グフナラマス公爵との対話
「開拓村の方は無事なんだな?」
念のためにハザマはオットル・オラに確認をしておいた。
「そちらの方は、まず間違いなく」
オットル・オラは即答をする。
「異変を聞いた直後から人をやって周囲を警戒させております」
オラ組は使い魔を使える者も積極的に養成していた。
特に今回のような森の中で、敵側にそうと気取られることなく情報収集をするのにはうってつけの方法だったからである。
おそらくは、育成中のひよっこなども今回は動員されているのではないか、と、ハザマは推測する。
オラ組も、現役で働ける者はほとんど森東方面へ出払っているはずなのだ。
「ならいい」
ハザマは頷く。
「しかし、街道の敷設には、こちらからも人をやっていたのに。
どうしてそちら経由から情報が入ってこなかったんだ?」
「人は派遣していても、通信網がそちらまで届いていません」
ハザマの呟きを耳にして、リンザが教えてくれた。
「こちらに異変を伝えようと思っても、その方法がありません」
それもそうか。
と、ハザマは得心する。
たかが十五キロとはいっても、どこから襲ってくるのかわからない相手におびえながらそんな距離を走破して人里にまで異変を知らせにいくのはかなりの困難を伴うはずだ。
現場では混乱もしているだろうから、実際になにが起きているのか把握するのにも時間がかかったのではないか。
あるいは、今この時点でも、敷設中の街道に取り残されている人間が残っているのかも知れなかった。
面倒な現場だな、と、ハザマは思う。
人里から隔絶した環境であるだけでも十分に面倒なのだが、それに加えて今回の激戦区はまともな移動が困難な森の中に孤立している。
「そこまで通信網を構築することは出来るかな?」
ハザマが、ふと思い浮かんだ疑問を口にした。
「王都方面から手配をすれば、それも不可能ではないとは思いますが」
リンザが即答をする。
「でも今回の状況だと、せっかく敷設した中継タグもすぐに敵の手で破棄されてしまうのではないでしょうか?」
「ふむ」
ハザマはまた、ため息をついた。
「それもそうか」
中継タグを任意の場所に設置すれば、とりあえずその間の通信は可能となる。
こちらの通信術式は、その意味でかなりお手軽な面もあるのだが、その代わり、敵対者がそのシステムを理解していれば通信網を破壊して役に立たなくすることも容易であった。
「敵は通信術式のことを理解しているのかな?」
「この時点ではなんともいえませんが、用心のため最悪の事態は想定しておくべきかと」
ハザマが疑問を口にすると、リンザがまた即答をする。
「ま、そりゃそうだな」
ハザマは、その返答に頷いた。
「とはいえ、だからといってこのまま手をこまねいていても仕方がない。
ダメ元で通信網を構築するよう、手配をしておいてくれ」
「それでは、王都組にその旨を依頼しておきます」
街道敷設の現場までは、このルシアニアよりも王都の方がよほど近い。
通信網の構築などという、相応の技術や知識、中継タグなどを用意する都合からいっても、王都組に動いて貰う方が確実といえた。
「通信網を構築する連中にも、十分な護衛をつけるように手配をしてくれ」
「わかっています」
ハザマがそうつけ加えると、打てば響くようにリンザが応じた。
「今度はグフナラマス公爵からの通信が入っています」
少し間をおいて、リンザがそう声をかけてくる。
「そちらに繋ぎますか?」
「もちろんだ」
ハザマはその場で頷いた。
「すぐに繋げてくれ」
『しばらくぶりだな』
通信が繋がると、グフナラマス公爵はすぐにそう切り出して来た。
『例によって、かなり慌ただしいことになっているようだが』
「まったくで」
ハザマはその意見に同意した。
「いずれこうなるとは予測していましたが、ここまで相手の動きが迅速なのは予測外でした」
『森東地域から街道敷設現場に乗り込んできた連中のことか?』
グフナラマス公爵はゆっくりとした口調で応じた。
『あちらもまあ、難儀なことだとは思うが、アルマヌニア公爵ならばなんとか切り抜けるだろう。
それに、その口ぶりだとそちらにも支援を要請してきたであろう?』
「ええ、まあ」
ハザマはそう答えておく。
この場で隠したとしても、犬頭人が救援に駆けつければアルマヌニア公爵が洞窟衆に支援を求めたことはすぐに周知されるはずなのである。
『そちらはそちらでなんとかして貰うとして』
グフナラマス公爵はそう続けた。
『こちらはこちらで取引の詳細を詰めようではないか』
「異存はありません」
ハザマは早口に答えた。
「こちらからお送りした書簡にはもう目を通されましたか?」
