王都の魔法使いたち
その少し前、巨人が地下から出現する少し前に、アズラウスト・ブラズニア公爵は現場の近くに急遽作られた対策本部に現れた。
対策本部、などといっても天幕さえ張っているような時間的余裕があったわけではなく、主要な関係者が近くの道ばたで顔をつき合わせて立ち話をしているだけの場所であったが、この場合重要なのは施設の有無ではなく集まった顔ぶれだった。
「召喚獣の一種であることは間違いがないと思うんだが」
「自明のことを改めて口にするな。
ここで重要なのは、どういう召喚獣であるかという習性や性質の方だ」
「そんなこと、すぐにわかるわけねーだろ!」
王国魔法界の重鎮であるハメラダス師と押し問答をしているのは、市井の魔法使いであるゼスチャラだった。
「ただでさえ召喚魔法の記録は少ないっていうのに、こんな限られた情報で正体や性質のことまですぐにわかるわけがねー!」
「ハザマは、あれが他の生物の体を操ることが出来るものと、そう予測をしているようだが」
エルフの女性が、冷静な声で指摘をした。
「予想は、あくまで予想に過ぎん」
ハメラダス師は、そのエルフの女性に顔を向けていう。
「あやつはこうした際の処置として、最悪の事態を想定しているだけだろう。
死体の部位を繋ぎ合わせて動かしていたとしても、それがすなわち生きている生物を乗っ取って動かせることを証明しているわけではあるまい」
「でも、この場合は、ハザマの態度の方が正解だと、ボクも思う」
エルフの女性は表情も変えずにそういった。
「相手は別の天地から召喚された怪物。
こちらの常識をそのまま当てはめて楽観するのは危険だし、それに、不定形でなおかつあれほど高度な判断が出来る生物の存在自体、すでにこちらの常識からは逸脱している」
どうやらこのエルフの女性は、洞窟衆の関係者であるらしいな。
アズラウストは、そうしたやり取りを見て、そう判断する。
「衛士の人たちが来ました!」
そろそろ声を掛けようかと口を開きかけたとき、人垣を割って洞窟衆の者がその場に乱入して来た。
「この騒ぎについての説明を求めております!」
「ハザマ男爵の名前は出したのか?」
ハメラダス師が、真っ先に反応をした。
「それと、ガイゼリウス卿の書き付けも見せたのか?」
「どちらも確認して貰いましたが、役目上、さらなる説明を聞かないと引き下がれないとかで」
洞窟衆の男は説明をする。
「……無理もないか」
ハメラダス師は、顔を天に向けてそういった。
「この王都の町中で、爆破騒ぎが起こったわけだからな。
ハザマなりガイゼイリウス卿なりの言付けひとつではいはいと引き返したら、それこそ職務怠慢だと見なされるだろうしな。
いいだろう、そいつをここまで案内してくれ」
「はっ!」
「ご無沙汰をしております、ハメラダス師」
洞窟衆の男が踵を返したのを確認して、アズラウスト公子は一歩踏み出して挨拶をした。
「それと、洞窟衆の皆様」
「その声は、ブラズニア家の小倅か」
ハメラダス師はアズラウストの方を見て、露骨に顔を顰めた。
「まだ家督を継いでから間がないというのに、そんな物々しい格好でこんなところに出張りおって」
「失礼ながら、今回の件はわが公爵家にとっても看過することは出来ないと、そう判断しました」
アズラウストはうやうやしい態度でそう返す。
「放置しておきますと、王国の今後の政策が後戻りしかねません」
「今、王家は大貴族を切り離そうとしている」
ハメラダス師は真剣な面持ちでそういった。
「それに反する大貴族の抵抗であると、そう見ているのだな?」
「それ以外に、この時期の王都でこのような騒ぎを起こして益を得る勢力がありましょうか?」
アズラウストはハメラダス師をまともに見返して、返答する。
「今回ハザマ男爵がこの場を改めようとしなかったら、やつらが標的にするのはあの王城。
王家の人々が壊滅的な打撃を受けた際、この国を乗っ取ることさえ可能な地位に居る方々というのは存在するわけでして。
ですが、そうした方々に国政を任せてしまったら、それこそ時流に逆らうことになります。
わが公爵家も困りますが、それ以上にこの国の民草にとっても都合の悪いことになるでしょう」
「いったいこの騒ぎはなんなんだ!」
機嫌の悪い声を上げながら、その場に乱入してきた男が居た。
「誰かまともに説明できる者はおらんか!」
「この王城とそれに王都とに害をなそうとしている不埒者を、ハザマ男爵が退治をしようとしているところです」
アズラウストは、その乱入者に向かって冷静に説明をした。
「民草にも多少の被害は出ているようですが、それも大事の前の小事。
洞窟衆の方々も出来る範囲内で補償するつもりでしょうし、放置して置いた場合の被害と比較すれば取り沙汰するほどのものでもありません」
「なんだ、貴様は!」
乱入者は、落ち着き払ったアズラウストの態度が癪に障ったようだ。
「町中で具足なんぞを身につけおって!
