近衛部隊の事情
王都の住民にしてみれば、降ってわいたような災難だった。
いつもと変わらない夜が、不意に物騒で騒がしい物に変わった形だ。
突如叩き起こされて外に出てみれば、見たこともない様な巨大な物体が目の前の建物を蹴散らしながら地響きを立てて進んでいた。
自分たちと同じように叩き起こされ、洞窟衆関係者からの誘導を受けながら逃げ惑っている人々が居る街路にひしめいている。
「落ち着いて移動してください!
押し合わず、足も止めずに!」
「荷物は貴重品のみに留めてください!
現在、炊き出しの準備も行っています!」
「ここは王都です!
仮に住居を失ったとしても、王家や諸侯の皆様からの援助があるはずです!」
「王都の領民にふさわしく、冷静に行動をしてください!」
避難民を誘導している者たちは、声を枯らす勢いで繰り返しそんなことを叫んでいる。
「あの巨人は、特定の進路をまっすぐ進んでいるだけです!
その進路上を避ければ、危害を受ける心配はありません!」
路上にあふれた人間たちも、なにが起こっているのか理解をする余裕もなく、その誘導に従ってのろのろと動いているような状況だった。
常識的に考えてみれば、強盗や物取りでこんな大がかりな仕掛けをするわけもなく、この誘導をしている者たちは巨人による被害を少なくすることのみが目的なのだろう。
「なんなんだ、あの巨人は!」
何度か、照明魔法により明々と照らされた巨人の方を指さして、誘導している人間に噛みつくような口調で問いただした者が出ていた。
「正体はまだわかりません!
現在調査中です!」
そのたびに、誘導に当たっていた者は判で押したような、同じ内容を答えている。
「ですがあの巨人を倒すために、すでに近衛部隊が出動しています!」
そう聞くと、問いを発した者も目に見えて安堵の表情を浮かべるのが常であった。
近衛部隊とは、王家のお膝元であるこの王都を守る王家直属の連隊である。
王国内でも随一の精強さを誇り、つまりはその近衛に任せておけばまず間違いはないのであった。
その近衛の手にも負えないとなれば、それはもはや王国内のどんな軍隊にも対抗が出来ないということを意味するのだが、そこまで想像力を働かせる余裕を持った避難民はほとんど存在しなかった。
彼らはただ、この突発事において自分たちの身の安全のことを考えるので精一杯であり、誘導されるままに逃げることしか考える余裕がなかったのだ。
「例の巨人についてですが」
ズッハス伯爵の幕僚が説明を開始した。
「ハザマ男爵によると召喚魔法により寄せ集めた生物をあの形にして動かしているとのことですが、それも確証があるわけではなく、あくまで推測の域を出ていないようです。
ただ、生体を利用したゴーレム的な物であるということは、どうやら確かなようで……」
「今は正体の詮索よりも、あいつの倒し方の方が知りたい」
ズッハス伯爵は不機嫌な声でいった。
「今のままやつが進み続ければ、あといくらもしないうちに王城へ到達してしまうではないか!」
ズッハス伯爵としては、それだけは避けたかった。
仮にあの巨人を、なんらかの危害を与える前に倒すことが出来たとして、あの巨人が実際に王城に到達してしまうと「近衛隊を預かりながらもこの危地を未然に防ぐことが出来なかった」として、ズッハス伯爵の責任が問われてしまう。
ズッハス伯爵としては、あの巨人の詳細についてのんびり研究するよりは、もっと手早く無害な存在にする方法こそ知りたかった。
「やつへの有効な攻撃方法は!」
ズッハス伯爵は、大きな声を出した。
「なにか手立てはないのか!」
「投射攻撃、近接戦、攻撃魔法と一通り試してみましたが、まるで効果がありません」
「まるで、ないのか?」
「微塵も」
ズッハス伯爵の幕僚は大きく頷く。
「物理的な攻撃は、弩から投石、騎兵や魔法により身体能力をあげた重装歩兵による吶喊など様々な方法で考え得る限りの標的を狙ってみましたが、傷ひとつつけることが出来ませんでした。
まるで巨大な岩かなにかを相手にしているかのような手応えであったとのことです」
「それは、脛当てや胸当てなど装甲板に守られていない部分でもか?」
「地肌らしき部分が剥き出しになっている部分も狙っております」
「ふむ」
ズッハス伯爵は渋面を作った。
「魔法は?
