ハザマのアイデア
ケイシスタル姫の発言を受け、ハザマは、
「そっちに行くかあ」
と思い、ほんの少し表情を厳しくする。
治安維持軍、というのは、ようするにスデスラス王国に攻め込んだ諸勢力をかなり強引にまとめ上げた組織だった。
発足して間もないということもあり、決してまとまりのよい組織などではなかったし、その治安維持軍を導き、暴走を防止するためにはなにかしらわかりやすい行動目標を掲げておいた方がやりやすい。
今回、ケイシスタル姫が示したのは、当面、その治安維持軍の行動目標を、
「森を貫通する街道を守り、その作業を促進させること」
に定めたという、そんな宣言になる。
王国の内紛が、少なくとも表面化していない以上、治安維持軍としてもそうしたわかりやすい目標が必要だったのだろう。
無論、今後の推移によっては、森東地域に対してなんらかの権益を切り取る可能性もある。
ケイシスタル自身がそうだ、とは思わないが、治安維持軍の内部にはそうした野心を隠さない者も少なくないのではないか?
そこまで推察をした上でハザマは、
「しゃーねーのか」
と、そう結論する。
誰しも、霞を食って生きていけるわけではない。
それに、スデスラス王国の争乱時、そこに攻め込んだ各国は相応の人命や物資を投資して、しかもその結果負けている。
その負け分を、早い段階でどこかで補填したいと考えるのは、ごく自然な思考でもあった。
王国が外部からの介入する理由を与えていない今の状況を考えると、治安維持軍が狙うべき視点はおのずと森東地域へと向かう。
さらにいえば、一度北に進んで山地を経由して森東地域へいたる道のりよりは、まっすぐ森の中を突っ切る方が、移動距離という点では遙かに早道なのだ。
肝心の道が、今の時点では存在しないことだけが問題だったが、その問題をアルマヌニア公爵が解決しようと働いている。
だとすれば、治安維持軍がそのアルマヌニア公爵に協力を申し出るのは、自然のなりゆきでもあった。
なんといっても、治安維持軍は今すぐに使える人手を多く抱えている。
その人手を有効に活用するためにも、この協力体制は十分な意味を持つ。
『それで、お主ら洞窟衆に依頼をしたいのは』
ハザマの思考をよそに、ケイシスタル姫はそのまま用件を告げる。
『街道の整備作業を効率化するために、人と知恵を貸して欲しい』
『人と知恵、ですか?』
『現地で作業に従事する人間は、こちらでいくらでも出すことが出来るのだがの。
しかし、こちらにはその手の土木作業に慣れた人間が少ない。
監督し、工程を管理する人間をもっとそちらから、冒険者ギルドから派遣して欲しい。
まず、これが一件』
『他にもまだなにか?』
『あとは、知恵の方だな。
人ばかりをわらわら増やしても、ただそれだけでは作業はよう進まん。
作業自体を効率化するための知恵や工夫を貸して貰いたい』
『漠然としていますね』
ハザマは、そう返答した。
『一応、考えてはみますが。
そんな抽象的な注文よりは、もっと具体的に改良したい部分を指摘して貰った方が、こちらとしてもやりやすいんですが』
『ではまず、輸送効率だな』
ケイシスタル姫が即答した。
『造営中の街道はまだ道幅が狭く、伐採した木材などを除けておくのに苦労をしていると聞く。
そうした場所塞ぎのなにがしかを、速やかにどこぞに運び出せるような工夫などはないかのう?』
『ないことも、ないですが』
ケイシスタル姫の説明を聞きながら、ハザマの脳裏で次第にあるアイデアが固まりつつあった。
『その件に関しては、ちょっと検討する時間をください。
いくつか確認したいこともありますし、それに、実現可能なのかどうかも他に意見を求めてみないとはっきりとはしません』
『前向きな返答に感謝をする。
では、色よい返答を期待して待つとしよう』
ケイシスタル姫はそういって通信を切った。
その後、ハザマはリンザにケイシスタル姫の依頼について説明をし、冒険者ギルドへの手配についてはそのままリンザに任せた。
「そちらの件は問題ないと思いますが」
リンザは、ハザマに確認をする。
「もうひとつの方は、本当になんとか出来そうなんですか?」
「いくつか確認をしてみないことには、なんともいえない」
ハザマはいった。
「そのためにも、まずはムススム親方をここに呼んでくれ」
「ムススム親方?」
リンザはそういって、首を傾げた。
「あの、ドワーフのですか?」
「そう、鍛冶の棟梁のだ」
ハザマは頷く。
「おれが考えている物が作成可能なのかどうか、まずはそれを確認してからだな」
