敵の狙いは
「という感じらしいんですが」
ハザマはアジャスから届けられた報告書をファンタルに渡して、意見を訊ねてみた。
「どう思います?」
「敵も、多少は頭を使っているらしいな」
手渡された書面にざっと目を通しながら、ファンタルはいった。
「囮か陽動か。
本来の狙いは、別にある可能性がある」
「ですよねー」
ハザマはファンタルの言葉に頷く。
「アジャスたちには、引き続き今の仕事を続けさせておきますけど」
「警戒を継続しておくのに越したことはないな」
ファンタルはハザマの言葉に頷いた。
「それと平行して、王国方面にも注意を呼びかけておいた方がいいと思うが」
「あの森に接している地域となると」
ハザマは地図を確認しながらいった。
「ほとんどがアルマヌニア公爵領。
それ以外に、ブラズニア公爵領とグフナラマス公爵領の方にちょっとはみ出している感じか」
原生林の無闇な伐採に対して、この周辺地域の人々はそれなりの制限を自発的に課しているらしい。
この世界なりの自然保護、というか、過去に森林を伐採しすぎて砂漠化した地域などの情報が伝わっているため、そうした森林資源の利用もほどほどにしておこうという意識が伝えられている結果、そうなっているようだ。
今問題となっているこの森も、王国関係者がこれまで意図的にそのまま放置していた地域になる。
ブラズニアとグフナラマス両公爵領にはみ出している部分も、現地の人間がそのままあえて開発してこなかった地域なのだろうな。
と、ハザマは推測する。
それはいいのだが。
「おれが狙うとすれば、アルマヌニア公爵領よりはこのはみ出した部分を伝っていくかなあ」
ハザマが、誰にともなく呟く。
「どうしてそう思う?」
ファンタルが訊いてきた。
「アルマヌニア公爵領は、こういってはなんですが、わざわざ苦労して遠征するほど魅力的な場所ではないでしょう」
ハザマは即答する。
「それに、今回の街道への襲撃が陽動だと仮定したら、敵側から見れば、自分で状況を悪くしているようなもんだ」
「つまり、本来の目的はその近くではない、と?」
ファンタルが、ハザマに確認をする。
「敵の動きが場当たり的なものではなく、多少は頭を使った上で行動しているのだとすれば」
ハザマは答える。
「そう考えた方が自然でしょう。
ブラズニア公爵領の穀物を狙っているのか、それともグフナラマス公爵領の港でも占拠するつもりか」
農地であれ港であれ、占有し続ければそれだけで財を生む資産になる。
造営中の街道を占拠するよりは、よほど旨味があるはずだった。
「まあ、周辺の三公爵に、警戒をするように呼びかけておきましょう」
ハザマは、そういった。
「こちらのいうことをどこまで真剣に受け止めてくれるものか。
そこまではわかりませんが」
ただ、ブラズニア公爵家にせよグフナラマス公爵家にせよ、血の気が多い部分があるからなあ。
と、ハザマは思う。
あくまで、
「ハザマが知る限りでは」
というただし書きがつくのだが、この世界の貴族たちはだいたい好戦的だった。
潜在的な敵が攻め込んでくる可能性があると知らせれば、それなりに万全の準備を整えて迎撃にあたるだろう。
その意味で、森からの襲撃に対してハザマはまるで憂慮するところはなかった。
しかし。
「たとえ、優勢に推移したとしても、戦地になれば土地は荒れる」
ハザマは、誰にともなくそう続ける。
「武力衝突が避けられないにせよ、最小限の被害で済めばいいんだが」
「敵の出方次第だな」
ファンタルは、その呟きに対して意見を述べた。
「敵の戦力や目的もしかとは確認できていない。
今の時点では、ほとんどなんの予測もできない」
ハザマは傍らに控えていたリンザに、三公爵への書状を用意するように指示をした。
それとは別に、メキャムリム姫は実家のブラズニア公爵家にハザマの推測を伝えるための手紙を書きはじめている。
マヌダルク姫は、王国内の諸侯に対して同じような内容の、警戒をするように呼びかける書状を作成するよう、部下の女性たちに指示をしていた。
「今の王国内が戦場になるっていうのも、あんまりよくない状況だよなあ」
ハザマは、また呟く。
今の王国は、年末の王都の騒ぎもあって、動揺している。
社会制度の根幹について、大勢の人間が危惧を抱きはじめているような状況だった。
そんな状態で、国内で武力衝突など起こったら、さて、どれだけまともに対応できるものだろうか?
「街道方面に、かなり兵が集まりつつあるんですよね?」
「そういっていたな」
ハザマが確認すると、ファンタルが頷く。
「外部からの侵略者」という、わかりやすい目的に対応しようと動くような勢力は、今、そこに集結しつつある。
そんな中、別の、離れた場所にその敵が攻め込んできたとしたら、足並みを揃えて対応できるだろうか?
