見通せない未来
とりあえず、ハザマ領内や洞窟衆内部に関しては、これまで大きな問題は起きていない。
ハザマとしては、そう認識をしていた。
もちろん、大小のトラブルや今度の課題がまったくない、というわけでもないのだが、それについては常時手を打って解決していくしかない。
そのための機構についても、徐々に作ろうと準備をしているところだった。
その手の動きに関してはすでにハザマの手を離れ、人を集めたり育てたりする段階に入っており、再びハザマの意見が求められるようになるのはもう少し時間が経ってからになるだろうと、ハザマは予想をしている。
そちらでまた忙しくなる前に。
と、ハザマは、そうも思った。
森の問題は、どうにか目算をつけたいものだな。
短い時間で完全に解決することは不可能でも、解決をするための具体的な指針や方針は、出来るだけ早めに出したい。
犬頭人の部隊がハザマ領を出発してから三日後に、予定通りに先頭の犬頭人がアルマヌニア公爵領の森に達した。
森に達した犬頭人たちは、それまで街道を行進していた時の速度とは比較にならないほど高速で、それぞれの目的地へと向かう。
街道での犬頭人たちは、外部の人間を刺激しないように行進速度もかなり加減していた。
また、犬頭人たちはもともと森の中を生活圏としており、見通しのいい街道などよりは森の中での方が俄然勢いづくようでもあった。
森に入った犬頭人たちは即座に列を崩して先を競うようにして、それぞれの目的地へと向かう。
つまり、洞窟衆が支援をしている開拓村へと。
「とりあえず、これで当面の不安材料がひとつ減ったな」
その知らせを受け取ったハザマは、そう呟く。
一応、そうした開拓村にもオラ組を中心として人員を送り込み、現状で可能な警戒は行ってはいた。
それでも増援としては心細く、仮に大規模な軍勢が森の中から現れ、どこかの村を包囲したら、それに対抗する手段はない。
今回、まとまった人数の犬頭人が森の中まで到着したことによって、そうした戦力不足の問題は完全に過去のものになった。
森の中で一度散った犬頭人の集団は、そのまま各開拓村まで高速で移動して、引き続き周囲の警戒を行うはずだった。
さらにその一部は、そのまま造営中の街道へ向かうことになる。
犬頭人がそちらに合流すれば、戦力比は完全に逆転して、今苦戦をしている連中もたやすく排除できるはずだった。
こちらの方は、今の時点ではいい方向に流れが変わりつつある。
王国内部でも、ハザマが森へ侵入してきた外敵への対策に乗り出したことはすぐに広まり、それなりの反響を得ているようだ。
どちらかというと洞窟衆の干渉を歓迎する意見が強く、楽天的な見方をする者が多い。
と、ハザマは知らされている。
ただ、アルマヌニア公爵と組んで洞窟衆が今回の問題に乗り出したことをよく思わない者も、少数ながら確実に居るともいわれた。
つまりは、比較的身分の高い者がそうした論調の意見を述べることが多いようだったが、そうした者たちの中には今回程度の敵ながら従来の、洞窟衆以外の貴族軍だけで対処可能だと、そう認識している者が多いようだ。
そうした反応について、
「敵の実態や規模など、詳しいことが把握できていない状況でそれをいうのかな」
などと、ハザマは思ってしまう。
敵の戦力評価も定まらないうちに、勝敗の予想など出来るはずがない。
というのが、ハザマの認識であり、そのため今回の件でも過剰に思えるほどの戦力を動員している。
杞憂に終わればそれでもいい。
それでも、こういう正体がわからない相手に対しては最大限に警戒してかかるべきではないのか。
というのが、ハザマの側の認識である。
今回のような場合、根拠のない楽観論は味方の足下を掬う役割しか果たさない。
敵の正体がわからないのならわからないなりに、その時点で用意可能な最大戦力を現地にぶつけるべきなのだ。
ハザマは戦略や戦術についての心得はほとんどなかったが、負けたくなければ全力を尽くす、出来る準備はする、という程度の常識くらいは心得ている。
仮に洞窟衆が今回の件に干渉しないという選択をしていたら、王国は案外森の中から出て来た外敵に苦戦し、場合によっては国土を侵食されていったのではないか。
とも、思った。
敵についての認識が甘い。
いや、王国の貴族たちにしてみれば、そこまで徹底的な侵略戦争はこれまで経験していないので、敵の評価についても判断基準がない状態なのではないか。
などとも、ハザマは思った。
国境戦争についていえば、山地の側は食糧の奪取を最優先に動いてたので侵略戦争としての性格は弱く、周辺地域との紛争についても、所詮は同じ文化圏同士の陣取り合戦に過ぎない。
