巨人への対処法
『件の巨人は現在、途中にある建物を踏み砕きながらまっしぐらに王城を目指しています』
一度巨人が去った場所に後退したハザマの耳に洞窟衆の者から報告が、通信経由で入ってくる。
『こちらは総員をあげて針路上にある建物に居住している人々に声をかけ、避難誘導しているところなのですが……』
「なにか問題があるのか?」
語尾を濁す感触を受けたハザマは、その場で確認をする。
『巨人の速度が速すぎて、対応が追いつきません。
それと、巨人の進行方向に防御陣を張ろうとする近衛師団の動きと、見事にぶつかります。
道を譲れ、譲れないとの押し問答が何カ所かで起きていまして』
ハザマは天を仰いでそっとため息をついた。
ズッハス伯爵とやらは、軍隊を指揮する人間としてはそれなりに有能なのだろう。
しかし、そういう人間に今回のような、市街地内で突発的な起こったトラブルを処理させたら、ハザマが対処した場合とは違った優先順位でことに対処しようとするわけだった。
おそらく、ズッハス伯爵からしてみれば、巨人が王城になにがしかの害を与える前に倒すことこそが最優先なのであり、その進行途上に居住している人間たちの安否など、二の次三の次なのだろう。
王都でも外縁部になるこの周辺に居住しているのは、大部分名も身分ない貧民たちであった。
そうした有象無象の住人たちまで守ろうとする発想が、ズッハス伯爵にはそもそもないのかも知れなかった。
「出来るだけ近衛隊に道を譲るように努めろ」
ハザマはそう指示を出した。
「今は近衛の連中と揉めている場合じゃない。
不本意かも知れないが、時間が惜しい」
ハザマとしては、そういうしかなかった。
仮に近衛部隊が首尾よく巨人を倒すことができたとしても、多分、王都の住民の安全を最初から顧みることがなかったズッハス伯爵には、各方面からの非難が集中するはずであった。
ここで揉めたり、ハザマがなにか工作をするまでもなく、ズッハス伯爵の地位は危うくなるはずなのである。
そんなズッハス伯爵に率いられた近衛隊と揉めて時間を無駄にするよりは、その近衛隊の動きを妨げないようにしておいた方が、時間と手間を節約することになるだろう。
そのズッハス伯爵は、どうやら巨人の進む方向に先回りをして、そこで迎撃をするつもりであるようだ。
近衛部隊とやらがどれほどの攻撃力を持っているのか、この時点でハザマは知らなかったが、防衛線を設置して必死になって奮戦したという事実さえ残れば、ズッハス伯爵自身としては満足できるのかも知れないな、と、そう思った。
ただ、諸元性能など詳細に不明な部分が多い巨人に対して、ぶっつけ本番で正面から戦わなければならないズッハス伯爵の部下に対しては、大いに同情に値するとも、思っていたが。
敵の戦力もよくわからん状態でまともな戦いになると思っているのかね。
と、ハザマは、そうも思う。
巨人を用意した側は、この王都であんな目立つ代物を動かせば早晩近衛隊が出てくると、前提としてそう想定しているはずなのである。
だとすれば、相応の準備も事前に整えていると見るのが、常識的な判断だと思うのだが。
近衛隊とやらがどこまでやれるものか、この時点のハザマにはなんとも判断できなかった。
「ま、おれたちはおれたちに出来ることをやるだけだしな」
と、そんな風に割り切ってもいる。
そもそもハザマたち洞窟衆にしてみれば、どうあってもあの巨人を倒してやらねばならない義理などどこにもない。
近衛隊が首尾よく巨人を倒したとしても、その逆に巨人が近衛隊を蹴散らして王城や王族を害する結果になったとしても、ハザマたちにしてみれば、
「自分たちに出来る範囲内でなら、最善を尽くしました」
と、そう断言できるだけのことをやって来たつもりであるし、現在進行形でやっているつもりだ。
その洞窟衆の行動が外部から妨げられ、十分な成果をあげることが出来なかったとしても、それは洞窟衆が負うべき責任ではない。
馬鹿馬鹿しいと思う反面、権力や責任という物は、誇示して振るう側の器量や判断力が常に問われる物だな、ともハザマは思った。
半分は自戒も込めて、である。
洞窟衆の首領であるハザマは、この王国での地位とは関係なく、今ではその判断により大勢の人間に影響を与えることが出来る存在となっていた。
ハザマが他者から与えられる爵位や称号などに価値を認めていないのは、そんなものがなかったとしても現在のハザマはこの世界にとってそれなりに重要な地位を占めていると、そう自認しているからである。
今回の件についても、近衛隊を率いるズッハス伯爵を怒鳴りつけ脅して、力ずくでもこちらが指示する通りに動かすという選択肢も存在したのだが、ハザマはあえてその選択肢を採用していなかった。
