ズッハス伯爵隊の試行
巨体を照らす照明魔法の光源が格段に増えた。
それが、攻撃開始の合図だった。
甲高い風切り音とともに、なにか黒い物体が一斉に巨人へと放たれる。
「砲撃魔法かな?」
その様子を視認したハザマは、そう判断した。
カタパルトによる攻撃はかなり山なりに、弾道が一度かなり高い位置にまで持ちあがってから標的に向かうのだが、この砲撃魔法はかなり直線的な軌道を描いてまっしぐらに巨人の元へと飛んでいる、ように見えた。
「初速がまるで違うんだな」
誰にともなく、ハザマは呟く。
「魔法を使っているからか。
いや、それとも……」
膨大な魔力を一度に使用し、瞬時に巨大な力で弾道を打ち出しているせいだろう。
この世界の投射兵器としては非常識なほどの勢いで弾道は飛んでいき、そして目標にぶつかる。
そのすべてが巨人に命中をしたわけではない。
次々と絶え間なく弾道が放たれている。
初弾で外しても、照準を修正してすぐに次弾、次々弾を発射していく。
結果としては、いくらもしないうちに巨人に砲撃が集中するようになる。
「やはり、プールしている魔力を使っているな」
ハザマは、そう推測する。
例の魔力を貯蔵する術式の詳細は王国側にも伝えてあるので、むしろここで使わない方が不自然であろうとも、思っていた。
応用範囲が広く使えるあの術式を、この場で使わない方がどちらかというとおかしいのである。
しかし、急場だからか、それとも町中で使用をすることを考慮してか、今回、砲撃魔法に使用された弾頭はかなり小ぶりなようだ。
次々と命中するのだが、巨人にはあまりダメージとはなっていないらしい。
すぐに数十発という単位で体のどこかに命中をし、その部分はそれなりに破損しているらしいのだが、巨人の動きに変化はなかった。
しばらくどこかに着弾した弾道が周辺に盛大な土煙をあげていてしっかりと判別をすることが難しかったが、命中率があがって土煙が晴れはじめたとき、ハザマは巨人の体のそこここに刻まれた破壊の痕跡と、その痕跡とが速やかに修復されていく様子を確認した。
「あれではまだまだ破壊力が足らないらしいな」
ハザマは、そう判断をする。
脚部や胸部を覆う装甲板などはそれなりにへこんだ箇所が見られるのだが、その下にある生体部分はそこここに体液らしき液体を滲ませてはいるものの、すぐに盛り上がって傷口を塞いでいく。
生物として見れば、驚異的な回復力だといえた。
総重量が総重量だしな。
と、ハザマは思う。
あの巨人の質量は、果たしてどれほどになるのだろうか。
そしてあの巨体が無限にも思える回復力を伴っているのだとすれば、あれを倒すのは至難であるといえる。
もっともハザマは、この時点であの巨人を倒すための試案をいくつか、頭の中に思い描いていた。
あんな化け物、正面から攻略しようとするのが間違っている。
もしもおれがあれを倒そうとするのなら……。
ハザマがそんな思考を弄んでいる間にも、近衛部隊の攻撃は続いていた。
意地になっているのか、それとも役に立っていないということを認めたくないのか、同じような砲撃魔法をしばらく続けていた。
「芸がない」
ハザマが不満そうに呟いたとき、変化が起こった。
それまで、砲撃魔法による集中砲火を意に介さないかのように無視をし、ひたすら前進を続けていた巨人が、進行速度を変えないまま、ぶん、と、腕を横に旋回させたのだ。
「やべ!」
ハザマは慌ててそれまで立っていた建物の屋上から、地上へと飛び降りた。
巨人の腕によって軌道を逸らされた弾道が、周囲に撒き散らされた形で着弾し、あちこちで新たな土煙があがる。
「流れ弾ってスケールじゃねーぞ!」
地上に飛び降りたハザマは叫んだ。
「今のは、避難民に命中していないだろうな!」
そして、即座に通信で確認を取る。
『現在、確認中です!』
すぐに、返信があった。
『今のところは被弾したという報告はありません!』
今のところは、か。
と、ハザマは思った。
ついさっきの出来事だから、今の時点では被害報告がこちらまで届いていないだけ、ということも十分に考えられられた。
「とにかく、砲撃魔法を今すぐ止めるよう、近衛部隊に進言しろ!」
ハザマは怒鳴るように伝えた。
「あんなもん、一発でも生身の人間に当たったら、数十人以上の人間がいっぺんに消えてなくなるぞ!」
誇張でもなんでもなく、あの砲撃はそれだけの運動エネルギーを秘めているのである。
『一応伝えてはみますが、結果は期待しないでください!』
近衛部隊にしてみれば、ハザマたち洞窟衆側の意見に耳を貸さなければならない理由もないのだが、大勢の避難民の命がかかっているということは伝えておかねばならない。
あの巨人とその進行方向からかなり距離を取ったとはいえ、大勢の避難民たちがこうしている今の時点でも移動中なのである。
避難の最中に、思ってもいない方向から降ってきた、しかも味方の砲弾によって命を落とすなどという事態は、誰にとっても歓迎できない。
「頼むぜ、近衛部隊さんよ」
ハザマは、誰にともなく呟いた。
「誤ってでもなんでも、せめて、味方を殺すような事態だけは避けてくれ」
「巨人が、腕で砲弾を弾いたようです!」
その近衛部隊では、予期せぬ巨人の反応に対応を迫られていた。
「周辺各所に弾かれた砲弾が着弾!
