下した方針
レールの量産に成功しさえすれば勝手に鉄道が作られるというわけではない。
とりあえずハザマは、レールの量産化と並行して軌道基礎部分など、土木関係の研究を行うための人材をリンザに手配させた。
洞窟衆はその手の土木関係の技師や施工業者を多数抱えていたので、実際にはその中から手が空いていて、相応に実績がある者をピックアップして声をかけていく形となる。
鉄道馬車の件がなくとも、森を貫通する街道に増員をかけるというケイシスタル姫の依頼に応じるため、そうした人材にも召集をかけようとしていたところでもあり、人集めにはさほど苦労をすることはないだろうな、と、ハザマは予測する。
具体的な人選が終わってから、ハザマが考える鉄道のための施工方法を説明した上で、意見を聞いたり現場で試行錯誤をして貰えばいい。
ハザマとしては、そう考えていた。
ハザマの漠然とした知識そのままに施工しても、必ずうまくという保証などなく、多少失敗することは織り込み済みでもある。
むしろ、早い段階で難点を知り、それに対する対策などのノウハウを現場で積んで貰う方が、なにかと都合がよかった。
今回は洞窟衆以外からも出資者が多く、そうした環境があるうちに、存分に試行錯誤を繰り返す方が経験的な資産になり、将来的には都合がよい。
なんといってもこの世界では前例がないことをはじめるわけであり、そのためには多くの失敗例を含めて組織的な経験を蓄積していくことが大事だと、ハザマは考えている。
この鉄道馬車も、一度に大量の物資を搬送するあの街道だからこそ存在意義があるわけだが、その効能が実証されればいずれはそれ以外の地域でも敷設するようになるかも知れない。
そのためのノウハウを、今のうちから蓄積していけばいい。
これは、物としての鉄道を敷設することだけに限らず、その後の鉄道の運用に関してもいえることだった。
どの程度の頻度や間隔を置いて馬車を走らせるか、馬車のメンテナンスや馬の運用の問題など、しばらく実際に試してみないことには蓄積できない方法論という物があり、そうした雑多なノウハウをいち早く蓄積できるのは、一種のアドバンテージになるだろう。
と、ハザマはそう予想をしている。
こうした鉄道馬車が普及するとすれば、領主が多く土地による権利関係が複雑な平地諸国よりも、案外、そうした秩序がまだ混乱の中にある森東地域の方が早いのかも知れないな。
とも、ハザマは思う。
今の段階で、その森東地域は政治的な混乱の中にあるようだったが、そうした混乱状態にある方が、どさくさに紛れて用地買収なども行いやすいのではないか。
だとすれば。
と、ハザマは、そうも推測する。
案外、森東地域というのは、適切に対処すれば、鉄道に限らず目新しいインフラや社会制度も広めやすいのではないか。
平民の上に領主や国王が存在する、そんな縦方向の権力構造が強固で、社会制度としては硬直しすぎている傾向がある王国や他の周辺諸国よりは、森東諸国は、そうした変化を柔軟に受け止めやすい素地があるのではないか。
そうした、上下方向ばかりにはっきりと分断された身分制度を持たない、あるいは、身分制度があるにせよ、そこまで強固ではないとなると、それだけ変化に対する対応力にも富んでいるわけで。
これまでに見てきた森東地域に関する資料を思い返して、ハザマはそう結論した。
案外、この方向でいけば、いけるのかも知れないな。
と。
現在、森東地域は混乱した状態にある。
それを収束させる方向が、ようやく見えてきた気がした。
そのためには。
と、ハザマはさらに思考を進める。
もう少し、森東地域を落ち着かせる必要があるな。
そう結論したハザマは、トエスに通信を繋ぐように、リンザに伝えた。
「ということで」
最近の森東地域に関する動きを簡単に説明した後、ハザマはリンザにそう伝える。
「北の山地方面だけではなく、南の海沿いからも西の森方面からも、前後してそちらの森東地域への進軍が開始されるはずだ」
『ありゃあ』
トエスは間の抜けた答えを返してきた。
『なんというか、こちら、そちらの利権争いの標的になっちゃったのかな?』
「ああ、タゲられたってのは確かなところだな」
ハザマは、ため息混じりにそういう。
「森を越えて街道を攻めたり、下手に刺激したやつがいたから、こちらの注意を引いた形だ。
おれたち洞窟衆にしても、この流れを変えることはできないだろう」
『だよねー』
トエスはハザマの言葉に頷く。
『森を越えさえしなければ、これまでのようによそ事として無視されていただろうに』
「それについては、下手をうったやつのせいとしかいいようがないが」
ハザマはそう続ける。
「それはそれとして、そうした一部の血の気が多い連中のせいで、そちらがこちらに食い散らかされるのも面白くはない。
そうは思わないか?」
『って、ことは、なんか対策あるん?』
「ないこともない」
ハザマはそう答える。
「例によって成功する保証はない、一種の賭けになるわけだが」
『それはいつものことでしょう』
トエスは、ハザマの言葉を軽く流す。
『もったいつけてないで、なにをすればいいのか早くいってよ』
「冒険者ギルドで飼っている勢力を解き放ってくれ」
ハザマはいった。
「補給が追いつかなくてもいい。
目一杯の速度で南下させて、まずは森を貫通する街道、その到達予想地点を先に押さえさせる。
次に、さらに南下をさせて、主要な港町を支配下におく」
『あ』
トエスは、小さくうめいた。
『そちらからこちらに来る際の出口を、先にこっちで押さえちゃうという』
「そうすりゃ、こちらからそちらに侵略していこうってやつらの出鼻を挫くことが出来るだろう?」
ハザマは、そう続けた。
「こっちからそっちに侵略を企てている連中に好き勝手にさせない状況を、まずは作る。
その上で、広報活動を今以上にやってくれ」
『広報?』
「こっちの連中が今なにを考えているのか、しっかり広めろ。
使える手段はなんでも使え。
そうした情報を広めて危機感を煽るだけ煽って、その後は武器でも食糧でもどんどん売りつけてやれ」
『それって、つまり』
少し考えてから、トエスがいった。
『強い人たちが攻めてくるから、早いところ森東地域で団結してそれに備えろ、って、そう煽るわけ?
