洞窟衆の目的
「筋道とはしてはともかく」
ハザマはいった。
「リンザの方がまだ整理がついていないようだから、もうしばらく冷静に考える時間をやってくれないか?
こっちではどうか知らんが、おれの居たところでは男女の関係は双方の合意がなければ成立しないということになっていたんだ。
その気になってもいない女を無理矢理嫁にするほど、おれも野暮じゃあないぞ」
これ以上は議論をしても無駄。
というより、この場で大事なのはリンザが納得をすることであるわけで、周囲が必然性だのを持ち出して議論することではない。
それよりも今は、リンザに考える時間を与えることの方が先決であると、指摘をした形である。
「それもそうですね」
ルアはあっさりと引き下がった。
「準備の関係で結論を急いだ方がいいことは確かですが、別に今すぐにはっきりとさせなければならない問題でもありませんし」
「っていうか!」
リンザが唐突に大きな声をあげた。
「なんでわたしなんですか!
身内で実務の実績があるというだけなら、ルアさんとかタマルさんの方がよっぽどなのに!」
「わたくし、表部隊で活躍するよりも裏から手を回すような役回りの方が性格的に向いているんです」
ルアは即答した。
「そうした個人的な事情とは別に、これでも山地の偉い人にはそれなりに顔が知られている身ですので、あんまり目立つ立場になるといろいろと支障が出て来ます」
「こっちは、そんなに長く洞窟衆にお世話になるつもりはありませんから」
タマルは片手をあげてそういった。
「早ければ今の契約が切れる時期を狙っておいとまして、その後は独立商人としてやっていく予定です。
その頃には、給金もそれなりに貯まっているでしょうし」
「タマルはもとから、そういう道を志望していたしな」
ハザマは頷いた。
「無理に引き留める理由もない。
ルアに関していえば、ルシアナとしていろいろやらかしているからなあ。
今から表舞台に立つと、なにかとヤバい。
さっきもいったように、消去法なんだよ。
この選択は。
少し考えてみてどうしても嫌だったら断ってもいいぞ」
ハザマにしてみれば、
「洞窟衆のために誰かを犠牲にしなければならない」
という論法は極めて不本意であり、さらにいえば大嫌いなのであった。
もともと洞窟衆という組織は、犬頭人被害者たちの互助会として出発している。
その洞窟衆が、組織の都合を理由にして構成員に犠牲を強いるのは、どう考えても本末転倒であると考えていた。
だから今回の件についても、当の本人であるリンザの意思を最大限に尊重しなければならない。
というのが、ハザマの論法である。
われながらロマンス的な要素が皆無だなと、そう呆れている部分もあったが、そもそも今のハザマの立場では損得勘定を抜きにして男女の関係を構築するのはかなり贅沢な行為であり、さらにえば現実的ではなかった。
それほど、今のハザマの立場というのは「重い」のである。
ハザマ本人にしてもはなはだ不本意なところであったが、それがどうにも否定出来ない現実だった。
だからハザマとしては、
「リンザがこれ以上の深入りを避けるつもりならば、それもまたよし」
と心得ている。
むしろ、決定的な当事者としてもはや逃げることが出来ないハザマとは違い、今のリンザはまだ洞窟衆という組織から適切な距離を保つことも可能なのだった。
だから後は、本人の意向次第、ということになる。
「この場で断ったら」
リンザはいった。
「いろいろ困ったことになりませんか?」
「そりゃ、困るな」
ハザマはリンザの言葉に頷く。
「だが、いつだっておれたちはなにかに困ってきた。
今度だってどうにかして切り抜けるさ。
だから、周りのいうこととか後のことは考えずに、お前の好きなようにするといい」
今回の件についても、リンザが正妃にならなかった場合の体裁の取り繕い方について何通りかの抜け道を、ハザマはすでに考えはじめている。
まだ具体的な形にはなっていなかったが、時間をかけて考え抜けば相応の解決策を思いつけるだろうと、ハザマ自身は楽観していた。
ただ現状では、一番楽な解決案が「リンザを正妃にする」ということであるというだけであり、しかしそれは唯一絶対の正解であるとは限らない。
ハザマとしては、その暫定的な正解のためにリンザの意思と人生を犠牲にしたくはない。
そういう気持ちの方が、強かった。
「第一、おれの奥さんが誰になるのかなんて、洞窟衆全体、いや、これから洞窟衆がこの世界に与えるであろう影響のことを考えたらごくごく些細な問題だよ」
ハザマは、そう続ける。
