捜索活動の実際
今回、犬頭人に同行したガグラダ族の者は十数名。
万単位で動いている犬頭人と比較すれると、かなりの少人数であるといえる。
しかし、彼らは実戦要員というよりは現場の指揮を執り、状況を周囲に通達するための人員として配置されている。
ここまで移動して来る期間は、通過地点に居る人間たちとの交渉役も務めていた。
とにかく、まだこの時点では犬頭人の大集団だけで平地諸国を移動させるのには不安が多いので、そうした役割が必要となるわけである。
それは、先ほどのズエスミ伯爵の反応を見ても明らかだった。
アジャス自身、これまで登録冒険者として犬頭人たちと協働する機会を持っていなかったら、犬頭人に対する偏見を持ったままであっただろうから、他人のことをとやかくいえる義理でもなかった。
こうしている間にも、街道の周囲に散ったガグラダ族の者たちから、次々と配置についた旨、通信で連絡が入ってくる。
まずは街道にほど近い場所に犬頭人を配置して警戒に当たらせ、その上で、残った犬頭人を周囲の捜索に向かわせることになっていた。
犬頭人の移動効率がいいので、その捜索範囲はかなり広くなるはずでもあり、その捜索の途中で敵を見かけたら、その場ですぐに手は出さずに敵を追跡し、敵の全兵数や主力が駐留している場所などを把握してから、具体的な対処法を考える予定を立てている。
敵の総数によっては、さらに援軍を要請してそれがここまで到着するのを待つ可能性もあった。
とにかく、こちらとしては無理に敵に突っ込んでいかなければならない理由はなく、むしろその逆に、完全に敵を圧倒する状況を作ってから戦端を開く方が都合がいい。
また、今回は、そうするだけの余裕を味方が持ってもいた。
問題は。
と、アジャスは思う。
敵の出方、だな。
敵側が、こちらが十分な情報を収集するまで、こちらの存在に気づかないでいてくれるか。
こればかりは、実際に試してみないことにはなんともいえなかった。
なにしろこちらは、敵の総数や正体など、一切の詳細を把握していない。
まずはそうした詳細を把握するところから、はじめる必要があるわけだった。
無論、アジャスとてまったく不安がないというわけではなく、特に犬頭人たちがそうした複雑な斥候、敵の詳細を探らせるなどという微妙な判断力が必要となる仕事をこなせるのかどうか、この時点で確信を持てないでいる。
犬頭人でも、敵の所在を突き止めることぐらいは出来るであろうから、いざとなれば人間がそこまで出向いて敵の詳細をその目で確認することも、想定していた。
この時点でアジャスは犬頭人の能力、それも、判断力などの知能について正確に把握していなかったので、そのあたりが大きな不安要素になっている。
それでも。
「やるしかないんだろうな」
と、アジャスは思う。
この仕事を成功させないことには、アジャスとガグラダ族の未来はないのである。
ルシアナ討伐に参加した人間、として、アジャスは先ほどのズエスミ伯爵の反応からもわかるように、一部の人間から過分に評価される傾向があったが、これについてアジャス自身はむしろ苦々しく思っていた。
ルシアナ討伐の時、アジャスはあまり目立った活躍をしておらず、それどころかともすれば洞窟衆の小娘どもの足を引っ張っていた部分の方が大きかったと、そう自覚をしているからだ。
平地民山地民を問わず、あれほどの偉業をやり遂げた一員として、アジャスの名声はかなり高まっている。
そうした名声と現在のアジャスの境遇とには大きな齟齬があり、その齟齬を埋め合わせるためにもアジャスとしては今回の仕事に失敗をするわけにはいかなかった。
いくらも経たないうちに、この時点でもそれなりに長大な街道をぐるりと取り囲む形で犬頭人たちの配置する作業が終わった。
途中、何カ所かで造営中の街道を大勢の犬頭人たちが横断する場面もあったが、その際にも同行していたガグラダ族がその場に居た人間に事前に通告をし、どうにか大げさな騒ぎにならずに済んでいる。
もちろん、冒険者ギルドのブネリなども、ここの人間たちに根回しを行っていたのだろう。
その、はずであった。
そのまま犬頭人たちは、最低限の警護を街道周辺に残した上で、周辺地域への警戒活動をはじめる。
少人数の別働隊を編成した上で、森の中をくまなく、街道に近い場所から敵の姿を求めて捜索をするわけだった。
本格的に捜索を開始する前に、アジャスはガグラダ族の者と犬頭人たちに向けて、交替しながら長めの休憩を取るように指示を出す。
旅の疲れもあるだろうし、それ以上に今回の場合、いつどういう形で敵と本格的な戦闘になるのか、読めない部分が多い。
そうなってから疲労が重なって満足に戦えなくなるよりは、今のうちから十分な休息を取っておいた方がいいと、そう判断をしたからだ。
この時点でこれ以上に街道が被害を受けることは、少なくとも予兆もなしに街道が襲われることはない。