想定外の被害を生じています!」
「各所から即刻砲撃を止めよとの声が届いております、いかがなさいますか!」
「砲弾を腕で弾いた、だ?」
それを聞いたズッハス伯爵は目を剥いた。
「そんな真似が出来るのか、あの巨人は!」
「現に、市街地にかなりの被害を生じております!」
「魔法兵より、その瞬間だけ巨人の腕付近に魔力が増大したことを確認したとの報告が入っています!
おそらくは、腕の周囲に力場かなにかを発生させて砲弾の直撃を免れたのではないかと!」
「魔力だと!」
さらに、ズッハス伯爵は叫ぶ。
「あの巨人は、魔法まで使うというのか!」
「そもそもあの巨人が現れたのも転移魔法かそれに類似する術式によるものだそうですから」
幕僚が、通信越しに聞いた魔法兵の解説をそのままズッハス伯爵へ伝える。
「あの巨人自身が使ったのかどうかは不明なれど、魔法らしき効果をあの巨人が使うのは十分に想定できるとのことです!」
「あの巨体と、あれだけの集中砲火をものともしない回復力!
さらに魔法まで使うとなると!」
ズッハス伯爵は大きな声をあげた。
「手の着けようがないではないか!」
「では、このまま巨人を通過させますか?」
「そうはいっておらん!」
ズッハス伯爵は表情を引き締めて号令をかけた。
「再度、集中砲火だ!
今度は質量弾頭を使用しない、術式砲撃魔法を浴びせよ!」
「流石に攻撃方法を変えてきたか」
巨人に向かって、今度はまばゆいばかりの光点が周囲から降り注いでいた。
「あれは、魔法かな?」
先ほどまで大気を切り裂いて飛来していた質量弾の激しさとは対照的な、頼りない速度で、山なりの放物線を描いていくつもの光点が巨人に迫る。
砲撃魔法は砲撃魔法でも、この世界ではオーソドックスな、攻撃魔法をそのまま標的まで打ち出すタイプの砲撃魔法だった。
質量弾とは違い、この手の砲撃魔法はそもそも弾道を高速で撃ち出す必要性というものがない。
術式で形成された弾頭その物が、十分な攻撃力を有しているからだった。
「あの光点は、火の魔法か氷の術式か」
ハザマは、そう呟いた。
『どちらでも構わんのだが』
通信越しに、ハメラダス師の声がハザマの脳裏に響く。
『あの砲弾部分には、かなり膨大な魔力が圧縮されておるな』
「例によって、うちが提供したあの術式を使っているんでしょう」
ハザマは興味がなさそうな口調で応じる。
「今問題となるのは、その膨大な魔力を秘めた砲弾があの巨人に通用するのかということで」
『いや、それは無理だろう』
ハメラダス師は即答する。
『あいつの脛当てと胸当てには、魔力を減衰する術式が仕込まれている。
直撃するかなり手前で、魔力が飛散するだけで終わりよ』
「おお、本当だ」
ハザマが、今目の前で起こっていることを説明する。
「あれだけあった光点が、すべて落下する途中でかき消えた」
つまりは、この攻撃もまるで効果がないわけだな、と、ハザマは判断をする。
「あの巨人にかけられた仕掛けは、すべての魔法を無効化するのですか?」
『王城などに設えてある結界ほど確かなものではないがな』
このハザマの問いにも、ハメラダス師は即答をした。
『極端に膨大な魔力を使用すれば、あの術式の減衰効果を超えてあの巨人に打撃を与えることも出来るかも知れん。
しかし、いかな王家直属の近衛部隊といえども、ごく短時間のうちのそれほど膨大な魔力をかき集めることはまずできんな』
つまりは、あの巨人を攻撃魔法でどうにかしたかったら、非現実的なほどに膨大な魔力を一気にぶつけない限りは無理だということだった。
「……つまり、今の近衛のやり方では無理ってことですね?」
少し考えてから、ハザマは呟く。
「またこちらにお鉢が回ってくると思いますか?」
『やつらが素直に洞窟衆に泣きついてくるのか、ということか?』
今度は、ハメラダス師はハザマに訊き返した。
『いや、それはなかろう。
なるほど頭の硬いズッハス伯爵はこれで手詰まりのようであるが、近衛部隊にはまだ別の連隊も存在しておる。
そやつらも、ぼちぼち合流をしてくる頃合いではないかな』




