嵐の通過
スセリセスは軍用の、ではない、普段は貨物運搬に使っているような馬もかき集めて、先行したヴァンクレスの後を追っていた。
急なことで準備が不足している面も多々あるのだが、足りない物資は後続として準備している輜重部隊がどうにかしてくれる手はずとなっている。
また、先行のヴァンクレスたちも、よほど追い詰められなければ出先で略奪などを行わないはずであった。
そうした戦勝地での組織的な暴行は、短期的にはうまくいっても、長期的には自分たちの足下を危うくする。
いくさという物の本質を、理屈ではなく肌で理解しているヴァンクレスはそのことをよく弁えていた。
それに、これまでの洞窟衆の森東地域での方針も、占領ではなく融和政策を基調としている。
森東地域はかなり広大で、こんな広い場所を真面目にいちいち支配していたら、それこそ人手がいくらあっても足りないからだろうな、と、スセリセスは予想する。
結局は現地で力を持つ権力者と談合して、適当なところで手を打って局地的な平衡状態を作り、維持していき、そうした情勢を巧く利用して洞窟衆が活躍する場を広げていく。
というのが、一番効率的、というよりも、洞窟衆の負担が少なくなる。
今スセリセスたちが居る場所よりもさらに後方では、洞窟衆が盛んに各種の学び舎を増やしているそうだが、それも今後のことを考えての投資だろう。
単純肉体労働者は、どこへいっても金さえあれば雇い入れることが出来たが、それを管理するための知的労働者は慢性的に不足している。
というよりも、人が育つよりも仕事が増えるペースの方が、圧倒的に速い。
冒険者ギルドの者から以前聞いたところでは、これといった産業がないここ森東地域では、その人を組織的に教育して輸出するようなことをするのが一番効率がよいと、どうも洞窟衆の上の方は考えはじめているようだった。
森東地域だけではなく、そうした知的労働者の不足は、常に活動範囲を広げている洞窟衆が慢性的に抱えている問題でもあったので、スセリセスから見てもそうした施策は別に不自然には思わなかった。
その冒険者ギルドは、スセリセスの後続になる輜重部隊を編成する先から、次々と送り出す準備を進めているはずである。
補給が遅れる、一時的に途絶えるのは仕方がない。
というより、重たい荷物を抱えてヴァンクレス率いる先行部隊に追いつける輜重部隊は、どこにも存在するはずがない。
だが、その補給線の途絶が慢性的になるのは、どう考えても負ける兆しだ。
どんなに強い部隊でも、物資がなければ勝ち続けることは出来ない。
おそらく。
と、スセリセスは予想する。
ヴァンクレスは、あるところまでは誰にも邪魔されることなく、進むことが出来るはずだ。
この森東地域でもヴァンクレスはすでにいくつかの逸話を残しており、正面からやり合っても得るところがない相手として、広く認識されている。
さらにいえば、背後に控えている洞窟衆は、これまで理由のない交戦は極力控える、比較的温厚な新興勢力であると、この森東地域では認識されつつあった。
そう認識されるように、洞窟衆と冒険者ギルドが必死になって関係者各位の行動を制御した結果であるのだが、その洞窟衆のヴァンクレスが先を急ぐのを見て、あえてその行く手を遮るような者は、しばらくは現れないだろう。
つまり、ヴァンクレスなり洞窟衆なりの噂が届いている範囲では、ということだったが。
洞窟衆なりヴァンクレスなりの名前が知れている地域では、ヴァンクレスがなにやら先を急いでいるというだけで、その前から人が退く。
その邪魔をして、洞窟衆との因縁を作ることは、まともな神経の持ち主であれば避けたいと思うだろう。
ただ、森東地域は広大だった。
その、洞窟衆の名前があまり浸透していない地域まで到達すると、そこから先ではヴァンクレスの部隊は独自の判断で行く先々の勢力と交渉をする形になる。
目的地へ到達するのがまず第一の目的であるから。
と、スセリセスはヴァンクレスの行動を予測する。
そのまま、ヴァンクレスたちを素通りさせてくれればよし。
もし、それさえも断られた場合は、さっさと交戦して実力で道を切り開くんだろうな。
よほどの相手でなければヴァンクレスの足を止めることは出来ないと思うが、そうして負かした相手に対して、その晩の宿や食糧、馬糧、水などを戦利品代わりに要求する、ということくらいはやりそうに思えた。
いや、きっと、やるだろう。
ヴァンクレスの部隊は、ただでさえ乏しい物資だけを持って出ている。
そして、その程度の現地調達は、略奪といえないほど些細な要求でさえあるのだ。
その意味で、なんだかんだいって、ヴァンクレスはうまく、それに、誰よりも早く目的地にまではたどり着けるのではないか。
そのこと自体を、スセリセス自身はまるで疑っていない。
