近衛隊の介入
新たに出現した巨人は、カタパルトによって粉砕された巨人よりも大きかった。
目測で、全長八メートルってところかな。
ハザマは、そう推測する。
巨人の周囲に次々と照明魔法による光源が出現して、明るく照らしていた。
その見上げるほどに大きな巨人が、大股で歩き出す。
足元付近に居たハザマたちは慌てて飛び退き、巨人から距離を取った。
幸いなことに、巨人はハザマたちの存在には関心がないらしく、スムーズな足取りである方角へと進み続ける。
あっという間にハザマが爆破することによって作った空間から抜けだし、その先の市街地に入った。
巨人はそのまま進み続け、進行方向にある建物もそのまま踏み潰しながら進む。
「どうも脛当てが大きいと思っていたら、こういうことを想定していたのか」
口に出して、ハザマはそういった。
その脛当ては、高さでいえば巨人の腰あたりまであり、つまりはそうして前方の障害物を効率よく押しのける役割も担っているのだろう。
直立したブルドーザーってところかな、と、ハザマはそんな風に思った。
こいつを倒すっていってもな。
とも、ハザマは思う。
ゼスチャラによると、魔法に抵抗する術式なども仕込んでいるそうだから、実際にやるとなるとかなり苦労をすることになるだろう。
不可能だとは思わないが、それなりの準備を整えて出直さないと難しいのではないか。
『男爵』
ハザマがそんな風に思っていた時、通信が入った。
『男爵に面会を求める方がいらっしゃっているのですが?』
「この非常時にか?」
ハザマは苛立ちの籠もった声で応じた。
「それは、今でなければいけない用件なのか?」
『緊急に取り次いでくれとのことです』
「今は立て込んでいて直接顔を合わせている余裕はない」
ハザマは即座にいい放った。
「ここまで乗り込んで貰うか、それとも通信で満足して貰うしかないな」
今目の前に居る巨人、これをどうにかすること以上に急を要する用件というものが、ハザマには思いつけなかった。
『それでは、まずは通信で失礼をする』
先ほどまでの洞窟衆の者ではない、男の声がハザマの脳裏に響く。
『王国近衛隊を預かる、ズッハス伯爵という者だ。
詳しい事情もお聞きしたいところだが、その前にこのデカいのをどうにかしたいな』
「近衛の方ですか」
ハザマは口調を改めて訊き返した。
「王室直属の近衛が、このおれになんの用で?」
『こんな場所でなにをしているのか、問い詰めたいのはむしろこちらの方だ』
ズッハス伯爵と名乗った男は、どうやら懸命に怒気を抑えているようだった。
『王家お膝元のこの王都で、いったいどんな理由でこのような騒ぎを起こしたのか』
「いや、おれが起こしたわけではありませんて」
ハザマは、慌てて説明する。
「おれはむしろ、この騒ぎが起こる前に片付けるか、それが難しかったら可能な限りその規模を小さくしようと抵抗している側です」
『その結果が、この有様か!』
ついに、ズッハス伯爵は声を張りあげた。
「おれを威嚇してもなんの解決にもなりませんて」
ハザマはいった。
「あのデカいのをどうするのか、ちょうど思案していたところなんで」
『黙れ!』
「は?」
『黙れといっておる!
そもそも王都と王城の守りは衛士隊の、王家の守護はわれら近衛の管轄である!』
「あ……」
あんたらがすぐに動けない状況だと判断したから、その王城に配置されていた衛士隊が命令系統を無視してこちらに持ち込んで来たのではないか。
そういいかけて、ハザマはその言葉を呑み込んだ。
「つまり、近衛としては、おれたちにこの件から手を引けと、そうおっしゃりたいわけですか?」
心の中で五秒間、数を数えた後、押し出すような口調でそういった。
そういいながらハザマは、
「この件の背後に公爵家の意向が絡んでいることは、教えないでおこう」
と、そう決意した。
そんなことを教えてしまったら、いい家柄の子弟で構成されている近衛隊は身動きが取れなくなるはずのである。
ここはこの隊長さんが望んでいるとおり、大いに暴れて貰おうじゃないか。
その後で、自分の立場が悪くなったとしても、それこそ本望だろう。
『その通りだ』
ズッハス伯爵はやけに明瞭な声でそういい切った。
『われら近衛は、王国随一の手練れを揃えている。
あの程度の巨人などに遅れは取らん!』
あー、そうですか。
「あの巨人は、強力な再生能力を持っています。
深手を負わせたとして、すぐに持ち直す可能性が強いのでそのつもりで」
ハザマは、心中で投げやりにそう嘆じながら、実際にはこう伝えた。
「それから、完全に倒してもまたその場所に新しい個体が転移してくる可能性もあります。
魔法の効果を著しく軽減する術式も使用しているみたいで、攻撃魔法による直接攻撃もさほど効果は望めないかと思います。
そのくらいですかね、今の時点であの巨人について把握していることは。
それでは、われわれはこのまま引き下がります。
ご武運をお祈りしています」
『おい、待て!
