問題の打開策
「主戦場がどこになるのか定まらぬ今」
しばらく黙っていたファンタルがハザマにいった。
「情勢の見極めがつくまで、お主は待機をしているのがいいな」
「ですねえ」
ハザマは頷く。
「敵の主力がどこに居るのかわからないので、出て行っても効率が悪い」
「敵の探索を急ぎます」
オットル・オラはそういってハザマに頭をさげる。
「あ、いや」
ハザマは慌ててそうい添えた。
「オラ組はむしろ、かかりすぎた負担をものともせずによくやってくれている方かと」
情報収集を担当するオラ組に限らず、今回は相手が大きすぎる。
「森東地域だけでも、王国がいくつも入るくらいの広さっていうしなあ」
ハザマは、誰にともなくそうこぼした。
それに加えて今回は、森東地域に匹敵する広さを誇る森と、それに洞窟衆が細かい情勢を把握していない森東地域の湾岸部までを見渡して動く必要がある。
はっきりいって。
「手を広げすぎだ」
と、ハザマは断言した。
「行きがかり上のこととはいえ、完全におれたちの手には余るんじゃないか?」
人手などのリソースが完全に不足している、ように、ハザマには思えた。
予算が潤沢にあったとしても、相手にする側のスケールが今の洞窟衆の処理能力を完全に超えているのではないか。
「冒険者ギルドをうまく活用するしかないのでは?」
メキャムリム姫が、そんな意見を述べる。
「臨時雇いの者にあまり過大な権限を与えすぎても、不安ではありますけど」
「そういうことをいいだしたら、そもそも洞窟衆全体がその臨時雇いの集まりみたいなもなんで」
ハザマは、そう返す。
「権限うんぬんは、別にいいんです。
それよりも現場の人間同士が、うまく連携して動けるのかってことのが心配で」
「あまり成果を急がせ過ぎると、森東地域で同士討ちがはじまるかも知れませんね」
マヌダルク姫も、そういう。
「あちらに派遣している人たちは、出身地もバラバラな烏合の衆ですから」
「ましてや、血の気の多いやつらばかりをまとめて送り込んでいる形だからなあ」
ハザマはいった。
「今のところ、問題なくやれているようだが」
「なんだかんだいって、そういう好戦的な人たちにも活躍の場に事欠きませんからね」
リンザが説明をする。
「今のところは。
味方よりも敵の数が多いし、潰しても潰しても次から次へと聞き分けのない人たちが現れてくるとのことで」
「かえって、安定しているってわけか」
ハザマは、どこか諦観した思いでそういった。
「でもそれって、仲違いをしている余裕もなくあちらの政情が不安、ってことじゃないのか?」
「森東地域の人たち同士で連合でもしてくれると、かえって助かるんですけどね」
マヌダルク姫がそういった。
「現状ですと、戦うにしろ交渉をするにしよ、相手をする方の数が多過ぎることが一番の問題なのだとか」
「すぐには片がつきませんか?」
ハザマはマヌダルク姫に確認をした。
「すぐには、は無理でしょう」
マヌダルク姫は、即答をする。
「短くても数年、場合によっては十年以上の年月をかけて粘り強く交渉を続けないと。
あまり強引な手をつかってかりそめの決めごとを押しつけても、すぐに反故にされると思います」
「じっくり時間をかけて、現地の人間の意見をしっかりと聞いた上で、慎重に合意点を探っていくしかないと?」
「今回の場合、それが一番損失が少ない方法になると思います」
マヌダルク姫はハザマの言葉に頷いた。
「幸いなことに、今の洞窟衆は、たいていの相手を話し合いの場につかせるための力があります」
武力と経済力のことであった。
この二つがない者がいくら話を持ちかけたところで、軽んじられて相手にされない。
現在、洞窟衆は森東地域で武力をちらつかせながら公共財となる道や水路などの整備を地道に行って、信用を築いている段階である。
そして、そうして洞窟衆が進出出来た地域も、森東地域全体で考えるとごく一部でしかなかった。
今となっては、洞窟衆はその森東地位にかなりの人的資金的なリソースを注ぎ込んでいるわけだが、その森東地域全体で見ると洞窟衆の存在感はあまり大きくはない。
「ただ、洞窟衆が進出した地域に関しては」
ハザマがなにを不安に思っているのか悟ったのか、メキャムリム姫がそういい添えた。
「洞窟衆の存在は、かなり当てにされています。
その、比較的中立的な裁定者がそれまで現地には存在しなかったため、土地その他の利権争いの場には必ず洞窟衆の関係者が呼ばれるようになっています」
裁定者、か。
と、ハザマは思う。
洞窟衆が、現地での利権を求める集団ではないと、繰り返しアピールしてきたことがそうした信頼になっているわけだった。
森東地域で整備した道を使って交易などをして、洞窟衆も収益をあげる予定があるからこそ、そうした中立勢力になることが出来るわけであるが。
