年末の課題
その宣言をきっかけにして、その会合はお開きとなった。
細部の具体性を欠いていたとはいえ、これからの洞窟衆の方針が明示された形であり、この大まかな方針に従って肉付けをしていくのは関係各部署での判断によるところが多い。
ハザマの個性により洞窟衆は「現場の判断」がかなり重視される組織となっており、よほどの逸脱行為でもなければ後から非難をされるということもなかった。
仕事の性質によっては各部署間での意見調整が必要となってくることもあるわけだが、それは必要に応じて会談の場を設ければ済むことであり、この場で協議をする必要はなかったともいえる。
ハザマとしてはさらに押し進めて、今回のようにハザマが長期間不在であっても特に支障なく運用が可能な柔軟性を持つ組織にまで育てたいところであったが、通常の日常的な業務ならばともかく、大きな判断が迫られる場合についてはまだまだハザマのかわりに決断をしてくれるような人材は育っていなかった。
判断能力の問題ではなく、洞窟衆のためにそこまでの責任を負う覚悟を持った人材は、という意味で。
森東地域への干渉を決断したリンザなどは、かなり例外的な存在であるともいえる。
もっとも、決断をする覚悟とそうした判断が適正な物であったのかという評価はまた別問題であり、森東地域の件についても、正当な評価を出せるのはもう少し時間が経ってからのことになるだろう。
それに、決断の成否といったら、ハザマ自身だってかなり怪しい。
これまでのところ、結果として大きな間違いはしでかしていないわけだが、そもそもハザマは指導者としての教育を受けたことがない。
政治的な判断についていえば、素人もいいところだ。
少なくとも、ハザマはそう自認をしている。
現実問題として洞窟衆の首領としてこれまで何度か大きな判断をすることを迫られたことがあったわけだが、その判断が大きく誤っていないと受け取られているのは、ひとえに結果論としてそれなりにうまい着地点を見いだせたからに他ならない。
運もあるだろうが、それ以上にたまたま洞窟衆に参入してきた人たちがハザマの時に予想を超えていい結果を出して来た成果でもある。
どう間違ってもハザマは、
「自分自身の能力が優れていたからだ」
的な勘違いはしておらず、周囲の環境とそれに元の世界の知識をうまく適合できた結果であると、そう解釈していた。
だから森東地域の問題についても、今の時点では洞窟衆だけで解決をするのには面倒を見るべき範囲が広すぎ内情が複雑すぎるとしか判断が出来ないわけだが、それでもこの程度の困難はこれまでにも何度か経験をして来たし、地道に活動をしていけば徐々に状況はよい方向に向かっていく、とも思っている。
結局、世評などという物は結果が出てからくだされる物でしかなく、そして結果というのは途中の経過によっていくらでも好転させることが可能な代物でしかない。
ことに今の洞窟衆は、これからハザマ領の王国からの完全独立、帝国との提携などのイベントを控えている。
今まで以上に自由に、動きが制限されなくなるということで、このことにより現状よりも遙かに大きな影響力を持つことになると予想された。
今の洞窟衆にとって困難な事業も、今後の、将来の洞窟衆にとっては必ずしもそうではない。
ということも、十分にあり得るのだった。
今の段階でも、森東地域への干渉を開始した洞窟衆の判断を信じて、周辺諸国の民間資本が森東地域へと流れ込んでいるそうだし、ことによると他の国家もそれに続くことも十分にあり得た。
基本、役人という連中は腰が重い物だし、民間の動きの方が先になるのは別に不思議ではなく、このまま森東地域の混乱を放置しておけば、この周辺の諸国にとっても都合の悪いことが起こりはじめるはずだということは、多少事情を知っている者にしてみれば否定を出来ない事実なのだ。
ただ、森東地域を完全に静かな状態にするためには途方もなく膨大なリソースが必要であることも明白であり、これまでは明らかに損害が大きくなる先鋒を誰も務めたくないので、みんなが手をこまねいていただけのことであり。
誰もが手出しをすることを躊躇している中、洞窟衆が真っ先に手を出した形であり、見ようによっては多大なリスクを覚悟した上であえて国際的な秩序を保とうとした、ようにも見えるだろう。
ともかく、短期的に見ればかなりの損失を出すことは確定なのだが、長い目で見ればそんなに間違った選択であるともいえず、なにより人道的な見地から見れば絶対に正しい判断のはずなのだが。
「そうした詳細を、どうリンザに説明したもんかなあ」
