口論の理由
「外からどう見えるのか知らんが、おれはおれで好き勝手にやっているつもりだがな」
ハザマは、そう続ける。
なんの衒いもないハザマの本心であった。
洞窟衆の首領としてあるいはハザマ領の領主として、必要不可欠な仕事について手を抜いているつもりはなかったが、それ以外の部分ではかなり勝手気ままに振る舞っている。
ハザマはこの世界に来てからの自分の振る舞いを、そう自認していた。
「とにかく、組織のために自分を押し殺す、忍従するなんて真似を、このおれがするわけないだろう」
ハザマは、そう結論する。
多少の不自由は、これは仕方がない。
今のハザマは、なりたくなってそうなったわけではないが、それでも公人なのである。
その公人としての仕事を放り出してしまったら、誇張ではなく何十万という単位の人間に迷惑がかかってしまう。
流石のハザマも、そこを無視してまで自分の欲望を追求するほどに傍若無人ではない。
それだけのこと、たかだか優先順位の問題、なのである。
実際、自分以外にもっとその仕事をうまくこなせる人材がいたら、ハザマはすぐにその人材にその仕事を丸投げしていた。
洞窟衆が業務を拡大していく速度が想定外に速すぎて、その丸投げできる人材がなかなか育たないのが問題ではあるのだが、これは周囲の環境のせいであってハザマの責任でもないし、ハザマが自主的な判断で選択をした結果でもない。
どちらかというと、ここまで不都合な要因が積み重なっている今になっても洞窟衆の活動が破綻していない。
その事実の方が、驚きなのである。
これはハザマという個人の功績などではけっしてなく、その証拠に秋口からごく最近に至るまでハザマが不在であった期間も洞窟衆はどうにか問題ない程度には機能していた。
洞窟衆傘下の人材が優秀だった、というのが、妥当な結論になるはずだ。
ハザマが現在やっている仕事は、そうした洞窟衆の人員の負担を減らすための布石に過ぎない。
長期的なことを考えればそうした仕事も必要にはなるのだろうが、今この時点で、短期的に作業効率をあげたり利益率を改善したりと、そういったわかりやすい効果がある仕事ではなかった。
また、現実にはともかく、心情的には洞窟衆の活動を他人事として観察しているきらいがあるハザマに、その手の仕事は適任であった、ともいえる。
「え?
でも」
ハザマの態度を見て、どうやら嘘をいっているわけではないと判断したリンザは、混乱をしているようだった。
「でも、結婚って、かなりの大事ですよ!」
「かも知れないな。
つまり、一般的には、ってことだけど」
ハザマは神妙な表情をして頷いた。
「だけどおれにいわせれば、こんな世界へ来て次になにをしでかすのか予想がつかない洞窟衆なんて組織の最高責任者をこの自分がやっているって事実の方が、よっぽど信じがたい」
ハザマにいわせれば、
「結婚は誰にでも、それこそものの弾みで出来るものだが、巨大組織の責任者をものの弾みで出来るやつはそんなに居ない」
ということになる。
すでに後者をやっているハザマにしてみれば、いまさら結婚ごときで騒ぐのも、それこそ、
「なんだかなあ」
という気分なのであった。
それに、この世界の有力者同士の結婚は、政略結婚が自明視されているがゆえに、形さえ整えておけばいいという側面もあるらしかった。
相手が気にくわなかったら公然と家庭内別居をしていても誰からも文句をいわれず、さらにいえばなんらかの事情により離婚をすることになったとしても、ハザマ個人が負うべきペナルティはほとんどない。
ともかく、ハザマとしては自身の婚姻についてそこまで深刻に受け止めてはいなかった。
これまでだってそうだったように、
「なるようにしかならないさ」
程度の感覚である。
ハザマにいわせれば、この世界に来てから経験したことのほとんどはその場のアドリブでこなして来ているわけであり、そのアドリブにまた新しい要素が加わる程度のことで、そこまで深刻に受け止める必要もないと考えていた。
その点、あくまで村娘の感覚が抜けきっていないリンザとは、いろいろな物の見方、受け止め方がことごとく異なっている。
そもそも異邦人であり、これまでに様々なことを経験してきたハザマが、自分の結婚や人生に対してそこまで真剣に考えているわけがないのであった。
その、物事の受け止め方差異をハザマの平然とした態度から感じ取ったリンザは、なにか真剣な表情で考えはじめた。
「つまり男爵は」
リンザはいった。
