街道の状況
「この街道を中心に、周辺を犬頭人らに探らせる」
アジャスは冒険者ギルドのブネリにいった。
「それでいいな?」
「お願いします」
ブネリは即座に頷く。
「最初の襲撃以来、なりをひそめていますが、まだどこか近くに潜伏している可能性があります」
森の中で息をひそめていれば、平地民たちでは対応できまい。
アジャスは、そう思う。
「森の中はおれたちの領分だ」
アジャスはそういい切った。
「犬頭人たちも、大勢連れている。
よほどの相手でない限り、遅れを取る心配はない」
別にこの冒険者ギルドの男を安心させるためにいっているわけではなく、アジャスにしてみれば自明の事実を口にしているだけだった。
「そうだといいのですが」
そう聞いても、ブネリの表情は晴れなかった。
「街道の敷設工事も、この騒ぎのおかげで中断しています。
これだけでアルマヌニア公爵は日々莫大な損失を被っているわけでして」
「一日も早い解決を、ってことだろ?」
アジャスはそう確認した。
「おれたちだって、無駄に長引かせるつもりはないから安心しろ」
それはアジャスの本音でもある。
「犬頭人たちは散っていった」
モトラスが、アジャスに報告した。
「なにか異常を見つけたら手出しをせずこちらに知らせるように指示をしている。
結果はすぐにでも出るだろう」
犬頭人の移動力は人間などの比ではない。
頭数が多いこともあって、一晩もしないうちに街道周辺の安全は確認出来るはずだった。
警戒網になにか引っかかれば改めて対処すればいいし、なにもなかったらそのまま工事を再開すればいい。
いずれにせよ、アジャスたちが犬頭人の軍勢を引き連れてここまで到着したことで、この場の解決はすでに時間の問題となっている。
少なくとも、アジャスはそう認識していた。
「お願いします」
ブネリが、改めてアジャスにそういった。
「この工事が遅れると、洞窟衆も多大な損害を受けることになりますので」
「あんた、王都から来たのかい?」
アジャスは、このブネリという若い男に確認をした。
「ええ。
王都から派遣されてきました」
ブネリは即座に頷く。
「もともとは、この工事の管理責任者です」
つまり、荒事には慣れていないってことか。
と、アジャスは思う。
それならば、この事態を怖がるのも当然だろうな。
「おい、洞窟衆の新手が来たと聞いたが」
恰幅のいい中年男が、ブネリの背後から声をかけて来る。
「ああ、はい」
振り返ってその男の顔を確認したブネリが、アジャスの方を腕で示して紹介をしてくれた。
「こちら、ハザマ領から派遣されたガグラダ族のアジャス氏になります」
「ふん」
その中年男はアジャスの顔を見るなり、鼻で笑った。
「随分と若いな。
それに、人数もいないようだ。
それで援軍だと?」
「援軍は、今は森の中を探索中です」
アジャスは事務的な口調で答えた。
「多分、そちらが想定しているよりも大勢来ていますので、ご安心ください」
「安心?
安心、か」
その男はアジャスの言葉を繰り返してから、顔をしかめた。
「大軍が来たとなると、兵站の方にも負担がかかるはずだが」
「そちらの方もご心配なく」
アジャスは素っ気ない口調のまま、そう答えた。
「すべて自前でどうにかする予定ですので」
そちらの世話になる予定はねーよ、と、アジャスは心の中でいった。
そもそも犬頭人たちは、森の中に入ってしまえば自分で食べる分くらいは現地で調達してくる。
仮に足りなくなったとしても、保存食をハザマ領から取り寄せることも可能であった。
その場合でも、輸送路の半分以上は森の中になるはずであり、平地民の補給線に負担をかけることにはならないはずだ。
「アジャスといったか」
その男は、アジャスの顔を露骨に睨みながらそう続ける。
「名前の響きからして、山地の人間だな?」
「ええ、まあ」
アジャスは認めた。
「国境紛争の際には、いろいろとお世話をおかけしたようで」
「ふん」
その男は、また鼻を鳴らす。
「いくさであったからなあ。
その点では、お互い様だ!
しかし、アジャス。
どこかで聞き覚えが……アジャス、アジャス……」
男はしばらくぶつくさと繰り返しながら、自分の記憶をまさぐっていたようだ。
「待てよ!
貴様、ルシアナ討伐に参加した、ガグラダ族のアジャスか!」
しばらくしてから、唐突に大きな声を出す。
「ええ、まあ」
アジャスは、しぶしぶといった感じで認めた。
「その、アジャスです」
「なんと、ルシアナ討伐十傑のアジャス殿であったか!」
男は破顔してアジャスの手を取り、ぶんぶんと振り回しはじめた。
「おれはアルマヌニア公爵臣下、ズエミス伯爵という!
