エルシムの解決法
要するに今回の件は、ハザマとリンザ双方が、相手の考えていることを理解出来ていないから起こっているのではないか。
エルシムはそう考える。
まずハザマは、女性に対して多くを望んでいない。
さらにいえば、性別を問わず他人に多くを期待していない。
異性や結婚相手にしても望むところはほとんどなく、せいぜい世間並みの常識さえ通用すればいい、くらいにしか思っていないのではないか。
今でこそ洞窟衆の首領に収まっているものの、ハザマは基本的にほとんど自分の体ひとつでこちらに現れた存在である。
そのためか、一般的な意味での欲心が薄い。
地位や財産などの世俗的な欲望の他、異性にむける関心についても、これは当てはまった。
バジルに由来する特殊能力があればどこへいってもやり直せる、という自信も、そうした他への依存心を薄くする要因になっているのかも知れない。
周囲の環境がどう変わろうが、あれはあれで起立している存在でしかない。
というのが、エルシムから見たハザマの個性だった。
相手が誰であろうがハザマが伴侶の尻に敷かれて苦労している光景を、エルシムは想像が出来なかった。
多分、あの男は、恋人なり女房なりが誰であり、なにを望もうが平気で聞き流すのではないか。
誰かのいいなりになることはなく、自分の考えていることに都合がよければその願いを聞き入れ、相手が誰であろうと決して媚びることはない。
決定的に意見を違えることがあれば、その時は肩でも竦めてさっさと決別をし、袂を分かつだけ。
そんな冷淡さを、ハザマという男は秘めている。
自由といえば自由ではあるのだが、それだけ色恋沙汰には向いていない性格であるともいえた。
そんなハザマが伴侶なり異性なりに望む資質といえば、せいぜいが、
「対話が可能な相手であるかどうか?」
程度のことではないのだろうか?
ともかく、あのハザマという男は、相手が誰であろうが、他人にはほとんどなにも望まない人間なのである。
逆説的だが、だからこそ多くの才能が洞窟衆に引き寄せられた、という側面もあった。
ハザマが洞窟衆の首領である限り、洞窟衆という組織はあまり文句や注文をつけず、職人やその他の才能が自由に動ける環境を提供していた。
つまりは、なにがしかの物を作る人種にとっては理想的なパトロンであったわけで、こうした性質はハザマが、
「失敗して元々、多くは望まない」
という条件の下で、多くの実験を進めさせていたことも原因となっていた。
多くを望んでいないからこそ、成果を出すことを焦らず、資金提供も渋らず、試行錯誤も厭わない。
現在、洞窟衆という組織の体質となっている、こうした性質は、結局はハザマ個人の、ある種の冷淡さに由来している。
奇妙な諦めのよさ、というか、とにかくハザマという男は、なにかにつけて他者に期待することが極端に薄いのだった。
そんな人間が、どうしてまともな色恋沙汰を起こせるというのか?
一方、リンザの方はというと、エルシムにはよく理解出来ない面も多々あった。
あの年頃の娘らしい、色恋沙汰に対する憧憬のような物は、多分、持っているだろう。
ただそちらの方面は、エルシムにはうまく想像が出来ない。
そもそもヒトとエルフとでは、寿命が違うし、精神構造もかなり違う。
なまじ姿が似通っているからか類似性ばかりが目立つのだが、中身は、物の感じ方や見方はまるで違うのだ。
そのため、内面の深い部分を詳しく想像するのは難しいのだが、それでもエルシムが見る限り、リンザはそうした異性への憧憬よりも、もっと切実な願望を持っているのではないか。
ハザマ自身は、おそらくは洞窟衆という組織には、そんなに強い拘りを持っていない。
無論、失敗をするよりは成功する方がいいと思っているし、そのためにも尽力をしているわけだが、それは別として、結果としてなにか大きな判断ミスをして洞窟衆と組織が崩壊したとしても、さして悲しむことはないのではないか。
すぐに諦めて、どこか別の土地へと移動してすべてをやり直す。
また洞窟衆のような組織を立ち上げるのか、それともまったく別の方法でこの大陸に適応しようとするのか、そこまではわからなかったが、ハザマが失敗を恐れてもいないし、悔やんだりもしないであろうことは、エルシムにも想像が出来た。
そうした、根本的な部分である種の冷淡さを抱えているハザマとは違い、リンザは洞窟衆という組織に大きく依存をしている。
その存在によってこれまで生かされてきたといっても過言ではないし、多くの時間と労力を洞窟衆のために費やしてもいる。
年端もいかないヒト族の小娘としては、かなりの物を洞窟衆に捧げてきた存在。
それが、リンザということになる。
