巨人の効能
公館街の建物は基本的に多世帯の人間が居住することが前提となっている。
そのため、必然的に高層になる傾向があった。
十階以上の建物も決して珍しくはなく、それなりの貴族であれば敷地も広い。
つまり、相応に歴史がある石造りの建物が庭園などを間に挟みながら景観も配慮されて点在している、という形である。
そうした景観の中に、今、周囲の建物にも匹敵する背の高さを持った異形の巨人が、わが物顔に闊歩していた。
建物こそ迂回しているが、その他の庭園にある木々などは無頓着に踏み荒らしてまっしぐらに王城のある方角へと進んでいる。
その動きは緩慢に見え、決して急いでいるようには見えなかったが、巨人であるがゆえに一歩の歩幅は大きく、実際の速度はかなり速い。
巨人は、一歩ごとに地響きにも似た足音を轟かせながら、進み続ける。
「準備はよいな?」
ヌフィード伯爵は、部下たちに確認をする。
『万全です』
『いつでも撃てます』
短く、各方面から通信が返ってきた。
「各砲門、各自の判断で射撃を開始せよ」
ヌフィード伯爵はむしろ淡々とした口調で告げる。
「標的が射程に入り次第、撃って撃って撃ちまくれ。
手持ちの砲弾か魔力が尽きるまでだ。
今回の標的は特別だから、相手の状態を考慮する必要はない。
沈黙しようが粉々になろうが、ともかくこちらの攻撃手段がなくなるまで手を緩めるな」
相手は正体不明の、おそらくは未知の魔法により作り出されたと、そう推測されている巨人である。
こちらの常識で手加減をすれば、そのこと自体が命取りにならないとも限らなかった。
それに。
と、ヌフィード伯爵は思う。
膨大な魔力を使用することを前提とした、超加速射撃が実戦でどこまで通用する物か。
それも、確認しておきたかった。
今回ヌフィード伯爵が率いる連隊が対巨人戦のために用意した術式は、砲撃魔法の一種ということになる。
その原理や術理自体は古来から存在する物そのものであり、目新しいところがない方法であったが、今回のは使用できる魔力が従来の物とは桁違いになっている。
例の、魔力を貯蔵する術式が使えるようになったせいだった。
その膨大な魔力を、今回は砲弾の射角制御と、それに加速するためだけに使っている。
より正確にいうのならば、最低限の射撃管制に使用する以外の魔力は、とにかく弾道を加速するためだけに使用することになっていた。
小石でも、強い力で投げればそれだけの破壊力を生じる。
さらに強い力で投げれば、破壊力はさらに強くなる。
つまり、今回の術式は、現在王国で知られている魔法の理論的限界値まで砲弾を加速してやったら、果たしてどこまでの破壊力を生じるのかという、実験も兼ねた実戦であった。
基本となる理論こそ単純な物であったが、それを実現するためにはかなりの困難を伴った。
王国近衛連隊はこれまで、使用する魔力こそ今回よりもずっと小さかったものの、実験的に同様の砲撃魔法を成功させている。
その経験があるから今回も戸惑うことはなかったのだが、術式による砲身を形成する人員だけで軽く百名を超える砲撃魔法というのは、ヌフィード伯爵が知る限り前例がない。
通常の砲撃魔法であれば、そもそもそこまで魔力を使用しなければならない理由がない。
せいぜい数十名の魔法兵で砲身を形成すれば、たいていの場合は必要な射程と破壊力が得られるのである。
しかし今回は、人数もさることながら使用する魔力も外付けの、あらかじめ備蓄してあった物を使用して、極限まで砲弾を加速することになっていた。
それだけの人数の魔法兵が、ただ砲弾を制御しつつ加速するためだけのために、膨大な魔力を使用する形である。
理論上は、それまで人類がなしえなかった破壊力を生じるはず、であった。
今回、その魔法兵による長大な砲門は、三門用意されていた。
この時この場に駆けつけることが出来た人数から、最大限の効果を生むはずと計算された配置となる。
その魔法兵による砲門は、三方向から巨人の予想進路を待ち構える形で配置されていた。
それだけの魔力を使用する砲撃は、かなり射程が長くなる。
そのため、巨人の姿は肉眼で視認できるぎりぎりの距離を取ることになった。
精密な照準調整などは、巨人により近い場所に配置した観測員が着弾状況を伝えれば事足りる。
『撃ちます』
巨人の進行方向から見て正面に配置された砲門が、まず使用された。
なんとも奇妙な、次第に高さを増していく音を伴って、術式により極限まで加速された砲弾が巨人に向かって放たれる。
いや。
砲弾が放たれてから一拍の間を開けて、音と衝撃が周囲に響いた。
砲弾を放ったばかりの魔法兵たちが、自分たちが発生させた衝撃波に撃たれて大きく姿勢を崩す。
「構えよ!」
いち早く姿勢を正した、その砲門の指揮官が号令した。
「すぐに第二射、いくぞ!」
観測員の報告が来る前に、次弾を撃てる体制に持っていくことが、望ましかった。
『巨人に命中!』
観測員からの報告は、すぐに入った。
『腕に被弾!
右腕ごと持っていきました!
