分業計画の実際
結局のところ、ハザマが気にかけているのは、現在の洞窟衆に存在する属人的な性格である。
具体的にいうと、ハザマという特異な存在が不在であってもなんの問題もなく稼働できる体制にしたいと、そう思っていた。
これは、ハザマ領と洞窟衆、双方の組織に共通している性質なのだが、どちらも「ハザマ」という個人の存在に頼っている部分が多い。
そして、ハザマとしては、
「それでは駄目だろう」
と、そう思ってしまうわけだった。
特定の人間がいないとうまく動かない組織などというものは、とても脆い。
現在のハザマ領なり洞窟衆なりのそうした体質を改善するためには、やはり明示化されたルールを浸透させ、そのルールに従って動けば大きな問題が起こらないようなところまで、細則を徹底させるしかない。
一例を挙げると、現在でもハザマは、洞窟衆とハザマ領の内部に、
「一日に三分の一以上の時間を労働にあててはならない」
というルールを課している。
どうしても長時間労働をする必要があるときには、超過労働時間分の休憩時間を割り振って辻褄を合わせる、とした補則もつけていた。
職場環境によっては、そうした長時間労働が必須な職場も存在していたからである。
これは、元の世界での労働基準法をかなり単純化した規則であるわけだが、管理職などのどうしても多忙になる職場以外ではおおむね守られているようであった。
洞窟衆関連の仕事は一貫して多忙であり、こうした歯止めをかけないでいた場合、構成員の労働環境はどんどん悪化していき、それこそ歯止めがかからないところまでいくことも予想された。
ハザマがそうした規則を徹底させるように働きかけたことで、どの職場でも手持ちの人員を長時間拘束し、労働をさせることよりも、働く人数を増やして仕事を分散させる習慣が標準化されつつあった。
最近では、そうした洞窟衆関連独自の規則の有用性を認め、関係のある外部組織でもこの基準を採用しはじめる動きも出ている。
ハザマが元いた世界においては、産業革命がはじまった当時など、生活習慣や労働環境の激変期などに逃げ場のない低所得労働者が恒常的な長時間労働を強いられるような事例も普通にあったようだが、ハザマはそうした動きをある程度抑制していたということになる。
特に現在とこれからの洞窟衆は、ますます各方面で多忙となり、熟練した職業人はまだまだ養成して増やしていく必要があるわけで、そうした局面で短期的な利益のために有用な人材をすり潰すよりも、長期的な視野に立って全体にゆるやかに仕事を割り振って使える人間を育てていく方向を選択した形であった。
この労働時間のルールも職種によってはそのまま適用できない場合が多く、現状ではそれなりに不備も多いのだが、ハザマにいわせれば、
「まるでなにもしないよりは遙かにまし」
であり、実際、その影響はじんわりと地味に外部にまで浸透をしている最中であるともいえた。
ハザマとしては、洞窟衆とハザマ領周辺だけでもそうした、より人間的な、余裕のある暮らしをするためのルールを徐々に増やしていきたいと、そう思っている。
そのためには、洞窟衆内部の組織構造をもっと洗練された、無駄のない物に改良し、その上で各部門の権限や判断を委ねることができる範囲を明示化し、独自の裁量だけで動けるようにしたいと、そう希望していた。
そのためには。
「領主室にあてられたクレームや要望のたぐいを分類、整理して、対応策まで含めて体系化し、それを元にして細則を整備していくしかないだろうな」
ハザマは親指を折って、口にした。
「気の遠くなるような煩雑な作業になるとは思うが。
それっぽい知識を持った人をどこからか集めて、立法専門の部門を立ち上げて気長に仕事をさせるしかない」
そうしたクレーム処理にどう対応したのか、という事例集が、参考になるはずであった。
「それとは別に」
ハザマは人差し指を折って、説明した。
「それと平行をして、何らかのトラブルが起こった際に裁定をする、司法部門も立ちあげる必要がある。
こちらでは、領民から持ちあがってきた物言いはすべて領主なり王様なりが裁定をする習慣のようだが、これからもおれたちにそれを期待されると、それこそこっちの身が持たん。
もちろん、おれたちが独自に定める法律が固まって来たらそれに従って判断をくだすことになるわけだが、それまでは現状を調査して適切な落としどころを判断するという、かなり重要な仕事を任せることになる。
