斜陽の理由
『年明け早々に各公爵家の筆頭を集めて御前会議が行われるようですね』
暮れも押し迫ったある日、アズラウスト・ブラズニア公爵が通信でそんなことを告げた。
『うちにも出席の打診が来ました。
命令の形ではないのは、一応、うちとしてはもはや王家とは主従関係にはないということにしているから、それを汲んでのことでしょうね』
「まあ、いろいろとありすぎましたからね」
ハザマは気のない返答をする。
「王国の周辺でも。
これだけの激動の時期に、公爵たちの意向を確認する意味もあるのでしょう」
まだ表沙汰にはなっていないのだが、王家は公爵領を王国の支配下から切り離すことを計画している。
王家にしてみれば、そうした主従関係を維持しているメリットが少なく、その割に負担が大きい状態からの脱却を目指している形だが、その逆に、公爵たちから見れば王国からリストラされたのも同然の措置となるわけで。
当然、反発も大きい。
つまり、公爵たちと王家の間は、ここのところ一種の緊張関係にあったのだが、その最中にグラウデウス公爵が事件を起こした。
その一件を辛くも切り抜けた王家の側から見れば、公爵家を放免するためのいい口実が向こうからやって来たような形となる。
下手に公爵家を優遇していると寝首を掻かれることにもなりかねない、という実例を、グラウデウス公爵が実演してくれたことになるからだ。
公爵たちにしても、王国の配下にある方がなにかと都合がよかった。
王家が背後に居ることで黙っていても権威が保証される点が一番のメリットであるわけだが、それ以外にも通商や外交、徴税など、統治活動を行う上での実務をこれまでは王国側がかなり負担をしてくれていたわけであり、それが独立領ともなれば、すべて自前で準備をして回さなくてはならない。
独立すれば王家への上納金もなくなるわけだが、そのメリットと比較してなにもかもを自領の内部で賄わなければならないとなると、その負担も決して馬鹿には出来なかった。
信頼出来る実務家の不在、あるいは極端な不足については、ハザマもこれまでに経験しているので公爵たちの不満もかなりありありと想像することが出来る。
ましてや、この難しい実勢にすべてを自分が抱えている人材だけで判断して政務を行うとなると、かなり不安にもなるだろう。
王家を盟主としてまとまっていれば、少なくともそうした不安はかなり減らすことが出来る。
国際的な力関係において、「数は力」というのは一定の真実ではあるのだ。
その数の優位を、王家は自ら捨てようとしている。
ハザマは直接確認をしたわけではないのだが、公爵たちもおそらくは大半が王国からの独立に反対するか、それとも不安に思っているのではないか。
無論、早々に独自の判断により勝手に独立を宣言したニョルトト公爵家とブラズニア公爵家を除いては、ということだが。
まあ、リストラをする側とされる側とが、すんなりと合意することはまずないわな。
と、ハザマは考える。
ましてや今回は、双方ともに相応の領地と影響力を持つ領主同士なわけで、駆け引きもそれなりに熾烈を極めるはずであった。
というか、土地本位の考え方しか出来ない領主ほど、旧来的な意味での権威に拘泥をするのではないか。
これまでは、生産性がほぼ農地の面積と一致していた。
農業が産業の主体であったから、国の豊かさを示す指標はほぼ耕作可能な土地の広さで示すことが出来た。
しかし今では、工業や商業などの比重が少し前までとは比較にならないほど大きくなっているし、それに、穀物を送るのと引き換えに山地から定量的に、大量の硬貨が流入して出回るようにもなっている。
産業がそれだけ多様化し、農業本位の指標が以前ほどには当てにならない状態になっているのだ。
そのことを察している領主とそうでない領主とでは、大きな差が出てくるだろうな。
と、ハザマはそう考える。
公爵領を切り離し、小回りが効く経営を目指す王国は、明らかに新しい潮流を意識してそちらに国の体制の方を合わせようとしてもがいている最中といえた。
それが無事に成功するのかどうか、今の時点では判断する材料が不足していてなんともいえなかったが、少なくとも意識の点ではそんなに誤った方向には向かっていない。
『その会議の場で、おそらくは次のグラウデウス公爵を決定することになるかと思います』
アズラウストはそう続ける。
『つまりは、現在空位となっている公爵位を誰に継がせるのか、ということですが。
順当に行けば、前の公爵の長子であったバグラニウス公子が公爵となるでしょう。
