女性たちの会議
その後、ルアが各所に、ということはつまり洞窟衆内部の主要な女性たちに声をかけて簡単に事情を説明した後、ということになるが、とにかくその女性たちに意見を聞いてみた。
その結果、ほぼ全員の女性が、
「それはハザマが悪い」
と答えている。
見事なまでに、全会一致であった。
しかしハザマには、その自覚がないらしい。
それどころかむしろ、リンザの自主性を尊重していると、そんな風に思っているようだった。
『いや、それはないでしょう』
そういったのは、森東地域に居るトエスだった。
『リンザとしてはむしろ、男爵が自分を認めてくれてることを望んでいるのに。
自分の意思をはっきりする前に相手に下駄をあずけちゃうって、そりゃ、リンザだって困るし怒るよ』
『まああれは、女の扱いについてはからっきしだったからな』
こういったのは、エルフのファンタルである。
『相手の気持ちを慮るなどという器用な真似をあれに求める方が、むしろ無理筋であろう』
『それよりも、あれとリンザさんがいつまでも不仲ってのは、ちょっと拙いでしょ』
王都公館のカレニライナが意見を述べた。
『王国をはじめとして、各地が動揺しているこの重要な時期に、なんだってうちまでおかしくならなければならないわけ?
他はガタガタになってもどっしり安定しているのがうちの取り柄だったじゃない』
『領主公館の内部に動揺は見られるのでしょうか?』
スデスラス王国に留まって王女付き女性武官の育成に従事しているイリーナが訊ねる。
『今のところ、大きな動揺はありません。
つまり、業務に支障を来すようなレベルでは、ということですが』
ルアが答えた。
『ですが、皆、興味津々といった様子で事の成り行きを見守ってはおります』
『娯楽が少ないところですからねえ、あそこは』
タマルがいった。
『興味本位で済んでいるうちは、まだいいんですが。
今後、こんな状況が長く続いてリンザさんが本格的に見切りをつけて洞窟衆から離れてしまったら、ちょっと大変ですよ?
他に、男爵にあてがう女性を、それも、洞窟衆内外のみんなが納得するような人を見繕って男爵にあてがなわければなりません。
そうでないと、将来的に洞窟衆が外部の勢力の傀儡にされる可能性も出てくるわけでして』
『といっても、リンザ以外はなんらかの難があって駄目だって、前から結論が出ているでしょう』
王都公館勤めのハヌンが意見を述べる。
『エルフの誰かに頼んだら、今度は、あれの没後にエルフによる国作りになってしまうし』
『こちらとしては、それでもいいとも思うんだけど』
医局統括のムムリムがいう。
『でも、ヒトとエルフとではどうしたって寿命に差があるから。
エルフが洞窟衆を取り仕切るようになると、長期的には周囲の反発とか軋轢が多くなると思うのよね』
エルフは、洞窟衆の内部でも圧倒的な少数派である。
現状では貴重な知識を伝えてくれる存在として尊重されているのだが、そのエルフがヒトから見て永遠に思えるほど長い期間、大勢の人間の上に君臨するとなると。
それはそれで問題が生じると、そう見るべきであった。
自分よりも優れた存在に、半永久的に見守られることを素直に喜べるほど、ヒトという種族は精神的に成熟してはいない。
『ぶっちゃけ、リンザの方もまんざらでもないはずなんだよね』
トエスが、そういう。
『でないとここまで献身的に頑張れないはずだし。
ただ、男爵から求められるということがないと、心の底から納得出来ないってだけで』
『あの子はもっと自信を持っていいと思うんだけど』
今度はハヌンが意見を述べる。
『周囲の手助けがあったにせよ、ほとんど一人で、あそこまで登りつめたわけだから。
誰にでも出来ることではないし、女性であそこまでの地位と影響力を持った人って、ほとんどあの子だけじゃないかな?』
『洞窟衆以外の場所では、まず無理でしょうね』
イリーナがいった。
『ほとんどの国では、女性を要職に就ける前例がありませんから。
その意味でも、リンザさんの存在は洞窟衆の特殊性を外部に強調する役目も負っていると思うのですが』
『それもこれも、あれとリンザがくっつかないと意味がない、と』
ハヌンが、そう続ける。
『洞窟衆としては、あれに首輪をつけておかないと危なっかしくて仕方がないし、その役割にはリンザが適任。
でもそうするためには、あの二人をくっつけるためにはリンザに納得をして貰わなければならない』
