干渉の名分
帝国がかなり多額の国債を引き受けてくれると保証してくれたので、少なくとも当面の軍資金に困ることはなかった。
使用可能な現金が豊富にあれば、たいていの問題は問題にはならない。
その証拠に兵糧をはじめとする各種戦略物資の確保について、当初は大きな問題とされていたのだが、思いがけず豊富な資金が使用可能になったおかげで、洞窟衆としては交易圏を広げることができるようになり、長期的には解消される見通しがついてしまった。
十分な資金さえあれば、今までよりももっと遠くまで穀物などの物資を買いにいけるようになるわけである。
新たに買いつけたそうした物資が、森東地域にまで到着するまでには、数十日から数ヶ月というタイムラグが搬送の都合により発生してしまうのだが、それでも、先の見通しがまるで立たなかった頃よりは遙かに進展している、といえた。
とはいえ、これまでの洞窟衆にしても、膨大な穀物などを買い入れるため、恒常的な交易圏をかなり大きく設定している。
さらにその上、遠くの地域から買い入れを開始するとなると、船便その他の販路の手配なども新たにしなければならず、沿岸地域の洞窟衆支部ではかなり大変なことになっているようだった。
臨時で船便を押さえる程度ならばともかく、長期的に洞窟衆のために動いてくれる船をさらに増やすのは、実際には難しい。
大量の荷物を搬送するような船は、欲しいからといってすぐに購入できるものでもなかった。
船だけではなく、その船を動かす船員までも含めて押さえるとなると、なおさら困難を極めた。
現役で活躍している船なり船員なりは、当然、現在進行形で遂行している仕事を抱えているわけであり、それをすぐに引き抜こうとすることは、ほとんど無理に近い。
新たな物資の買い入れ交渉と並行して、冒険者ギルドと洞窟衆が総出で心当たりに声をかけて、少しずつ定期航路を開発していくしかなかった。
そうした交渉をする際に、交渉相手に「どうしてこれほど膨大な物資を買い集めているのか」と説明することも多く、洞窟衆の名はさらに、それまで洞窟衆のことがほとんど知られていなかったような地域にまで広がっていく。
森東地域とかいう、国がいくつもすっぽりと入るような場所を、単純に征服するためではなく、ただ単に平和にするためだけに膨大な資金と人手を投入して力を尽くす集団がある。
どこの国にいってもそんな酔狂な真似をする国などなかったし、さらによく聞けば、その洞窟衆とやらは厳密にいえば国ですらないという。
ハザマ領という国土も持ってはいるが、そのハザマ領とはどちらかというと洞窟衆の下部組織でしかなく、主体はあくまで洞窟衆だということだった。
などという、より詳細な情報が広まるにつれ、王国から遠い沿岸部の地域を中心として、各地の有力者たちの間で洞窟衆への興味が高まっていく。
ガンガジル動乱やスデスラス王国での騒乱などの子細についても徐々にそうした遠い地域にまで情報が浸透していき、洞窟衆がすでに帝国からの信望を得て、多大な援助を獲得していることなども伝わっていくうちに、そうした洞窟衆への関心は、徐々に単純な興味本位の域には収まらないものになっていった。
どうもあの洞窟衆とかいう連中は、従来の国や商会などとは違った動機によって動いており、なおかつ、かなり大きな影響力も持ちはじめているらしい。
洞窟衆の実態が知られて行くにつれ、洞窟衆を「無視出来ない存在」と認識する者が、短期間のうちに増大した。
もっとも。
ハザマをはじめとする洞窟衆内部の人間は、遠い場所で起こっていたそうした変化、洞窟衆という組織へ注がれる視線の増加について、まるで気がついてはいなかったが。
その前後の洞窟衆の人間は、とても多忙だった。
端的にいってしまえば、それどころではなかったのである。
「うきゃー!」
また、メキャムリム・ブラズニア姫の絶叫が周囲に響き渡った。
当初、このメキャムリム姫の奇行は注目を集めたものだったが、今では誰もが慣れっこになってしまって、改めて関心を持つ者はほとんどいなくなってしまった。
こうしている今も拡大し続ける洞窟衆の輸送網。
その接続もかなり複雑怪奇なものとなっており、なんらかの問題が生じてメキャムリム姫がこうしてパニックを起こすのも日常茶飯事となっている。
毎日何度かこうして奇声を発しながら、それでもメキャムリム姫はそのたびに適切な対処法を用いては的確な指示を送り続けていた。
このメキャムリム姫が存在していなかったら、今の洞窟衆の輸送網も十全には機能していなかったはずで、「物資輸送管理の名人」というメキャムリム姫の評価は、決して誇張でも伊達でもなかった。
「いつまでも山地を経由していたのでは、行程に無駄が多すぎます!」
立ちあがり、メキャムリム姫はそう叫んだ。
「森林街道はまだ開通しないのですか!
