ルシアニアの現状
ある日、領主公館にルシアニアの都市計画に携わる人々が集まってきた。
場所こそ決まっていなかったがこうして主要な建築家と顔を合わせ、進捗状況や変更箇所の確認を行い、情報を共有するための集まりは定期的に開いている。
ここまで規模が大きくなり、関わりになる人数が多くなると、こうして顔を合わせて意見調整をする機会を定期的に持たないとかえって全体の効率が悪くなるのだった。
そうした会合のすべてにハザマ自身が顔を出す、というわけでもなかったのだが、昨年末にかけて数ヶ月不在の期間があったため今回は直にそうした人々と顔を合わせる機会を作ろうと思い、今回はバジルニアの公館に招いた形となる。
「いや、いきなり計画の変更をお願いしちゃって、すみませんねえ」
進捗状況や注意事項など、諸々の報告を一通り聞いた後、ハザマはそういった。
「離宮のことをいうのなら、あれくらいの変更は他でもよくあることなのであまり気にしないでください」
帝国から来た建築家の一人は、そう応じる。
「それに、建築中の建物をほとんどそのまま流用できそうなので、あまり工期は遅れないかと思います」
ルシアニアに建築することになる二つの離宮は、予定では倉庫とか学校の校舎として使う予定だった建物の設計に手を加え、そのまま工事を進める予定になっていた。
「それに、変更をする理由が理由ですからねえ」
別の建築家も、ハザマにいう。
「多少の無理は通すしかないでしょう」
そういわれたハザマは、
「そんなもんかな?」
としか思わない。
なにしろ、これほど大規模な建築を設計段階から依頼をした経験がないので、諸々ピンと来ない部分が多いのだ。
「あれほどの規模の都市を丸ごとこの手で作ることが出来る。
そんな機会は、滅多にありません」
帝国から来た建築家は、そういう。
「そうした機会を作ってくださったことに感謝こそすれ、疎ましく思うことはありませんな。
他の施工主はもっと些細なことにいちいち首を突っ込んでは些細な変更を繰り返し、実務の足を引っ張る方が多い。
そこへいくとこちらは、何事もこちらの判断に任せでやらせて貰えるので、なにかとやりやすい」
「それに、土地柄もいい」
土木関係を統括している物も、意見を述べる。
「適度に高低差があり、水利の整備がやりやすい」
部署により、多少の遅れは出ていたがそれもあくまで想定の範囲内に収まっており、この時点で大きな問題はないということだった。
「なにより、こちらの人々はよく働く」
帝国から来た建築家は、そういって大きく頷いた。
「秩序を重んじてよく働き、時間が来るとそこでさっさと仕事を切り上げる。
急ぎの場合は交代しながら作業を続けることになるわけですが、その際にもよく打ち合わせをしている。
こちらの方々は、下職に至るまで清潔でよく働く」
清潔なのは、あちこちに銭湯なりシャワーなりがあり、洞窟衆関係の仕事に就いている者ならば優先的に安くそうした設備を使えるからで、よく働くのは報酬その他の待遇が他よりもいいからだろうな、と、ハザマは思う。
基本的に洞窟衆は人件費はかなり多めに出す習慣がある。
初期の段階からハザマがそうするように徹底させていたためでもあるが、今となっては膨大な人数になる関係者全員の金回りがよくなり、その結果周辺の消費も活発になるという動きが認められるようになってからは、組織をあげて全力で賃金をおしあげる工夫を凝らすようになっていた。
質のいい仕事をすれば昇給するという事実が徹底して周知されているため、どんな職場でも手を抜こうとする者はほとんどいなかった。
ごく希に、「最低限の報酬さえ貰えばそれで満足する」というタイプの者もいるのだが、そうした者にはそれに相応しい、定型的な仕事を繰り返すような作業環境を紹介されることになっている。
ルシアニアの建築現場だけに限らず、現在の洞窟衆体制下においては効率的に働けば働くほど評価をされて報酬が増える仕組みになっていたから、自然と働き者が目につくようになっているのだった。
洞窟衆が多彩な事情を展開し、ほとんどの部門で外から収益を吸いあげているからこそ可能な状況といえる。
つまり労働者側に分配する潤沢な資金があるからこそ出来る芸当なわけだが、そうした深い部分まで視野に入れていない専門職の指導者の目には、単純に「モチベーションが高く扱い安い労働者」として映るのかも知れないな、と、ハザマは思う。
