揺籃の胎動
「捨て金ねえ」
ハザマは呟く。
「ってことは、すぐに回収をすることさえ最初から諦めていれば、やりようがあるってことだな?」
「そういうことになります」
タマルはため息混じりにハザマの言葉を認める。
「幸か不幸か、現在の洞窟衆は、他にいくらでも利益を出している部門が多いもので。
製造業も全般に利益率が高いのですが、冒険者ギルドの稼働人数は最近になって飛躍的に増大しています。
登録冒険者一人あたりの手数料は微々たる物ですが、それもまとまった人数が連日稼働しているとなると、これもまたかなりの収益になります。
さらにいえば、初期に開始していた領内の開発が順次終わっているので、そちらの不動産収入もぼちぼち入ってきていまして。
総合的に考えると、森東地域に捨て金のつもりで大規模投資をするくらいでないと、今の洞窟衆は儲かり過ぎなのです」
「儲かり過ぎるのは駄目か?」
ハザマは訊ねた。
「儲かるところまではいいのですが、その利益を貯め込む一方というのは駄目ですね」
タマルはいった。
「お金っていうのは世の中の血液みたいなもんですから。
あんまり一カ所の集め過ぎるのもいけません。
適度に流動するようにしておかないと、最終的にはよくないことになります」
「では、森東地域へのこれ以上の投資には、反対しないと?」
ハザマはタマルに確認をする。
「今回の件についていえば、むしろ都合がいいと思います」
タマルはいった。
「しかし、こういうことが常態化してしまうのも考えものです」
「と、いうと」
ハザマは、先を促す。
「積極的な軍事行動とそれに伴う投資活動。
そんな流れが一度常態化してしまったら、なかなか歯止めがかけられません」
タマルはいった。
「最終的には、洞窟衆の組織的な体力が尽きるか、それとも誰かに徹底的に負けるまで、周辺地域に喧嘩を売って回ることになるでしょう。
今回はもう仕方がないとしても、将来的なことを見据えるのならばどこかで歯止めをかけることを考えておくべきです」
「なるほどなあ」
ハザマはタマルの言葉に頷いた。
「うちが領土拡大志向の軍事政権になることを恐れているのか」
無論、ハザマとしては、そんな選択をするつもりなどなかった。
なんといっても、これ以上の責任を自分から背負い込むのは面倒くさい。
「男爵はそういうんでしょうけど」
タマルはそういって、肩を竦める。
「でも、一度成功を味わってしまうと、その味を求めて二度、三度と同じ行動を繰り返してしまう習性があるんですよ。
人間も組織も。
そのことを念頭においた上で、そうなることを回避する方法を今のうちから考えて用意しておく必要があると思います」
「もっともだ」
ハザマはタマルの言葉に頷いた。
「おれの知識でも、同じような事例に心当たりがある。
今回の件は、あくまで一回限りの特例である。
徹底的にそう周知しておく必要があるな」
「周知するだけでは足りません」
タマルは指摘をした。
「出来れば明文化して、そうした出兵を容易に行えないような法制度を整備しておく方がいいかと」
「そちらも、手配をしておこう」
ハザマは頷く。
「どうせこれから新しい国法を整備しようと準備しているところだ」
「是非、そうしてください」
タマルはいった。
「いくさを起こせば大きな儲けになる。
そのことが知れ渡った後で、それをさせないための歯止めが必要なんです。
出来るだけ強い禁止事項として設定をしておくべきです」
「今回の件も、実際の交戦は極力避けるようにいっているぞ」
ハザマはいった。
「実際、出資も森東地域の開発費用がほとんどだろう?」
「そうなんですけどね」
タマルはハザマの言葉に頷いた。
「うちの方針はそれでいいとしても、グフナラマス公爵が海沿いでどう行動をするものか。
その影響がどこまで及ぶものなのか。
今の時点では予測がつきません」
「まあ、なあ」
ハザマはいった。
「こちらにもグフナラマス公爵にもそれなりに目的はあるとはいえ、客観的に見れば侵略戦争を仕掛ける形だからなあ、あれは」
一応、あまり手荒なことはしないようにいうつもりではあったが、ハザマにはグフナラマス公爵に確固たる命令や指示を出すような権限を持っているわけではなかった。
「グフナラマス公爵でしたら」
今度はマヌダルク姫が発言する。
「そこまで大事にすることはないでしょう。
なにより損得勘定には敏感な方ですので、出来るだけ現地の有力者を買収するなどして、手荒な方法を避けようとするはずです」
