不死身の巨人
「おい!」
ハメラダス師はその光景をしばらく見た後、アズラウストに詰め寄った。
「いくら都心部ではないといっても、王都で堂々とカタパルトを使うやつがあるか!
あれは立派な攻城兵器だぞ!
狙いが逸れたら、どんな被害が出てくることか!」
実はこのハメラダス師の危惧は、極めて常識的な判断から来ている。
普通は、夜間に人が居住している場所でこんな兵器を使用したりはしない。
そうした大型兵器を都市部で使用することがあるとすれば、それは戦時かそれとも内乱が起こっている時に限られていた。
しかもこの時は、深夜。
夜間である。
射程が長大な投射兵器であるカタパルトの使用は、視界が効かない分だけ白昼での使用時よりも危険性が増す。
「いやあ、流石はムヒライヒ公子」
しかし、アズラウストはハメラダス師の非難を取り合わなかった。
「方角と距離だけを誘導しただけで、あれだけの着弾率とは。
ますます妙技に磨きがかかっていますね」
「そのムヒライヒとやらいう公子の技量に信頼を置くのはいいとしても」
エルフの女性が、冷静な声で指摘をする。
「もう少しハザマに知らせるのが遅かったら、巻き込まれて被弾していたのでは?」
「でも、実際に間に合っているでしょ?」
アズラウストはこの指摘にも肩を竦めるだけで応じた。
「あの人の悪運の強さと、それに逃げ足の速さは伊達ではありませんよ」
「あわわ」
ゼスチャラは、その光景を、目を見開いて見つめていた。
「いくらなんでもこりゃ、やり過ぎだろう!」
そのゼスチャラの視線の先では、投石の集中豪雨を受けた巨人がそのまま背後に倒れ込み、その上にさらに次々と石が降り注いでいる。
ハザマは、アズラウストの言葉通り、すでにその場から逃げ去っているように思えたが、着弾時の衝撃によって周囲に土煙があがっていて、しかとは確認できない状態だった。
ついでに、倒れ込んだ巨人の姿も、その土煙によって覆い隠され、ここからは視認できない。
石の弾頭が地面に落ちたときとは違う着弾音が断続的に響いていたから、巨人がカタパルトの攻撃によってボコボコにされているのは確実だと予想されてはいたが。
「これではなにも確認できん」
ハメラダス師がそちらの方角を見据え、目を眇めてからいった。
「一旦攻撃を中断させろ」
「はい」
アズラウストはそういって数秒黙った後、
「今、攻撃を中断させました」
と、付け加えた。
アズラウストのその言葉とほぼ同時に、先ほどまでやかましいほどだった着弾音が唐突に途絶えて、周囲に静寂が戻る。
いくらもしないうちに、どこからかバジルを肩に乗せたハザマが戻って来て、巨人が倒れているであろう予想地点へと向かう。
「あの男も、懲りんやつだな」
ハメラダス師が、呆れたような口調でそう嘆じた。
「そうこなくはいけません」
アズラウストは、大きく頷きながらそういう。
「いざというときには、真っ先に自分で動く人ですよ、あの方は」
「その自信が、いつか仇にならなければいいけど」
エルフの女性が、誰にともなく呟く。
「自分の能力を過信する人ほど、万が一のときには動きが鈍くなるから」
「いや、あいつは、そういうのとは少し違うかなあ」
ゼスチャラが、その言葉に反応する。
「ルシアナのときも思ったけど、あいつの場合、自分の力を過信しているというよりは、どっかで自分の命運を達観しているような節があるんだよな。
やれるところまでやって、そこで駄目ならさっさと諦めようっていうか、その、悪い意味での潔さってのか」
「ふん。
それが本当なら、異邦人ならではの心性ってやつかも知れんの」
ハメラダス師が、ゼスチャラの見解を鼻で嗤った。
「やつにしてみれば、こちらでの生活、見聞することすべてがどこか現実感を伴っていないかもな」
「それは、あるかも」
エルフの女性が、ハメラダスの言葉に頷く。
「ハザマにしてみれば、こちらでの生活は本来あるべき現実ではないから。
生の実感が乏しいから、平気で危ない橋も渡ることが出来る」
「男爵についての考察は、またの機会にお願いします」
アズラウストは厳しい声で魔法使いたちにいった。
「ほら。
ハザマ男爵が、なにやら見つけたようです」
そういってからアズラウストは、通信でハザマに呼びかける。
『巨人の様子はどうなっていますか?』
『一応、大破は、している。
とは、思うんだが……』
『随分と歯切れの悪いいい方ですね。
なにか気になることでも?』
『派手にぶっ壊れてはいるんだが、その壊れた箇所がもの凄い速度で修復しているんだ』
ハザマは戸惑ったような思考を伝えて来た。
『胸や脛当ての装甲板は流石にそのままだが、その中身の肉体の部分が。
こりゃ、いくらもしないうちにまた起き上がるな』
「再生、修復能力まで持っていますか」
アズラウストは、その場に居合わせた人々に聞かせるために、あえて口に出して呟いた。
「原始的な生物並みの生命力ですね」
「再生と修復能力とかいったか」
ハメラダス師が真っ先に反応した。
「後どれくらいで再び動き出す?」
「ハザマ男爵は、あといくらもしないうちに、といういい方をしていましたが」
口に出してそういった後、アズラウストは改めてハザマにその点を確認した。
『具体的に、後どれくらいで動き出しそうですか?』
『せいぜい、あと数分といったところだろう』
ハザマからの返答は端的だった。
『さっきまで左腕が根元から折れて、胸部も半分以上叩き潰されてへこんでいたような状態だったんだが、今では攻撃前とほとんど変わらない姿にまで修復している。
胸当ての金属板なんて変形して原型を留めていないんだが、その金属板を内側から押しのけて肉が盛り上がっている』
「それは」
ここに来て、はじめてアズラウストの表情が険しくなった。
「生命力が強いとか、再生能力があるという範疇を超えているのではありませんか?」
『おれもそう思う』
ハザマは即座に反応した。
『というか、そもそも、こいつを完全に殺すことは出来るのか?