『態のいい人身御供だな』
ファンタルがずばりといい切った。
『あれを放っておくとすぐに洞窟衆を離れるのではないか、という観測は間違ってはいないと思うが』
『今でもかなりうんざりとした様子ですからね、男爵』
トエスが論評する。
『なんとか義務感で留まってくれているような感じですが。
それも、いつまで保つか』
ハザマが現在の状況、責任のある立場に就いて多大な判断を求められている状況に飽き始めている様子は、彼女らの目から見ても歴然としていた。
昨年の失踪騒ぎは、こういってはなんだが、ハザマという個人にとってはいい気晴らしとなり、洞窟衆にとってもプラスに働いた側面もある。
ハザマという男は、いつか気まぐれにふらりと姿を消してしまうのではないか。
彼女たちから見ても、ハザマとはそんな、足元の不確かな存在なのである。
しかし今の状況で、ハザマという求心力を失ってしまったら。
洞窟衆としては、かなり困る。
ここまで組織として大きくなり、多種多様な事業を並行して行っている洞窟衆が空中分解をしてしまうと、その影響はかなり甚大な物になるはずだった。
分裂の途中で各地の勢力と洞窟衆から脱落した勢力とが結びつき、他の勢力と紛争などを開始したら。
今では洞窟衆もかなり広範な地域に散らばっているので、そうした事態が起こり始めたらそれこそ誰にも収拾がつけられない。
戦乱が戦乱を呼び、これまで平和的に利用されていた洞窟衆発の技術がその逆の方向に乱用されることが当たり前になる。
彼女らとしては、そんな事態は、どうしたって避けたかった。
結婚して家庭でも持てば、落ち着くのではないか。
一般的にはよくいわれるこの言葉が、これほど深刻に受け止められている事例も、ちょっと珍しい。
彼女たちの目的は、洞窟衆という組織をもうしばらく、少なくても後数年は安定して活動させて欲しいということに尽きる。
ハザマという男はあれで義理堅いところがあるらしく、これまでは献身的に自分の仕事をこなしてくれているが、性格の根本的な部分で危ういところがあると、彼女たちは観測していた。
直前までのハザマの不在時に、なんとか洞窟衆という組織を無難にまとめあげていたリンザの存在は、彼女たちからもかなり高い評価を得ている。
彼女たちがリンザと同じ立場だったら、リンザと同等の仕事が出来ているのかかどうか。
これはかなり怪しい、と、彼女たち自身が判断していたからだった。
無論、そのリンザとて常に万全、完全な判断をしていたわけではない。
しかし、洞窟衆という巨大な組織の舵取りをどうにかやり遂げた精神性は、誰にでも真似が出来るものではないのだった。
ことに、洞窟衆は他の国々とは違い、ハザマというかなり異例の個性が核となって、はじめてまともに機能をするような、かなりいびつな組織である。
王族や貴族のように、歴史的な由来がある権威もなく、外部の勢力はハザマと洞窟衆のこれまでの事績を評価し、敬意を払ってくれていた。
そのことによって、はじめて対等の取引が成立しているところもあり、そのハザマが不在のおりに、ハザマの帰還を露ほども疑わずに日々の業務を遂行し続けたリンザの評価は、少なくとも洞窟衆の女性たちの中ではかなり高かった。
そんな重圧に耐えきれる人間は、そうそう存在していないのである。
彼女たちがリンザをハザマの正妃に据えようとしているのは、リンザのそんな実績によっていた。
これからの洞窟衆が必要とするハザマの伴侶は、リンザのような人間であると。
『いっそのこと、リンザが駄目ならイリーナさんとかどうですか?
代わりに』
トエスが、そんなことをいい出す。
『え?』
イリーナは、覿面に狼狽えた。
『わ、わたしはいいですよ。
遠慮します。
そもそも、政治向きの判断なんてちっとも出来る気がしませんし。
男爵の愛妾とかならともかく、正妃は無理です』
そんな感じで、他の誰に振って、即座に断られている。
単純な色恋沙汰とは違い、「ハザマの正式な伴侶」という社会的な地位も含めて判断するとなると、誰もが尻込みするのが現実だった。
彼女たちはその大変な役割をリンザに押しつけようとしているわけで、その意味ではファンタルが「人身御供」という表現は、それなりに的を射ている。
『いつまでもこうしていても、埒があかんな』
しばらくして、エルシムが名乗り出る。
『要は、ハザマのやつをその気にさせればいいのだろう。
どれ、ちょっとあれを説得してくるか』