と、ハザマは思う。
おそらく、街道方面に集まりつつある連中は、別の場所に敵が現れたと聞いても、その場に転進する者と、街道方面を警護し続けようとする者とに二分されるのではないか。
つまり、動員できる戦力がそれだけ少なくなるというわけであり。
「見え見えの陽動だが、効果は認めるしかないな」
ハザマは、また呟いた。
「そうした状況を認めた上で」
ファンタルは、ハザマに訊ねる。
「おぬしは、敵の狙いがどこにあると予想する?」
「おそらくは、グフナラマス公爵領でしょうね」
この問いに、ハザマは即答した。
「ブラズニア公爵家は、神出鬼没で精強であるとされている魔法兵を抱えている。
グフナラマス公爵家は、海軍は精強と聞いていますが、地上での防衛戦に関してはあまり噂を耳にしません。
おれだったら楽に攻められる方を選択しますし、それに」
「それに?」
「それに、グフナラマス公爵が森東地域の湾岸部を押さえてそこから内陸に攻め込もうと考えたように、敵側も同じようなことを考えていても不思議はありません。
なにしろ今の森東地域は多数の勢力がひしめいて鎬を削っているような状況のようですから、そこから抜け出して別の場所へ進出することを考えるやつも出てくるでしょう」
「筋は通るな」
ファンタルはハザマの考えに対して、そうコメントする。
「その推測が当たっているのかどうか、もう少し様子を見てみないことには確認も出来んが。
それよりも気になるのは」
「なにか?」
ハザマが、ファンタルの方に顔を向けて訊き返す。
「そうした構想も、王国内の状況をある程度把握していなければ立てることが出来ん。
誰か、敵と内通した者が居るのではないか?」
「ああ」
ハザマはため息をついた。
「でしょうね。
だとすれば、その敵に王国内の状況を知らせた人間は、おそらく冒険者ギルド経由で森東地域へと送られた人間でしょう」
冒険者ギルドは、今の時点で数万単位の人間を森東地域へと送り込んでいる。
王国出身の人間は、その中でもかなりの割合を占めるはずだった。
おそらくは、半数以上が王国出身の人間なのではないか?
と、ハザマは想像をする。
その、大勢の人間の口を封じることは不可能でもあった。
現地に移動した上で、なんらかの理由で冒険者ギルドから離反した人間もそれなりに居るはずだったし、それに、本人の意思に寄らず敵側の手によって拉致された者が居てもおかしくはない。
当人の意思で寝返ったのか、それとも、無理矢理身柄を拘束されて、情報を提供しているのか?
そこまではわからなかったが、いずれにせよ、その手の情報を完全に遮断し、敵側に漏れないようにすることは不可能だった。
とはいえ。
「放置しておくわけにもいかんか」
ハザマは、そうぼやいた後、リンザに追加で、
「森東地域で行方が知れなくなった人間のリストを、冒険者ギルドに作らせておいてくれ」
と、指示を出しておく。
王国の情報がどこから漏れたのか?
この件に関しては、ここまで来たらもうどうしようもないのだが、今後の組織運営のためにも、同じような情報漏洩を防止するための方法を考えておかねばならない。
あるいは、冒険者ギルドは特定の国家や外部勢力に対して、そこまでの義務は持たないと割り切ってしまうべきか。
どちらを選択するにせよ、まずは現状を把握しておいた方が、今後を考えるための材料になるのだ。
ハザマの立場からすると、差し迫っている王国の危機よりはこうした内部の規律をどのようにするのか、という方針を考える方が、重要だといっても過言ではない。
王国内部のことに関しては、王国の人たちが適切に処理をするだろう、という感覚がハザマにあり、この事態をあまり深刻には受け止めていなかった、という面もあった。
ハザマからすれば、王国の問題は所詮他人事であり、協力はするけどそこまで熱心に入れ込むべき必要性もないのである。
「男爵」
そんなことを考えていると、リンザがハザマにはなしかけてくる。
「ええと、トエスから、提案が提出されているのですけど」
「トエスのやつが、おれにか?」
ハザマは、反射的にそういっていた。
「珍しいな」
今、トエスは問題の森東地域へ行っている。
そこで冒険者ギルドの相談役、みたいな仕事をしているはずだった。
ただしトエスは、性格や能力からいっても、こんな時にわざわざハザマに対して意見を具申してくるような個性ではない。
「いいだろう」
ハザマはリンザにいった。
「いってみろ」
「現地の実戦部隊が、ですね」
リンザはハザマの反応を伺うような顔つきをしながら、そういった。
「王国が攻め込まれる可能性があるのなら、いっそのこと全力で南下して、森の周辺地域を湾岸部まで制圧してしまったらどうかと。
そんなことをいいたてはじめているそうです」
「は?」
ハザマは、間の抜けた声を出す。
「そんなことをして、なんのメリットが……いや、あるか」
ハザマは、いいかけた言葉を飲み込む。
森の周辺地域を、湾岸部に至るまで制圧すれば。
少なくとも、森東地域から、王国方面へ援軍を送ることは出来なくなる。
「連中、そんなことを実行出来ると、そう思っているわけか?」
ハザマは、リンザに確認をした。




