集中砲火の前準備
「半包囲網、配置完了しました」
「ならばすぐに攻撃を開始しろ!」
ズッハス伯爵は、吼える。
「一刻も早くあの巨人を仕留めねばならんのだ!」
「避難民の誘導がまだ完了しておりません!
射線上に大勢の人間がおります!」
「くそ!」
ズッハス伯爵は、いかにも忌々しそうな口調で毒づいた。
「なんであやつらはグズグズしておるのだ!」
「こんな真夜中の突発事に、何万単位の人間を速やかに動かすのは無理が多いのではないかと。
どうやら洞窟衆の関係者が中心となって誘導を行っているようですが、これでもかなりよくやっている方であるかと」
幕僚は、諫めるような口調でズッハス伯爵にそういった。
「王都の守りであるわれら近衛が、無辜の領民を攻撃するわけにはいかんでしょう、立場上」
その数万単位の中には子どもや老人、病人や怪我人など、成人ほどには自由に動けない者も含まれているわけであり、このような突発事に対して大きな混乱も起こさず避難が出来ていることだけも十分に賞賛に値する。
そうとでもいいたげな口調だった。
「では、その誘導を行っている者たちに伝えよ。
一刻も早くあの巨人の進路方向から人を除けよと」
一度大きく深呼吸をしてから、ズッハス伯爵はゆっくりとした口調でいった。
「われら近衛はあの巨人を迎撃する。
避難民たちを巻き沿いにしたくはないと」
「巨人の進路方向と周辺から避難民をどかせ、か」
近衛部隊からの指示を、何人かの洞窟衆の者を経由して知らされたハザマは苦い表情になった。
「簡単にいってくれるもんだなあ。
現状でも最善を尽くしているってのに」
無数の人間が相手の避難誘導が、そんなに簡単な仕事であるわけがない。
実際、洞窟衆側は予算を度外視して冒険者経由で人員の増員を何度か行い、どうにか避難民がパニックを起こさないように誘導しているところである。
その誘導路を巨人の進路方向から外す、ということは以前からやっていることであったが、近衛部隊の射線上までも立ち入り禁止にするとなると、大きく迂回をする必要が出てくる避難民たちも大勢出てくる、そのはずであった。
こんな夜中に、着の身着のままで出て来た徒歩移動の避難民たちを、さらに遠回りになる道程で移動するように説得をするのは、かなり難しいのではないか。
「そんなに大勢の人間をすぐに動かすのは無理だと思うが」
そんなことを思いながらも、ハザマは洞窟衆の者に声をかける。
「まずは、近衛の射線圏を予想してそこへは入らないように指示を徹底して。
同時に、現在射線圏内に居る人々は、そこからの脱出を急がせて。
なんだったら、備蓄の転移札を配ったっていい」
この時点までに洞窟衆はかなりの転移札を用意していたのが、ここでそれを使い果たしてもいいと、ハザマは判断していた。
その転移札を製造するためにかかった金額を考えるとかなり損害になるわけだが、緊急時だから仕方がない。
いや、それよりも手持ちの転移札をすべて使ったとしても、避難民すべてをすぐに動かせるわけではないということの方が、この時点では大きな問題であるといえた。
なにしろ、避難民の数は数十万単位なのである。
だから、相手が本格的に動き出す前に片をつけたかったんだがな、と、ハザマは苦々しく思い返す。
巨人の目的がこの王都に被害を与えるテロ行為であると仮定したら、この時点でもかなり甚大な人的物理的な被害を与えている。
あの巨人の足を止め、完全に壊すまで、その被害は増え続けるはずであった。
だから、近衛部隊があの巨人を一刻も早く倒そうとする、その目的自体には間違いはないのだが。
避難を急げと、こちらに告げてくれるだけ良心的だと思うべきなのかな、この場合は。
ハザマは、そうも思う。
現在のこの状況と、それに近衛部隊の立場を考えるならば、警告なしに巨人への攻撃を開始しても決しておかしくはないのだ。
あちらはあちらなりに、葛藤を持った上で方針を決めているんだろうな、と、ハザマは推測をする。
いきなり派手にやらかした後で責任を問われるのが怖いだけなのかも知れなかったが、その程度の保身や計算も、ないよりはある方が遙かにいい。
「こちらはこちらで、やれることをやっていくしかないか」
誰にともなく、ハザマはそう呟く。
あの巨人が動き出した時点で、主導権は相手側に移っている。
なにかと歯がゆいところは多いのだが、それは我慢するしかなかった。
『どうも、ドン・デラの時と同じ連中が出て来ているらしいな』
