帝国の使節
「実行可能かどうかを判断する以前に」
リンザはハザマの問いに答える。
「どうも、実戦部隊の抑えがそろそろ効きにくくなっているようです。
最後まで目的を完遂できるかどうかよりも、この機会にこれまで抑制した条件を外して、行けるところまで行かせてみてはどうかと」
「下手に暴発するよりはいいってわけか」
ハザマはげんなりとした表情でそういった。
「うちの連中が本格的に南下をはじめたとしたら、今回森の中に攻め込んで来た連中にもいいプレッシャーにはなるだろうけどな」
ハザマの表情が浮かないのは、そうして組織絡みで武力制圧に頼る癖がついてしまったら、後でそれを変更することにかなり苦労することになると容易に予想が出来たことと、それに、現実問題として、それだけ広大な土地を一気に併呑してしまったら、その全域を統治するのにかなりのリソースを必要とするだろうと危惧したからだ。
いずれにせよ、
「現場の兵士たちの士気を保つため」
などという場当たり的な判断とは別に、もっと大局的な諸々までを勘案した上で結論をするべきなのは、間違いがない。
「一応、検討はしてみるか」
ハザマは気のない調子でそういった。
「タマル……は、持ち場に帰っていたんだったな。
呼び戻して、うちの連中が本格的に南進した場合、どれくらい保つのか試算をさせてくれ。
それから、メキャムリム姫様には……」
「輸送計画を見直してみますね」
メキャムリム・ブラズニア姫はそういってハザマに頷いた。
「でも、輸送をする物資の全体量をどれほどに想定したらいいのか、それがわからないことにはどうにも出来ませんが」
「その辺は、タマルと相談して決めてください」
ハザマは、そう応じる。
「試算した上で、無理だという結論が出たのならばそれでよし。
現場の連中がなにをいおうが、実行させないだけです」
「軍事的な判断についてはよくわかりませんが」
マヌダルク姫がハザマにいった。
「ですが、このタイミングで南下して森東地域全体にこちらの意向を示す、というのは、方向性としては十分にあるかと思います。
これまで以上に強硬な態度を示せば、武威を恐れてこちらに下る勢力もそれなりに出てくるはずですし」
「おれとしては、そこまで楽観的にはなれませんね」
ハザマはそう答えた。
「第一、補給がどこまで続くのか、これから試算をして確認するような状況です。
そうした案があるとは把握した上で、今の時点では判断を保留し、別にもっといい方法がないのか、きちんと模索をするべきかと」
補給線が途切れた軍隊ほど始末に悪い物はない、と、ハザマは考える。
今、森東地域出ているのはヴァンクレスなど、実戦慣れした連中を筆頭にしていた。
その気になれば、それなりに強い。
ということは、ハザマも理解していたが、問題となるのはその勝ち方と、それに勝った後の占領政策の方なのである。
強引に武力で打ち破って支配下に置き、こちらの意向通りに動かす手駒にする。
という方法は、ハザマの趣味ではなかったし、仮に実行したとしても、長期的にはうまくいかず、いずれかの時点で破綻をするだろう。
そう考えてハザマは、これまでは比較的穏当な宥和政策を採用していたわけだが、それもぼちぼち限界に達しているのかも知れない。
まいったなあ。
と、ハザマは内心で思う。
まったく他人というものは、こちらの思い通りには動いてくれないもんだ。
ハザマたち洞窟衆上層部が、森東地域での南進策を検討している最中に、先に懸念を伝えて警戒をするように呼びかけておいた王国大貴族からの返信が届く。
ブラズニア公爵家とアルマヌニア公爵家からは、事務的な調子で「忠告に感謝、引き続き警戒する」といった内容が帰って来ただけであったが、グフナラマス公爵家から返信に目を通したハザマは、その場で少し動きを止めた。
「どうかしましたか?」
その様子を認めたリンザが、ハザマに訊ねる。
「ベズデア連合、あそこ今、どうなっているんだったか?」
「確か」
リンザはこれまでに届いた報告書の内容を思い返しながら、答える。
「内乱は、ガンディード将軍が旧首脳部を一掃する形で決着がつき、一応の秩序を取り戻していたはずです。
スデスラス王国に駐留していた治安維持軍が出陣の準備を整える前に、決着がついていたとか」
「スピード解決ってわけか」
ハザマはそういって頷いた。
「戦争の名人って触れ込みだったな、そのガンディード将軍って」
「ベズデア連合がどうかしたのですか?」
リンザが、ハザマに確認をする。
「ああ」
ハザマは簡潔に答えた。
「グフナラマス公爵領の下で、陸戦要員として傭兵働きをするそうだ。
どれほどの兵数を動員するのかまでは書かれていなかったが」
出稼ぎ、なんだろうな。
と、ハザマは思う。