顔を見せて名を名乗れ!」
「おや?」
アズラウストは首を捻った。
「この具足にあしらわれた家紋を見知りませんでしたか。
それでは、顔を見せて名乗りましょう」
アズラウストは兜の面頬をあげて顔を見せた。
「ブラズニア公爵家当主、アズラウスト。
義によってハザマ男爵と洞窟衆に加勢するために、この場に馳せ参じています」
「ブラズニア……公爵……様」
アズラウストの顔を見た乱入者は、覿面に顔色をなくして喘いだ。
「な、なぜ、あなた様が。
ブラズニア公爵家は、王国から離反をしたはずでは?」
「思うところあって王国の傘下からは離れましたが、それとこれとは別です」
アズラウストは澄ました表情で説明する。
「今回の件は、放置すればこの王国を越えて大きな災禍をもたらしかねないと、そう判断して出向いています。
国外の勢力が武装をした状態でこの王都をうろつくのは気にくわないでしょうが、ここはひとつ非常時ゆえの措置ということで見逃しておいてください」
「で、ですが」
乱入者は、顔中に脂汗を流しながら、なおかつ抗弁をしようとした。
「そ、それでは、われら王都衛士隊の面目が立ちません!」
「面子の問題ですか?」
アズラウストは、にこやかに微笑んで確認する。
「体面などよりも、自分を含む大勢の民草、その生命と財産を守る方が重要であると思いますが。
どの道、今回の件はあなた方の手には負えませんよ。
ハザマ男爵は今、どのようなご様子だ!」
最後の一文は、周囲に居た洞窟衆の者に投げかけられた問いかけだった。
「今、地下から巨人が出て来たとかいっています!」
「……巨人?」
想定外の言葉を受けて、アズラウストは思わず訊き返していた。
「ゴーレムではなくて、ですか?」
「ハザマ男爵もゴーレムである可能性を疑っていましたが、どうやら別種の存在であるようだと、そうおっしゃっております!
ゴーレムと比較すると動きが円滑で、とても生物的だそうで」
「ふむ」
アズラウストは思案顔になった。
「どう思います?」
そして、その場に居合わせたハメラダス師ら、洞窟衆側の魔法使いたちに意見を求める。
「ハザマは以前、山地で対ゴーレム戦も経験している」
最初に意見を口にしたのは、エルフの女性だった。
「そのハザマの印象は、それなりに信頼に足ると思う」
「ハザマ男爵より、続報!」
洞窟衆の者が告げた。
「巨人の動きは次第に滑らかさを増しているようです!
それと、剣でふくらはぎに斬りかかってみたが、刃が立たなかったとか!