ここでは、街道警備の指示役を拝命している!」
「ああ、はいはい」
アジャスは内心で辟易しながら、気のない返答をする。
「どうか、よろしくお願いします。
とはいえ、周囲への警戒網が完成すれば、こちらで気張る必要もなくなるはずですが」
「とはいえ、施工中とはいえこの街道はもうかなり長く伸びている」
ズエスミ伯爵はそういった。
「その全域を警戒するというのも、生半可なことでは不可能かと思うが」
「十分な人数を引き連れていますので、おそらくは間に合うでしょう」
アジャスがズエスミ伯爵の危惧を一蹴した。
「人数もさることながら、連中、森の中での足もかなり速いので。
警戒態勢に穴が出来ることはないかと思います」
「森の中で、足が速い?」
ズエスミ伯爵は怪訝な顔つきになった。
「それではまるで、人間ではないような口ぶりではないか」
「おっしゃる通りで」
アジャスは認めた。
「おれが連れてきた援軍は、大半が犬頭人です。
ただ、必要以上に人前に出さないように気をつけてもいますので、どうか穏便に対処願います」
「犬頭人だと!」
ズエスミ伯爵は驚きの声をあげた。
「ハザマ男爵が異族を使役するという噂は、本当であったのか!」
「ハザマ領での出来事などが、こちらまで正確に伝わりきっていないんですよ」
ズエスミ伯爵の背後で小さくなっていた冒険者ギルドのブネリが、小声でアジャスに告げる。
「まあ、とにかく、ご安心ください」
アジャスは複雑な心境を押し隠しながら、そういった。
「おれたちが来た以上、この騒ぎもすぐに収束するはずです」
相手を見つけて、どうにかして対話の機会を設ける。
それにも応じないようだったら、交戦して殲滅、ないしは完全に降伏をさせる。
そうすれば、当面の危機は脱するはずであった。
すでに説明をしたように、それが可能になるほどの戦力を、アジャスは用意した上でここまで来ている。
そうした準備をしたのは洞窟衆であってアジャス自身ではないにしても、十分な準備を整えた上でここまで来ているのだ。
さらに言えば、状況がこちらの想定以上に悪かった場合にも即座に支援が来る用意もしている。
これでは、負ける心配をする方が阿呆だ。
と、アジャスは思う。
アジャスは、ガグラダ族の常として戦いに慣れている。
そうした勝機の気配にも、それだけ敏感であった。
そのアジャスが、
「不安要素はほとんどない」
と、本気でそう判断しているわけであり。
「平地人のお守りくらい、そっちでやってくれよ!」
という意思を込めて、アジャスはブネリの顔を見据える。
「ええと、ズエスミ伯爵。
仮に侵入者がまた街道に姿を現すことがありましたら、その時は対処をお願いします」
アジャスの表情に感じることがあったのか、冒険者ギルドのブネリが慌てた様子でズエスミ伯爵にはなしかけた。
「到着した援軍は、森の中を警戒するのに手一杯のようですから」
「無論だ!」
ズエスミ伯爵は胸を張ってそういった。
「その時は、おれが預かった兵で敵を蹴散らしてやるから安心していろ!」
「では、森の中のことはおれたち、街道まで敵が来た場合はそちらという担当でよろしいですね?」
アジャスは遠慮がちな口調で確認をした。
「おそらく、そちらの手を煩わすようなことにはならないかと思いますが」
「おう、任せておくといい!」
ズエスミ伯爵が大きな声で受け合った。
「こうしている今も、王国中から有志の者たちが続々と集結しつつある!
兵力に不安はないだろう!」
その集まってくる連中の兵糧まで、アルマヌニア公爵が持ってくれるのかね。
と、アジャスは疑問に思った。
それをその場で口にするほど、素直な性格ではなかったが。
「よく堪えたねえ」
森の中に戻ると、モトラスは大仰にアジャスのことを褒めた。
「あそこまでアホだと、かえって怒る気にもならない」
アジャスは素っ気なく答えた。
「まあ、後詰めはやつがやってくれるということだから、こっちはこっちで自分の仕事だけに専念しよう」
その方が、おそらくは精神衛生的にもいいはずだった。
アルマヌニア公爵の配下ということは、つまり、あの男は今回の金主の代理人とみてもいい。
そんな人間に対して正面から不平をぶつけるほど、アジャスも世間知らずではない。
適当にあしらって、その上で最低限の連絡さえ取っていれば面倒なことにはならないだろうと、そう割り切ってもいた。
ここまで来て、下手に怒らせて、味方に足を引っ張られるのも馬鹿馬鹿しいのである。




