改革の手始め
ハザマやリンザの思惑とは関わりなく、時間は過ぎ去っていく。
それからしばらく、ハザマたちは内部の組織改革に忙殺されることになった。
とはいえ、実際には漠然と口頭などで伝えられていたルールを明文化し、それに加えて現在問題となることが多い部分を具体的に調査と分析をした上でより問題が少なくなるよう、新たなルールを作って課すなど、一見簡単に思えて実際にやってみると煩雑な作業の積み重ねでしかない。
そうした煩雑な作業を円滑にこなせるように、ハザマたちは領主室周りの組織を改編し、人も増やすように手配をする。
ハザマ領独立を見越してハザマたちがなにか準備を進めているようだ、という情報は内外に速やかに伝わっていた。
なんといっても洞窟衆の動きは、この周辺では注目を集めている。
そのおかげで、変化に乗り遅れないようにと周辺の諸国や部族から、競うようにして若くて優秀な人材を送ってくれるようになっていたので、ともかく求人に応じて集まってきた人材の質はそれなりに安心出来ることが多かった。
質的にはともかく、仕事量と比較するとそうして集まってきた人数だけではまだまだ心許なかったので、引き続き人材の育成を急ぐ必要が減じることもなかったが。
領内を管理するための法を作る。
その方針が間違っているとは思わないのだが、そうした法律は制定するのも、遵守するように徹底をするのにも時間がかかる。
こうした動きはそれの前段階として、ハザマがどのような方針で新たなルールを制定するつもりなのか、そのことを公に示すためでもあった。
この時点でハザマが絶対的に重視しろと示した方針は、あまり多くはない。
一言でいえば、
「領民や洞窟衆関係者など、内部構成員の保護」
ということになる。
具体的にいうと、労働条件が就労側に不利なものにならないよう、細心の注意を払い、同時に健康状態などについても保持するように努める。
この条件だけでは徹底するよう、指示していた。
他の平地諸国とは違い、ハザマ領は経済的に見ると、土地の生産性にあまり依存していない。
つまり、それだけ人材の働きから得ている収益が多いわけで、その元となる人材を大事にしないわけにはいかないのであった。
事実、賃金水準を比較すると、ほとんどの職種において領外のそれよりは領内の賃金の方が高くなる傾向にある。
賃金が高くなれば労働の効率や質の方も、自然とそれなりの物が要求されるわけであるが、今の時点ではこの点でも洞窟衆の関係者はその要求によく応えてくれているようだった。
いや、洞窟衆の内部ではどの業種も総じて多忙であり、日常的に大量の仕事を短時間でこなす必要に迫られているので、自然と効率的な仕事の仕方を日々工夫し、結果として領外の同業者よりは大量の仕事を同じ時間内にこなせるようになっているらい。
特に流通方面においては、馬などの家畜や人力、それに河川を利用した水運などを連携させ、目的地がどこであろうとも常に最短の時間で必要な荷物を確実に送り届けるような機構が整いつつある。
これは度重なる戦乱を潜り、現在も森東地域へ兵糧などを送り届けているうちに、物流のプロともいうべき存在がまとまった人数で育っていたせいといえた。
こうしたロジスティックのプロたちは、これまでと、それにこれからの洞窟衆の活動を支える、大きな要因となっている。
彼らの存在がなければ、これまで洞窟衆や冒険者ギルドが関わってきた数々の軍事行動は不可能であったはずなのである。
それ以外にも、脚光を浴びる機会こそほとんどないものの、着実に自分の仕事を黙々とこなしていく各業種のプロが洞窟衆の保護下において多数、育っている最中であった。
ただ、そうした洞窟衆内部の各部門は、必要な機能を求める余り、それこそかなり自己流の進化の遂げている部分もある。
同じ業種であっても、洞窟衆外部のやり方とは大きく異なってしまっていることも多く、そのことが原因でトラブルとなることも多いようだった。
洞窟衆なりハザマ領なりだけがこの世界に存在しているならばいいのだが、現実はそうではない。
洞窟衆などはこの世界を構成する雑多な要素の中のごく一部に過ぎず、いかに洞窟衆のやり方が効率的で優れていようとも、協同で作業するときにはそれなりに相手に合わせる必要がある。
そして、洞窟衆の活動はだいたい国境などの境界線を意に介さずに超えていく傾向があり、そうして外部の人たちと協同して動く機会はかなり多かった。
いや、現実的には、常態化していた。
この、洞窟衆関係者と外部とが交渉をする機会に、摩擦をより少なくするようにルールを定める仕事も、今回の組織改革に含まれている。
そのおかげで領主室からもかなりの人間を各地各部門に派遣をして実情を調査させているところだった。
そうして各部門に派遣された職員たちは現地での詳細な聞き取りを行い、同時に必要と判断をすればなんらかの提案を行ったり、内外に摩擦があればその折衝役も務める。