誰も居なくなった執務室の中で、ハザマは、小さく呟いた。
「順を追って説明をすることは出来るけど、あれはどうも考え過ぎるところがあるからなあ。
下手をすると、
「リンザは悪くない」
という結論ありきでそうした説明をでっち上げた、と、そんな風に受け止められる可能性もあるのだった。
どうもリンザは、自分の判断能力に対して懐疑的になり過ぎる傾向がある。
開拓村の出身であることを過剰に意識しすぎているせいだとは思うが、ハザマにいわせれば一年以上にも渡ってハザマのそばでこの世界の国際政治の現場に身を置いているわけであり、その短い期間の間に洞窟衆は何度も大きな決断を迫られている。
かなり激動の時代の中で第一線の歴史的な事件を、首脳部の目線から見てきた形になる。
ハザマの肩越しに見てきただけとはいってもそれほど濃厚な体験をして来た人物はかなり希なはずであり、事実、リンザは領主代行として、ハザマが不在の間もつつがなく洞窟衆最高責任者としての任務をまっとうしている。
ハザマは、自身のこともあって、「政治的な判断」に「特別な資質など必要がない」と思っていた。
無論、判断をくだす対象について、詳細な情報を知っていなければ判断を誤りかねないので、その点では注意が必要であったが、そうした細かいことはそれこそ専門家に任せておけばよく、責任者が行うことは大まかな方針を示すことと、それに部下の行為や結果に対して責任を持つことでしかない。
ハザマ自身のことならば、
「責任はおれが持つから、現場の判断で好きに動け」
とだけいって後は結果が出るまで放置しておくだけのなのだが、リンザはどうもそうした豪胆さ、いいかえれば無神経さとは無縁のタイプのようだった。
「さて、どうしたものか」
ハザマは、例の結婚のことと合わせて、今後のリンザの扱いについて考える。
実に、フォローがしにくい状況なのだった。
グラウデウス公爵の件から数日が経過すると、王都から続々と報告やらなにやらが届きはじめる。
あちらはあちらで、かなりの騒動に発展しているようだった。
いや、重臣である大貴族が王族に対して造反したともなれば、当然そうなるわけだが。
まず、例の巨人による被害対策についてだが、スデスラス王国を発った治安維持軍は洞窟衆が仲介して王都の外にある農村に分散して駐留、そこから支援物資の搬入と被害地域への支援活動を開始した。
それと並行して、王都内の貴族たちも示し合わせて被害地域の片付けと、それに被害を受けた領民への支援を継続して行っている。
王城も同様に、王城内部を解放し積極的にそうした避難民たちを援助していた。
瓦礫の撤去などの物理的な被害に対する後始末はそれなりに進んでいるようだったが、年末ということもあり、職場を破壊された領民への対策は思うように進んでいない。
特に下町地域は日雇いの人足やそれとたいして変わらないような下級職人が多く、仕事場や仕事道具を壊されたらそのまま日銭を稼ぐ道も絶たれてしまう。
そうした、かなり逼迫した領民に対して、継続した仕事を仲介が可能な機関は事実上、洞窟衆くらいしか存在しなかった。
そうした報告に目を通すにつれ、ハザマは、
「災害への備えは意外に薄いんだなあ」
と、そんな風に思う。
思い返してみれば、地震や台風などの自然災害について、この世界に来てから身近な話題として耳にしたおぼえがなかった。
気候不順などによる凶作はあるようだが、王国周辺は、地震や台風などはほとんどない地域なのだろう。
数百年に一度あるかないかという地震のために備えを厚くするわけもなく、そのための支援も自然と遅れがちであった。
領地の半分以上が山の中にあるハザマ領では、エルフたちの助言により自然災害に備えて食糧の備蓄その他、それなりの備えがしてあったが、こうした場所は周辺諸国の中ではどちらかというと例外的であるらしい。
政治的な判断でいえば、王家はグラウデウス公爵家の領地を半分以上没収すると、早々に公示した。
平行して、今回の件について、グラウデウス公爵に協力した者を捜索し、一人残らず捕縛するつもりでも、あるようだ。
通常、公爵家に対してここまで厳しい処分がくだされることはなく、ましてや、公爵領の内部にまで司直の手が直接的に伸びることはないのだが、今回の場合、グラウデウス公爵はやり過ぎてしまったらしい。
この件に関わることがなかったグラウデウス公爵領の人々に取っては不幸な巡り合わせであり、とばっちりもいいところなのだが……これはまあ、仕方がないわな。
と、ハザマも思う。
あれだけのことをされてなあなあに出来るほど、王家も甘くはないだろう。