「婚約発表とか結婚式の前後にはそれなりに騒がれるだろうが、そういうのを本気で受け止めなければならない人ってのは各国でもかなり偉い人たちなわけでな。
外交とかそういうことを考えたらそれはそれで重要なんだろうが、洞窟衆が一番大事にして来たのは、これまでのこれからも、一貫してそれ以外の無名の大衆たちだ。
一番洞窟衆の影響を受けるのは結局、こうした無名で無力な、普段はその他大勢扱いされている人々になるわけだし、そうした人たちにしてみれば、おれの婚姻関係なんてそれこそ他人事でしかないだろう。
だから、お前はお前の都合で考えて、好きな選択をすればいい」
この世界で大きな権力を握っているのは、確かに一部の貴族や王族などになる。
その事実は否定できないが、ハザマが指摘をしたように、洞窟衆は一貫してこれらの有力者の意向を素通しして直接最下層の人々に働きかけを行ってきた。
特にどこへいっても存在する、領民としてさえ扱われていない流民は、洞窟衆にとって欠かせない労働力の供給源となっていた。
こうした人々が洞窟衆を動かしてきたし、その洞窟衆の動きによってさらに大勢の人々が職や食料を供給されて掬われている。
そうしたサイクルにおいて、権力者たちの意向などはそれこそ背景に過ぎず、ほとんど影響を与えていない。
外部の権力者には儀礼的に気を遣うことはするけど、だからといってそれを第一に考えるべきではない。
それが、この時点でのハザマの結論であり方針だった。
「でも」
リンザはハザマに食いさがる。
「人には冷静に考えろといっておいて、男爵自身は望んでいない結婚を受け入れているではないですか」
「おれが結婚を疎んじていることまでは否定しないが、それは相手が誰であろうと面倒くさそうだからだ」
ハザマはいった。
「さらにいえば、そうした煩雑さというのは結婚だけに限らずあらゆる継続的な人間関係について来るものでな。
すでに洞窟衆の首領という面倒くさい立場になっていることを受け入れているおれからすれば、そこへもう少しの面倒くささが加わったからといってそんなに深刻に受け止めるほどのことでもない。
それに、有能な嫁さんで身内を固めておけば、今後なにかとやりやすくなることも確かだしな。
だが、お前までそれにつき合う必要はどこにもない」
自分で考えて自分で結論を出せと、改めて突き放した形である。
「彼女にだけは厳しいのですね、男爵は」
マヌダルク姫が、そう指摘をする。
「有無もいわせずに命令をした方が、よほど気が楽になることもあるでしょうに」
「貴族様としてはそれで正解なんでしょうが、そもそもおれは根っからの貴族というわけではない」
ハザマはそういって肩を竦めた。
「自分の一存で他人の人生を背負う覚悟も見識も持っていませんからね。
おれはおれなりの流儀を通すしかありません」
大勢の部下や配下の今後について、一手にすべての責任を負う。
それが、この世界の権力者の思考であり常識であった。
だがハザマの価値観は、そうした発想をまっこうから否定している。
他人の人生について責任を負うのも嫌だし、他人の自由意志をねじ曲げてまで自分の思い通りに動かそうとは思っていなかった。
ハザマの個人的な感情として、そうした行為や選択に嫌悪を感じているから、である。
流民を筆頭としたこの世界の下層民に多少なりとも力と余裕を与え、選択の余地を与えること。
ハザマとしては、洞窟衆という組織をそうした目的のために動かしたかった。
今のところその目的は、多少の試行錯誤や紆余曲折を伴いながらも、それなりに実行できている気がする。
洞窟衆の活動が今まで以上に活発になり続ければ、最終的に行き着く先は身分制度を実質的に解体した、フラットな世の中になるわけだが、そこまで行き着くためにはまだまだいくつも段階を踏むことになるだろう。
そもそも、ハザマが生きている間にそこまでたどり着けるかどうかも、かなり怪しい。
いずれにせよハザマにしてみれば、自身の婚姻関係などはむしろ些細な問題であり、そこまで大げさに騒ぐような問題ではないのであった。
「相手や人数は不確定でも、男爵が近い将来に結婚をなさるということは確定したとみてよろしいですね?」
ルアが、そう確認をしてくる。
「こちらとしても、準備をする必要などがありますもので。
出来るだけ早く確証が欲しいところですが」
「別にそんなに焦らなくても」
ハザマは苦笑いを浮かべる。
「せめて、婚約発表くらいは公式に発しておいた方がよろしいのでは?」
マヌダルク姫が、そう提案してきた。
「わたくしと、それにメキャムリム姫の分だけでも。
対外的なことを考慮しましても、そうしておいた方が無用な干渉を防止できるかと思いますが」