問題は、そのヴァンクレスが去った後、なのだが。
おそらく。
と、スセリセスは想像を続ける。
ヴァンクレスの行く手を遮り、その結果ヴァンクレスに手ひどく負かされた勢力は、ヴァンクレスたちからはそんなに酷い扱いを受けるわけではない。
しかし、その後、ヴァンクレスからしたたかに負かされた勢力が、周囲から甘く見られて袋叩きも同然の目に遭う。
それくらいのことは、普通にありそうに思えた。
洞窟衆の干渉がなくても、それ以前からあまたの勢力が鎬を削っているような土地柄なのであった。
少しでも弱みを見せればすぐに近隣の勢力からつけ込まれ、それはすぐに恫喝やら交戦やらに移行する。
ヴァンクレス自身の思惑としては、
「その場を通過して一刻も早く目的地に到達したい」
という、極めてシンプルなものでしかない。
しかし、そのヴァンクレスが通った後には、それまで均衡をしていた勢力が再度実力行使を伴う衝突を開始する。
そんな、鉄火場になるはずだった。
そして、そんな鉄火場の中をわざわざ進んでいるのは、ヴァンクレスの部隊を追っているスセリセスたち、ということになる。
そこまで考えを進めて、スセリセスはため息をつく。
今回も、貧乏籤だなあ、と、そう思った。
「どうしましたか?」
そんなスセリセスの様子を見て、すぐそばで馬に乗って同行していた少女が声をかけてくる。
「なにか心配なことでもありますか?」
慣れない様子で手綱を握っているのはベズデア連合の元奴隷巫女、エセルという名の精霊使いだった。
この少女は、スデスラス王国の争乱で捕虜になって以来、洞窟衆の元で働いている。
なかなか数奇な経歴の持ち主といえたが、それをいうのならスセリセス自身や他の洞窟衆の人間も似たり寄ったりの複雑な経歴の持ち主ばかりであり、その意味では珍しいとはいえなかった。
ベズデア連合から洞窟衆に所属を移してから、この少女は少し太って肌の色艶もかなりよくなっていた。
「いや、これからが大変だな、と思って」
スセリセスは、エセルにも理解可能ないい方をする。
「嵐が去った後の後始末をしに、わざわざ出向くようなもんだから」
「嵐」
エセルはいった。
「ヴァンクレスさんのことですか?
あの人は、ええ、確かに無茶苦茶ですね。
あの無茶苦茶が通った後の始末を」
そこで一度言葉を句切り、少し考えてから、エセルは結論する。
「それ、無茶苦茶大変ですよね!」
エセルがヴァンクレスの戦いぶりを間近に見るようになったのは、この森東地域に配属されてからのことになる。
つまり、さして長いつき合いでもないわけだが、そのエセルにしてもヴァンクレスの破格の強さはしみじみと実感していた。
機動力と近接戦闘時の突破力という、騎兵の長所を煮詰めたような存在なのだ。
戦場となる場所の地形や状況にもよるのだが、そのヴァンクレスが一度動き出したら、その前途を阻める者はほとんどいないだろう。
そして、運悪くヴァンクレスと交戦し、敗れた者たちは。
精霊使いであるエセルは、そんなに高度な教育を受けているわけではなかったが、すぐにスセリセスと同じ結論に達する。
「嵐が通過した、その後始末をしにいく」
というスセリセスのたとえは、いい得て妙だった。
「さらに困ったことに」
スセリセスはそう続けた。
「後二日も前進を続ければ、通信網の外に出ます。
洞窟衆の他の勢力とも、綿密な連絡が出来なくなるってことで、つまりは目の前の困難はほとんど自力で解決をしなければならなくなります」
「洞窟衆の他の勢力って!」
そう聞いて、エセルの顔からさらに血の気が失せた。
「あの、大蛇になる人とか、空を飛ぶ人もですか!」
「あの人たちも、動くでしょうね」
スセリセスはいった。
「うちにだけ、前進の許可が降りたとも思えない」
ヴァンクレスの部隊と目的地を同じくしているのかどうか。
そこまでは、スセリセスにも判断は出来なかった。
だが、一度にそうした勢力が前進を続ければ、スセリセスたちの進路のどこかでかち合う、ということも、十分にあり得るのだ。
ガンジガルの王子様は、あれでまだしも対話が出来る人なんだがな。
と、スセリセスは思う。
ゴロジオ王は、なんというか、なにをやりはじめるのか予測が出来ない部分がある。
「出稼ぎだ」
とかいって、ふらりと単身で森東地域に姿を現し、いつの間にか周囲の信望も得ていた。
というか、あの王様は、妙に森東地域の人間に受けがいい。
なにかというと派手な真似をしでかし、きっかけがあるごとに演説などを行って、周囲の耳目を集める。
王族の人間というのは、ああいうものなのか。
などと、スセリセスは思う。
今のところ、冒険者ギルドの意向には素直に従っているので、あの王様の行動を制限する口実はなにもなかった。