この難しい時期にグラウデウス公爵となることが果たしてめでたいことなのかどうか、難しいところではありますが』
「ああ、バグラニウス公子ね」
ハザマは頷く。
「何度か顔を合わせたことがあったな。
確か、外交官として王国に仕えている人だっけ?」
『公爵家の若い人間が王国の中枢で働くことは別に珍しくもありません。
今のアルマヌニア公爵も、つい先頃まで中央で官吏として勤めていましたし』
アズラウストはいった。
『バグラニウス公子も、形式的に取り調べを受けているようですが、普段から多忙な方ですから、例の公爵の件には関与していないでしょう。
なにより、王国の目が届くところで仕事三昧の生活を送っていた人ですから、そんなことをしている暇や余裕などはなかったはずです。
彼の身の潔白は早々に証明されるはずですが……』
「悪評といわくつきとなったグラウデウス公爵家を、今の時点で引き継いでもなあ」
ハザマは頷いた。
「苦労ばかりが多くて、報われることが少ないわな」
『彼も、このような形で公爵家を継ぐとは思っていなかったでしょうね』
アズラウストは、バグラニウス公子には同情的なようだ。
ま、ほぼ同年配で、公爵家の跡取り同士だし、それなりの交友関係ではあったんだろうな。
と、ハザマは一人で納得をする。
「そのバグラニウス公子も被害者の一人であることはいいにしても」
ハザマは続けた。
「そもそも、グラウデウス公爵が例の件を起こさなければそんなことにもなっていないはずで。
恨むのならば、自分の父親を恨むしかないでしょうね」
そうでないと、完全に逆恨みということになる。
さらにいえば、ハザマはそのバグラニウス公爵をその手にかけた仇ということになるわけだが、聞いている状態だと当のバグラニウス公子にしてもそこまで考えている余裕はなさそうだった。
今は、今後のグラウデウス公爵家の経営についてせいぜい頭を悩ませている時期だろう。
父親の腹心であった人たちはほぼ全員、王国に拘束をされて取り調べを受けている最中のはずである。
あるいは、残った部下や領民の中にも、グラウデウス公爵領から逃げ出す者が出ていてもおかしくはない。
そんな風にガタガタになった公爵家を継ぐ羽目になったバグラニウス公子の境遇について、同情心がわかないわけでもないのだが、ハザマは特になにもするつもりもなかった。
そもそも、バグラニウス公子なりグラウデウス公爵領なりを助けるべき義理も、ハザマはなにも持っていない。
『バグラニウス公子のことはさておき』
アズラウストは話題を変えた。
『おそらくその会議には、男爵も呼ばれるのではないかと。
なにしろ例の件でグラウデウス公爵に直接手を下したのはハザマ男爵になりますし、それに、ベレンティア公爵家を贈られることにもなるそうですし』
「別にこちらから欲しがったわけでもないんですけど」
ハザマはそういって頭を掻いた。
「こちらがいらないっていっても、向こうは承知してくれそうになさそうだしなあ」
『それはそうでしょう』
アズラウストは呆れたような口調でいう。
『王家にしてみれば、これ以上はない栄誉を与えているつもりであるわけですから。
ベレンティア公爵はその生涯を山地からの侵攻を防ぐことに捧げてきた英雄です。
その名をハザマ男爵に与えることには、大きな意味があります』
「うちに出す報酬に事欠いて、実態のない名誉を差し出しているのかと思った」
『そういう側面も否定できませんがね』
アズラウストはハザマの推測を無碍に否定することもなかった。
『ただ、それだけではないということも確かです。
今は実感できないと思いますが、ベレンティアの名は利用をする甲斐があるので素直に貰っておいた方がいいかと思います。
こういってはなんですが、王家は現在衰退中です。
公爵家を切り離した後は、ますます威勢を失い独立を守るだけでも手一杯になるでしょう。
その王家からの最後のはなむけだと思って、受けて止めてあげてください』
「今の王家って、そこまで危ないことになっているんですか?」
『今すぐに没落するってこともないとは思いますが』
バグラニウス公子はいった。
『公爵領を切り離した後、王家が栄えるべき理由も思いつきません。
直轄領と小領主との寄り合い所帯で、別に外貨を稼ぐような産業を持つわけでもない。
公爵領を切り離せば無駄な行事や儀式が減って、王家の支出もかなり減るはずですが、それで王国自体が興隆するというわけでもない。
王国中央の人々も、その後のことは考えているとは思いますが』
王家は王家で、難しい時期にさしかかっているようだった。