攻撃魔法はどうだった?」
「敵本体に接触する前に霧散しました。
事前に知らされていた通りの対抗手段が施されていると見て間違いはないようです」
「対人戦の手順はまるで通用しないということだな」
ズッハス伯爵はそういって頷く。
「では、あの敵一体が連隊規模の防御力を持つと仮定して攻撃を続けよ」
魔法により身体能力をあげた重装歩兵による攻撃、ならびに軍用攻撃魔法の威力は生半可なものではない。
あの巨人が、あの巨体に似つかわしい生命力を持った猛獣だと仮定しても、直撃すれば到底無事では済まされないはずなのだ。
そうした強力な攻撃を受けて今なお健在であるとなると、攻撃する側もその威力を倍加させねばならない。
「そうしますと、周囲の建物などにも被害が及ぶはずですが」
「背に腹は代えられん」
ズッハス伯爵は渋い表情でいった。
「あの敵が下町を出る前に片をつけたい。
公館街にまで出るとなにかと煩わしいし、それにもうすぐ他の近衛部隊が合流してくるはずだ」
あの巨人が公館街にまで出てしまうと、そこにある公館の持ち主である貴族たちがわれもわれもと巨人退治に乗り出してくることが予想された。
迫り来る外敵を、黙って見守っているほど温厚な貴族はまず存在しない。
迎撃をしなければ家門に泥を塗る腰抜けだと見なされてしまうし、ズッハス伯爵ら近衛部隊の権限ではこうした貴族の動きに掣肘を加えることも出来ない。
彼ら貴族の側から見れば、自分たちの名誉とそれに財産を守るために動いているわけで、それは貴族としては当然の権利であると見なされているからであった。
しかし、身分の高低や命令系統も統一されていない貴族たちが勝手に挙兵をしてあの巨人に群がっていくとなると、あの巨人を討ち果たすという仕事が一気に厄介になる。
近衛部隊にはそうした貴族たちを糾合し、指揮を執るだけの権限を与えられているわけではないからだ。
そうした貴族たちの動きがこちらの、近衛部隊の邪魔になるであろうことは火を見るよりも明らかであった。
それに。
と、ズッハス伯爵は考える。
出来れば、公館の貴族たちもだが、他の近衛部隊が出てくる前にあの巨人を片付けておきたい。
そうすれば、丸ごとズッハス伯爵の手柄になるからである。
近衛部隊は、禁軍などと呼ばれることからも明らかであるように、滅多に実戦で出動をする機会がない。
王家と王都を守ることが第一の存在理由であるから、こうした緊急事態でなければまず実戦を経験することはないのであった。
中の人員を一時的に他の貴族の軍隊に貸し出して実戦経験を積ませることはむしろ称揚になされていたのだが、「近衛部隊」という組織としては、手柄を立てる機会が極端に乏しいのが現実である。
ズッハス伯爵は特別に野心に燃えているわけではなかったが、せっかく転がり込んできた機会をみすみす棒に振るほど淡泊でもなかった。
もっと端的にいえば、この時点でズッハス伯爵は巨人の能力をかなり過小評価していた。
「巨人の進行予想地点に半円状の迎撃陣を構える」
ズッハス伯爵は幕僚たちに作戦を説明した。
「その上で、一斉にありったけの極大魔力魔法ならびに砲撃魔法をあの敵に叩きつける。
先に倒した巨人については、カタパルトによる物理攻撃は効果があったという。
つまるところ、魔法にせよ物理攻撃にせよ、まだまだ叩く力が足りていないということなのだろう」
極大魔力魔法、とは、ハザマが王国に製法を伝えた、魔力を貯蔵する術式を利用した、従来には考えられないほど巨大な魔力を一気に放出するタイプの攻撃魔法に与えられた呼称である。
ハザマは前述のやり取りによって、王国に対して件の術式に関する情報を渡していたわけだが、王室と距離が近い近衛部隊ではさっそく研究、実用化されていた。
もっとも、実戦で使用するのは、これが初めての事例ということになるわけだが。
通常の攻撃方法が通用しないのであれば、もっと極端に強力な攻撃方法を用いればいい。
ズッハス伯爵の発想は、独創性こそなかったが常識的な物といえた。
「とにかく、出し惜しみをするな」
ズッハス伯爵は、そう念を押した。
「手持ちの戦力を一度に放出する気構えでいけ。
これ以上あの敵が前進を続けると、少々厄介なことになる」
ズッハス伯爵の言葉に、その場に集まった者たちが大きく頷いた。
王家直属の近衛部隊は、かなりの高禄、好待遇なのである。
有事に備えて普段から莫大な維持費を消尽していた近衛部隊が、いざ「その有事の際にはまるで役に立ちませんでした」では、外聞も都合も悪い。
彼らは彼らなりの、今回の件については真剣に対処する理由を持っているのであった。
ここでの戦果いかんでは、自分たちの面子と、それに今後の立身に大きく影響してくるはずなのである。
自分たちの将来を左右する。
そういう自覚があればこそ、自然と真剣にならざる得なかった。