ガンディードは内乱を急いで終わらせたばかり。
さらにいえば、スデスラス王国への侵攻も頓挫して賠償金も支払う必要があるから、金はいくらでも欲しいはずだ。
そして、今のガンディードで外に売りに出せるものといえば、米を主体とした穀物と兵隊くらいなものだった。
ハザマにしてもこのベズデア連合について、
「いずれは、そういう風に動くだろう」
と、漠然と予想してはいたのだが、ここまで迅速に立ち直るのは予想外だった。
「いずれ、こちらにも売り込みに来るかも知れないな」
ハザマは、そう呟いた。
「ベズデア連合が、ですか?」
リンザが、確認をする。
「ああ」
ハザマはそういって頷いた。
「ベズデアの連中にしてみれば、雇い主をえり好みする理由もないだろうし」
そして、今の洞窟衆は、森東地域への対策として、より多くの戦力を必要としている局面でもあった。
強引な占領政策ってのは、短期的にはともかく、長期的に見るといいことばっかりじゃないんだけどな。
と、ハザマは思う。
しかし、これ以上に戦火を広げないために、一度支配下において有無もいわさずに無力化する、という方法が一番手っ取り早いのは、事実だった。
この場合、一番の問題は、現在の洞窟衆がそれだけ広大な地域におよぶ戦線を維持できるほどのリソース、兵糧や物資、その他諸々の人件費を支払い続けることが可能かどうか、ということになる。
なんだかどんどん、おれの思惑とは関係なく外のやつらが動いていくなあ。
などと、ハザマは他人事のように思う。
そんな騒ぎの中、ガグルバイド伯爵が、帝国からの使節としてバジルニアにやってくる。
その場でハザマの留守を知らされたガグルバイド伯爵の一行は、そのままルシアニアまで転移魔法で移動した。
ハザマの元に帝国からの使節が到着した、との報せが届いたのは、ガグルバイド伯爵一行がルシアニアに到着するほんの少し前に過ぎない。
通信があるからその程度で済んだのだが、仮に通信網がなかったとしたら、ハザマは本人の到着することによって、その来訪をはじめて知ったはずだった。
このタイミングで、か。
と、ハザマは思う。
時期的に見て、いつ帝国からの使節が来てもおかしくはないのだが、森東地域問題がこじれはじめたこの時、わざわざ帝国からの使節が来るというのも出来すぎに思えた。
まあ、帝国ならば、この近辺の動向を把握していても、おかしくはないか。
と、ハザマは思う。
その上で、帝国がハザマたち洞窟衆になにを望むのか。
それが大事なのだが。
それもまた、本人に確認すればいいか。
と、ハザマは思う。
なにしろ、すぐにガグルバイド伯爵本人がここに来るのだ。
ハザマよりもむしろ、周囲の人間の方が突然の使節の訪問に驚き、慌てていた。
かの帝国の、正式の使節ともなれば、丁重に出迎える必要がある。
そのための準備をする時間が、今回は与えられていなかった。
「そういうのは、あんまり考える必要はないと思う」
ハザマは、リンザたち洞窟衆の関係者にそう告げた。
「こちらに準備期間を与えないってことは、相手も今がおれたちにとって緊急時だってことを理解して居るんだろう」
ハザマ領が正式に帝国の直轄地になる、ということについては、すでに両者で合意が取れているはずだった。
だとすれば、今回の訪問は儀礼的な物などではなく、もっと差し迫った、火急の用件である。
と、帝国側も認識しているはずだ。
そのように、ハザマは説明する。
「いずれにせよ、礼法に則った出迎えをする時間はない」
ハザマは、説明をそう結んだ。
「だとすれば、おれたちとしては堂々と客人たちを出迎えればいいだけだ」
元々、この世界の人間ではないハザマは、こうした事態に関してひどく割り切りがよかった。
「正式にご婚約をなされたそうで」
ひさびさに顔を合わせるガグルバイド伯爵は、相変わらず帝国風のゆったりとした白い服を身にまとい、落ち着いた様子で挨拶をした。
「皇帝陛下も、いずれ直々にお祝いの品をお送りすると、そう申しておりました」
「ご丁寧に、どうも」
ハザマは儀礼的に返しておく。
「ハザマが丁重に礼を述べていたと、皇帝陛下にお伝えください」
「今回、当地を訪れたのは他でもありません」
ガグルバイド伯爵は、すぐに本題を切り出して来た。
「周辺地域の方々が森東地域と呼んでいる場所、そこでの紛争を一刻も早く収めることを、皇帝陛下は望んでいらっしゃいます。
ハザマ男爵におかれましては、その意図を実現するべく、ご尽力をいただきたい」
「はあ」
ハザマは、生返事をする。
「あそこの治安を回復することが、帝国にどのような利益になるのでしょうか?」
そんなところだろうな、と、ハザマも予想はしていた。
しかし、帝国の動機が、ハザマには想像がつかない。