これも、下手をすると立法部門以上に人員の選定と育成が難しい仕事になると思う」
ハザマの世界では、少なくとも建前上では行政、立法、司法の三権分立は基本的な仕組みとされていたわけだが、こちらの世界ではそうした機能は未分化のまま、王族とか貴族とかの「偉い人たち」が勝手にやるべき仕事だとされているようだった。
ハザマが改めてそうした分業体制を作ろうと思い立ったのは、単純にその方が組織全体を俯瞰すると効率的に動けると、そう判断をしたためである。
少なくとも、領主室の権限を今まで以上に拡大し、すべての仕事と判断をそこで行おうとするよりは、遙かに現実的であるといえた。
そうした諸々の、高度な判断が必要とされる仕事についても権限を分割した上で、まだ存在しないがこれから育てる予定の専門家に丸投げをしてしまえば、ハザマと領主室の負担は大幅に軽減されるはずなのだった。
おそらく。
と、ハザマは予想する。
現状でも、バジルニアの領主官邸はかなり手狭な状態になっている。
いや、スペース的にはまだまだ余裕があったが、このまま増加し続ける仕事に合わせて増員を続けていけば、そう遠くない将来には満杯になるはずであった。
それを考えると、領主官邸内で行う仕事は制限をし、その他の仕事は分割して別の場所で遂行をするよう、今のうちから予定しておいた方が余分な混乱が起こらないような気がする。
そうした物理的な制限からも、領主として業務を分割することは意味のあることに思えた。
「構想は構想で、結構な内容だとは思いますが」
リンザは軽く息をつきながら、そういった。
「ただそれ、実際に整備しようとすると、すっごく大変そうですね。
特に法を定めるとか、専門的な知識を持った人を何人か集めなくてはいけないはずですし」
心なしか、げんなりとした様子だった。
「その辺はなんとかなるだろう」
ハザマは気楽にそういってのける。
「この近くでよさそうな人間が居なかったら、帝国にでも頼ればいいし」
「帝国という国家」に、ということではなく、「帝国版図内に進出した冒険者ギルド経由で求人する」ということになる。
間口が広くなる分、そうした専門性が高い知識の持ち主も引っかかる確率が大きくはずであった。
それにハザマは、
「帝国版図内とかああいう、大きな戦争とかが起こりにくい環境では、貴族などの有力者の子弟は学問の方に活路を見いだす傾向があるのではないか?」
と、そう予想をしている。
帝国内でも紛争はそれなりにあるようだったが、それも社会構造に大きな変化は起きにくいはずであった。
武勲をあげて有名になっても、必ずしもそれが実入りに結びつかないとなれば、身分のある若者は別の分野での功名を目指す傾向が出てくるのではないか。
そんな理由で、ハザマは、
「帝国版図内では、専門的な知識を持ったインテリ層が余っているのではないか?」
という仮説を立てている。
そうした人々をうまく誘致できれば、こうした立法にまつわるあれこれも、案外、うまく行きそうな気がしていた。
「冒険者ギルドを使うわけですか」
そうしたハザマの構想を察したリンザは、頷きながらそういった。
「高度な専門知識を持った人たちを集めようとしたら、そっちに頼る方が確実ですからね」
帝国版図内とこの周辺とでは、単純に母数となる人数そのものに歴然とした差がある。
それに、洞窟衆がそうした求人を行っている、という噂が広まれば、志望者もそれだけ集めやすくなるはずでもあった。
なにより、実際に施行されることを前提とした法体系を実際にその手で整備する機会など、そうそうあるわけでもない。
法律関係を専門に研究している者にしてみれば、かなりやり甲斐がある仕事に見えるのではないか。
ハザマは、そう予測をしている。
なにより、ハザマという男は根本的な部分で楽観的に出来ていた。
そうした性格でなければ、これまでやってこれなかったともいえる。
今回の件についても、実際に手がけてみれば想定外にうまく転がるのではないかと、願望半分にそう考えている節があった。
ハザマのそんな様子を眺めながら、リンザは、そっとため息をつく。
この人は。
と、リンザは思った。
これからもきっと、こんな調子で画期的な業績を積み重ねて、無自覚なうちに周辺にも影響と波紋を広げてまわるのだろうな、と。
リンザなどは最初からハザマのことを身内と考えているので大きな問題とは思わないのだが、少しハザマと距離がある立場から見たら、これほど扱いに困る存在も他にはないのではないか。