かなり多様な、その場で臨機応変な対応が求められる役目であったが、自分たちだけで解決不能な問題を見つけたら即座にハザマたちが居る領主室へ連絡するようにともいってあったので、これまでのところは大きな問題は起こっていない。
むしろ、そうした職員を派遣した各所から、
「中央がそこまでおれたちのことを気にかけているのか」
的な反応が来て、これについてはハザマとしては苦笑いを浮かべるしかなかった。
この世界の役人とは、一方的に税を徴収し賦役を課すだけであり、領民のためになにかをするという例はあまりないようだった。
領主の側にしてみても、その他の問題で手一杯であり、そうした細かいことまで面倒を見ている余裕がない者が大半なのだろうな、と、ハザマは想像をする。
とにかく、細かく内情を調査し、個々の当事者から直に聞き込みまでして問題解決に力を尽くすハザマの方針は、各部署ではおおむね好意的に受け止められているようだった。
そうした問題が実際に解決するためには相応の時間を要するわけであるが、そうした手立てを尽くしてくれる領主というのがこの世界ではまだ珍しかったようである。
それと平行して、ハザマはいよいよ身を固める準備も整えなくてはならなかった。
ルシアニアに建設する予定の離宮について、その周辺も含めて頑強な塀で囲んでしまったらどうか。
という提案が以前に出されていたが、これについて、ハザマは熟考の末、採用をしないことにした。
「王都の巨人騒ぎを見ても明らかなように、物理的に堅固なセキュリティを用意しても、それを破る方法を考え実行するやつは必ず出てくる」
その決定について、ハザマはそのように説明をした。
「警護を固めるのはいいにしても、その方法は物理的な要害を建設することではなく、もっと柔軟に対応できる人間を一定数揃えて配備することを優先するべきだな。
定常的にそうした護衛を配備することにすれば、求人もそれだけ必要になるわけだし。
いや、それ以前に、ルシアニアは今後、多くに国々から来た人たちが行き交う文物が交わる交通の要衝地となる。
そのルシアニアに人の通行を妨げる城壁を築くのは、どうみても野暮ってもんだろう」
ルシアニアに離宮を作るのはよしとしよう。
必要な物だというし、それ自体が悪いわけではない。
しかしそうした離宮は、威圧的な物であってはならない。
というのがハザマが熟考した末に出した結論だった。
「高く壊しにくい壁を作るよりは、敷地を広くとって、見晴らしをよくしてみろよ。
だだっ広い場所の真ん中に離宮があれば、その離宮に忍び込もうとするやつの姿も目立つし見つけやすい」
ルシアニアの離宮について、ハザマがつけた注文はこの、
「威圧的な壁で囲うな」
という、ただ一点のみだった。
これについて、マヌダルク・ニョルトト姫からもメキャムリム・ブラズニア姫からも異論は提出されなかった。
彼女ら貴人にしてみれば、警護の都合などを考えるのは下々の仕事であると、そう割り切っているのかも知れない。
そうした準備を進めるのと同時、ハザマは外部に向けて自分の婚約についても明らかにした。
定型文を周辺の諸国や部族に向かって送っただけであったが、これについてはやはり定型的な祝辞が返ってくる程度であり、これといって変わった反応はなかった。
内心で思うところはあっても、表だって非難をするわけにはいかないのだろうな、とも、ハザマは思う。
正妃のリンザについて、外部勢力が注目している様子はなかったが、マヌダルク姫が所属するニョルトト公爵家とメキャムリム姫が所属するブラズニア公爵家とは、いち早く王国からの分離独立を宣言した家でもあった。
さらにこの二つの貴族領とハザマ領とは、王国と山地の交通を完全に遮断するような格好にもなっており、この三つの領地が完全に結びつけば、王国は山地との交易から完全に閉め出される。
各国の要人で、そのことに気づかない者はいないはずであった。
この事実はまた、今後周辺諸国の力関係に大きな変化を与える要因にもなるはずであり、表面的には静かでも、周辺諸国に内部では様々な憶測や計算がなされ、かなり忙しく意見交換が行われているのではないかと、ハザマなどは想像をする。
婚約について公式に発表したとはいっても、実際の婚儀を行う日時についてはまだ決まっていない。
内部の情勢がまだ落ち着かないということもあったし、それにハザマ領の王国からの独立と帝国への所属などの大事も控えているのだ。
どこまで準備を進めれば婚儀を行えるのかという判断は難しいところであったが、正式に婚約発表さえしてしまえば少しくらい間が空いても問題はないだろうと、ハザマは認識をしている。
その他に考えるべき事が多かったので、このことについてハザマはあまり深く考えていなかった。