そうして被害をより少なくすることも出来たはずなのだが、ハザマは所詮この世界の人間ではない。
そしてこの世界の出来事は、出来るだけこの世界の住人に任せるべきだというのが以前からのハザマのスタンスであった。
しかしすでに、現にハザマはこの世界に大小様々な影響を与えているわけであり、これからも継続して与え続けるであろうと予想もされており、そうしたハザマのスタンスはかなり半端で徹底を欠いたものである、ということもかなり強く認識していた。
また、そうした自己満足的なスタンスのために多くの人命が犠牲になる、今回の件のような事例では、なおさらハザマは内心で動揺してもいる。
この場はズッハス伯爵の面子など問題にしている場合ではなく、問答無用で最善となる行動をするべきではないのか、という問いは、常にハザマの脳裏にあった。
もっとも。
「そんな思い切りがあったら、とうの昔に王家なり反洞窟衆派の貴族なりに直接干渉をして、こちらに手出しを出来ないようにしているんだがな」
などとも、ハザマは思う。
そこまで思い切った手段に訴えるということは、そうした後、こちらの実力を見せつけた相手を屈服させてこちらの下位だと認めさせる結果となり、一時的には溜飲が下がるかも知れないが、その代わりそれ以降、ハザマが責任を取らねばならない範囲と人数とか飛躍的に増大することを意味する。
つまりは、ハザマが現在の地位なりにしか動かず、この王国でそれ以上の働きをしようとしないのは、つまるところ、
「これ以上の責任を取りたくないから」
であった。
かなり利己的な理由であると自覚してはいたが、ハザマとしてはそこまで自分が背負い込む理由はないと、本気でそう思っている。
「この巨人の用意した連中も、結局自分たちならばもっと権力を上手に使うことが出来ると、そう確信しているからこそこれだけのことをしでかしているんだろうしな」
ここで近衛隊を無理に従わせようとしたら、それはつまり巨人を動かしている連中と同じ穴の狢に成り下がるということではないのか。
ハザマという、外から見ただけではかなりつかみ所がないこの男は、頭の中ではそんなことを考えている。
節度や立場を弁える、とかいう殊勝さよりも、実際には、
「なんでおれがそこまで世話を見なけりゃならないんだ!」
という反発の方が強いわけだが。
「とはいえ」
一方でハザマは、そんなことも考えている。
「避難や誘導には全力を尽くしてくれ。
いくら増員しても構わん」
ダメ押しで、通信でそう指示を出しておいた。
一応、事前に「今回の件では人件費に糸目はつけない」と念を押しておいているのだが、それでも実際にはどこまで出来ることか。
洞窟衆やら冒険者ギルドの人員は、これまでの経験によりかなり臨機応変な対応も出来るようにはなっていたが、今回の件では森東地域や帝国版図からも大勢の人員が動員されている。
そうした有象無象がどこまで上の指示に忠実に動いてくれるのか、こればかりは実際に試してみないとわからなかった。
洞窟衆としては、前例のない事業や仕事を手がけることは、決して珍しいことではないのだが。
今回の件についても、
「なるようにしかならないさ」
と、そう割り切るより他ない。
一方、巨人の方はというと、周囲の思惑を知らず、相変わらず王城へと進み続けている。
その巨体が地響きを立てるたび直前にあった建物が蹴り壊され、あっさりと瓦礫となって巨人の脛当てによって左右に避けられる。
巨人の脛当ては、巨人の腰の高さまである。
ハザマの目測によると、高さ五メートルほどだろうか。
二本足のブルドーザーで無差別に前の建物を粉砕して歩いているようなものだった。
洞窟衆の関係者が避難誘導するまでもなく、夜中に突然起こった物音に飛び起きた住民たちは巨人の存在をそのまま目撃し、競うようにして就寝していた家から飛び出して逃げ惑っている。
巨人による建物解体の際に出る物音以外に、そうした避難民が出す悲鳴や怒号がさらに周辺の住民を眠りから起こしていた。
無分別に行動しようとする非難民たちに、洞窟衆の関係者は声を大声で、
「こちらに移動をしてください!」
などと逃げるべき方向を教えている。
「押し合わず!
慌てず!
誰かを倒して踏んだりせずに、ゆっくりと移動してください!
あの巨人は、あそこに見える一体だけです!
あれが進行する方向に行かなければ、問題はありません!」
半ば理性を失い、暴徒となる寸前の避難民たちを説得していうことを聞かせるのは並大抵の苦労ではなかったが、とにかく、洞窟衆の関係者はその困難な仕事に全力を尽くしていた。