ただ、こういう方法は確実性はあるが迂遠で、今回のように素早く勢力圏を広げたい時には不便でもあった。
「現地に、ちょうどいい指導者とかいないのかな」
ハザマは、そうぼやく。
「こう、広い地域を勝手にまとめあげてくれるようなカリスマ性を持った人間とか」
洞窟衆の傀儡にする。
とまでは、いわない。
ただ、現地の勢力がある程度大きくなってくれると、内部での意見調整もそちらに任せることが出来る。
つまり、洞窟衆側の交渉をする手間が、それだけ減るのであった。
「トエスからの報告によると、どこもあんまりぱっとした人がいないようですね」
リンザが、そのぼやきに答える。
「どの勢力の指導者も、自分たちの足下や身の回りのことばかりしか見ていないようで」
「あまり野心的なやつがいないってのは、普通の状況ならば平和なんだがなあ」
ハザマはいった。
「今回の場合は、野心がないというよりは誰もそんな余裕がないだけだと思います」
マヌダルク姫が、すっぱりと切り捨てる。
「少しでも隙が出来れば、近隣の者から襲われるような場所ですから」
そうした環境では、どうしても攻めることよりも守ることに重点を置きがちである。
特に森東地域は、少し前から、山地からの来襲も受けているわけで。
より猜疑心が強くなり、自分たちの利権なりを守ろうとする意識がより強くなっているのではないか。
「一番手っ取り早いのは、洞窟衆があの土地を丸ごと併合して治めてしまうことですね」
マヌダルク姫は、ずいぶんあっさりとした口調でそういった。
「配下にしてしまえば、不平や文句は圧殺することが出来ます。
それに、相手のご機嫌をうかいながら勢力圏を拡大するよりは、力押しで征服していく方が断然早いと思いますよ。
特に、今回のような複雑な土地の場合は」
「可能性としては、考えてみないこともなかったんですけどね」
ハザマは、情けない表情でそういった。
「ただ、今の時点でさえハザマ領の経営に苦労しているってえのに、さらにその上、そんな複雑な土地まで併呑して治めるってのは、かなりの無理筋ではないかと。
そういうあまり従順ではない領民を管理するノウハウとか、こちらは持っていませんし。
それに、行政全般の官吏が圧倒的に足りていません。
征服したはいいがその後が続かない、ってなったら、それこそ目も当てられない」
結局は、そこに、人的なリソースの不足、という要因に行き着いてしまうのだった。
官吏としての資質、つまりは、中間管理職として機能可能な人材が、現在の洞窟衆には圧倒的に不足している。
洞窟衆がその活動範囲を広げる速度が早く過ぎて、内部で使える人財が育ち切れなかった結果だった。
洞窟衆を取り巻く状況が、ハザマの想像を超えて変化しているから、でもある。
外部勢力から洞窟衆に期待をされていることが、急速に大きくなり過ぎて、しかし、その割には洞窟衆内部の人員が育つべき時間が与えられていない。
そのアンバランスさは、これまでも問題だったわけだが、ここに来てさらにバランスが悪くなってきている。
人材の育成速度はあまり改良されていないが、洞窟衆に求められている処理能力は急速に拡大していた。
「……森東地域にも、学校を作るしかないかなあ」
しばらく考えた末、ハザマは、誰にともなくぽつりと呟いた。
「建物としては、そんなに立派なもんでなくてもいい。
その代わり、あちこちにまんべんなく、それこそ数十とか数百単位という単位で作って、そこに子どもたちを集めて基礎的な読み書きや算術を教える。
その後は、本人が希望をすれば、もっと複雑な知識も与える」
現在のところ、問題となっている森東地域にはこれといった産業が育っていない。
未開拓な土地が多く、農地としての生産性もいまいちだったし、山地のように金属などの資源が取れるわけでも、その加工技術が発達しているわけでもなかった。
水利を改良する工事などをして、農地の開発は進めているところだったが、それ以外にも森東地域の売りを作っておきたい。
そういう要請と、それに洞窟衆内部のリソース不足のことを考えると、そういう案しか出てこないのだった。
「前向きな発想だとは思いますが、その案にはいくつか難点があります」
タマルが、遠慮なくハザマに指摘をする。
「ひとつは、これからそうした事業をはじめても、実際に人が育つのには相応の時間がかかる。
つまり、すぐに役に立つわけではないということ。
次に、大規模に展開すればするほど、余分の資金が必要となるということ。
この資金は人を育てるための投資ではありますが、かなり長期的に回収することを考える必要があります。
実際的にいうのならば、捨て金として割り切るくらいでちょうどいいでしょう」