硬いが、同時に弾力もある、動物の筋肉のような感触であったと申しております!」
「この非常時になにを遊んでいるのだ、あやつは」
ハメラダス師は、露骨に顔をしかめた。
「いや、でもよ。
正体不明の相手に、どんな攻撃が効くのか順番に試していくのは、別に間違った態度じゃないだろう?」
そう反発したのは、ゼスチャラであった。
「相手の正体を知るためにも、その手の情報は多いほどいい」
エルフの女性が、そういって首を捻る。
「それは確かだけど、気が長いというかのんびりとしすぎだとは思う」
「きっと、自分だけで対処できるようならそれが一番だと、そう判断しているのだと思います」
アズラウストが口を挟んだ。
「ハザマ男爵ならば、きっとそう考えますよ」
「わからんでもないが、今はそいつをさっさと倒して無力化することを優先するべきではあるな」
ハメラダス師が、自分の顎を撫でながらそういった。
「正体を探るだけならば、そいつを殺してからでも十分に間に合う」
「それで、ちょっと試してみましょうか」
アズラウストは、平静な態度のまま、そういった。
「ちょうど、試したい攻撃方法を持っている友人が待機しておりますので。
少なくとも物理的な攻撃ということならば、その友人に任せて置いて間違いがありません」
「あ、あの」
先ほどの乱入者、衛士と名乗った男がおずおずとした態度でそういった。
「その、われわれにもなにか出来ることは、手伝えることはありませんでしょうか?」
アズラウストらの会話から、どうやらこの事態が自分たちの手に負える物ではないらしいと、そう納得をしたらしい。
「この周辺から、住人を避難させてください」
アズラウストは即答した。
「すでに洞窟衆の人たちが手を着けているはずですが、そちらの人手はいくらあっても不足することはないでしょう。
ことが無事に済んだら、王都衛士隊も存分な働きをしたと、そう証言すると約束しますよ」
「あれですか」
照明魔法によって明々と照らされた中、土埃に紛れて起立する巨人の姿が遠目に見えた。
「なるほど。
ゴーレムとは、別物の感触ですね」
「大きさ自体はゴーレムに匹敵するのだがな」
ハメラダス師は、アズラウストの言葉に頷いた。
「あれは、なんだと思う?」
「いきなり出現したという点が引っかかりますね」
アズラウストは答えた。
「ある程度役に立つ召喚獣は限られています。
あんなヒト型の召喚獣は、知られていません。
そんな未知の召喚獣を、咄嗟になんの準備もなしに召喚出来るものでしょうか?」
「役に立たない召喚獣ならば、一応、過去に召喚した例が知られている」
エルフの女性が、指摘をする。
「最初に死体の部位を繋げて動かしていた不定形の召喚獣が、複数の召喚獣を繋げて一体化して動かしていたとすれば?」
「そんな、危うい真似をわざわざ?」
アズラウストは渋い顔になった。
「禁忌とされる召喚魔法に頼ることだけでも相当なのに、その上、さらに前例がない術式を重ねますか?」
「そもそも、まともな神経を持っていたら召喚魔法自体を使わんだろうよ」
ゼスチャラがいった。
「まともでない神経の持ち主がどこまでイカれた行動を選択できるものか、議論してもはじまらんと思うが」
「正論ですね」
ゼスチャラの言葉に、アズラウストは素直に頷く。
「相手はまともな判断能力を持たない。
今回は、そういう前提に立っていた方がよさそうです」
魔法使いたちがそんな会話をする中、洞窟衆の人間がハザマと通信を交わしている。
『……実戦慣れした魔法使いが居たら連れてきてくれ。
魔法兵として働いたことがある経験者なら、なおいい』
「そういうことでしたら、ぼくたちがお役に立てると思います。
あ、その前に、衛士の方々にはこちらから改めて事情を説明しておきますので、男爵はそちらに専念しておいてください」
「あと、それともう少し、その巨人から距離を取った方がよろしいかと。
丁度今、ムヒライヒ卿がその巨人に狙いをつけているところですので」
その直後、ムヒライヒ・アルマヌニア公子率いるカタパルト部隊による投石攻撃が、次々と巨人の直上から降り注ぐ。




