ハザマの危惧
「森東地域湾岸部の情報は集めているか?」
グフナラマス公爵との通信を切った後、ハザマが誰にともなくそう確認をする。
「グフナラマス公爵は自分の軍勢だけであそこの主要な港を占拠できると考えているようだ。
そんなことが本当に可能なのか、検討をしておきたい」
「一応、そちら方面の情報も集めてはおりますが」
オットル・オラが即答をした。
「重要視されていた地域ではなく、これまで積極的に情報を収集してきませんでした。
量的にもわずかですし、伝聞が相当混ざっているので質的にも疑問がつく内容の物になります」
「まったくないよりはまし」
ハザマは吐き捨てるような口調でそういった。
「今の時点でこちらが掴んでいる情報を至急まとめてこちらにあげておいてくれ」
森東地域の湾岸部は、現在北の山地側から勢力を拡大しつつある洞窟衆にとっても縁が薄い地域といえた。
そこまで洞窟衆の関係者が到達するのには、まだまだかなり数ヶ月以上の長い時間が必要になるはずであり、差し迫って情報を収集するような動機を持っていなかったのである。
さらにいえば、より近くの地域に関しての詳細な情報を集める作業の方が、緊急性が高い。
そうした情報収集に関しても限られた人手をやりくりしてどうにか回しているのが現状であり、オットル・オラの立場に立てば、そんな作業に人を回す余裕もなかったのだろう。
「グフナラマス公爵は計算が出来ない方ではありません」
マヌダルク姫がハザマにそういった。
「あの方が可能であると判断したのでしたら、その判断を信用してもよろしいのではないでしょうか。
グフナラマス公爵が抱えている海兵たちは精強だと聞いております」
「グフナラマス公爵の軍勢、その実力を疑うわけではありませんが、対戦相手の様子がわからないとなるとなあ」
ハザマは、そうぼやいた。
「ただでさえ、こちらは海戦については明るくないっていうのに、敵側の情報がほとんどないって状況では安易に安心できないでしょう」
戦争なんてのは、相手があってのことだしな。
と、ハザマは思う。
それに、なにかの拍子に番狂わせが起こる可能性だって否定出来ない。
戦う前の勝敗予想が、想定外の要因のためひっくり返った元の世界での事例を、ハザマはいくつか知っていた。
なにより、洞窟衆が森東地域湾岸部を利用可能か否かで、今後の構想もかなり変わってくる。
グフナラマス公爵が豪語するだけの成果が出せるのかどうか、この時点でハザマが気を揉むのも仕方がないことであった。
「急ぎ、そちら方面に探りを入れますか?」
気を利かせたつもりなのか、オットル・オラがハザマにそんな提案をした。
「いや、いい」
しかしハザマは、この意見を即座にはねる。
「そちらは今の仕事だけでも手一杯のはずだし、それに今回街道方面の作業も加わっている。
その上これ以上の仕事を抱えても、いい結果にはならんだろう」
現状でも、オラ組の仕事はオーバーフロー気味なのである。
この上、現地にたどり着くまでに苦労するような森東地域湾岸部の探索まで任せてしまったら、絶対にどこかに無理が来るはずであった。
それよりもこの時点では、すでに抱えている仕事をしっかりと完遂して貰う方が洞窟衆にとっても都合がいい。
ハザマは、そう判断した。
「不安ではあるが、グフナラマス公爵があそこのどこかに橋頭堡を築くのを待つしかないか」
ハザマは、一人でそう結論をした。
そしてリンザに、
「グフナラマス公爵家から出た要請、特に物資面の融通などについては、最大限の配慮をするように徹底させておいてくれ」
と、指示を出す。
現状では、この件について洞窟衆が出来る支援は、こんなことくらいしかなかった。
「しかし、海戦か」
ハザマは、小さく呟く。
「この世界での本格的な海戦とか上陸作戦とかは、どんな様子なんだろうな」
漂流した時に、ハザマは砲撃魔法に晒される海賊船に乗っていた経験があったが、あれは海戦でもかなり特殊なパターンだと思う。
本格的な訓練を積んだ海兵同士が船対船で、あるいは船と湾岸部とで争う様子は、どんな風になるのであろうか。
ふと疑問に思ったが、同時にハザマは、
「その現場に、当事者としていたくない」
とも思った。
いつ着弾するのか予断を許さない、砲撃をされる立場は一度経験すればもう十分だ。
「湾岸地区の攻略はグフナラマス公爵に任せよう」
ハザマは、そう結論する。
「現状、そのグフナラマス公爵を支援することくらいしか、こちらは出来そうにない。
それに、もっと差し迫った問題がいくらでもある」
アルマヌニア公爵の森、そこに侵入した連中を片付ける件、とか。
なによりあの森はかなり広大だったので、本気で掃除をしようとしたら、かなり大変な作業になる。
当面、洞窟衆が関係する開拓村、敷設中の街道の順番に優先順位をつけて、地道に取り組んでいくしかない。
そうして森に入ってきた勢力と接触し、うまくこちらに取り込むことが出来れば作業効率もあがるのだろうが、この時点ではそれが可能なのかどうかも判断できなかった。
なんといっても、信頼できる情報がほとんどない。
「結果的に、ですが」
そんなことを考えているハザマに、マヌダルク姫がいった。
「アルマヌニア公爵とグフナラマス公爵、二つの公爵家と手を組んだ形となりますね」
「とはいっても、森東地域関連で利害が一致しただけだしなあ」
ハザマは、そうぼやく。
「一時的に足並みを揃えただけで、そんなに強固な同盟関係とかではないと思うけど」
「そうだとは思いますが」
マヌダルク姫は指摘をする。
「外部は、そうは見なさないのではないでしょうか?
