど容易いくらいです。
技術的な困難はほとんどなく、単純にお金や人手を投入すればどうにかなる種類の問題なんですから」
「金貨十億枚を鋳造、って」
タマルの計画書に目を通していたハザマは、目を剥いた。
「これだけの金貨を作るだけの金があるのか?
いや、それ以前に、それだけの金を都合出来るのか?」
「金の量に関しては、まったく問題がありません」
これについても、タマルは即答する。
「国境紛争時の分け前が、王国から定期的に支払われていますし、それに、山地の鉱脈はまだまだ尽きることがないようですから。
むしろ、穀物と引き換えに山地から流入する貴金属をそのまま統制しないままにしている今の状況の方が、どちらかというと問題です。
金貨の鋳造費用に関しては、魔力札が一般化したおかげで金属を加工するときの必要経費もかなり軽減されたとかで、こちらも問題はありません。
なんでも、魔力札が使えるようになってから、鍛冶場で使われる燃料費が十分の一以下になっているとかで」
「そんなもんかね」
ハザマは答えた。
「現場での事情についてはよく知らんから、おれとしては各所からの報告を信じるしかないが」
「あと、ですねえ」
タマルは、そうつけ加える。
「国庫の中に潤沢に資金が蓄えられていると、なにかと強気に出られますよ。
いざとなれば、各種の債権もその場で買い戻すことが可能になりますし」
「経済政策、ってやつだな」
実はハザマは、この時点でタマルのいう内容を半分くらいしか理解できていなかったが、この場ではそういって頷いた。
「まあ、今のうちくらい大きな影響力を持っていれば、それくらいの準備はしておいた方がいいのか」
口ではそういいながらハザマは、内心で、
「独立国家、かあ」
などと思っている。
今さらではあるが、どんどん面倒なことになっていくな。