食い詰め、追い詰められた異文化の民族が死ぬ気で国土に攻め込んでくる、という状況について、王国の支配層はうまく想像出来ていないのではないかという疑念を、ハザマは抱いている。
そうした追い詰められた連中が一度定着してしまったら、それを排除することはかなり難しいだろう。
とも、思った。
彼らは彼らで、かなり必死なはずである。
「うまく接触して、こちら側に取り込めればいいんだけどな」
森の中に侵入してきた連中について、ハザマはそう思っている。
敵ではあるが、困窮した状況を改善すれば、いい労働力になるかも知れない。
と、ハザマはそんなことを考えていた。
連中にしても現在は追い詰められた状況なのだろうが、当座の食糧その他、生活に必要な物資を洞窟衆ならば提供することが出来た。
そのためには、どうにかしてその連中を話し合いのテーブルに座らせて、まともな交渉をする必要があるわけだが。
ただ、これまでの経緯を考えると、そこまで持って行くのはかなり苦労しそうに思った。
山地の人間ならばまだしも、相手が異族であった場合には、そうした交渉についてもかなり苦労をするはずである。
なにしろ、相手の価値観から手探りで調べる必要がある。
この時点で相手の正体はわかっていなかったが、いずれにせよこちらのいうことをまともに聞かせるためには、何度か武力衝突でこちらの実力を認めさせる必要があるのだろうな、とも、思っていた。
しかも、相手が単一の勢力である可能性は高くなく、雑多な集団がそれぞれ独自の思惑を持って森の中に入りこんでいる可能性の方が大きかった。
ま、面倒な状況であることには、変わりないか。
と、諦観混じりにハザマは思う。
「後は、沿岸部の問題か」
ハザマは、そう呟いた。
森東地域沿岸部へは、グフナラマス公爵が攻撃を仕掛けるといっていた。
湾岸を占拠して支配下に置くのが目的であり、ハザマの構想に触発された部分があるにせよ、基本的にはあくまでグフナラマス公爵が自発的にいい出した計画になる。
仮にハザマがこの計画を思い直すようにいったとしても、グフナラマス公爵がそれに耳を傾けたかどうか、かなり怪しかった。
その計画が成功すれば、ハザマや洞窟衆にとってもそれなりに利益があるので、実際にこちらからやめろということあり得なかったが。
ただ、正面切っての軍事的な攻略は、それも短期的に成果を出すことを目指すとなると、成功率はかなり下がる。
相応のリスクはあり、準備をする時間がごく短期間しか用意出来なかった時点で不測の事態に対する柔軟な対応は不可能なわけであり、グフナラマス公爵の構想がそのまま実現するかどうかは、
「実際にやってみなくてはなんともいえない」
レベルなのではないか。
などと、ハザマは思う。
ハザマ自身が仮にこうした侵略戦争を準備するとしたら、外交的な工作を含めて不安要素を可能な限り排除した上で決戦を行う。
よほど抱えている軍事力に自信があるのか、グフナラマス公爵はそうした小細工をするまでもなく、力押しでこの構想を実現できると踏んでいるようだった。
そして、海戦についても知識を持たないハザマとしては、そのグフナラマス公爵の自信が実績に支えられたものなのか、それとも根拠がほとんどないものなのか、判断をすることが出来ない。
ハザマだけではなく、洞窟衆内部に、海戦について詳しい人材は皆無で、判断出来なかった。
「まあ、グフナラマス公爵が失敗したとしても、その後からのやりようはあるしな」
と、ハザマは思う。
その湾岸部攻略に関しては、洞窟衆の関係者が直接参加する予定はない。
あくまで、「グフナラマス公爵が独自の判断でやったこと」とすれば、その攻略が失敗をしたとしても、森東地域湾岸部と洞窟衆が直接交渉をする方法はいくらでも残されているはずであった。
グフナラマス公爵がその侵略戦争に失敗をした場合でも、湾岸部は交戦により疲弊した状態になるのは避けられないはずであり、そのような状態であれば物資や金銭の授受などを条件にして交渉をすれば、より穏当な手段で湾岸部を使えるようになるかも知れない。
別にグフナラマス公爵の失敗を祈るわけでもなかったが、失敗したら失敗したで、「それでもいいや」、という気持ちが、ハザマの中にはある。
ハザマにとって肝心なのは、
「その湾岸部で誰にも邪魔をされずに物資の上げ下ろしが可能な環境を作ること」
であるので、そうなる過程、誰がどのような方法で行うのかは正直どうでもいい、という気持ちも強かった。
そちらの湾岸部が自由に使えないとなると、今度の構想に大きく影響してくる。
そのため、グフナラマス公爵の構想が早期に実現してくれるのが一番都合がよかった。