王家の求心力が弱まったこの時期に、公爵家が男爵を中心に動きはじめたと、そう見る方も多くなると思います」
「また、面倒な」
ハザマは露骨に顔をしかめた。
「こっちは支配とか服従とかを誰かに求めたことはないし、今回の件だってたまたま利害が一致したから共闘しているだけだし」
「そこまで深く事情を詮索する方は、少ないのではないでしょうか?」
マヌダルク姫は、また指摘をする。
「直接自分が関係しないことに関して、世間一般では表面的な印象だけで判断をしがちですから」
それでなくても、現在のハザマはすでにマヌダルク姫が属するニョルトト公爵家、メキャムリム姫が属するブラズニア公爵家と実質的な同盟関係を結んでいる。
その上、アルマヌニア公爵家やグフナラマス公爵家とも連動して森東地域の問題に取り組みはじめたとしたら。
うん。
その想像をしたハザマは、マヌダルク姫の指摘を妥当であると認めないわけにはいかなかった。
おれは、そうした公爵家をうまく取り込み、裏からいいように操っているように見えなくもないな。
王家がそうした公爵家との主従関係を解消しているこの時期、そうした行動をしているハザマが外からどのように見られるのか。
まるっきり、野心家じゃねえか。
客観的に考えてみれば、ハザマとしてもそう認めるしかないのであった。
「おれのパブリック・イメージについてはまた改めて考えましょう」
ハザマは、そういった。
「今は目の前の仕事に集中することだけを考えましょう」
三十からある開拓村の安全を確保した後、アルマヌニア公爵の依頼に応じる形で街道周辺の敵勢力も一掃する。
その後に、順次森全域の掃除をすることになる。
そのどれをとっても、かなり大きな事業になるはずであった。
実務については、例によってそれぞれ専門の者たちに任せるつもりだったが。
「面倒だし、金がかかるな」
と、ハザマは思った。
この手の防衛戦とは、基本的に被害を減らすだけであり、それだけでは利益にはならない。
ここで消尽した戦費や物資は、後で別の分野で埋め合わせなければならなかった。
そうしないと、こちらが一方的に損害を被るだけになってしまう。
森東地域で、投資した分の見返りが早々に回収出来れば問題ないんだけどな。
とも、ハザマは思う。
しかしこの手の投資はだいたい長期的に、コツコツとしか回収出来ない傾向があるので、少なくとも短期的な効果は期待ができなかった。
「軍資金、本当に足りるの?」
ハザマはタマルに対して改めて問いを発した。
「よほど想定外のことでもなければ、十分ですよ」
タマルは、即座に受け合う。
「今まで洞窟衆がどこまでため込んで来ているのか、ご存じないのですか?
たまにはこうして資金を外に回さないと、かえって悪い影響が出ます」
そんなものか。
と、ハザマは思う。
ハザマは経済方面の素養はあまりなかったので、こちらについてはより専門的な知識を持っている人間の意見を信用するしかない。
「うち、人件費とかケチったりしていないよな?」
「どんな分野でも、賃金は高いはずです」
これについても、タマルは即答をした。
「同じ内容の仕事をした場合、うち関連の仕事で得られる賃金の方が一割以上、割高に設定されています。
そのことが、人が集まる要因にもなっているわけですが」
「待遇面で不満が出ない状態ならば、それでいい」
ハザマはいった。
「これからもその状態を保つようにしてくれ」
「賃金だけではなく、うちの仕事はほとんどの分野でほかよりも実働時間が短く設定されています」
タマルは、そう付け加えた。
「それでも十分以上の儲けが残っているんですから、それは誇るべきかと」




