近衛部隊の用意
ヌフィード伯爵の部隊は、巨人が公館街に入ったところで迎撃をする体制を整えていた。
「膨大な魔力を一度に消尽する、超強力な砲撃魔法だ!」
ヌフィード伯爵は居並ぶ部下たちに向かってそう告げた。
「弾道の初速並びに破壊力は、それまでの砲撃魔法とは桁違いの物となる!
これまで、より小規模な実験は行ってきたが、これほどの魔力を一度に使う砲撃魔法は、おそらくはこれが初の事例となるはずだ!
理論上、これだけの勢いで砲弾を受け、無事なままでいられる物質はないそうだ!
もうすぐ、あの巨人が姿を現す!
その前に配置につき、いつでも撃てるような体制を整えておけ!」
「巨人、針路相変わらず!
下町を抜けて公館街に入りました!」
近衛部隊の幕僚が、大きな声でそう伝えた。
「公館街ではそれまでのように建物を壊すことなく、既存の街路上を進んでいるようです!」
「公館は、立派な石造りの建物がほとんどだからな」
ヌフォード伯爵はいった。
「道幅も広くなるし、建物を壊しながら歩くよりも素直に道を歩いた方が、楽に進めるんだろう。
ここまでは、予想通りだ!
巨人が視界に入ったら、そこで一気に片をつける!」
件の巨人がまっしぐらに王城を目指して進んでいることは明らかであったので、その進路を予想することも容易であった。
今のところ、巨人はその予想から少しも外れることなく進み続けている。
たぶん、あの巨人は。
と、ヌフォード伯爵は予想した。
近衛部隊をはじめとした、王国側のあらゆる抵抗を予想した上で、それを跳ね返すだけの性能を付与されているはずだ。
なぜヌフォード伯爵がそう思うのかといえば、ヌフォード伯爵が巨人を用意する側であったならば、必ずあの巨人にそれだけの性能を与えるはずだからである。
そうでなくては、こうして実際に起動し王城へ向けて進めている意味がない。
あの巨人は、王城まで到着してその中の人々を蹂躙する、ただそれだけのことを目的とした兵器であるはずだ。
内乱、反乱、謀反。
言葉はどうでもいいのだが、とにかく王室に弓引くことだけを目的とした兵器であると、そう断定しても構わないだろう。
そして近衛部隊としては、そんな破壊兵器をこのまま放置することは、断じて出来ないのであった。
「巨人が射線上に入ります!」
それまで、建物の上に頭部だけ見えていた巨人が、角を曲がって部隊が展開している道に入ったことで、その全身が見えるようになった。
「用意はいいな!」
ヌフォード伯爵はいった。
「目標、あの巨人の胴体部分!
あいつにありったけの弾頭を、立て続けにぶち込んでやれ!」
『それで、近衛部隊のオングドラーデ子爵様がこんな時になんのようで』
通信に出た件のハザマ男爵は、意外に冷静な様子だった。
『この緊急時に、おれなんかに構っている余裕はないんじゃないかと思いますが』
「そういってくれるな」
オングドラーデ子爵はなだめるような口調でいった。
「先に接触した者が無礼を働いたせいで印象を悪くしているのかも知れんが、われら近衛は男爵に対して隔意があるわけではない。
われらは、協力が出来ると思う」
『でも、その近衛のお陰で避難民に少なくはない被害が出ています』
ハザマ男爵は、むしろ冷淡な口調で指摘をする。
『今うちの者たちが救助活動にあたっていますが、少なく見積もっても数百という単位の人間が近衛の放った砲弾を受けて被害を被っている。
これは、否定できない事実でして』
「ズッハス伯爵の部隊が放った砲弾が弾かれたせいでか?」
『そう。
そいつに運悪く被弾して、です。
近衛の役割というのは、王家と王都の民を守ることだったんじゃないですかね?
それとも、前者の目的を達成するためには後者が犠牲になったとしても構わないという、そういう姿勢なわけですか?』
「痛いところを突いてくるな」
オングドラーデ伯爵は軽く顔をしかめた。
「その両者について、本来であるならば容易に優劣を決めてはならん。
それが、普段から優遇されている近衛部隊の本義であるはずなのだが……若い者の一部に、なにか心得違いをしている者が居るのもまた事実。
なにかこちらが無礼をしたのなら謝罪しよう」
『本人以外の人に謝罪されても意味はないと思うんですけどね』
そう返して来たハザマの口調は、あくまで冷静だった。
『おれへの対処よりも、そちらのお身内の問題でしょう。
今後の解決はそちらだけで収めてください。
それよりも、今さらおれたちになにを期待するっていうんですか?』
「さて、それだ」
オングドラーデ子爵は口調をより切迫した物に切り替えた。
「男爵。
あの巨人をなんと見る?