やつは力場を張った腕で砲弾を弾こうとしたようです!』
「照準そのまま!」
巨人から見て正面方向の砲門指揮官は叫ぶ。
「準備ができ次第、第二射を放て!」
力場を張った腕ごと、砲弾がもぎ取った。
つまりは、あの巨人にはこの攻撃は通用するということだ。
だとすれば、あの巨人を完全に破壊するまで、この攻撃を続ければいい。
彼ら近衛連隊の使命は、まず第一に王族の安寧を保障すること、第二に王都の治安を維持すること。
そのどちらの目的にとっても、あの巨人は存在しては困るのだった。
閑静な公館街に甲高くもどこか生々しい、幻獣の咆哮でもあるのような聞き慣れない異音が、立て続けに響く。
それはつまり、高速で撃ち出された弾道が大気を切り裂く音なのだが、この世界にはその音を聞いた者はこれまで存在しなかった。
巨人は、正面から迫る弾頭を視認して、これまでの攻撃をそうして捌いてきたように、右腕を振ることでその弾道を逸らそうとした。
しかし今回の砲弾は、秘めている運動エネルギーがこれまで巨人が相手にしてきた物とは桁違いであったため、力場を張った腕ごと、持って行かれる。
砲弾の勢いに耐えきれず、肩の根元の部分から腕ごと虚空に飛ばされた形だ。
それだけでは済まず、巨人はさほど時差をおかずに左右から同じような砲撃を受けた。
公館街は比較的大きな建物が集まっている場所であるが、その建物同士の間隔はそれなりに開いている。
区画整理をされ、大通りが縦横に走り、余裕のある領地の公館は庭園さえ持っていた。
巨人が狙撃をされた地点は攻撃をする側にとって都合のいい場所、すなわち巨人から見て前方と左右から、同時に攻撃が可能な十字路に設定されている。
巨人はその場で、集中砲火を浴びた形である。
正面からの砲撃によって肩から先を失った巨人は、ついで右側面からの砲撃を受け、これは右の大腿部へ命中する。
横からの強打に分厚く重たい金属製の脛当てがひしゃげ、その下にある生体部分の腿も、くの字形にへし折れた。
少し遅れ、しかしほぼ同時に、巨人からみて左側からの砲撃が、今度は左脇の部分に命中する。
その砲撃による弾丸は貫通こそしなかったもののそのまま巨人の体躯を穿ち、痛々しい大穴を作った。
少し間をおいて、その大穴からどろりとした巨人の体液があふれ出てくる。
「照準そのまま!」
観測員たちはそんな通信を送った。
「とにかく、一刻も早く次弾を!
確実に、標的に打撃を与えつつあります!」
こうのまま攻撃を続行すれば、いける。
観測員たちがそう判断をしたのも、無理からぬところだった。
その時の巨人は人間でいえばかなりの重傷に相当する破損状況であるように見えた。
事実、砲撃を受けた後の巨人は、その場に立ちつくして歩みを止めている。
膨大な魔力を使用しての砲撃は、第二波もそのまま巨人に命中した。
正面からの砲弾は胸当てを命中し、巨人本体を倒すまではいかなかったものの胸当てを大きくへこませて、巨人自身は大きく背後に仰け反った。
左右からの砲撃は、それぞれ右肩と腰部左側面に命中し、その部分の巨人の肉体を大きく変形、損傷させる。
特に右肩の部分は先の砲撃により右腕がなくなった開口部に命中したため、砲弾が傷口をさらに大きく抉る形となった。
そのため、周囲のかなり広範囲に渡って、どす黒い巨人の血肉がまき散らされる。
人間でいえば完全にその場で即死しているような状況であったが、巨人はなおもその場で立ち続けていた。
まだ深夜といっていい時間帯であったが、発見以来監視対象であった巨人の周囲はあかあかと照明魔法により照らされている。
昼間と変わらぬ明るさの中、自身の体液に全身を濡らした巨人は、まだ倒れていなかった。
「早く、次弾を!」
観測員が、仲間を急かす。
しかし、第三波は巨人を襲うよりも早く、巨人の方がこの状況に対応した。
見守る観測員の目の前で、巨人の手足が一瞬霞んだかと思うと、真新しい物に変わったのだった。
完全に折れていた大腿部はのび、ひしゃげ、歪んでいた腰部や胸部も、それに失ったはずの右腕さえもが元通りになっていた。
いや、元通り、なのか?
しばらく観察した観測員は、今の巨人の手足が、以前の物とは微妙に違う形状であることに気づく。
以前の物よりもゴツゴツとした外観で、見るからに頑丈そうであった。
手足や肉体などの生体部分だけではなく、脛当てや胸当てなどの装甲も、以前よりも立派そうな物に変わっている。
なんてことだ。
と、観測員たちは暗い気持ちになった。
あれだけの損傷が、一瞬にして修復してしまった。
修復?
いいや、あれは、修復とか再生というよりは、刷新だ。
どうやらあの巨人は、損傷した部分をどうにかして交換して、以前と同様に動き続けることが出来るらしい。
これでは事実上、不死身と変わらないではないか。
あんな代物を、どうやって倒せというのか。
観測員たちの報告が行き渡るにつれ、近衛連隊の構成員たちの間に絶望が広がっていく。