それやると、戦いがなおさら激しくならない?』
「そうなるかも知れないし、ならないかも知れない」
ハザマはいった。
「ただ、今のまま放置していたら、小勢力が互いに牽制し合っているそちらの連中は一方的に征服されるままになる。
それは、確実だ。
その未来を変えたければ、当事者である森東地域の連中自身に頑張って貰わなけりゃならない。
それで、おれたち洞窟衆としては、そうした動きを支援する」
『ああ、いや。
男爵がやりたいことは、理解できたように思う』
しばらく間をおいてから、トエスはそういった。
『成功するかどうかは、やっぱりやってみないことにはなんともいえないけど。
ただ、一言いっていいかな?』
悪党。
そういい残して、トエスは通信を切る。
「武器や食糧など、手配できるだけの物資を確保して、そのまま森東地域へ運び込む手配をして」
トエスとの通信を切ったハザマは、その場に居た全員に告げた。
「これより洞窟衆は、森東地域全域の自治権確保に全力を尽くす。
そういった物資を可能な限り森東地域へ運び入れるのと同時に、出版物関係も全般に増産して、余剰分をすべて森東地域に運ぶ。
連中には、これから自力で立てるくらいの実力を持って貰わなければならない」
「その森東地域とは、小勢力がせめぎ合い、紛争が絶えない地域だと聞いています」
ハザマの宣言を聞いたガグルバイド伯爵が、そんなことをいった。
「そうした地域にその手の支援を行っても、得るところが少ないのではないですか?」
「前提条件によります」
ハザマは即答する。
「そうした地域が外部から孤立している場合は、その通りでしょう。
しかし今回は、森のこちら側、西側からの干渉が強くなると予測されます。
そうした外圧が確実に強くなる状況下で、自分たちでそうした圧力を撥ねのけるだけの体勢作りができるかどうか。
そこが、森東地域にとっての岐路になるでしょう」
「共通の敵が来る」
ガグルバイド伯爵は、ハザマの言葉に頷きながらそういった。
「そうした状況であるということを周知した上で、その森東地域の人々に自力でまとまるように仕向けるわけですか?」
「後は、本人次第ですね」
ハザマは、そういって肩を竦めた。
「おれたちとしても、自分でこうした状況を改善しようともしない連中を支援する理由はありませんし」
お互いに足を引っ張り合っている状態の、森東地域の小勢力同士が、このような状況下でどうにかして糾合し、連携できる体制造りが出来るのかどうか。
そこが、未来を分けるとハザマも思っている。
ここまで洞窟衆がお膳立てをして、それでもまだ内紛同然の勢力争いを続けているようであれば、そんな連中はもはやこちらの、王国周辺の諸勢力によっていいように侵略され、支配下におかれてしまった方がいいくらいだ。
ただ、ハザマ個人としては、そうした結果を望んでいない。
森東地域の連中には、どうにか自力で、自分たちが他者から支配されない、自治を獲得するだけの資質を持っていると、そう証明して貰いたかった。
「迂遠な方法ですな」
ガグルバイド伯爵は、ハザマの案に関して、そう感想を述べた。
「直接的な統治を避ける、帝国の方法にどこか似ています」
「光栄です、というべきなのかな」
ハザマは、そう応じた。
「おれたちが直接武力で森東地域を平定する方がよっぽど簡単で、その意味では迂遠といわれても否定は出来ませんが」