「なるほどなあ」
ハザマは、その言葉に大きく頷いた。
思い返してみれば、アラテラ公爵もその手でスデスラス王国から王国側に寝返っている。
成功するかどうかは相手次第だが、グフナラマス公爵のこれまでのやり方から見れば、金で解決できる場合は交戦を回避しようとする傾向があるようだった。
そしてそうした傾向は、ハザマたち洞窟衆としても都合がよいわけだが。
「結局は、現地の人間次第、か」
ハザマは、そう結論する。
なにをするにも、相手の反応次第。
こちらが戦争を仕掛けようとする側だから、それで当然という気もした。
「正義とか平和のための戦争、なんてお題目は大嫌いなはずなんだがなあ」
ハザマは、そう嘆いた。
「森東側から王国方面へ侵入してきている連中がいる以上、手を打たないわけにはいかないんだが」
現に、その森東側だけで問題が解決していないから、こちらにまで累が及んでいるわけであり。
その森東側に状況を制御する能力がないのだったら、こちらから干渉をしてでも原因を取り除く必要がある。
面倒だし趣味でもないのだが、それ以外に方法はないのか。
と、この時点でハザマはそう思っていた。
このまま放置をしておいても、状況が悪化することこそあっても、よくなる可能性はほとんどない。
面倒だなあ、と、ハザマは思う。
「まあ当面は、湾岸方面はグフナラマス公爵に任せるとして」
ハザマは、そういった。
「継続している山地側からの干渉と、それにアルマヌニア公爵領内の治安維持活動をおれたちの主軸とする」
当座の目的に関しても、それくらいに絞らないとすぐに身動きが取れなくなるのではないか。
なんらかの制限を課しておかないと、際限なく戦火が拡大していくような気もする。
なにより、どこかで制限を設けておかないと、いずれは洞窟衆でも状況を制御できなくなるのではないか。
そんな不安を、ハザマは抱きはじめていた。
ハザマが知る限り、限定的な条件下のつもりで戦端を開いた結果、想定外の大戦争になった事例などはかなり多いのである。
また、ハザマとしても、戦闘が避けられない場合でも可能な限り短期間のうちに決着をつけることを望んでいた。
「年末から仕事をしている連中はそのままでいいとして」
ハザマは、誰にともなくそういう。
「アルマヌニア公爵領の方は、出来るだけ早いうちに結果を出すべきだな」
犬頭人が現場に到着しつつある現在、そちらの方がなんらかの決着を見るのは時間の問題だろう。
戦力差が均衡しているから衝突が継続するのであり、圧倒的な戦力差を作れば自然と相手が戦意を喪失して沈静化する。
ハザマとしては、そう考えていた。
森に到着した犬頭人の方は、そのまま散開しておのおのの目的地へと向かっていた。
ある者は指定された開拓村へ、またある者はアルマヌニア公爵家が主導している街道の整備現場へと急ぐ。
それらの一隊には、周辺地域との交渉役として何名かの人間も同行していたのだが、そうした者たちも犬頭人たちに背負われて複数の目的地へと運ばれていた。
かつて、この同じ森の中で、ハザマたちがそうして運ばれていたように。
「おいおいおい!」
そうして犬頭人に運ばれていたある男が、大きな声で叫んでいた。
「大丈夫か、これ!
こんな速度で移動して!」
「騒ぐな騒ぐな!」
別の犬頭人に背負われ、同じように運ばれていた男がいった。
「こいつらにしてみれば、森の中なんて自分の家の庭先みたいなもんだ!」
彼らは冒険者ギルド経由で雇われた、山地民の森歩きたちだった。
「しかし、平地の中にもこんな森があるなんてなあ!」
「あえて残しているって聞いたぞ!
放っておくと木を切りすぎて、帝国みたいに砂漠になるんだとよ!」
「山地と違って平地が丸裸になっても困らないようだがな!」
「燃料とか水はけとか、いろいろあるんだろう!」
山地では、樹木が極端に少なくなると山崩れの原因になる。
この平地でも、それ以外の理由により森林を保護する機運があるようだった。
「相手が抵抗をしたら、戦ってもいいんだよな!」
「そうなったら、仕方がないだろう!
自衛のためにも戦うしかない!」
「まずは現地の人間の意向に従えともいわれているからな!
それも忘れるなよ!」
「現地の人間、ねえ」
最初に声をあげた男がそういって、頬を歪めた。
「開拓村だかアルマヌニアって公爵だかの手勢になるのか。
どっちにしろ、こっちにしてみれば国境紛争以来の荒事だ。
敵も味方もせいぜい派手に動いてくれよ!」