その状態で、しっかりと寝て体力を回復させておくことは、今後のことを考えると必要なことに思えた。
アジャス自身も、伴侶であるモトラスと交替で短い仮眠を取っている。
本格的に敵勢力の捜索活動が開始されたのは、翌日、夜が明けきってからだった。
この捜索活動は、敵の本体はもとより、野営の跡など、痕跡なども含めて捜索するように指示を出している。
今回の仕事の都合からいえば、むしろいきなり敵の本体に遭遇するよりは、そうした痕跡を先に見つけ、その上で敵の正体や総数を予想する段階を経た方がいい。
しかし、実際にどうなるのかは、実地に試してみないことにはなんともいえなかった。
「不安が多いもんだな」
アジャスはそう呟く。
「大人数を差配するというのも」
「それはそうでしょう」
するとモトラスに、そう諭される。
「気心が知れたガグラダ族の人間だけを相手にするのとでは、まるで勝手が違います。
ハザマ男爵も、よくもわたしたちにこんな大役を任せたもので」
「いや、あいつは人選にまで関わっていないと思うぞ」
アジャスはそう応じた。
「面倒臭そうな仕事はなんでも部下に押しつけるようなやつだ。
今回のことも、冒険者ギルドがあげた人選を後から認めただけだろう」
「それでも、われらガグラダ族にしてみれば、今回のこれは大きな機会です」
モトラスはいった。
「なんとしても、成功させませんと」
「同感だがね」
アジャスはいった。
「おれたちだけが頑張ればどうにかなるんならまだしも、犬頭人任せというのがなあ」
なんとも、歯痒い。
アジャスとしては、そう思ってしまうのだった。
捜索を開始してから半日、日が天高く昇った頃合いに、敵勢力の物らしい野営の後を犬頭人が発見した。
ガグラダ族の者がその場に赴いて検証をすると、そこで野営をしていた人数はおおよそ五十名前後。
その野営地を発ったのは、五日以上は前であるとの見立てだった。
今度はその野営地を中心として、周辺部分へと捜索の輪を広げていく。
敵集団が向かった方角や、別働隊の有無などを早い段階で確認しておきたかった。
しかし、五十人程度か。
と、アジャスは考える。
これだけの大騒ぎをするにしては、人数が少な過ぎるような気がする。
そもそも襲われた街道にも人足など、それなりに体力に自信がある連中が大勢居たはずであり、半端な人数でそんな場所を襲っても、返り討ちにあって終わるような気もするし。
想定していたよりも早くに、こうして手がかりを得られたこと自体は喜ぶべきだったが、アジャスとしては釈然としない物を感じた。
おそらくその野営地は、敵勢力の一分隊が使っていただけの物なんだろうな。
とも、アジャスは思う。
そうした予想に反して、敵がこちらの想定する以上の小勢力であれば、かえって早く片がつくわけだが。
さて、どうなるのか。
それからしばらくは、捜索活動はむなしくなんの成果もあげらることが出来なかった。
そうしている間にも、続々と犬頭人の集団がこの街道周辺に到着していって、捜索に割ける頭数は着実に増えていったが。
新たに到着した犬頭人に関しては、まずは十分な休憩を取らせ、その後から捜索活動に参加するように指示を出しておく。
なにしろここの森は無闇に広く、本気でしらみつぶしに捜索しようと思えば、かなりの人数が必要だった。
また、めぼしい成果がしばらく得られなかったにせよ、それだけ大勢の犬頭人が集団として動いてこの周囲を移動し続けていれば、ただそれだけで相手の意思を挫く効果がある。
相手の側がこちらの動きを先に察知したら、これだけの大軍を相手にする可能性を考え、確実に警戒しながら動くようになるはずだった。
そうした示威効果だけでも、街道の治安を守るという点では十分な成果であるともいえる。
アジャスとしては、もっと確実な、誰にでも理解しやすい戦果が欲しいところであったが。
捜索活動を開始してから、さらに数日が経過した。
これまで、不思議なことに、最初に発見した野営地跡以外に、敵の痕跡らしき物は発見できていない。
これは、森の中で活動することを日常としているガグラダ族の目から見ても、かなり異常なことといえた。
人間、動けばそれなりに、なんらかの痕跡を残す。
それがまとまった人数の集団ということになるとなおさらで、ここまでなんの痕跡も見つからないというのは、かえって不自然だった。
なにか、アジャスには想像がつかないような移動手段を持っているのではないか。
と、アジャスは、そう考えはじめている。
「魔法使いを呼ぶか」
アジャスは、誰にともなく呟いた。
「敵は、転移魔法を使っている可能性がある」
そうではない可能性も、当然あるわけだが。
いずれにせよ、ここまで調べてなにも出てこなかったら、もっと別種の視点を持った人物に、この捜索に加わって貰った方が確実に思えた。