「ご自分の結婚をあまり重くは受け止めていらっしゃらない、と?」
「まあそうだな」
ハザマはあっさりと頷いた。
「三人も嫁さんが居れば、そのうちの何人かとは仲良く出来るだろうし。
いや、全員と仲良く出来るのが、ベストではあるんだろうが」
「それ、最低ですね!」
リンザはハザマに食ってかかる。
その嫁さん候補の一人であるリンザからしてみれば、反発するのも当然か。
と、その反応を見たハザマは思った。
「勘違いをして欲しくはないんだが、おれだってみんなとうまくやっていきたいとは思っているんだよ」
ハザマは、とりあえず弁明を開始する。
「結婚をする以上、仲良くする努力はするつもりだし。
ただ、こういうものは実際にやってみなければどうなるのか予測できない部分が多くて……」
「つまり男爵は!」
リンザが指摘をした。
「公人としての立場を第一に考えて好きでもない女性と婚姻関係を結ぼうとしているわけですよね!」
「いわゆる恋愛的な意味で好きなのかどうかはわからんが」
ハザマは平然と答えた。
「三人とも、少なくとも嫌いではないな。
女性として、というよりは、人間として、という意味でだが。
その先は、うん。
実際に試してみないことには、なんともいえん」
この人は。
と、リンザは思う。
本音では、あるのだろう。
だがそれを、一応「嫁さん候補」のうちの一人であるリンザの前で口にするだろうか、普通。
「だ……」
「お前だってさ」
口を開けかけたリンザにむかって、ハザマは、どこか間の抜けた表情をしてリンザに問いかけた。
「別のおれに、男として異性としての魅力を感じているわけではないんだろ?」
「ないですね!
はっきりいって!」
リンザは声を大きくして答える。
「せいぜい、手のかかる身内程度の感覚です!」
「おれもそんな感じだな。
つまり、今の時点では、ってことだが」
ハザマは、そう続ける。
「前にもいったけど、おれはもう仕方がない。
こういういい方もなんだが、乗りかかった船ってやつだから、このままどこまで行けるものか、自分の目で確かめたいって気持ちがある。
でも、リンザ。
お前までそれにつき合う必要はないし、前にもいった通り、お前はここで降りても構わない。
お前にはお前の人生ってもんがあるし、それについておれがとやかく口を出す権限もない」
「あなたって人は!」
なぜか、リンザは激昂した。
「この期に及んでそんなことを!
黙っておれについて来い、くらいのことはいえないんですか!」
「いや、それ、パワハラでセクハラだろ」
ハザマは冷静な口調で指摘をした。
「仮にもおれはお前の上司になるんだし。
そういう地位とか力関係を盾にして無理強いするってのは、おれの趣味じゃあない」
「もういいです!」
リンザはそういって席を立った。
「あ、おい」
ハザマはそんなリンザに向かって声をかける。
「ここへ来た要件は?」
「忘れました!」
リンザはそういい残して足音荒く執務室を出て行った。
「この間は領主代行と派手にやり合ったそうで」
翌日、認可印を貰いに来たルアにそう囁かれた。
「派手に騒いでいたのはリンザだけだぞ」
ハザマは書類に目を通しながら、素っ気ない口調で返す。
「もう噂になっているのか?」
「その手の情報は広まるのが早い物で」
ルアの返答を聞いたハザマは、小さくため息をついた。
「詳しい内容まで広がっているのか?」
「領主代行はかなり大きな声を出していましたので」
なんだかなあ、と、ハザマは思う。
「まあ、ゴシップをおもちゃにするのもほどほどにしておけよ」
ハザマ自身も当事者であるわけだが、特に弁明をしようとも思わなかった。
というか、洞窟衆内部の者がハザマのことをどのように噂しようとも、その内容についてハザマは干渉をする必要を感じていない。
その程度のことにいちいち目くじらを立てていたら、それこそ時間と体がいくつあっても足りなくなるからだった。
「そういう冷淡な反応は、首領の態度としては正しいとは思うのですが、女性を怒らせた男としてはどんなもんですかねえ」
ルアは、意味ありげな視線をハザマに投げながら、そういった。
「早めに領主代行と会話をする機会を設けて、関係を修復する機会を作ってはいかがですか?
というか、是非ともそうするべきです」
「そうはいうがな」
ハザマはルアの顔を見据えてため息をついた。
「あれがなにに腹を立てているのか、まるでわからんのだ」
「ああ、なるほど」
ルアは、微笑みながら頷いた。
「あなたは、見事なまでの朴念仁なのですね」