ハザマの補佐として、本来なら学ぶ機会もなかったような難しい知識なども必死で詰め込み、どうにかその地位に相応しいだけの能力を身につけてきた過程を想像してみるに、それこそ涙ぐましい努力を重ねてきたのではないか。
しかし、リンザの方はそれだけの情熱を傾けてきたというのに、ハザマの方は冷淡なのだ。
なにかにつけて。
ハザマは、洞窟衆という組織の中心に居る存在なのである。
それだけ頑張ってきたリンザに対して、労ったり認めたりした様子がまるでない。
いや、ハザマにしてみれば十分に認めているつもりなのかも知れなかったが、それをリンザ当人の前で現す機会はそんなになかったのではないか。
ハザマにしてみれば、どんな努力も、
「本人がそうしたいからやっているんだろう」
と流して、それで終わる。
洞窟衆という組織に対して重い思い入れをしたことがないハザマにしてみれば、リンザのように、洞窟衆という組織の存続を願い、多大な努力を重ねてきた人間のことが、思いが、理解出来ないのだ。
これでは、うまくいくはずがない。
一般的な色恋沙汰とは少し違うのかも知れないが、リンザの思い入れは過剰なほどであり、対するハザマの方はひどく淡泊だ。
このまま放置しておけば、絶対に噛み合うはずがない。
多分ハザマの側は、根本的な問題がどこにあるのかすら、認識出来ていないだろう。
さて、このような事態をどのように打開するべきか。
エルシムは熟考の末、ある方策を試してみることにした。
年始のこの時期、実家に帰っている職員が多いので、領主公館の中も普段よりは人が少ない。
それでも大勢の人間が必要に迫られて忙しく働いているのだが。
この変化の大きな時期、この領主公館もそれなりに多忙なのであった。
そんな中、エルシムは、案内も乞わずに単身で領主の執務室へと向かう。
バジルニアに帰還をしてからこの方、ハザマはそこに籠もって溜まっていた仕事を片付けていた。
どこか他の場所で遊んでいるような余裕は、ないはずなのだ。
普段エルシムは、領内開発の指南役をしている。
斜面の開発は難しい。
無闇に木々を伐採してしまっては、土砂崩れなどの自然災害を誘発してしまいかねかかった。
そうした災害を避け、ほどほどに切り開いても問題がなさそうな土地を示し、同時に過剰な開発を禁止していくのがエルシムの役割となっている。
ハザマ領は基本的に山がちであり、開拓可能な土地自体がかなり少ないのだが、だからこそきちんと統制をしていかないと、後になって悲惨な事態になりかねない。
そうなることを防止するのがエルシムの役割となっている。
そうした公務と平行して、エルシムは薬草の種類や加工法などを記した図鑑なども執筆している。
こちらは洞窟衆でも初の多色刷り印刷物として木版画として制作され、冊子の形で分冊されて順次刊行されていた。
実用品として、美術品として、内外でなかなかの評判であるそうだが、エルシム自身はそちらの仕事はあくまで余技であるとしか認識していなかった。
エルフであることに加え、この領主公館にも頻繁に出入りをする機会があったエルシムは、ここでも顔を知られていた。
だから、そのエルシムが単身で領主の執務室に向かっても、誰も見咎めることはなかった。
それをいいことに、エルシムは堂々と執務室の前にまでやってきて、その扉をノックする。
「ハザマ、いいか?」
中から返事が来る前に、そういって扉を開けた。
「なんだ、エルシムさんか」
机の上に広げた書類から顔をあげ、エルシムの姿を認めたハザマが、そう声を出した。
「それで、今日はなんの用件で?」
「少しばかり問題が発生しての」
エルシムは素早く執務室の中を見渡す。
都合のいいことに、リンザもハザマの机から少し離れた場所に座って書類を相手にしていた。
「リンザもおったのか。
ちょうどよい」
エルシムはそういって、リンザを手真似で呼び寄せる。
「お主も力を貸してくれ」
「わたしも、ですか?」
リンザは首を捻った。
「いったい、どんな問題が発生したのですか?」
「それについてはおいおい説明する」
エルシムはいった。
「少し込み入った問題だからの。
お主らふたりに少し力を貸して欲しい」
「今から、ですか?」
ハザマは渋い顔をした。
「これでもそれなりに忙しい身なんですが」
「つべこべいわずに立たぬか、たわけが」
エルシムに一喝をされ、ハザマの方もしぶしぶ立ちあがる。
「ふたりとも、肩に手をおけ」
エルシムは、そう続けた。
「これから三人で移動する」
「すぐに済む用件なんですか?」
ハザマは、不審そうな顔をしながらも、エルシムの肩に手をおいた。
リンザも、エルシムの肩に手をおく。
「それはお主ら次第だな」
エルシムは、そういうなり、取り出した転移札を破いた。
周囲の光景が、一瞬にして変化する。




