年末の相談
「そうですね」
ハザマはマヌダルク姫の言葉に頷く。
「火急の問題ではないが、準備をはじめるのは早い方が混乱は少ないのか」
そもそも外部への牽制という意味でなら、
「結婚が決まった」
という報告をするだけでも、十分に用が足りるのである。
ハザマ領とニョルトト公爵領、それにブラズニア公爵領との結びつきが強くなったことと、それにこれ以上、ハザマ個人に嫁候補を斡旋するためには相応の口実なり必然性なりをアピールする必要が生じることなどが、その報せだけで十分に伝わる。
「外部への対応としてはそれでいいとして」
ハザマは、そう続ける。
「実際に結婚するとなると、いろいろと大変なんじゃないのか?
具体的にどんなことを準備しなけりゃならないのか、おれは知らないけど」
この世界における貴族同士の結婚について、当然のことながらハザマは詳細をまるで知らない。
どこかで籍をいれてそれで終わり、などという簡単なものではないことだけは確かなはずだが。
「いずれ時期を見て盛大に式をあげる必要があります」
メキャムリム姫が説明をはじめた。
「これはお披露目も兼ねているので関係する諸侯に招待状を出し、つまりそれなりの身分のある人々が大勢集まる形となります。
それだけに、警戒を厳重にする必要も出てくるわけでして……」
「金がかかりそうだなあ」
ハザマがため息混じりに呟く。
「そんなところで散財なんてしたくはないのに」
「それについては、そういうものだと思って諦めてください」
タマルがそういった。
「それと、その場では関係のない下々の者にも大量の食料や酒などが振る舞われることになっています。
あれやこれやも含めて、洞窟衆が溜め込んできた財貨を吐き出すための機会だと割り切って貰うしかありません」
「ま、戦争だの内乱だの、くだらない理由で散財をするよりはいいか」
ハザマは、そんな風に納得をすることこにした。
「なにより、平和だしな。
どこかの神様に誓約とかをする必要がないのか?」
「そうする場合もあります」
今度は、ルアが答える。
「つまり、婚姻を結ぶ当事者がどこかの信徒であれば、ということですが。
ただ、平地諸国の貴族は特定の衆派に肩入れすることを避ける傾向があるようですね。
おそらく、依怙贔屓と見做されて治政がやりにくくなるからでしょう」
この世界の宗教事情は、割と混沌としている。
特定の衆派が一強状態にあるわけではなく、極めて限られた地域なり階層なりでしか信徒を集めていない衆派から比較的広範囲に信徒が分布しているヘムレニー教団のような例まで、大小様々な信仰が併存しているような状況だった。
そして、少なくともこの周辺の諸国では、そうした宗教と政治とが結びつくことを避ける傾向にある。
多分、政教一致とかやり出したら、かなり面倒くさいことになるという経験から、そういうことになっているのだろう。
だから、王侯貴族たちにしても、個人的に特定の信仰を持つことはあっても、それを公人の立場で表明することはなかった。
公的な立場を利用して特定の衆派に肩入れをすることを、タブー視する傾向があるようだった。
その意味で、ハザマの世界の過去とはかなり様相が異なっているわけだが、それはそれで、事態があまり複雑にならなくていい。
と、ハザマは思う。
結婚するためにどこかの宗派に組み入れられるというのも、ハザマとしてはあまり歓迎したくはなかった。
「とにかく、あれやこれやでかなりの準備が必要で、金もかなりかかるというわけだ」
ハザマは、これまでのやり取りをまとめる。
「なにしろ男爵と公爵家令嬢二人の婚礼ですから、それなりに盛大な物にしておかないと格好がつきませんからね」
タマルは、そういった。
「この際だから、ルシアニアのお披露目も兼ねてせいぜい盛大にやってやりましょう」
「ルシアニアの開発、そこまで進んでいるの?」
ハザマは訊ねた。
「なんだかんだで予定よりは少し遅れていますが、その遅れも想定の範囲内ってところですね」
タマルが説明をする。
「主要な建物は八割方完成しています。
これから内装その他に着手をして、使える状態にしていく形になりますが」
ちなみに、進捗が遅れた原因は森東地域への干渉など、予定外の事業に手を出したため物資や人手がそちらに回されたことが原因であるという。
「なんだかんだで、領内の開発をずっと手がけているわけですから、洞窟衆のそちらの部門は十分に有能ですよ」
と、タマルはつけ加える。
ハザマなどがあれやこれやの問題に首を突っ込んでいる期間中も地道に自分の仕事を続けていた人々が存在したわけであり、いや、人数からいえばそちらの方が断然多く、この世界では主流派であるとさえいえた。