あるいは、海路は!
直接、森東地域に船をつけることが出来るようになれば、物資の輸送もかなり円滑になります!」
「姫様」
メキャムリム姫の侍女が、冷静な声で告げる。
「広大な森を貫通する道など、そんなにすぐに開通するものではありません。
海路の確保に関しては、グフナラマス公爵の都合次第でしょう。
どちらも、わたくしどもが無理に急かすことが出来るような筋合いのものではありません」
この頃には、アルマヌニア公爵が作らせている王国から森東地域へと抜ける街道は、「森林貫通街道」とか「森林街道」とか呼ばれることが多くなっていた。
そのどちらも正式な名称ではなく、いわゆる俗称であったが。
この森林街道は、メキャムリム姫が急かすまでもなく空前ともいえる人数が投入されて施工を急いでいる。
王国中から駆けつけた将兵と、それに治安維持軍とが合流した上で、周囲を警戒しながら工事を急いでいる形で、かなりの急ピッチで作業が続けられていた。
ハザマの発案による鉄道馬車が稼働するようになれば、切り倒した木の撤去などが効率化し、今まで以上に工事が捗ることが予想されている。
海路についていえばグフナラマス公爵の準備が整い次第、なんらかの動きがあるはずで、いずれにせよメキャムリム姫の侍女が口にした通り、この場で文句をいっても進展にはなんの影響もない事物であるといえる。
ちなみに、森東地域沿岸部の確保について、ハザマはグフナラマス公爵に対して買収、つまり、軍事的な威嚇や侵攻を伴わない形での確保は出来ないかと打診したことがある。
グフナラマス公爵は、その可能性も含めて準備を進めているということだった。
この手の調略、つまり寝返り工作は決して珍しいことでもなく、湾岸部の有力者たちも現在の不安定な情勢に危惧を抱いている者が多いとのことで、より穏便な形で終息する可能性もこの時点では否定することが出来なかった。
グフナラマス公爵家による森東地域への進出準備が整うよりも早く、森の中のどこかに潜伏している正体不明な勢力による王国内部への侵攻が実現する可能性もあり、あちらはあちらで警戒を解くことが出来ない、緊迫した情勢が続いている。
街道の整備にせよ、森東地域湾岸部確保にせよ、メキャムリム姫がいくら嘆こうが、今すぐに結果が出るような計画でもない。
「ああもう!」
メキャムリム姫は髪型が乱れるのにも構わず自分の頭を掻きむしった。
「なんだってこう、なにもかもがうまく行かないのかな!」
「お姫ぃ様」
メキャムリム姫の侍女は、平然とそういい返す。
「わたくしども洞窟衆を相手にせねばならない方々は、もっと切実にそう思っていることでしょうね」
そう指摘をされたメキャムリム姫は、一度小さく咳払いをした後、黙って椅子に座り直す。
その指摘にいい返す言葉を、メキャムリム姫は持っていなかったのである。
「どういい繕ったところで、傍目には侵略戦争にしか見えないよなあ」
今回の件について、ハザマはそう考えていた。
「こちらが利権を目当てにして動いていないと主張しても、どこまで信じて貰えるものか」
森東地域へ進出したことについて、洞窟衆は外部勢力に対して、
「治安維持のため」
という名目で説明をしている。
どこまでまともに受け取られているのかどうか、かなり心許ないのだが、この名分はハザマたち洞窟衆内部の者にとっては紛れもない本音であった。
実際、これまでのところ、洞窟衆は森東地域に対して、人的資本的な援助をする一方であり、ほとんどなんの見返りも得ていない。
長期的な展望としてはともかく、つまり、何年間もそうした資本を注入し続ければいずれはなんかの利益をもたらすようになる可能性も皆無とはいえなかったが、投資と断言するのにはリスクも投入する資金も大きく、普通に考えれば洞窟衆以外のどんな勢力もこんな真似をしやしないと、ハザマはそう確信をしている。
具体的な見返りのためというよりは、現在政情不安になっている森東地域を落ち着かせて、ハザマ領にまで累が及ぶのを防止することこそがまず第一の目的なのだが、そうした防衛的な発想はこの世界にはない。
「自分の領土の近隣にそんな不安定な土地があったとしたら、その隙に生じて丸ごと侵略して併呑してしまえ」
というのが、この世界の標準的な有力者の発想だからである。
自分がなんの権益も持たない土地に対して、現在洞窟衆が行っているような干渉を行うのは、この世界の基準でいえばかなり異常なことといえた。