「ひさびさに呼び出されたかと思えば」
呼び出されたムススム親方はハザマが提示した図面を見て、あきれ顔になった。
「真っ先にこんな、珍妙な代物を作れるかどうかを確認されるとは」
「耐久性や寸法など、諸元性能を維持したまま、膨大な量が必要になる」
ハザマはムススム親方にそう確認した。
「今の洞窟衆にこいつを量産する力があるのかどうか、それを知りたい」
「量産、量産か」
ムススム親方は思案顔になる。
「聞いた内容ならば、かなり大量に必要なはずだな?」
「そうなるな」
ハザマは頷く。
「それも、粗悪品になっては困る」
「となると、まずはこれを作る道具、いや、機械から作ることになるの」
ムススム親方は、ハザマがざっと描いた略図を睨みながらそういった。
「そのため、試作品が出来るまでには多少の時間がいるだろうが、そいつが出来ちまえば、後は淀みなく作れるだろう」
「そいつはよかった」
ハザマはそういって息を吐いた。
「原料とか燃料が不足することはないか?」
「ま、大丈夫じゃろ」
ムススム親方は、そういってハザマに頷く。
「お主が持ってきた魔力札とやらのおかげで、鍛冶仕事もずんと楽になった。
それに、貴金属ならばともかく、ただの鉄ならお山でなんぼでも取れる。
尽きたり不足したりすることは、まず考えられん。
ただ、大量にということになると、コレの方は相応にかかるものと考えておいた方がええ」
そういって、ムススム親方は親指と人差し指で円形を作ってハザマに提示する。
「金ならば、問題はない」
ハザマはその場で断言する。
「治安維持軍に限らず、人間が戦争に勝つために、投資を惜しむことはない。
かかった分だけ、依頼主に払わせるさ」
「しかし、道を鉄で舗装をするわけか」
ムススム親方は、ハザマの図面を見下ろして感心した。
「よくもまあ、こんな迂遠な方法を考えるもんじゃ。
高低差のある山地では、到底使い物にならんが」
「平坦な場所では、活用出来るはずだ」
ハザマはいった。
「普通の馬車よりも、ずっと楽に物を運ぶことが出来る。
何度も同じ道を往復するような場合には、なおさら運搬作業を効率化できるはずだ」
交通量が限られている場所では、あまり有効ではないのだが。
今回のように、頻繁に往来をして物品を運ぶ必要がある場所では、活用のし甲斐がある。
「それではレールの方は、任せた」
ハザマはムススム親方に対してそういった。
「早速試作に入ってくれ。
おれは、現地の整地や枕木なんかを手配する」
鉄道の下には、小石かなにかを敷き詰めて、その上に枕木を固定するんだったよな?
と、ハザマは自分の出身世界での様子を思い出す。
あの小石にも、相応の意味があるんだろう。
こちらでも真似しておいた方が無難だ。
ハザマは、森を貫通する街道に鉄道馬車を通そうとしていた。
そうした鉄道馬車を頻繁に往復させれば、物資の輸送に関する問題はだいたい解決するはずなのである。
それに、その鉄道は、街道が開通した後にも利用価値があるはずだった。
レールを敷設するために必要な資金は、おそらくは治安維持軍と洞窟衆、それに地主であるアルマヌニア公爵とで出し合う形になるだろう。
森東地域の情勢が落ち着いた以降は、その時の出資比率によって、その鉄道からあがってくる利益が配当されるような形に落ち着くはずでもあった。
まあ、そこまで持って行くまでに、まだまだ紆余曲折があるはずでもあったが。
いずれにせよこの鉄道は、投資するだけの意味がある物件といえた。
ハザマは鉄道馬車の概略についてまずケイシスタル姫に説明をし、次にアルマヌニア公爵にも同じ説明をして、街道にその鉄道を通すことを承諾させた。
ケイシスタル姫とアルマヌニア公爵の反応は薄く、どこまでハザマが説明した内容を理解しているのかハザマには把握できなかったが、それでも物資の輸送作業が大幅に効率化されるということは理解できたようで、最終的には
「そこまでいうのならばやってみろ」
的な反応を引き出すことに成功した。
それをよいことにハザマは、新しく街道敷設工事に進捗管理役として派遣される人間を集めて鉄道馬車について丁寧に説明した上で、現地の整地作業と敷石や枕木の手配を任せた。
あの街道は、今のところほとんどまっすぐ、直線状に整備されているという。
だとすれば、後は勾配、つまり上下差をなるべく少ない状態にした上でその上にぎっしりと小石を敷き詰め、枕木を固定する作業が必要となる。
この世界に最初に鉄道を通すのには、案外うってつけの場所なのではないか、などとハザマは思った。