そんな彼らにしてみれば、どこから現れたのかもよくわからないハザマなどは、かなり遠い存在であるのではないか。
ふと、ハザマはそんな風に思ってしまう。
とにかく、これだけ長い期間にわたって建築なり土木なりの現場が存在し続けたことにより、継続をして特定の仕事に就き、その仕事に熟練した者が相当数存在するということだった。
そうした者たちも婚礼の時までルシアニアに留まっていたら、振る舞いの酒なり料理なりにありつけることになる。
そう考えると、散財も悪くはないか。
と、ハザマは思った。
これまで領内で黙々と自分の仕事をこなしてきた人々に対して、ハザマと洞窟衆とは正当に報いることが少なかったのではないか。
などという思いが脳裏をかすめたためだ。
「で、具体的に、準備期間はどれくらい見ておけばいいんだ?」
ハザマは確認した。
「最短で半年前後。
余裕を見て十ヶ月ってところですかね」
タマルは即答をする。
「あんまり急ぎすぎて余裕がなさすぎても、なにかあったときに適切な対処が出来ませんし」
どうやら純粋に、作業の工数を予想した上で答えを導いているようだった。
タマルにしてみれば、そういう物なのだろうな。
ハザマは、内心で頷く。
実は、ハザマ自身にしても、認識としてはたいして変わりがなかった。
これからも洞窟衆の活動を続けるに当たって、結婚しないよりはしておいた方がなにかと制約が少なくなりそうだったから。
ハザマが結婚を決意したのは、その程度の根拠でしかない。
無論、当事者であるマヌダルク姫やメキャムリム姫が、それぞれの思惑はあるにせよ、基本的にこの縁談を嫌がってはいない、ということが前提になっているわけだが。
「十ヶ月か」
ハザマは呟いた。
「それ以上に短くすると、どこかで無理が生じるかと」
タマルが応じる。
「妥当な線なんじゃないかな」
ハザマはいった。
「とにかく、細かい準備はそちらに任せるわ」
「例によって丸投げですね」
「そうそう。
丸投げ」
細かいところは現場の判断に任せるから、そのまま勝手に最善と思う手を尽くせ。
というわけである。
ハザマがよく使う手であり、タマルなども心得たものだったが、こうした裁量権が大きい指示に慣れていない、たとえば洞窟衆の外から来たばかりの者はかなり戸惑うことが多いようだ。
しばらく洞窟衆の仕事を手がけていると、すぐに慣れるようだが。
ハザマからすれば、成果さえ予定通りに整えばそれで十分なのであり、細かい部分にまで口を出していられるほどの余裕がないというだけなのだったが。
「そっちの方とルシアニアの開発、それに森東地域関係で来年はほとんど潰れそうだな」
ハザマが、ぽつりと呟いた。
「森東地域関係は、解決まで数年はかかると見越しておきませんと」
マヌダルク姫が指摘をする。
「その間、かなりの資材や人手を蕩尽することになります」
「わかっているよ」
ハザマは頷いた。
「一度拗れた紛争地帯を無理に平和な場所にしようとしているんだ。
一朝一夕で解決するような種類の問題ではないし、そちら方面の専門家を数十名単位で養成するなりしてじっくりと腰を据えてかからないと片付くものも片付かない」
「そこまでご理解をしているのでしたらいいのですが」
マヌダルク姫はいった。
「ただ、洞窟衆が無理に手を着けなければならない問題ではない、とも思いますね」
「地理的に、割合いに近いからなあ」
ハザマは、のんびりとした口調で続けた。
「火種がこっちに飛び火をしてくる可能性だって十分にあるし。
まあ、本当の大事になってから手を着けるよりは、今のうちから研究も含めて時間をかけて解決に臨んでおいた方が、確実ではあるんじゃないか?
今のうちには、それが出来るだけの余力もあるんだし」
「それと、投資先の問題もあります」
今度はタマルが指摘をする。
「治安維持軍の創設と洞窟衆の存在により、周辺諸国では、少なくともこれから数年というスパンでは、大乱が起こりにくい情勢になります。
その割に穀物価格をはじめとする物価は上昇する傾向があるので、今度はだぶついた現金の投資先を求める人が増えてくるはずです。
事実、いくつかの商会や両替商が洞窟衆の介入以降、森東地域への投資を開始しています」
「世の中が安定して、しかし変化が速い時代になると、それの変化に乗れる者とそうでない者との差が大きく広がってくるんだよなあ」
ハザマは、ため息混じりにそういう。
「その安定した中でも、貧富の差は確実に広がっていくだろう。
そうした変化の根源というは、だいたいおれたち洞窟衆になるんだが。
ともかく、にっちもさっちもいかくなった、時流から落ちこぼれた人々はこれからも積極的に拾いあげていくような仕組みは整えていってくれ」