それはどういうことだ!
もう少し詳しく説明を……』
ズッハス伯爵がなおも問い返してくる声を無視して通信を切り、洞窟衆の者にも以後、近衛からの通信はこちらに繋がないようにと伝える。
「と、いうわけで」
そこでハザマは、周囲に集まってハザマの様子を伺っていた魔法使いたちを見渡して、そういった。
「あの巨人の対処は、近衛隊が引き受けてくださるそうです。
彼らがどこまで働けるものなのか、しばらく高みの見物といきましょう」
こうして周囲に集まった魔法使いたちに聞かせるため、ハザマはあえて通信時も声に出してしゃべっていたのである。
ズッハス伯爵の発言は、魔法使いたちには聞こえなかったはずだが、ハザマの言葉だけを聞いても会話のおおよその流れは把握できるはずだった。
「ここから一番近い近衛隊ということは、相手はズッハス伯爵ですね」
アズラウストが、そういった。
「無能ではありませんが、少し頭が硬い方だったはずです」
「そのズッハス伯爵から、これ以上の手出しをするなと厳命されました」
ハザマはいった。
「実際、近衛があの巨人をしっかりと倒してくれるのなら、それはそれで楽が出来ていい」
「難しいでしょうね」
少し考えてから、アズラウストはいう。
「実力的なことを考慮すれば、あの巨人を倒すことも出来そうな気がしますが。
しかしズッハス伯爵ですと、なにか想定外のことが起こった時、機転が利かないでしょう」
「ということは、他の近衛隊ならば、もっと成功率があがるわけですか?」
「マリエン子爵かヌフィード伯爵の部隊でしたら、もう少し成功率があがるかと思いますが」
アズラウストはそういって、肩を竦めた。
「彼らの駐屯地はちょうど王城を挟んで反対側に位置しています。
異変を知ってすぐに動いたとしても、ここまで到着するまで、もう少し時間が必要でしょう」
「ズッハス伯爵か」
ハメラダス師がそういって天を仰いだ。
「王家への忠誠心は厚いし無能というわけではないが、今回のような異例の事態を収める度量はないな。
心情的にも、どちらかというとあの巨人を用意した連中の方に近いはずだ」
「ああ、なるほど」
ハザマは、そういって頷いた。
「つまりは、旧来の秩序がそのまま変わらず、未来永劫続くと信じているタイプですか」
「貴族には多いぞ、その手の心性の持ち主は」
ハメラダス師はハザマにそう応えた。
「生まれ育った環境が永劫不変のものである、そう信じるのは貴族だけに限らんのだろうが」
無能ではないが頭は硬い、というわけであった。
アズラウストとハメラダス師、ズッハス伯爵を知る二人が口を揃えてこういうのであるから、それなりに妥当な評価なのだろう。
「あの巨人にはまだまだ不明の部分が多い」
トスラタトテが口を開いた。
「そんな対抗力がない人物に任せてもいいものか?」
「しばらく、ズッハス伯爵が満足するまでやらせておくしかないでしょう」
ハザマは、のんきな声でそういった。
「向こうから損な役割を引き受けてくださると申し出てくれた形だ。
おれたちはしばらく様子を見守りましょう」
「実験台に志願してくれた形だしな」
ゼスチャラが、そんなぶっちゃけたことをいう。
「近衛があの巨人に対して一通りの攻撃方法を試してくれるというんなら、こっちはその分楽が出来るってもんだ」
「そういうこった」
ハザマはゼスチャラの声に頷いた。
「おれたちは当面、近衛の動きを観察しつつ……そうだな。
周辺住民の避難を急がなくちゃ」
いってから、ハザマは軽く顔を顰める。
巨人の進む速度が、予想よりもかなり速いように思えたからだ。
「人員の追加と周囲への、特にやつの進行方向への警告は?」
『どちらも、急いで手配をしているところです』
すぐに、洞窟衆の者から返答が来る。
『今居る人数でも可能な限りの手は尽くしています』
「なら、いい」
ハザマは、そういった大きく頷く。
洞窟衆にだって、出来ることと出来ないことがある。
すでに出来る限りの手を尽くしているというのならば、これ以上にハザマがいうべきことはなかった。
「うちの者たちで、周囲を警戒させようと思います」
アズラウストが、そんなことをいい出す。
「あの巨人が兵器であると考えると、単独で運用するよりは補助をする役割を担う者を周囲に配置するはずなんですよね」
「ああ、それは」
ハザマは、アズラウストの言葉に頷いた。
「巨人が動き出したと知れれば、その巨人を守るための人員が集まってくる。
十分に、ありそうですね」
そして、そうした特殊な役割を担うのは、おそらくはアズラウストが率いてきたような、臨機応変な働きが出来る魔法兵である可能性が高かった。
そこまで理解をした上でハザマは、
「お願いします」
と、アズラウストに小さく頭を下げる。