「それに、離宮関係の変更についていえば、当初の予定よりも大幅に作業量が減ることになりますし」
建築家たちは、口々にそんな意味のことをいう。
「離宮周辺の建物を間引きして、周辺の見通しをよくする」
というのが最近になって、ハザマが提案した変更点になる。
幸いなことに、離宮へと改装される建物はルシアニアの周辺部に存在し、従来の計画では重要度があまり高くない建物であった。
つまり、作業の方もあまり進んでおらず、そのために今回の変更についても問題が発生しにくかった面もある。
その周辺の建物についても、まだ手を着けていないかそれとも土台を作りはじめたばかりという段階であり、そうした変更を白紙に戻すなり、作りかけていた土台を撤去して更地に戻したりといった作業は、そんなに人手を必要としなかった。
技師たちと相談した上で、そうした、計画を変更しても一番支障がない場所を選んだ、ともいえる。
ルシアニア外縁部に相当するその土地を選んだ理由はもう一つあり、それは外部からの来客を迎えやすい、特に王妃候補となる姫様方の実家である、ニョルトト公爵領なりブラズニア公爵領なりとの行き来がしやすい、という要素も考慮していた。
また、周辺の建物の建築を中止したのは、有事の際の防衛面に配慮したためでもあった。
そうした「なにもない土地」は、平時は解放され誰もが往来可能な広場として解放され、有事の際には軍隊が駐留するための待機場所となる。
そうした、「離宮を高い防壁で周りを囲む」という案を、ハザマは以前に一蹴していた。
防衛というか防犯の面から見れば、そうした物理的な障害を設けることには一定の理があるのだろう。
しかし、ハザマとしてはその案に抵抗があり、その代わり、その逆に周辺から障害物となる物体を排除し、極端に見通しがいい空間を設定した。
そうした空間は、離宮から見れば外部を狙撃しやすく、離宮の内部へ潜入を企む人間から見れば自分の姿が容易く観察される、かなりやりにくい場所になるはずである。
物理的な障害を設けないとはいっても離宮周辺の警護をおろそかにするはずもなく、そうした離宮には常に一定数の警護を配備する予定になっているので、よほど強い、断固たる意思を持って破壊活動を行う者でも現れなければ、警備体制としてはこれで十分なはずであった。
物理的な障害に頼るよりは人力での警戒を選択した形であり、ハザマとしてはこれで問題がない、いいかえればこの体制で駄目ならばどんな警戒をしても無駄だろうと、そう割り切っている。
無論、ハザマだけの判断ではなく、離宮それぞれの主になる二人の姫様方もハザマの判断に異を唱えることはなく、同意もしていた。
彼女らにしてみればハザマの発案はともかく、実家から引き連れてくるはずの、身内の護衛たちの実力を信頼しているだけなのかも知れなかったが。
この離宮周辺だけではなく、ルシアニアの計画にはわりと隙間が、建物がない空間が通常よりも広めに設けられている。
道も、現在の周辺諸国の感覚からすれば不必要に思えるほどの幅を広く設定されていたし、それ以外にも建物同士の合間に、あえて用途を限定していない、一見して無駄に思える土地を設定していた。
これらは現在、資材置き場などとして利用されているわけだが、そうした隙間もいずれは、時と場合によっては十分に活用できるだろうと、ハザマは予測している。
現代日本都市部の密集具合を体験しているハザマにいわせれば、
「空間的な余裕も、絶対大事」
という意識がある。
火災などの際に、建物間が十分に開いていればある程度延焼を防げるはずだったし、それ以外の災害においても、そうした空間的な余裕はあった方がいいはずなのだ。
基本的に、ルシアニアで建設中の建物は一棟ずつを見ると大きいのだが、こうした隙間の土地がそこここに点在しているため、総体としてみるとそれほど密集した印象がなかった。
まだ、そうした隙間が大きいお陰で、同時進行で施行を進めていていても、近隣の作業にあまり支障が出ていないという利点もある。
このような造作には大量の資材が必要となり、それらの出入りのため頻繁に馬車などが行き交うことになるわけだが、こうした隙間の土地があるおかげで、荷下ろしが間に合わない場合の待機場所にもあまり困ることがないようだった。