こりゃ、完全に魔法で強化された生物だぞ』
「でしょうね、おそらくは」
アズラウスは真面目な顔をしてハザマの言葉に頷いた。
「ハザマ男爵は、どうすればいいと思いますか?」
『物理的な攻撃は一応有効のようだから』
これにも、ハザマは即答する。
『もう一度、今度はさっきよりも徹底的にぶちのめして、その上で細かい部位にまで解体して、それぞれの部位を焼き尽くす。
いくらなんでも灰にしてしまえば、再生のしようもないと思うんだが……ただ、魔法絡みだとなあ。
どんな非常識なことでも出来そうな気がして怖い』
「同感ですね。
とりあえず、その案を試してみましょう」
アズラウストはハザマの言葉に頷いてから、そういった。
「もう一度、カタパルトによる攻撃をしてみます。
安全な距離まで離れてください」
ハザマが巨人から離れたのを確認してから、カタパルトによる攻撃が再開された。
巨人は倒れた地点から動いていないので、以前のまま着弾点が収束するように、アズラウストはムヒライヒ公子に指示を伝えている。
「ただし今度は、先ほどよりも徹底的にやってください」
アズラウストはそう念を押した。
「手持ちの弾頭を使い尽くしても構いません」
『そうすると、その巨人とやらに対抗をする手段もなくなってしまうのでは?』
ムヒライヒ公子は、アズラウストの指示に疑念を提示した。
「そのときは、そのときです」
アズラウストは、少し渋い表情になって、そういう。
「どの道、弾頭を使い尽くしてもあれをどうにか出来なかった場合は、まったく別の手段を試すしかありません。
弾頭をすべて撃ち終えたら、機材と人員をそのまま撤収させてください」
カタパルトによる物理攻撃がその巨人に対して有効ではないと証明されれば、ムヒライヒ公子のカタパルト隊がこの場に居る意味もなくなるのだった。
そして、カタパルトによる攻撃が再開する。
喧しいばかりの着弾音がしばらく周囲に響き渡り、着弾点付近は再びもうもうたる土煙に包まれた。
少し離れた場所に立ったハザマが、口を手のひらで覆って粉塵を吸い込まないように気をつけながら、その様子を見守っている。
『用意してきた全弾頭を使い果たしました』
しばらくそうした情景が続いた後、ムヒライヒ公子による通信によって、その攻撃は終了した。
『これにて、われわれは撤収します』
『どんな様子ですか?』
その直後に、アズラウストが通信でハザマに確認する。
『どうもこうも』
ハザマは即答した。
『この粉塵じゃあ、まともに見通すことが出来ない。
なにがあるのかわからないから、迂闊に近寄りたくもないしな。
この土煙が晴れるまで、しばらく待ちたい』
「そうですね」
アズラウストは声に出して、そういった。
「なにしろ、正体が不明な相手です。
慎重に対処しすぎるってことはないでしょう」
万が一、ここでハザマを失うことがあれば、悔やんでも悔やみきれない。
というのが、アズラウストの本音だった。
こんな巨人を相手にしてハザマが退場してくれては、困るのだ。
ハザマには、まだまだこの大陸を引っかき回して貰わなくてはならない。
「様子見の斥候役に、男爵以上の適任者が居ないことが悔やまれます」
アズラウストは誰にともなく、そう付け加えた。
卓越した身体能力と、それに的確な判断能力。
これまでにハザマは、その二つについて十分に証明するだけの事績を残していた。
この場にハザマ以上の適任者が存在しないことは、誰にも否定できない事実なのであった。
『完全に叩きのめされ、ほとんど粉々になっているな』
さらにしばらくして、ハザマからそういう通信が入ってきた。
『だけど、破片同士が断片から肉片を出して動き、寄り集まっている。
再生能力も健在ってわけだ。
焼くのなら、今のうちだぞ』
魔法使いたちが、ハザマの元に、つまり、巨人の残骸へと殺到する。
ここからは、時間との勝負になるはずだった。