『でなければ、こんな時期にわざわざ連絡を取ることもなかろう』
グフナラマス公爵はいう。
『特に、森東地域の港を押さえるという案が気に入った。
こちらの裁量で好きに切り取っても構わぬのだな?』
「こちらとしては、もっと平和に談合などで船の出入りをさせて貰う方が好ましいと思うのですが」
念のため、ハザマはそういっておく。
「ですが、仮に純粋に軍事的な方法で、森東地域の主要な湾岸部を制圧することは可能ですか?」
『占拠するだけならば、簡単だな』
グフナラマス公爵はそう豪語する。
『ただ、兵糧その他の支援がなくては、一時的に占領したとしてもその状態を維持するのは難しい』
「でしょうねえ」
ハザマは、頷く。
仮にも、すでに地元住人が普通に使用している場所なのだ。
一度力尽くで占拠したとしても、それに反対して追い返そうとする人間が必ず出るはずだった。
『それに、談合で、というのも難しい』
グフナラマス公爵は、そう続ける。
『お主の目的によれば、森東地域の森際の一帯を平定するつもりで軍を動かす必要があろう。
それだけ大規模な軍を養うとなると、その物資も大量になる。
大きな港をいくつか押さえて、その物資専門に使うくらいでないとそれだけ大量の物資は捌ききれん』
つまりは、それまでその港を使用して生活の糧を得ていた人間を、そのまま弾き飛ばすことを前提としなければこの構想が実現できないというわけだった。
大量の失業者を出すわけであり、そりゃ、相手側もこちらの提案をたやすく飲むことはないだろうなと、ハザマは納得をする。
『そちらが後押しを任されてくれるというのであれば』
グフナラマス公爵は、そう続ける。
『そして、情勢が落ち着いてからも一度占拠した港をうちに任せて貰えるということであれば、こちらとしても協力を惜しむ理由はないな』
そうした湾岸部を、そのままグフナラマス公爵家の領地として組み込むことにハザマが同意する、という条件を出してきた形になる。
これについてハザマは、
「まあ、そんなところだろうな」
と納得をしていた。
最初からグフナラマス公爵にただ働きをして貰おうとも思ってはいなかったし、そうした湾岸部の利権を要求されることは半ば予期もしていた。
「こちらとしては、その件について異存はありません」
ハザマは、そう明言しておいた。
「ただ、海戦とか上陸作戦に詳しい者はこちらにはおりませんので、実際の占拠作戦はそちらの裁量で行ってください」
『ああ、それでいい』
グフナラマス公爵はそういって、ひとしきり笑い声をあげた。
『現地のやつらは、こちらが力尽くで黙らせる』
その現地の、森東地域湾岸部の人間にとってはかなり迷惑な内容であったが、こうしてハザマとグフナラマス公爵との間に密約が結ばれた。
このグフナラマス公爵と洞窟衆とは、これまでも穀物など物資の輸送事業で継続的な協力体制を築いていた。
その信頼関係もあって、この件に関してもトントン拍子に詳細が決まってしまった。
『ところで、ハザマ男爵よ』
その後、グフナラマス公爵はハザマに訊ねた。
『湾岸部を押さえるのはよしとして、その後はどうするつもりだ?
つまり、そこ以外の森東地域についてなのだが』
「出来るだけ穏便な形で豊かになって貰います」
ハザマは即答をする。
「仲違いや小競り合いをする必要すらないくらいに」
『ふむ』
この意見については、グフナラマス公爵は一度息をついてから、数秒考え込んだ。
『いわんとするところは、理解できんわけでもないのだが。
だが、最終的にそうするにせよ、一度完全に叩き潰し、屈服させた上で段階的にそうなるように持って行った方が、かえって面倒がないぞ』
「おれとしては、これ以上面倒を見る人間を増やしたくはないんですけどね」
ハザマは情けない声を出した。
「それって無理ですか?」
『いや無論、長い目で見れば、いずれはそういう方向へ持って行くのが上策ではあるのだろう』
グフナラマス公爵はハザマを諭すような口調で、そう続ける。
『だがそれも、時と場合、それに相手による。
相手が上下関係でしか立場を弁えず、自分の頭で考えるということをしない連中だとすると、そうした自主性に期待をすればかえってことがこじれかねん』
「つまり、森東地域の連中が、そういうやつらだっていうことですか?」
『あの地域全域がそうだというつもりはないがな』
グフナラマス公爵はいった。
『こちらが知っているのは、せいぜい海沿いの連中だけだ。
あそこの連中は最初に叩き潰して逆らう気力を奪っておかねば、どんな反抗をしてくるのか予想がつかん。
そちらも、せいぜい気をつけることだな』