あれを速やかに倒す手立てはあるのか?」
『速やかにというか、うちに任せていただければ今すぐにでも倒して見せますけど』
平坦な、なんの感情も籠もっていない口調で、ハザマがそう返してくる。
『そのために必要な人間も、今、森東地域から呼び戻して来たところで。
ただその、そちらの方からうちら洞窟衆の者は手出しをするなと、そう釘を刺されましてね。
それで、動けない状態なわけです』
おおかた、ズッハス伯爵あたりとなにかも諍いでもあったのだろうな、と、オングドラーデ子爵は推測した。
責めるような口調ではなかったが、言外に、
「近衛内部での方針をはっきりさせろ」
という圧を感じる。
「そうした不心得者に関しては、こちらで対処しておく。
そう約束しよう」
即座に、オングドラーデ子爵はいった。
「その約束とは別に、身内の不始末と非礼を詫びよう。
今、うちの若い連中が例の巨人に対して攻撃を再開したところのようだが、それが成功をすればそれでよし。
万が一、うまくいかなかった場合は例の巨人の始末と、それから王城の守りについてもご協力を願いたい」
『王城の守り?』
初めて、ハザマの声に感情らしい物が籠もった。
『巨人の方はともかく、それまでこちらを頼りにするというのですか?』
「われらだけで対処できる相手だとよいのだがな」
オングドラーデ子爵はいった。
「あの巨人を仕掛けた者、その目的を考えると、単純に王都を破壊して満足するとは思えんのだ。
これだけの大仕掛けをして、ただ単に溜飲を下げるだけで満足するとはな。
おそらくあの巨人の目的は、耳目を集めることと、それに王城の守りを薄くすることであろう」
『あの巨人でさえも、単なる陽動だと、そうおっしゃいますか?』
そう訊ね返してくるハザマの声には、この事態を面白がっている風にも聞こえる。
「杞憂であるならばいいのだがな」
オングドラーデ子爵はいった。
「今、われらの連隊は王城の周囲に展開している途中だ。
すでにあれだけの巨人を用意した連中が、今後もどのような手段に訴えてくる物か容易に読むことが出来ぬ。
われらだけで対処が出来ればそれでよし。
それも適わなかったその時は、改めて王城を、王族を敵の手から守ってくれぬだろうか?」
『ちょっと待ってください』
ハザマ男爵は、オングドラーデ子爵の言葉に動揺をしているようだった。
『そんなことをいわれましても、おれたちとしては、その王城とか王族のために命を張るような義理や恩義は別にないんですが』
「それを承知の上で、あえて頼んでおる」
オングドラーデ子爵はいった。
「それに、すべてが無事に収まった暁には、それこそ恩賞その他の見返りに困ることはないだろう。
王都とそれに王族の危機を救ったという実績があれば、ハザマ男爵や洞窟衆をどのように厚遇しても文句をいえる者がいなくなるはずだが」
『いや別に、王家の許諾なんかなくても、おれたちは好きに動くんですけどね。
これまでだって、別に他人の顔色をうかがいながら方針を決めてきたわけではないですし』
「そういうな、ハザマ男爵」
オングドラーデ子爵はいった。
「お主らの立場としてはそうなのだろうが、対外的な名分があるのとないのとでは、今後の動きやすさが違ってくるはずだ。
名分という物はな、これでなかなか馬鹿に出来ぬ物だぞ。
たとえば、だ。
この非常時に、この近衛を統括するわしが直々にハザマ男爵を頼り、事後を託したとなれば、今後、洞窟衆は誰に見咎められることもなく王城に出入りが出来る。
それに、ハザマ男爵。
これまでの事績で判断をする限り、貴公は基本的に善良な人物だ。
誰かを虐げることよりは、救うことを選ぶ。
今回も、加害する側はあの巨人を用意し、操っている者たちで、被害を受けているのは王都の領民だ。
どちらに与するべきかは、今さらわしが教えるまでもないことだと思うが」
『あー、もう。
調子が狂うな』
ハザマ男爵は、呆れの混ざったような口調でそう返してきた。
『そう下手に出てこられるとな。
いいでしょう。
ただし、うちの手の者はそちらの指揮下には入らず、独自の判断で動きます。
混乱を避けるため、戦況など、情報を共有する体制は整えるように手配しますが、そちらはそちらで好きに動いてください』
「協力はするが、協働はしないというわけか」
オングドラーデ子爵はハザマの言葉に頷いた。
「足並みを整えているような余裕もなさそうであるし、確かにその方が混乱が少なくなりそうだな。
よかろう。
そちらの線で動くことにしよう」
「おじいちゃん」
その時、ディアーネがオングドラーデ子爵に告げる。
「ヌフィード伯爵部隊の攻撃、成功したけど失敗した。
巨人にかなりの打撃を、それこそ倒しかけたところまでいったけど、あの巨人、一瞬で体を治している。
いやあれは、治すというよりも予備の部品を取り寄せて、壊れた部分の代わりに使っている」