『ああ。
動きや連携の癖からみて、どうもそのようだ』
一方、大勢の避難民が街路を埋め尽くし、騒然となったこの王都の中で、人知れず動いている者たちも居た。
『アズラウスト様が公爵になってからの初陣だ。
せいぜい派手にやってやろう』
『魔法兵同士の戦いは滅多にないからな。
新兵たちにとってもいい経験になるだろう』
彼ら魔法兵たちは夜陰に乗じて高速度で移動しつつ、通信でそんな会話を交わしている。
ブラズニア公爵家の魔法兵部隊はその練度の高さが評判になりつつあるが、他の公爵家が抱えている魔法兵部隊もその実力において決して劣っているわけではなかった。
ただ、魔法に関する事柄にはなにかと研究熱心なアズラウストが、私費を投じて効率的な訓練法を研究していたおかげで、比較的短い期間で一人前の魔法兵を作り上げるメソッドを完成させてしまったため、新兵の補充が余所のよりも容易になっている。
ブラズニア公爵家の魔法兵が練度や攻撃力などで別の場所の魔法兵に勝っているわけではないのだが、数は力なのであった。
『今となっては王国の利害などおれたちは関係ないが、あの巨人がやっているのは単なる破壊工作だ。
それを手助けするやつらを叩いてもどこからも非難をされることはない。
存分に潰せ』
彼らブラズニア公爵家の魔法兵たちは、「魔法使い」としてみると偏った術式しか習得していない、極めて半端な存在といえた。
しかし、そうした実用的、実戦的な魔法を駆使して戦うことにかけては、他のどこの魔法兵にも引けを取らない。
彼ら自身は、そう自負をしている。
魔法と武術や体術などのフィジカルな技術との相乗効果を考慮して、最大限の効果を発揮する戦法を日夜研究し続けているからである。
『ドン・デラの時と同じだ。
やつら、足が遅い』
『訓練不足だな。
同じ魔法兵同士の戦いを想定していないんだろう』
『包囲して逃げ場所を塞ぎ、一人ずつ確実に仕留めろ。
集団同士の乱戦は極力避けよ』
『それから、あの巨人にはあまり近づくなよ。
近衛部隊が、あの巨人に大規模攻勢をかけたくてうずうずしているそうだ』
ハザマはざっと見渡して一番背の高い建物の屋上に昇っていた。
そこが、周辺で一番開けた視野を持てる場所だったからだ。
「昭和時代の怪獣映画だね、まるで」
誰にともなく、そんなことを呟く。
前方の建物を粉砕しながら前進を続ける巨人と、その周囲から逃れようとする大勢の避難民。
映画とか、虚構の中でなら安穏として見ていられるのだが、この光景は現実の物だった。
街路を埋め尽くす避難民たちは、一人一人生命を持った存在であった。
その全員を、というのは無理でも、一人でも多く助けようとするのは、ハザマの感覚だと当然であって疑問を差し挟む余地はない。
そして、相変わらず傍若無人に王城を目指して進む巨人の存在もまた、現実の物である。
「あー。
もう少し進むと、公館街に入るのか」
ハザマは、また独り言をいった。
「近衛が焦っているのは、それもあるのかな?」
近衛部隊の権限がどこまで強いのか、ハザマは知らない。
しかし、王国貴族たちが大勢居住している公館街にあの巨人が入っていったら、面倒なことになるのは容易に予想がついた。
自分たちの権益を侵されようとした場合、貴族たちが黙っているわけがないのだ。
「逃げる側は怪獣映画。
そんで、あの巨人は巨大ロボか」
ハザマは、今回の元凶である巨人の方に視線を据えて、そう呟く。
近衛部隊の介入がなかったら、あのデカいのをどうにかする方法はいくつか思いついているのだが。
しかしどうも近衛部隊は、ハザマが想定しているような奇策ではなく、正面からの集中砲火によってあの巨人を沈黙させるつもりのようだった。
それでうまくいけばいいんだけどな。
心の底から、ハザマはそう思った。
ただ、あの巨人を用意した連中が、その程度のことで終わるような仕掛けを用意するほど、素直な連中だとも思えないんだよな。
ま、もうしばらくは成り行きを見守るしかないや。
と、ハザマは、そう思う。
そのために、こんなに見晴らしのいい場所にまでわざわざ移動して来たのである。
『避難民の誘導が完了しました。
近衛部隊から知らされた攻撃範囲には、もう誰も居ないはずです』
「そのことは、近衛には?」
『すでに伝えています。
すぐにでも……』
「ああ、はじまった」
ハザマは、呟いた。
「なかなかの見物だぞ、これは。
余裕のあるやつは巨人の方を見ているといい」




